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VRMMOをカネの力で無双する  作者: 鰤/牙
『アイリスブランド』編
19/118

第十八話 御曹司、防具を見せ付ける

 その夜、グラスゴバラは奇妙な賑わいを見せていた。

 原因は、先日発生した機械人種マシンナー竜人族ドラゴネットの軋轢。まとめブログへの転載をきっかけに、客観性を欠いたまま多くの人間が知ることになったそれは、いつの間にやらグラスゴバラの一大イベントのような扱いになっていた。前回のグランドクエストから1ヶ月以上が経過し、プレイヤーの鬱憤も溜まっていたところである。最前線の中でもアキハバラ鍛造組の世話になったプレイヤーは多く、メインストリートには普段は滅多にお目にかかれないようなハイレベル装備のアバターも散見される。彼らも懐かしさからこの職人街へ戻ってきていたのだ。

 エドワードがアイリスブランドのギルドハウスでひと悶着をおこしてからすでに三日。すなわち、イチローの言うところの『防具が完成する頃』が今日に当たる。ご丁寧なことに老練の騎士ナイトがメッセンジャーとしてグラスゴバラUDX工房を訪れ、『本日、ツワブキの防具が完成いたしました』などと告げたものだから、事態はいっそう加速した。


「バカだわ……。あんたって、バカだわ……」

「君のその言葉、そろそろ『今日もいい天気ね』くらいの意味にしか聞こえなくなってきたよ」


 これは言うまでもなくイチローとアイリス。

 ギルドハウスの2階より、メインストリートに集まる人だかりを眺めての会話だ。彼らはハウスを取り囲んで、ツワブキ・イチローの新しい防具とやらを心待ちにしている。掲示板上ではエドワードに同情的な意見が多かったとは言え、結局彼らを動かしているのは野次馬根性だ。イチローの傲慢な振る舞いに本気で怒りを見せるものはなく、しかし、あわよくば笑い者にしてやろうという無邪気な悪意が透けて見える。


 そんな大衆の心境など気にするべくもなし。


 イチローは、部屋の中に設置された鏡台越しに、自分の姿を眺める。上から下まで、すべてアイリスがデザインした一点モノの装備。イチローのレベルを鑑みると防御力は大したものではないが、スキルスロットはやや多めに確保されている。もっとも、スキルスロットに主眼を置いた選択肢ならもっと上を目指すこともできたが。しかしイチローにとってはこのデザインと素材こそが重要なのだ。

 余談になるが、こうした鏡台などの家具は今のところプレイヤーで製作することはできず、ギルドハウスや個人ホームの内装はすべてNPCからの購入がメインとなる。次回の大規模アップデートで新たに『大工』なる生産職が追加されるという噂があるが、いったいどこまでが本当なのやら。


「これじゃ良い晒し者じゃない……」

「ナンセンスナンセンス。芸術作品なんていうのはそんなものだよ。いやぁ、しかし本当に良い防具だね。アイリスのデザイン画の時点で気に入ってはいたけど、やっぱり僕が着ると格別だな」

「そーね」


 この御曹司、まさしく上機嫌である。


「じゃあアイリス、外に出よう」

「え、イヤ……。や、やっぱりなんか、恥ずかしいって言うか……怖いって言うか……」


 なにやら怖気づいた様子を見せるアイリス。


「行くならあんた一人で行けば良いんじゃない?」

「こういうのは、デザイナーが一緒に出るから良いと思うんだけど。ほら、デザインの解説もしてもらいたいし」

「それは絶対にイヤ!」


 なんで自分でもこんなにしり込みしてしまうのかわからないが、猛烈な羞恥心と後悔が心の底から這い登ってくる。あたしは自分のデザインに自信があったはずじゃん、とか、あたしのセンスをみんなに認めてもらうチャンスじゃん、とか、心のどこかで誰かが声を挙げているが、そんなものを封殺してしまいたくなる。あたしが悪かったです。そんな意地悪言わないで。自信なんて無いわ。いつでも押しつぶされそうだもの。自分のプライドの重さに。

 だが、御曹司は強引な笑顔を崩さない。

 そう、自信っていうのはこういう顔のことを言うんだろうな。アイリスは思う。テコひとつで引っくり返されそうな根拠なんか必要ない。裏になろうが表になろうが、自分は自分だという自覚。アイリスはこんな風にはなれない。


 それでもいいや。こんなずうずうしくなれなくても。

 仕方ないな。ため息をつく。ログインのたびに設定しなおされる【幸運】ステータスが減少する。出ろって言うなら出てやろう。どうせここで『出たくない』とゴネても仕方が無いことではあるわけだし。

 今はそのずうずうしさに乗っけてもらおう。少なくとも御曹司は認めてくれているのだ。たとえ全人類がノーと言っても覆らないイエスなら、追従する価値はあるだろう。


「あんた、あたしが笑い者にされたら責任取れるの?」

「え、僕は取らないよ。笑いたい人には笑わせておけば良いんじゃないかな。全人類のノーと僕のイエス、どっちが価値があると思う?」

「まぁそんな答えだと思ったわ」


 その折、がちゃりと工房の扉が開いた。


「で、決まりましたかな」


 激シブの前衛騎士ナイトキルシュヴァッサーが姿を見せる。いつも絶妙なタイミングで入ってくる。こちらの様子を伺っているわけでもないのだろうが。トレーの上にはティーポットとカップ、ソーサーが載せられている。


「やぁ、卿。外のみんなはどう?」

「どうでしょうな。お茶は喜んで飲んでいただけてますよ」


 この男そんなことをしていたのか。よくカップが足りたものだ。


「キルシュさん、あたしにもお茶ちょうだい。飲んだら出るわよ」

「じゃあ僕ももらおうかな」

「そうおっしゃると思っておりました」


 キルシュヴァッサーは片手でトレーを支えたまま、カップにお茶を注ぐ。この程度の仕草は《茶道》スキルが一定以上ならば誰にでもできる芸当だが、こんなウェイターじみたことは普段からやっているんだろうな、とも思う。ソーサーに載せたカップを手渡す仕草も、堂に入ったものだった。

 カップから漂う不思議な芳香が、アイリスの心を落ち着けていく。

 よし、行けそうだ。小さく頷いて、アイリスはティーカップにそっと口をつけた。





 UDX工房の前に出来る黒山のひとだかり。彼らは野次馬だ。潔癖であるエドワードは、こうした他人の無関心な好奇心が理解できない。

 この日、親方は仕事でログインが遅くなると言っていた。今日だけではない。ここ最近は、連日そうだ。親方が現実世界では個人経営のPCパーツショップをやっているとは聞いていたが、ちょっとした大口顧客の確保に成功して、それなりに忙しいのだと聞く。現実世界でもやはりパソコンを使う職業であるエドワードも、是非親方の店を訪れたいと思っていたのだが、『リアルとゲームを一緒にするもんじゃねぇよ』と笑われてしまった。

 それでも、メモリの増設をしたいから見積もりの相談に載ってくれと言ったとき、『じゃあ最近がんばってるし良いの送ってやるよ』と言ってきた親方のことを、エドワードは尊敬していた。自分は高卒で学がないと笑う親方が、必死こいて大学を出た自分よりも人間としてよほど大きいことを知っていた。


 そんな親方が、いま自分のやろうとしていること、置かれている状況を知ったらどうなるだろうか。

 あまり、考えたくはない。きっと怒られる。それならば、まだいい。軽蔑されるかもしれない。


 いや、きっともう、知っている。リアルでもゲームでも、暇さえあれば大手掲示板のチェックをしているような親方だ。合間合間に掴んだ情報でも、事の顛末を知るには十分すぎる。自己嫌悪の感情が胸中を席巻するが、かといってここですぐさま大人になれるほど、彼は器用に出来てはいなかった。あの男のことは許せない。それは事実だ。

 エドワードは、柔軟性の欠如をよく指摘される。直さなければと思う反面、直し方がわからない。あの男が防具を作りたいと言ったとき、いったい何を求めていたのか彼は知らない。だが、その求めていたものが何であるにせよ、あんな、低レベルの防具すら作れないような錬金術師アルケミストにそれが為しえるとは思えなかった。


 理解不能な現実が、彼の不機嫌を加速させる。


 あの男のギルドに所属する騎士ナイトが、防具が完成したのでお披露目をすると伝えに来た。どこかで見た顔だったと記憶している。だがエドワードは、その騎士が自分の作った盾の持ち主であることまでは思い出せない。装備を可視化していないのも理由ではあるのだが。


 エドワードは、UDX工房の前で腕を組み、状況の次第を眺めていた。騎士ナイトの男がお茶を配っている。エドワードにも一杯手渡してきたが、彼は断った。騎士ナイトは少し寂しそうな顔をしていた。


「エドは真面目すぎるんだよ」


 獣人族のギルドメンバーが、お茶を飲みながらそう言う。獣人と言っても、いわゆる〝ケモノ耳〟が生えているだけの人間だ。オプションで尻尾や爪が変化するし、瞳の形状パーツも豊富である。物理職向きだが同時に戦闘向きのステータスでもあり、このクラスを選んだプレイヤーが生産職をやるケースは珍しい。


「ゲームなんだから気楽にやりゃ良いじゃん。ここにいるみんなみたいにさ」

「気楽にやるとしても、手を抜くなんて考えられない」

「あぁ、そう……。そういうところがなぁ。まぁ良いんだけどさ」


 気楽な獣人族はティーカップをぐいとあおる。


「お、出てくるんじゃない」


 彼の言うとおり、向かいのギルドハウスが扉を開けた。観客のどよめきが止み、ばかん! ばかん! という派手な音がして、設置された魔導灯が点灯した。軽快なジャズミュージックのようなサウンドが流れはじめて、中から件の男、竜人族ドラゴネット魔法剣士マギフェンサーが姿を現した。ご丁寧にスモークまで焚いている。


 なんだこれ。


 ぽかんと口を開けるエドワードの横で、獣人族の男がげらげらと笑っていた。


「あっはっは、なんだこりゃ!」


 感情は観衆の間にも伝播する。予想だにしなかった登場の方法に、笑いの連鎖が止まらないのだ。ドラゴネットの男の後ろでは、エルフの錬金術師アルケミストが真っ赤になった顔を伏せていた。

 無論、こんな展開が予想できなかったのはエドワードも同じだ。これでは、これではまるで、


 首を振って男の装備に目を凝らす。だが、エドワードの知る限り、それらのグラフィックはゲーム上に存在しないものだった。表面にテクスチャーを貼り付けたようなものではない。形状からして見覚えが無い。


「ただのアパレルって感じだな」


 獣人族のギルド仲間は当を得たことを言う。確かに、そうだ。

 スラックスにジャケット。上着の下には、ベストとシャツが見える。カラーリング自体はやや青みがかっていると言えるか。目を引くのはやはり光沢を宿すその上下だ。どこか昆虫的な滑らかな輝きがある。蝶の斑紋のように、肩から胸元にかけて薄い黄色が点在していた。胸には青い蝶のブローチが踊っている。

 観衆の反応はさまざまだった。『なんだあれ』『防具じゃなくね』という意見、『そうきたか』『確かに珍しいわ』という意見、『リアルマネーかけてんなおい』という生産職ならではの意見もあった。


 だがそのいずれであっても、ドラゴネットは涼やかに聞き流した。


 彼が前に歩き出せば、人垣が割れる。エルフの錬金術師もおずおずと追従する。ドラゴネット、ツワブキ・イチローは、エドワードを目指し一直線に歩いてくる。硬直した彼の前に立つや、イチローは笑顔で聞いてきた。


「どうかな」

「ど、どう……って」


 面を食らったエドワードの横で、ギルド仲間が噴き出している。


「ふ、ふざけるなよ。これ、おまえ……これ……ふぁ、ファッションショーのつもりか?」

「つもりじゃなくてファッションショーなんだけど。僕、パリコレに出たことはないんだよね。でもまぁ、このデザインと僕の魅力を足せばトップブランド相手にしてもトントンだと思う」


 いったいこいつは何を言っているんだ。

 顔を伏せたまま、エルフの少女はメニューウィンドウを開いてコンフィグからテキストファイルを呼び出す。


「え、えっと……これは、その……。着用者であるツワブキ・イチローの持つ、す、涼しげな雰囲気と、えと……彼の好きな……昆虫の、イメージを……」


 ぼそぼそとした台詞は、聞いているほうが恥ずかしくなるレベルだった。こういうのを、晒し上げという。イチローが満足げな顔をして聞いているのが、なおさら少女への同情を誘った。ここまでするのにそうとうな覚悟が必要だったろう。それだけでも尊敬には値するのかもしれない。

 エドワードは、心がくじけそうになるのを建て直し、少女の言葉を遮った。


「もういい! なんだこれは! 俺はこんな茶番を見に来たんじゃない!」

「俺はこういうの好きだけど」

「ちょっと黙ってろ!」


 余計な口出しをするギルド仲間を叱り付け、エドワードはイチローに向けてずいと踏み出す。


「これの、どこが防具だ!」

「防具だよ。少なくともシステム上は。まぁ、性能面であればまだまだ上はあるんだけど、やっぱり上下はレイディアントモルフォの素材でそろえて正解だった。見てよこれ、オリジナルグラフィックにしても、暗いところでは少し光るんだ」

「そ、そういうことを、聞いているんじゃ、ないっ!」


 やたら嬉しそうに語るイチローの口調が、なおさらエドワードの神経を逆撫でした。


「ナンセンス」


 だが、彼の怒りさえも、イチローは涼やかに切り捨てる。


「もうわかったんじゃないか。僕がどうして君や親方をソデにして、アイリスに防具を作らせたのかさ。まぁ、僕が最初から説明すれば君たちも考えてくれたかもしれないけどね。でもやっぱり、僕は最初からオリジナルデザインにこだわってる人が良かったんだ」


 イチローの言葉は、エドワードには容易に許容しがたいものであった。それは、今まで彼が触れてきた防具作成の哲学とは根本的に異なる。デザインが重要なファクターを占めるというのは、それはそれで理解できる話だ。だから、防具作成の際に、複数のパーツを組み合わせて色彩も指定しデザインを決定する。だから彼の防具も人気はあった。

 でも、しかし、だからって、

 オリジナルデザインにして欲しいからって、そう簡単に性能を無視して良いわけなんかないだろう。じゃあ、自分や親方が今まで作ってきた装備アイテムはなんなのだ。『ナンバーワンよりオンリーワン』だの『みんな違ってみんないい』だの。数字だけが絶対のMMOで何を言い出す。


 イチローに、エドワードの考え方を否定するつもりはない。だが、言葉の受け取り方などしょせんは主観だ。エドワードが理解を拒絶してしまった以上、イチローの言葉は彼に届かない。


「ん、わかった」


 このドラゴネットは、エドワードの胸中など知らぬはずであろうに、いつもの調子でそう言った。


「君は、アイリスの作った防具を粉々にしてやると言っていたっけ。試してみるかい」

「なに……」

「君のつけている武器、防具。ぜんぶ君が作ったものなんだろう。試してみるかい。性能には自信があるんだろう? それにしたって、自分の方向性にあわせてある程度融通を利かせた君だけの装備だ。君が、僕の装備を認められないと言うならさ。ちょうど、約束の『三日後』だしね」


 この男が何を言わんとしているのか、エドワードは瞬時に理解する。律儀にもそれまで黙っていたギルド仲間が、心配そうに声をかけた。


「おいおいエドさ、おまえ強いけど、生産職じゃん。相手ガチガチの戦闘職っぽいけど?」

「関係ない。俺の作った、武器と、防具だ。負けない」


 本心から出た言葉ではない。生産職が、戦闘職に勝つのは難しい。無理とまでは言わない。事実、エドワードは生半可な鍛え方をした同レベルの戦闘職よりは、遥かな数のMOBを討伐していたし、都市の外でマナー違反のPK集団から、非力なギルドメンバーを守り抜いたこともある。

 だが、それはそれだ。プレミアムパッケージを購入でき、各種課金サービスを受けてまっとうに成長した戦闘職プレイヤーと、真っ向から戦って勝ち目があるのかといえば、それは難しい問題であると言わざるを得ない。


 それでも、出した言葉は引っ込められないのだ。

 自分の作った武器と防具に絶対の自信があるのは事実なのだ。性能ならば負けていないはずだと、豪語こそしていないが態度で示してきた。ここで引き下がるのは、自信に対する背信である。ひいては、自分を育ててくれた、親方に対する、


『バカなこと言ってんじゃねぇよ』


 たぶん、そう言われるな。だがあえて言おう。ひいては、自分を育ててくれた、親方に対する背信である。


 エドワードの眼前にメッセージウィンドウがポップアップする。『ツワブキ・イチローから市内決闘デュエルを申し込まれました。承諾しますか?』。当然『はい』を選択する。

 二人を取り囲むように、巨大な魔法陣が出現した。システムによって用意される巨大な決闘場。一時ファッションショーに沸いていた観衆たちはどよめき、そしてその直後、先ほどのものが問題にならないほどの歓声をあげた。魔法陣の上から退避し、決闘場で二人が睨みあう。


「僕、君のことは嫌いじゃないんだけどね」


 イチローがそう言ったとき、エドワードは、自分の心を自覚した。

 親方に対する非礼は許せない。きっかけがそれだったのは間違いないだろう。だが、今ははっきりと言える。


「俺は、おまえが嫌いだ!」

7/19

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×的を得る

○当を得る

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