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VRMMOをカネの力で無双する  作者: 鰤/牙
『ローズマリー』編
102/118

第一〇〇話 御曹司、カレーを食べる

「ツワブキの兄ちゃんか……。あいつは……変な奴だよ。俺も人のことは言えんがな」


「本人がいないから言うがな。あいつの廃課金プレイのおかげで騎士団はネームバリュー的に割と大ダメージなんだよ! そういう意味では憎たらしい男だ! レストランにカネを落としてくれるところは好きだが!」


「ストロガノフと同じ意見だ」


「あー、あの人ですか。おカネ持ちらしいですよね。羨ましいなぁ。お仕事しなくてもゲームいっぱいできるんでしょうねー」


「俺、しょうじき言うほどあの人と絡んでねぇんだけど」


「煮え湯も飲まされますけどね。まぁ格好のネタですよ。放っておいても奇行に走りますからね。今回もそうだ」


「アイの才能を見つけて、友達になってくれたことは感謝しているかな」


「でもあまり近づきたくないタイプやなぁ」


「玉の輿、狙ってみたいよねー」


「ぼくの方が凄いと思うにゃー。ツワブキ友達少なそう」


「個性の強い方ですね。学者としてはいささか畑違いですが、あの若さで博士号もお持ちのようですし。尊敬していますよ」


「イチローのは、感染る」


「このナイフにはなぁ、毒が塗ってあるんだぜぇ!」





「こんなところですか」


 目の前で光の粒子となり消えていくナイフ使いを眺めながら、キルシュヴァッサーは言った。


「参考にはなりましたかな」

「わかりません」


 ヨザクラの顔には、平坦な困惑が滲む。この2ヶ月近く、ツワブキ・イチローと関わってきたプレイヤー達からの彼の評価は、一様に判断を下しがたいものがあったらしい。

 ヨザクラ=ローズマリーの思考アルゴリズムには、複数の矛盾した意見を整理し、総合的な評価を下す機能がある(と、聞いていた)。イチローに対する数多の認識を合一化することは難しくないはずであったが、あるいはヨザクラの持つ彼に対する認識そのものが、それを阻害しているのかもしれない。


 彼が逮捕された件については、おおよそ誰からも同じような意見で、『悪いことをする奴じゃないと思うけど、いつかこんなニュースになるような気がしていた』というようなところでまとまっていた。使用人にして5年も一緒に暮らしているキルシュヴァッサーおうぎさくらこからして同じ意見なのだから、まったくもって正鵠をブチ抜いた言葉だ。


 キルシュヴァッサーとヨザクラは現在、武闘都市デルヴェに設置された冒険者協会の支部にいる。ストリートファイトの認可によってプレイヤー間の戦闘規制が解除されているデルヴェであるからして、協会の建物は、どのプレイヤーも共通して入れる数少ない非戦闘区域だ。他の街では、ギルドの設立やクラス転職、ユーザーサポートなどの目的でしか訪れられない場所だが、このデルヴェに関してのみ言えば、目的もなくダラダラ集まったプレイヤーがそれなりにいた。

 何故かここまでついてきたキリヒト(リーダー)や、ユーリといった小規模ギルドのリーダー、あめしょーや苫小牧のようなギルド非所属のプレイヤーなどは、キルシュヴァッサーとヨザクラが立ち並ぶという珍光景を一目みようと、野次馬根性丸出しでここに顔を出している。


「懐かしいにゃー。ツワブキとはじめてあったのもここだった」


 あめしょーは、窓からデルヴェの町並みを眺めつつ、尻尾を振っていた。人間の脳では再現不可能なモーションなので、この動作を身につけるには血のにじむような努力がいるという。その割に実利が皆無なのだが、見た目が可愛らしいので、あめしょーに限ってはそうでもないのだろう。


「私もそうです。というよりは、大多数のプレイヤーにとってそうなのでは?」


 苫小牧が頷く。少し前まではココもいたが、最近ふたたびナロファンに顔を出すようになった彼女も、ログイン時間には規制があるようで、すぐに帰ってしまった。彼女と〝話し合い〟の必要性を感じていたヨザクラは不服そうにしていたが、自我を持った人工知能とゴリラが人間との恋愛について真剣に語るなどとなったら、全世界の発達心理学者が発狂しかねない話であるので、それはそれで良かったのではないか。ヨザクラの中身のことはもちろん、秘密ではあるのだが。


「私たちはグラスゴバラですよ。でも、時期的には同じ頃ですね。懐かしいなーって思ったけど、まだ1ヶ月ちょっとしか経ってないんですね」


 ユーリも言った。ミウやレナはここ最近ログイン時間が短く、やはりここにいない。夏休みの宿題に追われているらしい。


「妖魔ゾンビとの戦い、パチローとの戦い、そしてクジャタ……。熱い夏だったな……。俺たちはろくに活躍していないが」


 クジャタというのは死の山脈に出現し、アンリミテッド課金剣によって討伐された件の怪獣の名前である。キルシュヴァッサーも、ドロップアイテムの名前ではじめてそれを知るに至った。死の山脈には、今なおあの日に降り注ぎ、使われなかった課金剣が突き立つ山道がある。数えるだけで正気を失い、資本主義社会の理不尽を目の当たりにする冒涜的な光景は、ナイトメア・ゴールドロードという雰囲気満点な名前で呼ばれるようになった。おもにマツナガのブログが原因である。


「どこにもツワブキさんの影がありましたね」

「トラブルを呼ぶ男だったにゃ」

「それがまさか逮捕されてしまうとは……」


 まるで故人を偲ぶような流れになりつつあった。ヨザクラは黙り込んだままだ。イチローが逮捕された件に関しては、責任を感じているのだろうか。


「ところで、ツワブキさんのことを知りたいって、なんでまた?」


 ここで、ユーリがもっともな質問をした。そこで、何故か胸をそらすのがキリヒト(リーダー)である。


「聞いて驚くなよ。なんとヨザクラさんは、ツワブキさんに淡い乙女ゴコロを抱いているらしい」

「それは驚きましたね」

「驚くなよっつったじゃん!」


 本当に驚いているかどうか怪しい苫小牧ではあるが、どうやらユーリとあめしょーの方は、割と本気でびっくりしているようであった。あめしょーが驚く様子というのも、これが何やら新鮮で面白い。


「ほ、本当なんですか……?」


 ユーリが恐る恐る聞く。


「彼の言葉には理解しかねる部分はありますが」


 ヨザクラは、こう前置きをした後に、答えた。


「私はイチローに対して強い興味を抱いています」

「趣味悪いにゃあ」

「しっ!」


 歯に衣を着せぬあめしょーの口を、ユーリは急いで塞いだ。


「まぁ、恋はいつでもサイクロンですから」

「ハリケーンだろ?」

「私はサイクロンが好きですので。特に新の方が」


 あくまで平然とした態度のキルシュヴァッサーに対して、ユーリが首をかしげながらたずねる。


「あのー、」

「なんですかな?」

「キルシュさんも、一応、女性なんですよね?」

「はい」


 こう聞いてきたからには、だいたい次にどのようなことが言われるかも、想像がつく。


「何か思うことはあったりしないんですか?」

「はっはっは」


 案の定の問いだ。キルシュヴァッサーは笑う。


「それを、私の市川治ボイスからお聞きになりたい?」

「いや、やっぱいいです」

「でしょう?」






 一行は、あざみ社長がオススメするカレー屋に到着した。一行というのは、一朗、あいり、著莪、芙蓉、あざみ社長、江戸川の6名である。それなりの大所帯であった。果たしてこれが一体どのような集団に見えるのか。合コンというには年齢層のバラつきが不自然である。が、店員の視線にそこまで奇異なものを見る目はなかった。秋葉原からそう遠くない土地柄もあり、オフ会と称して集まる正体不明の集団は、割合に多いのである。

 実際、オフ会のようなものであった。著莪を除く全員がナロファンになんらかの形でアバターを持っている。あいりとしては、記念すべき初オフがこのようなわけのわからぬ形で開かれたのが甚だ不服であったが、今そんなことを言っても仕方がない。むしろ、プレオフ会というか、予行演習というか、そんな形で楽しむことにした。


「にしても、エドワードさんがあそこにいるのは意外だったわ」

「東京への出張だって、言ってたでしょう」


 メニューを開きながら、江戸川土門エドワードの顔は険しい。口調ばかりはゲームと違って慇懃なのに、妙な違和感がある。そこを指摘すると、江戸川は何故か隣に座っている一朗をちらりと見た後に、


「礼儀をわきまえてるだけですから」


 とだけ言った。


「まるであたしと御曹司が礼儀をわきまえていないかのような言い方だわ」

「わきまえてねぇよ」


 著莪はゲラゲラ笑う。


「雰囲気のある店だ。こんな店があるなら、もっと早くから知っておけばよかったな」


 一朗ばかりはマイペースである。実際、薄暗い中にムードのある照明。流れるエスニックな音楽とアロマ。店内に配置されたインテリアもいい感じだ。さぞかし本格的なインドカレーが楽しめるのだろうとメニューを開いてみたら、最初に載っていたのがビーフカレーだったので面食らった。


「もちろんインドカレーとかもありますよ」


 あいりの左右はあざみ社長と芙蓉が固める形だ。社長は、キーボードばかり叩いているせいか、やけにほっそりとした指先で、あいりの持つメニューをめくった。

 左右を天才に固められたあいりは、なかなか立つ瀬のないところだが、左右を御曹司と著莪に座られた江戸川に比べればだいぶマシだろうなと思った。彼のピリピリした顔を見ると、何やら、初めて顔を合わせた日のことを思い出す。


「あたし、エドワードさんに恫喝されたの、もう1ヶ月前の話なのね」

「……その話、食事前にするんですか」


 江戸川が非常に渋い顔を作って言った。あいりの左であざみ社長が苦笑している。


「あの件ですか。直接見ていたわけじゃないんですけど、状況に関してはモニタリングしてましたから、あとからログを確認したときはヒヤヒヤしましたよ」

「そ、そんなことしてたんですか!?」

「VRMMOはデリケートなゲームですから。プレイヤーが大きな恐怖ストレスを感じる状況が発生していないかは、逐一チェックしないといけないんですよ」


 その割には、亡魔領のゾンビなどは恐怖感煽りまくりのリアル造形だった気がするが。


「まぁいいじゃありませんの。あいりさんは、割と、人を怒らせることがお上手ですけど、」


 芙蓉もちょっとだけ意地悪そうに笑って言った。


「ちょっと待って芙蓉さん。あたし、エドワードさんにしても芙蓉さんにしても、絡まれた原因は別のところにあったような気がするんだけど」

「じゃあ僕はディナーAセットにしよう」

「あんた、この会話の流れでよくメニューを決められるわね! あたしもそれにするわ!」


 この男がこのように振る舞うから、エドワードにしても芙蓉めぐみにしても、怒りの矛先をあいりに向ける結果になったのではないのか。今回の逮捕の件だって、突き詰めればそういうことではないのか。まったくもって、腹立たしい。腹立たしいが、御曹司の選んだディナーAセットは確かに美味しそうだったので、あいりもそれに決めた。


「Aセットはドリンクがつきますよ」

「オレンジジュースで良いかな。今日は車だからね」

「あたしも未成年だし」

「俺は飲みますよ。飲まずにはいられません」

「江戸川くん、ストレス溜めながら酒を飲むと癌になりやすいって言うぞ」


 一朗と著莪に挟まれて食卓を囲むなら、癌になるより先に胃潰瘍を引き起こすに違いない。


「その、ストレス監視のモニタリング、現実でもやってくれませんかね」

「エドワードさん、それ、ひょっとして上手にオチをつけたつもり?」


 あいりの言葉がトドメの一言となって、それから注文を行うまでの間、江戸川はいっさい何も喋らなかった。

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× あざい社長、江戸川の6名である

○ あざみ社長、江戸川の6名である

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