第二十六話 御曹司、ライバルと出会う
その闖入者は、驚愕をもって迎えられた。なにせ、その存在を証明するものと言えば、シスル・コーポレーションの本社に登録されたアカウント、そしてわずかに伝えられる真偽不明の噂のみである。フレンドリストにその名を連ねるプレイヤーはおらず、一部のトッププレイヤーが偶然、その姿を認めたことがあるにすぎない、電脳世界上の神話。いま、立っている男はそれなのだ。
アバターネーム:キリヒト。
人は色々と引っ掛けたダジャレから、キングキリヒトなどと呼ぶ。その異名を、キング本人が知っているのかどうかも不明だ。しかし、その身に威風をまとい、静かに巨影を見つめる姿には、まさしく王者の貫禄が漂う。
対するゾンビレギオンは、本能の赴くままに、黒く澱み濁った敵意を全身から滲ませる。
相対する両者。その周囲は凍りついたように時間を止めた。
ゾンビレギオンの巨体にぶち開けられた大穴は、高レベルの物理職のみが取得できる《部位破壊》の効果によるものだ。その身体を構成する幾らかの死体は丸ごと吹き飛び、散った肉片は粒子のエフェクトとなって消えていく。しょせんは数字の塊でしかないゾンビレギオンは、痛々しいまでの損壊を得ながらも、激痛に身悶えることはない。そこに宿す感情は、設定された殺意のみ。
「………」
黙したまま、彼はちらりと振り向いた。自分とよく似た姿の、三人のアバターを眺める。そこに込められた感情を読み取ることは難しい。敵意。憐憫。侮蔑。そのいずれとも程遠く、しかし、決して友好的な色合いを宿すことはない。
あるいは、なんの感情も込められてはいないのだろうか。単なる無関心。それを知る術などないままに、キリヒトは、相対する敵影へと向き直った。
キリヒトが剣を構えた。かざりっけのない直剣だが、それは地上に量産された同名のプレイヤーが持つタイアップ武器とも異なる。見た目の優美さをかなぐり捨て、ただ愚直に剣としての性能だけを求めた、戦闘能力の具現。刃が放つ鈍い輝きは、ただ戦うために組み立てられた戦士の意識そのものだ。
地下迷宮が震える。かび臭い空気が心の芯を冷やす。人間とプログラムの不可思議なる合意が、ピアノ線のように張り詰めた空間に伝播していく。
キリヒトが床を蹴った。
限界まで【敏捷】ステータスをあげても、ここまでの初速は得られないだろう。まるで弾丸である。現れた時とまるで同じ、突風の如き速度で、キリヒトはゾンビレギオンの巨体に斬り込んでいく。
直線的な動きであっても、動きの鈍いゾンビレギオンは見切ることができない。疾風迅雷。音よりも早くその懐にもぐりこみ、えぐりこませた刃を引く。数々の骸をそぎ落とす。剣筋は三度閃き、ずたずたの肉片が舞う。反対側への着地。ブーツが床を踏み鳴らし、ひるがえって、背後から容赦のない斬撃が襲った。
『おおお……おおおおお……』
魂を絡め取るような怨嗟の声が響いた。しかし追撃は終わらない。床を蹴っての進撃。剣筋の速さからは想像できないほどに重い連打を、やはり三発叩き込む。血飛沫とダメージエフェクトを散らした直後、骸を積み上げて作った巨大な腕が、今度は振り子のようにキリヒトを狙った。しかし彼は避けを取らない。愚直にも直進してきた骸の塊を正面から受け止め、その剣捌きが逆に肉片を散らした。
その様子を、少し離れた場所からイチローも眺める。
ゾンビレギオンが攻撃を加える前に、相手の肉を削り取りながら移動する。身体の軽さと斬撃の重さを両立してこそ為しえる芸当だ。地味ながらもまったく危なげが無い攻撃の応酬。確かに見事だ。さすがのイチローも、ここは大人しく舌を巻いた。
驚くべきは、遠目にも判断できる彼の使用アーツである。その動作、ダメージエフェクトなどから、複数のスキルを取得していることは想像に難くなかったが、彼が使用している剣技は徹頭徹尾物理職の基本技《バッシュ》のみである。
《バッシュ》は、基本技であるがゆえに派生元となる構えが無数に存在し、それだけ構えによる付随効果も大量のパターンがある。加えて、技の出も早く使用後の硬直時間が短い。基本技であったとしてもアーツレベル次第では優秀なダメージソースとなり、コンボの繋ぎとしては極めて優秀だ。イチローは《ストラッシュ》を基本に伸ばし、《キャストブレイク》からの魔法攻撃アーツを絡めたコンボを多用するため、そこまで依存しているわけではないが、高レベルプレイヤーでありながら《バッシュ》を得意のコンボの絡める戦闘職は当然多い。
だがしかし、《バッシュ》のみであのゾンビレギオンを圧倒できるとは。そこは素直に驚嘆すべきであろう。確かに、《澱んだ腐敗臭》による硬直時間の延長も、《硬直短縮》を併用した《バッシュ》の前ではあって無きようなもの。アーツの選択としては間違っていないが、単なる《バッシュ》の連打にしては、その一撃一撃が重過ぎる。一定のダメージ量で発生する〝ひるみ〟を誘発し、結果としてゾンビレギオンの巨体は絶え間ない連撃に晒されていた。
《バッシュ》にこだわり続けた一部始終。男が放った最後の一撃も、やはり《バッシュ》であった。まるで一連の動きがひとつのアーツであるかのように、矢継ぎ早に技を繰り出しての、一拍。空気の流れすらも支配して、構えなおした剣を、逆袈裟に斬りあげる。
ひときわ大きなダメージが踊り、ゾンビレギオンの巨体が倒れていく。あっけに取られていた三人の〝キリヒト〟が、あわや潰されるかというところで、エフェクトを散らしながら消えた。
キングキリヒト。最強のソロプレイヤーか。これが。
男は剣を抜いたまま、ブーツで床を鳴らしながら、ゆっくりとこちらに歩いてくる。三人のキリヒトは素通りだ。そのままイチローの横も通り過ぎようとしたが、刹那にぽつりと漏らす。
「余裕があるなら手伝ってほしいんだけど」
「ん?」
「あれ。三つ全部相手にしてもいいけど、」
キングキリヒトは、イチローの背後から歩み寄ってくる三体のゾンビレギオンを顎で指した。そういえば、そんなのもいたな。しつこく湧き出ては擦り寄ってくるグレーターゾンビを片付けながら、イチローも同じ方向へ振り向く。
「一匹でも抜けられると、おっさんの仲間が危ないんじゃないの」
「ん、」
その時点は肯定も否定も見せず、イチローは腰に下げた煌剣に手をかける。一拍後に、とりあえずこのように答えた。
「そうだね。では片付けるとしよう。あと、君にひとつだけ有益な情報を提供すると、僕は23歳なんだ。その上で、おっさんかどうかは君が判断することになるわけだけれど」
「十分おっさんだろ」
「結構。君がそう思うんならそれでいいや」
キングキリヒトの実力ははっきりと見せてもらった。片方は、任せてしまっても大丈夫だろう。もう片方はイチローが担当する。となると、一体余る。後回しにしても良かったのだが、そうした場合、他の一体ずつを片付ける間にザ・キリヒツのメンバーを攻撃される可能性があった。
「最初の一体は一撃で片付けよう」
とりあえず、そう提案する。キングキリヒトは、その大胆な発言に驚きこそしなかったが、疑わしげな意図を込めた視線を、こちらに送ってくる。
「それマジで言ってんの?」
「ナンセンス。僕は常に本気だよ。できると思ってるから言ってるんだけど、君はそうは思わない?」
それは紛れもなく本心からであった。イチローにはまだ切っていない切り札があったし、キリヒトにおいても同様であると考える。今まで2体のゾンビレギオンが屠られる過程において、この二人の力を持ってしても一撃で殲滅せしめることなどかなわなかったわけであるが、出せる全力がこの程度であるとは、とうてい思えない。
イチローの物言いに、相手の神経を逆撫でする意図はなかった。だが、こう言われて良い気のする人間もいない。キリヒトは片手で頬を掻き、どこか困った仕草を見せながらも、一瞬、対抗意識じみた剣呑な輝きを覗かせる。我が意を得たり、というわけでもなかろうが、イチローはその涼やかな顔に得意げな微笑を浮かべた。
「どう?」
「わかった。やるよ。これ、疲れるからあんまやりたくないんだけどさ」
言うなり、キリヒトは直剣を両手で握り、正眼に構える。このありふれた『構え』から一体どのような剣技を派生させるのか、イチローには検討をつけられなかった。が、おそらく最大攻撃力を叩き込む準備であろうと察し、彼もとうとう自慢の一振りを引き抜いた。
煌剣シルバーリーフ。攻撃修正+3600。スキルスロット+80。武器耐久値3。これを逆手に構え、《ストラッシュ》の姿勢を取る。
耐久値の低い武器の欠点を補うスキルに、耐久値を2倍に跳ね上げる《物持ち》、耐久値の減少を確率で抑える《優美な一閃》などが存在する。だがイチローはこれらを全て無視して《剛剣》なるスキルを取得した。武器の攻撃修正を1.5倍にし、代償として耐久値の減少を2倍にする。他の耐久値系のスキルと併用が出来ないピーキーなスキルだが、逆に言えば、この武器を構えている間、たった1発だけ、このゲームにおける理論上の最大数値を叩き出すことができる計算になる。
この武器による攻撃を2回行えば、シルバーリーフの剣身は儚く散ってしまうだろう。泣いても笑っても1撃。イチローに許された最大火力である。これはアキハバラ鍛造組から送られた開業祝であり、同時に挑戦状でもあるのだ。扱いにくすぎるプレゼントに対する、彼なりの返礼であった。
「その武器、オーダーメイド?」
「うん。正確に言えばもらい物だけどね」
ゾンビレギオンが射程に入るまでの間、かわした言葉はそれだけだった。三体のうち、一体に、二人の最大火力をぶつける。これであの並外れた耐久を持つゾンビレギオンを、葬り去れるだろうかと言えば、
まぁ、余裕じゃないかな。
と言うのが、イチローの本音である。
いよいよゾンビレギオンが射程内に足を踏み入れたとき、キリヒトは不意に言った。
「あのさぁ、」
「ん、」
「オレ、ソロプレイヤーなんだけど」
「知ってる」
《澱んだ腐敗臭》の効果が、こちらにも届きはじめる。地響きが大きくなり、巨体の影が二人の頭上に落ちる。
ゾンビレギオンの醜悪な巨影を前にしたところで、キリヒトは悠長にも首を向けた。デフォルトのパーツをくみ上げた精悍な顔立ちが、やや困惑に眉を寄せている。彼の疑問はこうであった。
「こういうのって、タイミング合わせたほうが良いの?」
「君が好きなタイミングで撃てば良いよ。そういうのに合わせる才能も僕にはあるしね」
「ふーん」
キリヒトが床を蹴ったのは、直後であった。
あるいはそれは、余裕ぶったイチローを出し抜こうという悪戯心であったのかもしれないが。どのみち、彼の出遅れはコンマ2秒にも満たない。すでに彼我の相対距離は体感10メートル未満。発達した【敏捷】ステータスが押し上げる身体は、一瞬でゾンビレギオンの目前までたどり着く。
アーツの発動は、ほぼ同時であった。
ゆえに、爆裂する衝撃と発生したダメージ判定が、どちらによるものであるかは見当もつかない。このナローファンタジー・オンラインにおいて6ケタ以上のダメージが算出された場合、脳の視覚分野を覆い尽くすほどの閃光エフェクトが発生する。脳に直接送り込まれる以上、目を瞑るという行為には何の意味もない。
イチローとキリヒトは、確かな手応えの感触を得ていた。腕の中で、力場の暴走する感覚がある。ゾンビレギオンの巨体に注ぎ込んでなおも発生する余剰ダメージが、行き場を求めて空間を貪っていく。エネルギーの暴走。ダメージ判定の暴発。数値の暴力が仮想世界を食い破る。膨大な演算処理の果て、力は収縮して霧散し、やがて閃光のエフェクトが晴れる。
エフェクトが晴れたとき、そこには綺麗さっぱり、何も残っていなかった。
たった一撃である。二人で放ったのだから、正確には二撃か。
一体のゾンビレギオンを葬るべしと放ったその同時攻撃は、一体の巨影を貪るだけでは飽き足らず、ダメージの余波だけで残る二体をも食いつぶしてしまったのだ。あっけないものだった。イチローは清清しい笑顔で、キリヒトは仏頂面で、それぞれの得物を鞘に収める。
「おっさん、課金勢?」
賞賛でなければ労いでもない。キリヒトの最初の言葉は、それだった。
「そうだよ」
「はじめたのは?」
「今月の頭。そんなことを言うからには、君は非課金勢?」
「苦学生だからな。月額の基本料金だけで精一杯なんだよ」
そう言う彼の言葉には、どこか刺があった。汚れひとつないイチローのファッションスタイルを、上から下までくまなく見つめ、その視線にもどこか敵意が滲んでいる。いや、極力興味のない態度で覆い隠そうとはしているものの、結局は、隠しきれていない。
「君が何を考えているか、当ててあげようか」
イチローはポケットに片手を突っ込み、もう片方の手を肩の高さまで持ち上げながら言った。
「いや、良いよ」
「君はサービス開始当初から、学業の合間を縫いひたすらこの世界へドライブを繰り返してきた。最強のソロプレイヤーとしての伝説を作り上げ、トッププレイヤーの間で神話とさえ呼ばれるようになった。お金をかけずにね。それが、君の誇りだ」
「………」
キリヒトは、じろりとイチローを睨む。今度は敵愾心を隠そうとしていなかった。
「で、君は今日、僕と出会った。ナローファンタジー・オンラインをはじめてから、たった一ヶ月。課金を繰り返して自分に匹敵する実力を得ようとしている僕に対して、君は若干の危惧を抱いている。と、いうところじゃあないかな。ま、僕の想像だけどね」
その言葉に対する返答はなかったが、視線に込めた感情が肯定を示しているようなものだ。
イチローは、片腕だけで肩をすくめる。
「実は、僕もなんだよ」
「どういうことだよ」
「僕は、自分が一番強くて凄いと思ってるんだけど、もしかしたら君は、僕よりも、ほんのちょっとだけ強いかもしれない。それはあんまり我慢できないなぁってこと。おっと、これは秘密だよ。これでも恥を忍んでの告白なんだ」
そのとき、キリヒトはようやくイチローの涼やかな笑顔に潜む、別の感情に気づいた。
彼からすれば、この発言自体がどうしようもない傲慢である。キリヒトにとって、このナローファンタジー・オンラインの世界、ひいてはオンラインゲームの世界は、不可侵の聖域であった。自身の才能とセンス、そして実力を遺憾なく発揮できる場所。経験値を溜めてのレベルアップを、必ず実る努力であると揶揄する人間もいる。そもそもゲームに傾倒しすぎることが根暗だと蔑む人間もいる。だが彼にとってはそうではない。第二の現実、などという安っぽい言葉でも片付け切れない、彼自身のためのフィールド。それがオンラインゲームだ。
そこに土足で入り込んできたのが、目の前にいる男なのだ。稀少種族ドラゴネット。アバターの上に浮かぶ名前はツワブキ・イチローとあった。彼がどのような目的を持ってこの世界に乗り込んできたのかは知らない。だが、彼はキリヒトよりも多様なフィールドを持ちながら、キリヒトにとって唯一である聖域すらも蹂躙しようとしている。
挑戦だ、と思った。
負けず嫌いであるという自覚がある。オンラインゲームそのものが好きなのではない。戦って勝つことが好きなのだ。それは、現実世界だろうと仮想世界だろうと変わらない。ただ、たまたま最強になれたのがこの場所であったというだけのことだ。
しかしその自負は、おそらく相手も持っている。イチローの笑顔が宿しているのは、涼やかな情念であった。常に自分が優れているというナチュラルな自信。思い上がり。それは裏返せば、相手のホームグラウンドであろうと常に優勢を保たねばならないという崖っぷちである。彼は、その崖っぷちから、涼やかな微笑を浮かべているのだ。
視線が交錯する。先ほどゾンビレギオンと相対したときとは、比べ物にならないほどの緊張の高まりがあった。張り詰める空気はガラス細工。煌々と燃える戦意が、心の導火線に火をつける。互いの矜持のためならば、この場で決着をつけることも厭わない。たとえその先に、どちらか片方に矜持を無惨に打ち砕く結果になろうともだ。
爆発は時間の問題である。かのように、思えたのだが。
「すっ……すげぇ……!」
感嘆を滲ませたその声が、二人の導火線を断ち切ってしまった。
ザ・キリヒツのリーダー、キリヒト(リーダー)である。今にも腰の剣を抜き、一戦交えようとしていた二人の間に割って入るように。男はその両眼に少年の光を宿していた。キリヒト・マリーネ、キリヒト・イェーガーも同様だ。
「すげぇ……すげぇよ、キングキリヒト。やっぱあんた、本物だ!」
「え、えぇと、キングキリヒトって、ひょっとしてオレのこと?」
「知らなかったのかい。割とみんなそう呼んでるらしいよ」
「ださっ」
どうやらキングは、その愛称がお気に召さなかったらしい。
「キリヒト。あぁいや、君じゃない。リーダーのほうだ。キリヒト、確かにキングは凄かったが、僕も凄かったとは思わないかい」
「確かにツワブキさんも凄かったけど、やっぱキングはすげぇ!」
「まぁ、君の主観で誰が凄いかは、君が決めることか……」
イチローの言葉には、自らルール違反を犯しかけた苦味に加え、どこか釈然としないものが浮かんでいた。
どうやら矛を交えずに済むらしい。キングキリヒトの胸中に、安堵と落胆が同時に訪れた。図らずも牙を抜かれたのはイチローも同様であって、どこか気の抜けた表情でインベントリを開き、オブジェクト化した疲労回復剤をこちらに向けて放る。
「とりあえずあげるよ。君は課金が嫌いかもしれないが、それは僕の好意だ」
「さんきゅ。課金は嫌いじゃねーんだよ。なんとなくあんたが嫌いなだけ」
「それ、なんかこの間も言われたなぁ」
イチローは苦笑いを作ったあと、疲労回復剤の栓を抜いて、いつもの涼やかな顔つきに戻る。
「僕もさっきまでソロで潜ってたんだけど、思ってたより楽しくないね」
「MMOの楽しみ方は人それぞれだからな。オレは帰り道だった。あんた達を助けたのは偶然だ」
「僕は助けられていないけど、ザ・キリヒツは友人のようなものだ。お礼は言っておこう。ありがとう」
キングの話では、この先、地下25階層でダンジョンは一端打ち止めとなるらしい。そこには幾らかの仕掛けらしきものがあり、更には解読不能の文字が羅列した石碑が、物々しげに置かれていたという。なんらかの祭壇のようである、というのが、彼の感想だった。
「オレは戦闘特化だから、ああいうのよくわかんねーんだよ。オレが辿りついたってことは、ええと、なんだっけ。あのヘビっぽい名前の探索ギルド」
「知らないなぁ」
「そっか。あいつらもじきに到着するだろうから、しばらくすれば検証も進むんじゃねぇの」
それまでは、適当にこの付近の階層をうろついてレベルを上げておく。というのが、彼の方針のようだった。ポーションにはまだまだ余裕があるものの、疲労回復剤がやや心もとなくなってきたということで、一端地上まで引き返すつもりであるらしい。
「しかし、地下25階って意外と浅いんだな」
キリヒト(リーダー)がつぶやく。
「あの石碑を解読したらもっと地下に潜れるのかもしんねーし。もっと別の敵が出てくるのかもしんねーし。まぁイベント進むのを待つしかないんじゃない」
「キングがそこまで行ったというなら、僕も行ってみようかな」
なんとはなしにつぶやくイチローではあるが、キングキリヒトは耳ざとくそれを聞きつけた。
「いいんじゃない。MOBどんどん強くなるけど」
「でも君よりは弱いんだろう?」
「まぁね」
「せっかくだから一緒に行かないかい。疲労回復剤なら売るほどあるんだ」
ここで非常に面倒くさい提案をするのが、ツワブキ・イチローである。
「ここから最下層に行くまでの間、一匹でも多くのMOBを倒したほうが、NPCレストランの料理を何か奢るっていうことでどうだろう」
「………」
キングキリヒトはしばらく黙り込んでいたが、疲労回復剤の残りをぐいとあおると、一言こう言った。
「良いよ」
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×多用なフィールド
○多様なフィールド




