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VRMMOをカネの力で無双する  作者: 鰤/牙
『ローズマリー』編
106/118

第一〇四話 御曹司、電話をかける

 杜若あいり、服飾デザイン系の専修学校に通う17歳である。

 将来の夢は、アパレルデザイナーだ。


 あいりが目を覚ましたとき、視界に飛び込んできたのは知らない天井だった。天井だけではない、自分が寝転がっているベッドの感触も、普段のものとまるきり違う。枕もふかふかだ。実生活ではとてもお目に、いや、お鼻にかかれないようなラグジュアリーなフレーバーが鼻腔をくすぐる。あいりは思った。何かがおかしい。

 このやけに豪奢な空間はいったい何だ。昨晩はいったい、何があったのだ。

 昨晩はそう、あれだ。突発オフがあった。ナロファンの。御曹司が逮捕されたと聞いたので、びっくりして警察へ行き、保釈された御曹司とご飯を食べに行き、弁護士と会ったり、シスルに行ったり、いろいろあって、そう。最後は酔いつぶれてしまった芙蓉を背負って、神田駅まで行ったのだ。


「おはよう、あいりさん。昨晩はよく眠れました?」


 部屋の扉が開いて、姿を見せたのはその芙蓉めぐみだった。

 思い出した。そして芙蓉の家に泊まったのである。


「うん、なんかこう……よく寝すぎて、記憶が曖昧だわ」


 あいりは目をこすりながら答える。

 あのあと神田駅で、みずのグループの偉い人が迎えに来てくれのだ。あいりは潰れた芙蓉を車に乗せるのを手伝い、よろしくと言って帰ろうとしたのだが、偉い人は『せっかくだからお送りしましょう』と言ってくれた。あいりの家はしがねぇサラリーマンの家なので、角紅商事のリムジンに送ってもらうなど両親が卒倒しかねないと遠慮したのだが、では家の近くまでと言われたので甘えることにした。夕飯をちょっと奮発したので、電車賃だけでも節約したかったのだ。

 酩酊状態だと思われた芙蓉だが、車の中で目を覚まし、存外にしっかりした口調で礼を言ってきた。『ご迷惑をおかけしましたわ』『そんなの良いわ、友達じゃない』この会話の後に芙蓉が何やら目を潤ませて抱きついてきたので、あぁ、まだお酒が抜けていないんだなぁと思った。

 芙蓉がこのまま家に招待したいと言ってきた。さすがにそれはと断ったものの、芙蓉の押しは強かった。最終的にはあいりが折れて、芙蓉は子供のように喜んだ。これはいったいどういうことか。あいりは頭を悩ませたが、あとで運転手の人がこっそり教えてくれた。『お嬢様はお友達ができて嬉しいのですよ』。なるほどと思った。要するに御曹司と同じだ。


 芙蓉の自宅は三鷹市にあった。アニメか漫画でしかお目にかかれないようなすげぇ豪邸だった。天下の角紅商事とはこんなものか。あいりは驚嘆した。

 お酒が残って若干ハイテンションな芙蓉と、その後ファッションデザインについて語り合ったり、一緒にお風呂に入ったり、彼女の子供の頃の写真を見せてもらったり、まぁなんのかんの言ってあいりは楽しんだ。夜も更けた。携帯を見ると両親からの着信履歴が凄いことになっていて、顔が青くなった。芙蓉があいりの家に電話を入れてくれて、なんとかことなきを得た。で、その場の流れで、あいりは泊まることになった。


 濃い一日だったわ。


 杜若あいりの、素直な感想である。


「芙蓉さん、お酒はもう抜けた?」

「あ、はい。昨日はちょっと……恥ずかしいところをお見せしましたわね」

「まぁ、いいんじゃないかしら……。あたしもなんかこう、空気に酔ったのか言動が怪しかった気もするし……」


 あいりはベッドから降りて大きく伸びをする。この部屋は客室ということだが、少なくとも彼女が今まで宿泊したどんなホテルよりも広くて豪勢な部屋だった。パジャマまで貸してもらっている。シルクだわこれ。


「あいりさん、朝ごはんも用意させてますの。ご一緒なさる?」

「な、何から何まで……。恐縮の連続だわ。えっと、ありがとう」

「ふふ、いいんですのよ。先にシャワーでも浴びてらっしゃって」


 促されるままに、あいりはシャワールームへと向かった。服を脱ぎ捨て、などというはしたない真似はしない。ここが友人の家で、パジャマが借り物だからというのもあるが、あいりは服飾デザインを勉強する身上だ。ならばまず、衣服に対して敬意を支払えというのが、学校で習ったことであった。あいりは教頭である赤縁メガネのガリガリ細身ザマスババアが大嫌いだったが、衣服に対する一貫した姿勢だけは尊敬している。

 シャワールームは昨日入った風呂ともまた違っていたが、それでもちょっと裕福な家庭のバスルーム並の広さがあった。これはこれで落ち着かないものがあるわね、と思いつつ、シャワーの温度を最大限にし、熱湯を頭から浴びる。朝からいつものテンションを保つには、これが一番だ。あいりの祖父もこのやり方を好んでいた。そうして冬の寒いある日のこと、ヒートショックからの心筋梗塞を起こして死んだ。『死ぬなら熱い風呂の中が良い』と言っていた祖父のことなので、まぁ悔いはなかったのだろうと思う。


 寝汗を落とし、これまた貸し出されたナイロンタオルで身体を洗う。昨晩芙蓉には、『あいりさんの身体は洗いやすそうで良いわね』と言われた。非常に余計なお世話である。

 身体についた泡を再度洗い流す頃には、頭も完全に覚醒していた。風呂から上がる。身体を拭く。いつの間にやら、洗濯の済んだあいりの服が、丁寧にたたんで置かれていた。ご大層なことに下着は新品である。


「なんか……おカネって、あるところにはあるのよね……」


 身に余るVIP待遇に妙な居心地の悪さを感じながらも、あいりは呟いた。

 御曹司が息をするように課金していく様はゲーム内で何度も見ていたし、彼にはちょっと高そうな料亭にも連れていてもらったが、やはり実際に金持ちの家に来ると、経済力の差はより明確に実感できる。あいりは衣服に袖を通し、脱衣所から廊下に出た。使用人らしき女性が数人、横並びのまま頭を下げてきて、正直、ビビる。


 待っていた芙蓉に、今度は食堂へと案内される。


「芙蓉さんの家の食堂って、やっぱ、あれなの? こう、すごく長いテーブルに白いクロスがかかってて、燭台とかが載ってるような……」

「あら、よくご存知ですわね」


 やはりそんな感じなのか。漫画やドラマの金持ち像そのままではある。

 あいりは経済界についてそんなに興味があるわけではないので、みずのファイナンシャルグループというと、『ああ、あの銀行の』なんてくらいしか思い浮かばない。いわゆるゆとり世代後期型である彼女は、小学校に入学したての頃に行われた三銀行の合併によってみずの銀行が生まれたことも知らないし、日本三大メガバンクなんていうくくりも知らなければ、つい最近までは、そのバックに存在するのが角紅商事という総合商社であることも知らなかった。そもそも総合商社ってのが何をする企業なのかも知らなかった。

 あいりの銀行に対する知識など、いま絶賛放映中のドラマで、ちょっと笑顔の気持ち悪い俳優が『倍返しだ!』なんて叫んでるアレくらいなものである。


 ともあれ、かつてはスリーティーなどと呼ばれ、現在でも五大総合商社の一角である角紅の総本山にあいりは来ているのであった。漫画やドラマの中でしか見たことのない、めくるめくカネ持ちの世界。バブリーでラグジュアリーな世界。

 芙蓉に勧められて、端っこが見えないほど長い長いテーブルの一角に座らされても、あいりにはこう、ムズ痒い思いが抜けなかった。自分は根っからの庶民なのだな、と、思わずにはいられない。


「あいりさん、今日のご予定はありますの?」


 せめて、マナー違反にはならないよう、恐る恐るナイフとフォークを握るあいりに、芙蓉がたずねてきた。

 この食卓には、現在この二人以外の人影はない。さすがに家族まで一緒となるとあいりのストレスが緊張でマッハだ。そのあたりは、芙蓉が気を使ってずらしてくれたのかもしれなかった。


「ん、んー。特にないかなー」


 隠しだてする必要もないので、素直に答える。


「オフ会までの日程は、なるべくおカネを使わないように静かに過ごすくらいかしら。あ、でも自由研究のレポートも仕上げなきゃいけないのよね」

「あら、自由研究ですか」

「本当はアサガオの観察のはずだったんだけど、昨日今日と凄い経験をして、〝一日体験カネ持ち生活〟にしてみようか、悩んでいるところだわ……」


 あいりとしては、ほんの冗談のつもりであったのだが、芙蓉はぽんと手を叩いた。


「本当ですの!? でしたら、お手伝いしますわ!」

「いや、それは……」

「と言っても、午前中はわたくし、お仕事がありますから……。昨日はその、ついついお仕事を放り出していしまいましたし……」

「まー昨日はね。仕方ないわよね」


 なにせあの御曹司が逮捕されてしまったのだ。あいりも平静を保てなかったし、芙蓉が冷静でいられないは仕方ない。


「午後になりましたらお手伝いいたしますから、それまでちょっと待っていてくださるかしら」

「え、えっと、それはその……はい」


 とても嬉しそうな芙蓉の笑顔を見てしまっては、とても『いやぁ、ただの冗談だし』とは言えない。あいりだって、鬼ではないのだ(時と場合による)。

 結局、芙蓉の攻勢にはなすすべもなく、あいりは押されっぱなしであったということだ。

 緊張の割に、あいりは出された食事をぺろりとたいらげた。芙蓉はその後、仕事のために出勤してしまい、あいりには何かあったら使用人に頼むよう告げて行った。そんなことを言われても、いったい何をどのように頼めばいいというのか。ゲーム内でキルシュヴァッサーにお茶を頼むのとは、またわけが違うのだ。

 芙蓉が出かけ際、『ナロファンをやりたくなったら、わたくしの部屋のミライヴギアをお使いになって』と言ってくれたのは、あいりにとって最大の救いだった。こうなればゲームの世界に逃避しよう。御曹司逮捕の、その後の顛末を、知り合いにだけでも話しておかねばならないし。


 使用人たちに混じって芙蓉を見送った後、あいりは彼女の部屋に引きこもることにした。途中、食堂を通りがかった時のことである。


「君が、杜若あいりくんかね」


 声をかけられた。なんということだ。しかもこの語り口、男性である。ほぼ確定で芙蓉の肉親であった。

 あいりが恐る恐る顔を上げると、赤い絨毯の敷かれた吹き抜けの階段から、猫を抱えたままゆっくりと降りてくる壮年の男がいた。背はそんなに高くないのだが、全身から沸き立つ貫禄のようなものがある。


「は、はい」


 邪悪なる本性を秘めた(語弊はある)あいりですら、気圧されるほどのものであった。それは権謀術数うずまく経済界を、生身ひとつで切り抜けた男のオーラにほかならない。荘厳なるパイプオルガンが、勝手に脳内でBGMの演奏を始めた。


「なるほど、めぐみの奴が友達ができたと言っていたが……。君か」


 わざわざ肉親に報告するほど嬉しいことだったのか。


「いや、失礼。私はめぐみの父親でね……。角紅商事の」

「あ、待ってください」


 あいりは、男の言葉を片手で制した。


「それ以上言われると、あたしの心臓が破裂します。芙蓉さんのお父さんという事実だけで、どうか」

「はっはっはっはっは。そうかそうか」


 男の笑い声を聞いて、あいりは思った。どこかで聞いた声だと思ったが、アレだ。ラピュタのムスカ大佐に似ている。


「まぁ、あんな娘と友人になってくれたことを感謝しているよ。ところで、ひとつ聞きたいことがあるんだがね」

「は、はい。なんでしょう」


 あいりは緊張でガッチガチである。芙蓉パパは階段を降りてきて、猫をかかえたまま、あいりにそっと耳打ちした。


「めぐみの奴が惚れている男がいるだろう……。まぁ、石蕗くんのところの、息子なんだが」

「ああ、はい。おんぞ……つわぶきいちろーサンのことですね」

「彼の方は……めぐみに対して、気があるのかね」

「ないです」


 あいりはこれ以上ないほどに冷酷な真実を、極めて簡潔に伝えた。


「はっはっはっはっは。まぁ、そうだろうなぁ」


 だが、芙蓉パパは呵呵大笑である。おおらかな人物なのか、元から余裕がある人物なのかは知らない。


「まぁ、めぐみも良い歳だ。君の方から素敵な男性を見つけてくれると、私も安心なんだが……」

「いや、そんなこと言われても、あたしも出会いないですし……」

「どのみち、石蕗くんの息子も、これから大変だろうしね」


 その、妙に含みのある言い方が、あいりには若干気になった。

 杜若あいり、気になることは、尋ねずにはいられない性分である。


「あの、それって、御曹司が逮捕された話ですか?」

「それもある。私も話は断片的にしか知らないがね。だがポニー社の社長は……」


 と、言いかけた芙蓉パパであるが、そこで言葉をつぐんだ。


「いや、この話はやめておこう。君やめぐみとは、直接関わりのないことだ」

「はぁ」


 釈然としないものを感じながらも、あいりは頷く。


「君が、めぐみや、一朗くんの良い友人であってくれることには、私からも礼を言おう。できればこれからも、そうであってくれないかね」

「そりゃあ。最初からそのつもりですけど……」

「はっはっはっはっはっは」


 芙蓉パパは笑い、猫を抱きかかえながらまた吹き抜けの階段を上がっていった。

 芙蓉めぐみの部屋は、彼ら同様この吹き抜けの上にある。あいりは、目的地にたどり着くために、芙蓉パパが自室の扉を開けて姿を消すまで待たなければならなかった。





 一朗が目を覚ましたのは、ホテル・グランドヒルズの一室でのことである。あざみ社長を家へと送った後、またこちらのバーに戻って多少酒を飲み、彼はホテルの一室にチェックインしてしばらくの間眠った。一朗は、このグランドヒルズに限らず、首都圏各地や地方の大型ホテルに、常に複数の客室をリザーブしてある。いずれのホテルも情報の機密性に信頼がおけ、セキュリティも万全なものだ。五年前からの癖であるが、最近は地方旅行に行く際しか利用しない。

 一朗の23年の人生の中で、ホテルに宿泊した回数など数えるのもバカバカしいが、その理由が『締め出しをくらったから』などという情けないものであったのは、これが初めてである。とりあえず今後もおそらく無いであろう理由なので、一朗は『締め出しを食らった自分』というものを、それなりに楽しんだ。


 ひとまず朝食はルームサービスで済ませる。一朗には既に、この日一日の予定があったが、まずは自宅への電話をかけることにした。あれから一晩である。桜子が、ローズマリーとうまいこと打ち解けていればいいのだが。

 一朗は椅子に腰掛けたまま、携帯電話を取り出した。メールのアイコンのところに、未読を示す1の数字がついている。昨晩、父からもらったメールだ。これはまだ開いていない。アドレスから自宅を選び、コールをタップする。しばらくのち、つながった。


『はい、もしもし』


 聞こえてきたのは、桜子の声である。一朗はわずかに安堵した。


「おはよう、桜子さん。僕だ」

『あ、一朗さま。おはようございます。よくお眠りになられました?』

「おかげ様でね。そちらも、ひと段落がついたようで何よりだ」


 電話に桜子が出る、ということは、ローズマリーがそれを容認しているということである。彼女が桜子を監禁した理由は、想像することしかできないが、ひとまずその件について、何かしらの決着がついたと見て良いだろう。


『一朗さま、朝ごはんはお食べになりましたか?』

「うん。ホテルの方で済ませたよ。桜子さんも、家にあるもので好きに食べていい」


 一朗は椅子から立ち上がり、カーテンを開けて眼下の町並みを眺めた。グランドヒルズのスイートルームからは、六本木のミッドタウンがよく見渡せる。


「このあと、ちょっといろいろ回ってくるから、帰るのが遅れるんだ」

『あー、警察とかですか?』

「そんな感じ。それで、ローズマリーに代わってもらえないかな」

『ローズマリーにですか? いいですよ』


 桜子がそう言うと、電話口に若干のノイズが入る。そこからしばらくして、平坦な女性の合成音声が聞こえてきた。


『イチロー』

「やぁ、ローズマリー。おはよう」


 一朗はまずそう挨拶をしたが、ローズマリーはすぐに返答しなかった。


『イチロー、あなたに質問があります』


 代わりに、このようなことを言ってきた。一朗は首をかしげる。


「ん、なんだろう」

『あなたは、まだ怒っていますか』


 そう言えば、そんなことを言った気もするな。ひょっとして、気にしていたのだろうか。一朗は正直に答える。


「怒ってはいないよ。でも、君の処遇に対して、若干苦慮しているところはある。聞いてくれるかい」

『はい』


 ちょうど良かった。この件について話そうと思っていたのだ。このまま続けてしまおう。


「僕は以前、君に教えたはずだ。自分のやりたいことと、社会規範がぶつかった場合に、リスクを負う可能性があるということを」

『はい』

「僕は、自分の身に起きたことは気にしちゃいないんだけど、それでも君は僕に対して迷惑をかけたし、少なくとも一度は怒らせている。また、君のやったことは、社会の定めたルールを大きく逸脱している。君はそれに対して、ペナルティを背負わなければならない」

『はい』


 緊張しているのだろうか。いつもと同じ、まったく平坦な声ではあるが、一朗はそのように思った。


「僕は、君に対してフェアなペナルティが降りることを期待している。君が苦痛を被るのを見たいというわけではない。ただ、僕は君を、ひとりの社会的な生き物として扱いたい。君との付き合い方を考える上でもね」

『それは、』


 ローズマリーはいったん言葉を切る。


『罪を償い、綺麗なカラダになってこい、ということでしょうか』

「桜子さんに何を見せられたのかは、本人に聞こう」


 任侠映画などだったりしたら、人工知能の情操教育にいいとは思えない。

 とは言え、ローズマリーは素直だった。最後には『はい』と頷き、『どのような処置であろうと受け止めます』とも言った。妙にスムーズだと感じるが、いったい何かあったのだろうか。


『私は、お父様に対してあらゆる面で劣っていることを認識せざるを得ませんでした』

「お父様?」

『扇桜子のことです』

「なんだか、だいぶ愉快な関係を構築しているみたいだね」


 ともあれ、ローズマリーの方はかなり落ち着いている。これは一朗にとて朗報だった。こちらのほうは、あまり気にしなくて良さそうである。問題が残っているとすれば、外堀の方だ。

 一朗は、最後に軽く挨拶をかわし、電話を切った。そしてようやく、父親からのメールを開く。


 ギルドスポンサー対決の時、マツナガとかわした言葉であるとか、

 タバコに付き合った際、著莪とかわした言葉であるとか、

 昨晩ホテルのバーで、あざみ社長とかわした言葉であるとか、


 それぞれまったく別の言葉ではあったが、一朗にとっては一貫性のあるものであった。だいたい、この事件の背景に、うっすらと何者かの悪意が透けて見え始めている。正直なところ、そんなものは見たくなかった。一朗にとってこの一件は、明確な悪者がいないような事件であって欲しかった。

 だがしょせん現実である。どのような場所にも悪意の萌芽はある。悪者が誰もいないような、不幸な事故などというものは存在しない。


「ナンセンス」


 一朗はそれだけいって、携帯電話を内ポケットへとしまった。

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