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VRMMOをカネの力で無双する  作者: 鰤/牙
『ローズマリー』編
115/118

第一一三話 御曹司、罷り通る(2)

 石蕗一朗が日本の株式市場をひとしきり荒らしまわっていた頃、ポニー・エンタテイメント社の最高経営責任者であるその男は、重厚なジュラルミンケースを片手に取引先へと向かっていた。石蕗一朗が何らかのマネーゲームを仕掛けてくることはおおよそ予想がついており、複数の防衛策を講じてはいたものの、直接仕掛けてくる気配がないことにいささか疑問を覚えているのが、今の状況である。

 石蕗一朗が、某通信会社の公開買付けを公告したときは、そっちの方を優先したかといささかばかり焦ったが、強引に買い取られた株は全体の二割にも満たないもので、秘書の方からも回線遮断によって作業が中断されたという報告はない。まぁ、安心して良いだろう。


 だが、石蕗一朗がポニーの買付けに動かないという保証は、今のところはない。経営権をもぎ取られれば、彼の目的は水泡に帰すばかりか、今まで築き上げた経営体系の全てが言いようにされてしまう。

 法律上、買い付け後の所有割合が全体の3分の1以上に達するような場合にあっては、原則として公開買付けを義務付けている。経営権に直接の影響を及ぼしてくるのが、その3分の1以上であるからして、敵対買収を仕掛けてくるならば、証券取引所が立会を受け付けている午後3時まで。そのリミットを過ぎてしまえば、今日一日は安心して過ごせるという算段だ。

 相手は、あの石蕗明朗の息子である。父親は陰気で小心者で陰謀屋で、あれはあれで厄介な男だったが、息子も息子だ。何をしでかしてくるかわからない、爆弾のような危険性については、すでに知るところであった。事実、東証の株価はたいそうな有様である。


「あと1時間半……ってところかァ……」


 男は移動中の車内、後部座席でそのようにひとりごちた。ポケットからロリポップキャンディーを取り出し、包装を強引に破りとってから口にくわえる。

 ひとまず今日を乗り切れば良いのだ。マネーゲームにおいて防戦は気楽で良い。法律は、強引に買い取るような、すなわち石蕗一朗のような、横暴な振る舞いがやりにくいようにできている。基本は、弱者の味方なのだ。弱者のように振る舞えば、あとは法が守ってくれる。牙を剥き返すのは最後で良い。

 今日一日さえ乗り切れば、あの人工知能の解体だって完了するだろうし、残るのは石蕗一朗宅のスパコンからシスルへの不正アクセスがあったという記録だけだ。あとはゆっくり、警察に事態を任せればよろしい。


 男は、外の景色を眺めるのにも飽きたのか、ポケットから携帯を取り出して自社株の情報を閲覧することにした。果たして、石蕗一朗は、仕掛けてくるのだろうか。仕掛けて、きているのだろうか。


「おやァ……?」


 男は目を丸くした。

 ポニー・エンタテメント社に、敵対的買収を仕掛けてくるものは、確かにあった。だがそれは、石蕗一朗でなければ、その関係企業・関係事務所でもない。石蕗明朗が支配するツワブキコンツェルンの影すらも、そこにはなかった。


「アー、運転手ヶ原くん」

「なんでしょうか」


 気だるげに名前を呼ぶと、ハンドルを握る男が平坦な声で応じた。


「このあとに、寄って欲しいところがあるんだが」


 ひとまず、対石蕗用に用意していた防衛策のひとつでも、使っておくか。男は女子高生もかくやという早業で携帯画面を操作し、関連部署への素早い指示を送る。ガラケー時代、指が消えて見えると言われた腕前は、スマートフォンとタッチパネルに変わった現在も衰えを見せない。


「かしこまりました。どこでしょうか」

「うん、それなんだけどね」


 みずのグループの関連企業。株式会社MiZUNO。

 ポニー社に対して公開買付けの公告を出しているのは、そこなのだ。





 オペレーション・ファイナルファイブは進行中だ。


 仮想ジャングルとローズマリーが保管されているサーバーマシンは、石蕗一朗邸にある。仮想ジャングルをゲームから遮断したことによるバグで、桜子がログアウトできない以上、サーバーマシンを外部のアクセスから遮断する手立ては失われたのだが、だったら無理やりにでもサーバーを落としてしまえというのが、この作戦の概要だった。

 サーバーにかけられた高負荷は、ローズマリーにも何かしらの影響を及ぼすはずではあったが、害意を伴っての解体作業に比べればといったところであろうか。彼女を守るために、手刀首トンで気絶させるようなものである。ローズマリーもサーバーへの攻撃自体に不満や不安を持っている様子がないのは、桜子にとって安堵の源となっていた。


「やっほー、来たにゃー……うわぁっ、マツナガきもーい」

「おっと、それはご褒美ですよ。我々の業界ではね」


 およそ1000人に及ぶフレンドの内、2000人近くを引き連れてやってきたあめしょーの出現は、ラグの発生を更に著しいものへと変えた。既に回線の脆弱な一部のプレイヤーは、完全に硬直したり、接続不良から強制的に叩き落とされたりしている。

 マツナガとゆるふわ忍者軍団のダンスは、〝ハレ晴れユカイ〟〝もってけ!セーラー服〟などから構成される〝ちょっと古めのキモオタメドレー〟から、マイケル・ジャクソンの〝スリラー〟へと変化していたが、凄まじい動作のキレを伴うアレンジも、どうやらラグの前では形無しである。


「んー、じゃあ、ぼくも歌っちゃおうかなー。フヨウのときのさー、ファッション対決の時は、結局歌えなかったしねー。あ、ヨザクラも歌う?」

「私は歌を知りません」

「あー、あの時のはキルシュの中の人だっけ。しょうがないにゃぁ。こんどツワブキにも教えてもらえばいいよ」


 キングキリヒトと騎士団が、高負荷のド派手なエフェクトグラフィックを撒き散らし、マツナガとゆるふわ忍者軍団が、キレのあるダンスを披露する。あめしょーとファンクラブの会員たちが、歌い、騒ぎ立てる。おおよそ、統一された目的のもとに集まったとは言い難い、混沌とした光景である。

 解体者がそこで何を思ったかは定かではない。既にまともなアクセスが困難になっていることだろう。何しろ、彼ないし彼女が使用しているのは正規のアクセスルートではなく、ローズマリーが仕込んだバックドアプログラムを介してなのだ。


 それでも、解体者がメッセージウィンドウに打ち込んだ文字列からは、明確な苛立ちを感じて取れた。


『この状況で、ふざけているのか』


 その瞬間、空間にさらなる亀裂が入り、黒い風が吹いた。


「俺たちは、いつだって大真面目だぜ! ゲームを楽しむことにはな!」

「ザ・キリヒ……うわぁっ! 多ッ!」


 見よ、このひび割れたワープゾーンの向こうにまで作られた長蛇の列を。いまだ増え続けるあめしょーのファンに勝るとも劣らぬ漆黒の軍勢を。正直、この仮想ジャングルがどれだけの収容人数を意識して作られたかすら定かではないのだが、木々の間にひしめくアバターの数は、一斉にその色に黒の割合を増した。


 ザ・キリヒツ(業務用)である。

 メニューウィンドウを開けないこの仮想ジャングルにあってはなんの意味もないのだが、ギルド名はそのように変更されていた。


「数があめしょーだけの得意技と思われちゃ困る。ゲームの中のすべてのキリヒトに声をかけてきたぜ」


 中にはアイナとかレイファとかリズリットとかもちょっぴり混じっていたが、でも大体がキリヒトであった。


「みんな、キングに加勢するぞ!」

『おぉっ!!』

「ちょっ、やめ……!」


 ザ・キリヒツ(業務用)は一様に武器を構え、社章に向けて突撃を開始した。見るものを圧倒する黒の奔流は、おそらくナロファン中最強の六人と言ってほぼ差し支えないであろう彼らを、いともたやすく飲み込んでしまう。強烈なラグも相まって、いったいあの中で何が起こっているのか、想像することすら難しい。


「しかし、これでもまだ落ちないとは、大したサーバーですね」

「んっふっふ、まだまだこれからだにゃー」


 あめしょーがニヤリと笑うところを見るに、まだ何か策があるというのか。

 彼女が指差した先、すなわち頭上を見上げると、そこには巨大な亀裂が発生しつつあった。





「行かないのか」

「いや、私の家、レオパレスだから。あまり回線に自信がないというか」


 エドワードとユーリは、〝死の山脈〟を訪れていた。シスル本社の運営陣は、ここにも巨大なワープゾーンを作り、仮想ジャングルへと接続させようと奮闘中だ。そしてその努力は実りつつある。これから彼らは、サーバーにさらなる致命打を与えるための作業を遂行する。

 作業の手伝いには、苫小牧や、何故かココやハタムラ博士までやってきていた。大地に無数の墓標が如く突き立つそれを、引き抜いてはひとまとめにするという単調な作業だが、おかげさまで準備は整った。


「自我を獲得した人工知能とは。ぜひともお話してみたいものです」


 発達心理学者であるハタムラ博士がしみじみと語った。


「彼女は、ココさんとも話したがっていましたよ」

「それは是非ともですね。興味深い内容が得られそうです」

「?」


 ココの方は話の内容がよくわかっていない様子で首をかしげていたが、ハタムラ博士は何やら意欲的だ。


「それもこれも、今回の件がすべて片付いてからだな」

「そうですね。ワープホールも準備が整ったようです」


 苫小牧の言葉通り、彼らの目前には巨大な空間が大口を開きつつあった。虚無を思わせる、ただの黒い大穴は原始的な恐怖を呼び覚ますのか、ココは少しばかり怯えた様子でハタムラ博士に抱きついていたが、博士は彼女を優しく撫で返し、どうやら落ち着いた様子である。

 エドワードは、マシンナーの膂力にものを言わせ、ひとまとめにされたそれを大穴の前へと運んだ。


「これで全部、とまではいかないのがまた……業が深いよね」

「ああ」


 ユーリのつぶやきに対し、エドワードは渋い顔で頷く。


「ではエドワードさん、ここで何か、気分の出るセリフを頼みますよ」

「俺が? これを穴に放り込むだけだぞ」

「作戦の発案者だし」

「あー」


 エドワードは、改まって何かを言うのは恥ずかしいのか少しばかり躊躇していたが、最終的には覚悟を決め、今まで見た中で三番目くらいに好きな映画から、セリフを抜粋することにした。ひとまとめにされたその塊を大穴に押し込みながら、叫ぶ。


「行け、課金剣! 忌まわしき記憶と共に!」





 空から降り注ぐ無数の剣は、すべて課金剣であった。身の毛もよだつようなあの光景が蘇る。桜子からすれば、正直あまり見たいものではなかった。だが、華美な装飾を持つその剣は、やはり確実にサーバーの負担を増大させつつある。サーバーダウンまでは後一歩といったところだろう。

 ここまでくると、既に回線が力尽き、姿を消していくプレイヤーの数もだいぶ増えつつある。彼らの数が一定値を下回れば、サーバーダウンに持っていくのは難しい。このあたりで一発、大きく負荷をかけておきたいところだった。


「よ」


 他のプレイヤーとまともな会話ができなくなっている状況にあって、その少年の言葉は、やけにはっきりと聞こえた。


「キングキリヒト、無事でしたか」

「まぁな。回線負担の少ないビルドだし、実はこないだお父さんが出張から帰ってきたときに、ちょっとIPUのクロックアップ手伝ってもらったんだよね」


 キングは、剣を収めながら言った。だが、続く言葉には、どこかさみしそうな色合いが滲む。


「おっさんと決着つける日のために、って、思ってたんだけどさ」


 キングが、今回の件について、どれほど把握しているのかはわからない。苫小牧から話を聞いていたと、言っていたか。石蕗一朗逮捕のニュースくらいは、見たのかもしれない。

 だが、その口ぶりからは、おおよそのことがわかっているようであった。ひょっとしたら今回の一件は、彼の望みを永久に断ちうるものであるかもしれないということを。桜子も、今朝一朗からもらった電話以外に何も情報を得ていないが、あるいは、そうなるであろうという可能性については、充分把握していた。


「キリヒト、」


 ヨザクラが立ち上がってたずねる。


「なに」

「話を、させてください」

「別に良いんだけど、いややっぱよくねーわ。オレ、あんたを直視するとトラウマが蘇るんだよね」

「理解できません」


 目を合わせずにじりじりと後退するキングに対して、ヨザクラが首を傾げた。


「教えてください、キリヒト。あなたにとって、イチローとは、どんな人間でしたか」


 その言葉に対して、キングキリヒトは後退をぴたりと止める。壮絶なるラグ地獄の中で、一瞬だけ周囲の音が消える刹那があった。それがコンピューターの引き起こした偶然であるといえば、そうなのだが。

 キングは答える。


「勝ちたかったかな。いや、」


 桜子からすれば、その時キングが見せた表情は、なんの屈託もない本当の笑顔であった。


「勝つよ。次は負けねー」

「参考にします」


 ヨザクラは頷くと、手裏剣の意匠が施された手甲のスイッチを、ゆっくりと押し込んだ。キングキリヒトとキルシュヴァッサーの表情が凍りつく。桜子はその機能について説明していたつもりはなかったので、これが大いに焦った。


「おい、それはやめろ」


 いささかの怒気さえ孕んだ声で、キングが言う。


「ナンセンスです。このサーバーは私が保管されているもの。ならば、最後のひと押しは私の手でやります」


 既に彼女の全身には、電撃のエフェクトが渦を巻きつつある。桜子は、もはやこれを止める手立てはなしとして、せめて発動の瞬間に全てが終わることを祈ることしかできなかった。

 ヨザクラは、ローズマリーは、自信満々に叫ぶ。


「キャストオフ!」


 サーバーが弾け飛んだ。





『サーバーとの接続が遮断されたため、ゲームを強制終了します』


 落とされた暗闇の中心に、そのようなメッセージが浮かぶ。直後、桜子は目を覚ました。跳ね起きようとして、頭部をギアによって固定されていることを思い出す。強引にヘッドギアを外し、ミライヴギア・コクーンのハッチをこじ開ける。メイド服の裾が引っかかり大きく破けた。

 だが気にしている余裕はない。引っかかったのを外すことすらもどかしく、お仕着せであることも忘れ……てはいないのだが、とにかく裾を破り捨てた。一朗にはあとで土下座する。


 桜子はルーターの電源を落とし、外部と接続するためのLANケーブルを全て引っこ抜いた。そのまま、強制ダウンしたスパコンとサーバーマシンの電源を再度立ち上げる。高負荷の影響か、それらが安置されたオフィスは異様な熱気がこもっていた。クーラーをつけて温度を18度に。冷凍庫からも氷を持ってきて、サーバーの冷却を開始する。


「ローズマリー、ローズマリー!」


 桜子は内線電話の受話器を片手に呼びかける。何度かの呼びかけののち、いささかのノイズが走ってから、反応が得られた。


『お父……様……』

「ローズマリー!」


 桜子は、床にへたれ込みながら安堵のため息を漏らす。


「大事は……ありませんか……?」

『はい。サーバーの強制ダウンによるプログラムの欠損はありません。遠隔解体によって、私の機能の3割近くが失われていますが、〝私〟は依然……〝私〟のままです』


 ローズマリーの言葉は、あいかわらず抑揚がなく平坦である。だが、その最後のひとことが、桜子にとっては何よりも無事を知らせる便りとなった。良かった、無事だった。安堵が確信を経て、彼女の心をようやく落ち着ける。


「良かった……。本当に、良かっ……」

『お父様?』


 ほっと息を漏らした桜子の目頭に熱がこみ上げてくる。とめどなく溢れる感情を制御することは難しい。ローズマリーは、平坦な困惑をにじませながらも、恐る恐る、このようにたずねてきた。


『恐れながら、お父様。〝泣いて〟いるのですか?』

「なっ、泣いてなんか! 泣いてなんかいませっ……ふぇっ……」


 ああ、もう良いや。

 どうせ一朗が帰ってくるまでは時間もあるのだろうし、ここは泣いておくことにしよう。桜子は最後の堰を取り外して、言語化できない感情の奔流を思い切り吐き出した。ローズマリーが『お父様』『お父様』と呼ぶたびに感情の源が際限なく膨らんで、どうやらそれが止む気配は、当分、ない。





『あざみさんから連絡もらったんだが』


 電話口の向こうで、著莪俊作が何やら愉快そうに言ってきた。


『ローズマリーの救出には成功したらしい。良かったな』

「ん、結構」


 一朗もケーニッグセグの運転席で満足そうに頷く。彼女の存在が危機にあったこと自体、すべて僅かな手がかりから想像をつけたものに過ぎなかったが、どうやら正解だったらしい。そして、あざみ社長や江戸川の尽力によって九死に一生を得たことも。正直、出し抜かれた気分ではあったが、かなりの満足感があった。一朗としては不必要な無理を通さずに済んだのが、何よりも良い。

 その件に関しては、実は先ほど一朗も江戸川から連絡をもらっていた。実に彼らしい、論理的な語り口で、しかし一朗に対する敵愾心を隠すことなく、サーバーを叩き落とした顛末について語られていた。最後は『ここまであっさり行くとは思わなかった。もう少し補強したほうがいい』といった感じの言葉で締められていたので、一朗はひとまず心からの感謝を込めて『ありがとう』とだけ返信した。


『で、お前はどうすんの。東証はもうすぐ閉まるぞ』

「うん、そうだね。いろいろと根回しは済んだから、閉まったあとが本番かな」


 一朗は携帯を片手にしたまま、タブレット端末を開いた。


『あー、じゃあやっぱポニーとやるのか……』

「うん」


 相変わらずの簡潔な応答ののち、長ったらしい理屈をつける。


「シスルのみんなは、ポニーの意向に背いての行動だから、彼らを守る意味でも僕がポニーを掌握しておいたほうが良いだろう。僕が通報者であるポニーやシスルを買収することで、証拠隠滅を図ってるんじゃないかって思われそうな気もするけど、そこは君の紹介してくれた弁護士の腕を信じるよ」

『そりゃどうも。で、他に理由は?』

「彼らにはツケを払ってもらいたい。ローズマリーを消そうとしたことと、僕を怒らせたことについて。あとはまぁ、もう一個、理由がないでもないんだけど……」


 タブレット端末に開かれた、ポニー社の株式関連の情報を眺めながら、一朗は言う。

 株式会社MiZUNOの手によって、ポニー・エンタテイメント社の株式は8%ほどが買い取られていた。この短時間でそこまで集めきれたのは、芙蓉めぐみの経営者としての手腕か、あるいはみずのグループのネームバリューか。だが、前者を信用しきるには、少し苦しいものがある。

 パックマンディフェンスという言葉がある。敵対的買収に対する防衛策のひとつだ。

 ありていに言えば買収のやり返しである。食われそうになっている企業が、捕食者を逆に食い返す姿を、バンダイナムコゲームスの歴史あるテレビゲームになぞらえてつけられた言葉であった。


 経営者としての手腕を語るなら、少なくとも現ポニー社長の方が、芙蓉めぐみと比して何倍も上手であったと言えるだろう。

 既にMiZUNOの株式は、3割強がポニー社によって買い取られていた。


「まぁ、こうなった理由に関しては、僕にも責任があるわけだから、そのあたりをしっかり果たしておこうかな、と」

『あー、まぁな。お前も、ポニー買うためにいろんなところに無茶させてるしな』

「そういうこと」


 一朗は、タブレット端末をしまいこんでから、フロントガラスの向こうを眺める。眺めるといっても、ここは味気ない地下駐車場だ。何か変化があるわけでもない。

 芙蓉めぐみがそうとう無理をしているのはわかる。が、その行動が結果として、一朗の暗躍を隠してくれていたのは事実だろう。先方もMiZUNOに対する防衛策に夢中で、他の株式の動きにまで目が回らなかったに違いない。こちらに関しても、もう少し強引な展開を考えてはいたのだが、おかげさまで予想外にスムーズに進んだ。


「そう言えば、もういっこ理由があったんだった」

『ん、なんだ』

「あざみ社長も、エドも、めぐみさんも、みんななかなかよくやってると思うんだけど、」


 一朗はそこで言葉を区切り、おそらく心の底からの本音であろうその言葉を、いとも平然と吐いてみせた。


「結局、一番すごいのは僕だから、それ相応のことでもしないとなって」

次は明日の朝……か、夜にでも。

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