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VRMMOをカネの力で無双する  作者: 鰤/牙
『ローズマリー』編
109/118

第一〇七話 御曹司、あげつらわれる

 ローズマリー=ヨザクラの言い分とは、すなわちこうである。


 彼女は、自らの〝脅威〟となるプレイヤーと、対話を行う必要を感じている。もっと砕けた言い方をするならば『イチローと仲の良さそうな女とはキッチリ話をつける』というところであろう。少なくともアイリスはそのように認識した。恋愛経験の乏しい彼女にも、話としては理解できる。

 非常に遺憾だわ。

 アイリスは、芙蓉めぐみほど趣味が悪いわけでもなければ、男を見る目がないわけでもない。と、思っている。そのようなポジションに陥れられていることは、彼女にとって甚だ遺憾であり、看過できない話であった。アイリスのアバターは、彼女のそのような感情を極めて正確にトレースして、あからさまに不機嫌を顔に浮かべる。


 外野の反応も反応である。まるでヨザクラとアイリスのガチンコ対話を心待ちにしていたかのような態度だ。あまりにも性格が悪い。ナンセンスである。


「どうしました、アイリス。びびっちまって言葉も出ませんか。セイセイ」


 ヨザクラは無表情のままシャドーボクシングを行いながら、謎の煽り方をしている。


「これ絶対キルシュさんの仕込みでしょ」


 監禁された仕返しとは言え、無垢な人工知能に対する仕打ちとしてはあまりにも酷なのではないか。


「はっはっは。私は別に、一緒に映画や漫画を見て楽しい時間を過ごしただけなんですがな」


 ヨザクラの方にも、罪の意識はないと見える。

 アイリスはため息をついた。仕方があるまい。付き合ってやろう。アイリスにだって、芙蓉の大親友という立場がある。それを思えば、ヨザクラと話をつけるというのも、決して実りのない行為ではないはずだ。


「ったく、しょーがないわね。相手になるわよ」


 周囲からおお、という歓声が上がり、彼女の男気を称える。


「アイリスさん、ほどほどにしておいて上げてくださいよ」

「うむ、何しろ相手はか弱い少女だ」


 外野席で、マツナガとストロガノフが腕を組みながらそのようなことを言っていたのが、アイリスの不機嫌を加速させる。


「みんなしてあたしのこと、なんだと思ってるのよ」

「アイだと思ってるよ」

「だからこそ心配してるんじゃないか」


 これはユーリとキリヒト(リーダー)である。周囲には敵しかいないようだ。完全に針のムシロだった。

 しかしアイリス、基本的にメンタル弱めとは言え、逆境に置かれたことも一度や二度ではない。この二ヶ月近くにわたる激闘の日々は、圧倒的アウェイにあっても自らを失わず、むしろ奮い立たせることができる程度には、彼女の精神性を鍛え上げていた。


 しかし話し合うとは、何をだ。そう思っていると、ヨザクラはファイティングポーズの姿勢を崩さないまま、このようなことを言ってきた。


「アイリス、あなたは、イチローのことをどのように思っていますか」


 例によって、ストロガノフと騎士団の分団長達は、腕を組んで遠巻きに難しい顔をしていた。『まずいは軽いジャブといったところか』『駆け引きの基本ですね』『あの少女、ああ見えてなかなかやる』。こんな状況においてまで解説ごっことはご苦労なことである。


「どんな風に思ってるかって……」

「私には、それを知る必要があります。私は、その情報を得られないことにより、致命的な判断ミスを継続して犯す可能性を懸念しています」

「要するに安心できないってことでしょ。不安で夜も眠れないのね」

「はい」

「んー、」


 アイリスは、形の良い顎に手を当てて考え込んだ。

 しかし御曹司をどのように思っているか、とは。冷静になってみれば、具体的に意識したことなど一度もなかったように思う。考えるにつけ、頭の右上あたりに、石蕗一朗の涼やかな笑顔が浮かび上がったので、アイリスは片手でそれを消し飛ばした。


「はっきり言って」

「はい」

「よくわからないわ」


 アイリスは極めて正確に自分の感情を吐露したつもりであったが、当然、ヨザクラは納得いかない様子を見せる。


「それは解答になっていません。アイリス」

「だってわかんないんだもん! じゃあ逆に聞くけどねー、あんたはどーなのよ!」


 アイリスがびしりと指を突きつけて叫ぶ。背後で一同が腕組みをしながらことの趨勢を見守っていた。『反撃に転じたぞ』『お手並み拝見ってところですかねぇ』『アイ、頑張って』『だがほどほどにな』。いつの間にか騎士団以外も解説ごっこに参加している。

 ヨザクラはそのような反撃を想定していなかったのか、わずかにたじろぎを見せる。いや、人工知能である彼女が実際にたじろぐかどうかなど定かではないのだが、少なくともアイリスにはそう見えた。そして、彼女は亡き祖父からこのような教育を受けている。すなわち、相手の隙にはとことん付け込めと。


「私ですか」

「そーよ、あんたよ。ヨザクラさん、あんたもそう聞いてくるからには自分なりの答えってのを持ってるんでしょ? あんたは御曹司をどう思ってんの? 好きなの? 愛しいの?」


 ヨザクラの返答には数瞬の間があった。この際、石蕗邸に存在するスーパーコンピューターは、その倍精度でも追いつかないほどに複雑な演算を行っていたのだが、当然アイリスは知らない。それが、おそらく人類史上誰も見たことがないほどの、複雑で未知の演算であることも、である。


「イチローは、私にとって自ら思考することの重要性と、それを実行に移すことの有意性を教育してくれた、非常に……」

「はんっ」


 皆まで言わせず、アイリスは鼻で笑った。彼女の口元から日本刀の切れ味が覗く。相州伝五郎入道正宗が鍛えたかのような、大業物であった。


「答えが出てないようなもんじゃない。それで人にどーこー聞こうなんて、笑わせるわね。ちゃんちゃらおかしくってヘソから間欠泉が噴き出すわ」

「訂正を願います。アイリス、いま、私が行ったイチローに対する評価は客観的であり妥当でした」

「そのキャッカンテキでダトーな評価にどんな意味があるのよって話でしょ」


 もはやアイリスに容赦はなかった。史上稀に見るほどの無慈悲な鉄槌が、大地をえぐるようにして振り下ろされる。


「結局、ちぐはぐなのよ。あたしは御曹司やキルシュさんほど大人しくないから、言っちゃうけどね。あんた、自分を正当化させすぎだわ。でもやってることは結局感情的で子供っぽいから、見てて整合性が取れてないのよ。〝~~する必要がある〟じゃなくて〝~~したい〟でしょ。言いたいことははっきり言えって話だわ」


 ヨザクラ=ローズマリーが反証を行う隙を与えずに、アイリスは畳み掛けに入った。


「結局ね。周囲がどう思うとか、客観的な意見だとか、そういうのはこの場において、なんの意味もない話なのよ。客観的な意見っていうのはね、あんた自身の意見があって初めて意味を持つものなの。そうでない限り、それは単なる情報だわ。だからね、ヨザクラさん。もういっかい聞くんだけど、あんた、御曹司のこと好きなの?」


 この時点では、既に大連立解説騎士団連合は、なんの言葉も発さなかった。空気を読んでいた、というのはある。だが、本質は別にあった。彼らは固唾を飲み込んで、ヨザクラの言葉が出てくるのを辛抱強く待っていたのだ。

 その言葉を導き出すのに、果たして世界最高峰のスーパーコンピューターは、どれほどの演算処理を行ったのであろうか。かなり長い間言葉を発せずにいたヨザクラのアバターは、しばらく後にようやく口を開き、このような言葉を発した。


「はい。好きです。愛しています」

「ふっ」


 アイリスは口元から息を漏らし、会心の笑みを浮かべた。同時に、解説騎士団連合から割れんばかりの拍手喝采が巻き起こる。大歓声に包まれながら、アイリスは胸をそらして拳を掲げた。


「勝ったわ」

「これってそういう勝負だったの?」


 野次馬席からユーリがぽつりと言葉を漏らす。

 今まで黙っていたのは、何もヨザクラだけではない。この場において、おそらく一番感動しているであろう人物は、彼女の後ろに立っていた。キルシュヴァッサーは感極まった表情を浮かべ、ハラスメント警告が出るのも厭わずに、アイリスを思い切り抱きしめた。


「アイリス!」

「ひゃあっ」


 傍から見るとまごうことなきセクハラであった。


「さすがです! 素晴らしいです! アイリス、私は感動しちゃいましたよ!」

「き、キルシュさん! 出てる! なんか素が出てるわ!」

「こっ、これは大声で言えないので耳元でささやきますけどね! ローズマリーから! 人工知能から、あんな言葉を引き出せるなんて! すごいですよ、アイリス!」

「そっ、そうかしら……」


 こうまでドストレートに褒められたことがないアイリスは、照れ照れである。

 何故か野次馬たちまで感動にむせび泣き、涙を浮かべながら抱き合うさなか、ヨザクラはアイリスに対してこう言った。


「それで、アイリスは、イチローをどのように思っているんですか」

「あー、それねー」


 アイリスはキルシュヴァッサーの胸板の中でもがきながら、少し考え込む素振りを見せる。


「いろいろ考えたけど、やっぱ〝敵〟だわ」

「敵ですか」

「そう、いつか超えて屈服させるべき存在よ。まー、ヨザクラさんが思ってるようなアレじゃないから、安心して」

「私はそうは思いませんが。結構です。アイリスがそのように言うのならば」


 ここでキルシュヴァッサーが『思いませんが、ですよ! 聞きましたかアイリス、〝思いませんが〟ですよ!』などと興奮していたのだが、アイリスにはいまいち興奮のポイントがわからないので、曖昧に頷いておいた。

 さて、一同がひとしきり感動したあとのことである。ようやく波が引いてきた頃を見計らって、ストロガノフがこう言った。


「ところでみんな、例の隠しジャングルに行ってみないか」


 なんのことだろう、と思ったアイリスだが、しばらく考えてから理解した。

 各地で発見された黒い穴から行けるという例のフィールドである。最近になってポコポコ見つかっているという、アレだ。だが、すぐにアイリスは怪訝な表情を作った。それはキルシュヴァッサーも同じである。表情こそ変えていないが、おそらくヨザクラも同じことを考えているだろう。


「ワープポイント、見つかったんですか?」

「うむ。デルヴェの奥の方でな。既に騎士団のメンバーが向かって場所を確保しているんだ」


 ユーリの質問に、ストロガノフが嬉しそうに答えている。


「キルシュさん、それって、ヨザクラさんっつーかローズマリーさんが繋いだ奴じゃないの?」

「そうだと思っておりましたが……」


 二人がちらりとヨザクラを見ると、彼女は無表情のまま頷いて見せた。


「はい。私のデータが保管されているサーバーマシンに、ナローファンタジー・オンラインと同規格の3Dフィールドマップがあった為、十賢者へのアクセスを経由して接続を試みました。動機としては、」

「まぁ、そこはだいたいわかるし良いんだけど」


 ばっさり切り捨てるあたりが実にアイリスである。


「まだ繋がってるの? よーするに不正アクセスが継続してるってことでしょ?」


 難しいことはわからないが、本来であれば何かしらの手段を用いて、このフィールドとの接続を遮断するくらいの措置は取れていても良いはずだ。ローズマリーが十賢者を介して不正アクセスを行い、フィールドのデータを改竄したとしても、システムそのものを掌握し乗っ取ったわけではない。運営側からの対処はいくらでも可能である。

 つまり、運営側には何かしらの意図があって、接続を残しているということになる。

 アイリスは、昨晩一緒にカレーを食べた、野々あざみ社長のことを思い出した。天才という割に少しトロいところがあって、あんまり経営者には向かなそうなタイプだなーと思ってはいたが、少なくとも人を欺いたり、策謀を練ったりするような人間には思えない。接続を残しているのも、単なる悪巧みではないと思うのだが。


「で、お三方はどうします?」


 どうやら話がまとまりつつある中で、マツナガがそのように聞いてきた。

 アイリス、キルシュヴァッサー、そしてヨザクラの三人は顔を見合わせる。フィールドマップ自体は、一朗が戯れに制作したものだ。悪質なウイルスやトラップの類ではないのだから、データが破損したりする心配はない。

 しばらくの逡巡はあったが、アイリスは三人を代表してこう答えた。


「行くわ」





「そんなことができるの?」


 株式会社ポニー・エンタテイメントのCEOであるその男は、デスクの上に山と積まれたロリポップキャンディーの中から頭を覗かせて、そう言った。社長室には先程から青い制服の宅配業者が出入りして、大量のダンボールを運び込んでいる。中身は全てロリポップキャンディーだった。

 社長の問いに対して、秘書は無言で頷く。業者がすべてのダンボールを運び入れ、帽子を脱いで一礼したあとに出ていき、その後ようやく彼女は言葉を発した。


「しょせんはデータの塊ですから、サーバーにアクセスさえできれば、遠隔的にプログラムを解体することは可能です」

「それはわかるんだけどさ、」


 男は、若干うきうきした顔でダンボールを開封しながら言う。


「できるの? 秘書山くんが?」

「はい」


 秘書は極めて冷静な態度で頷いた。彼女の視線は、彼女用のデスクに積まれた膨大な量の書類へ向かう。


「シスルから提出された資料の中に、十賢者のプログラムに関わるものがありました。こちらを参照しながらであれば、おそらく」

「そうかァ」


 男は、ダンボールの中に顔を突っ込み、ひとしきり頭をぐりぐりと動かしてから、もう一度顔をあげた。


「でもそれは、だいぶ危ない橋を渡ることになるなァ。今度はこちらから不正アクセスをすることになっちゃうんじゃない?」

「実は、石蕗一朗宅からシスルサーバーへのアクセス経路は、現在完全に遮断したわけではありません」

「ほう?」


 秘書の言葉に、男は興味深い顔を作る。新しく届いたキャンディーを手にとって、包装を破る。


「つまり、シスル本社は、石蕗一朗宅に存在する悪質なプログラムから、現在もなお継続して不正なアクセスを受けていることになります。私がやるのはこれを解体して、シスルのサーバーを保護するというだけのことです」

「うーん。苦しい言い訳ではあるなァ」


 男は、キャンディーを舐め回しながら呟いた。


「だが良いんじゃない。やってみてよ。シスルの方の丸め込みとかはさ、僕の方からやっておこう」

「はい。かしこまりました」

「ところで秘書山くん」

「なんでしょうか」

「このトウガラシ味も、なんだか刺激が足りない味だねぇ」


 男はそう言って、窓から港区の町並みを見下ろす。秘書はしばらく考えていたが、やがて冷静にこう言った。


「では青酸カリを手配しておきます」

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