努力と功績
アリスティードが学院へ通うようになった。
リュシエンヌが十三歳。兄であるアリスティードも十五歳を迎えたため、一足先に入学したのである。
毎日王城から馬車で通っているが、どうやら授業を終えて、用がなければ真っ直ぐに帰って来ているらしい。
実技の授業は別だが、毎日、アリスティードはリュシエンヌに今日習ったことを教えている。
どうやら授業中に自分用のノートだけでなく、リュシエンヌ用に別に紙を持ち込み、そちらにも授業の内容を書いておいて、それを使ってリュシエンヌに勉強を教えているようだ。
教えてもらっているリュシエンヌは真面目に勉強しているが、頼られたアリスティードの方は少し嬉しそうだ。
だがアリスティードもリュシエンヌに教えるために授業を真面目に受け、きちんと理解していなければ出来ない。
……リュシーもそうだけど、アリスティードも十分優秀な部類なんだよねぇ。
帰宅後、恐らくそのままリュシエンヌの宮へ直行して来ているのだろう。
学院へ持って行っている鞄を携えてやって来るアリスティードをリュシエンヌも毎日待っている。
リュシエンヌに勉強を教えつつ、自身の予習と復習をこなすアリスティードは本当は多忙なはずなのに、リュシエンヌの前では決してそのような姿を見せない。
アリスティードはどんなに忙しくてもリュシエンヌや父親との時間を必ず作る。
学院に通うため、ティータイムに現れることはなくなったが、相変わらず夕食はリュシエンヌと共に摂れるようスケジュールを組んでいる。
リュシエンヌの宮で食べることもあれば、リュシエンヌがアリスティードの宮で食べることもあり、そして三人が集まる際には必ず王城で摂る。
「お兄様、出来ました」
リュシエンヌが顔を上げる。
横に座っていたアリスティードも顔を上げ、リュシエンヌから紙を受け取った。
その紙に目を通す。
「…………ああ、全部正解だ」
アリスティードが「リュシエンヌは本当に優秀だな」と妹の頭を撫でる。
「お兄様の教え方が上手だからです」
「そうか?」
「はい、お兄様は学院の先生になれると思います」
「ははは、それは褒め過ぎだろう」
嬉しそうに、照れ臭そうに笑うアリスティードにリュシエンヌも目を細めて笑っている。
父親やアリスティードをもっと信じると決めてから、リュシエンヌは二人に対して以前よりも気安くなった。
二人もリュシエンヌが近付いて来たことに気付いている。
特にアリスティードの方は以前よりも更にリュシエンヌを可愛がるようになった。
リュシエンヌも以前より「お兄様」と兄を慕うようになった。
ルフェーヴルとしてはリュシエンヌの心は自分のものだけにしておきたいと思いつつも、まだリュシエンヌには味方が必要だと理解している。
だから家族の仲が深まるのを静観していた。
それに家族二人と仲が良くなったからといって、リュシエンヌがルフェーヴルを忘れるということはなかった。
リュシエンヌが振り返る。
「見て、今日も全部正解したよ」
琥珀の瞳が「褒めて褒めて」と見上げてくる。
ルフェーヴルの口角が自然と緩んだ。
「リュシーは偉いねぇ」
よしよしと頭を撫でれば、パッとリュシエンヌの表情が明るくなる。
「飛び級だけじゃなくて、入学したら、学年上位に入りたいの。ちゃんと王族として恥じない成績を残して卒業しなきゃ」
公務に出るようになって、王女として、王族としての立場も強く意識しているらしい。
リュシエンヌなら、それも可能だろう。
元よりリュシエンヌは優秀だ。
「なら私も更に努力しないとな。妹に抜かされる兄なんて格好悪い」
アリスティードが笑う。
「でもお兄様は入学当初から学年一位なんでしょう? わたしはさすがに一位を取り続けるなんて出来ません」
リュシエンヌが兄へ尊敬の眼差しを向ける。
しかしアリスティードは「リュシエンヌに教えているからだ」と妹を見た。
実際、人に物事を教えるには、教える側がきちんと理解出来ていなければ上手くいかないものだ。
だがアリスティードは授業で教わった内容への理解度が高く、後ろで聞いているルフェーヴルでも、リュシエンヌに教えている内容が理解出来た。
……まあ、オレも昔、ジジババ達から教わったけどさぁ。
アリスティードの方がよほど教え上手だ。
「誰かに教えると、私自身の復習にもなるから、試験で問題が出ても困らないんだ」
リュシエンヌが首を傾げる。
「そういえば、試験には魔法の実技も含まれるんですよね? 魔力のないわたしはどうなるのでしょう?」
「いや、実技は授業が主だ。試験では魔法式の構築が試験になるからリュシエンヌも公平に受けられるだろう」
「それなら魔力は関係ないですね」
実技を行えない分、不利になる可能性が高かった。
けれども魔法式の構築であれば、リュシエンヌも試験を問題なく受けられる。
今まで座学だけとは言えど魔法について学び続けたリュシエンヌは魔法式を構築するのが実は得意だ。
本人は前世の記憶のおかげだと言うけれど、リュシエンヌの構築する魔法式は既存のものとは違って斬新で、面白く、そして意味のないものも数多くあった。
服を傷めずにシミを落とす魔法だったり、空中に少しの間だけ文字が書ける魔法だったり、色々あるが、ほとんどはリュシエンヌが魔法を使えたらやってみたい魔法らしい。
ただシミを落とす魔法は侍女達が喜んでいた。
リュシエンヌの魔法式は緻密だ。
普通、魔法式というと「自分の持つ魔力からこれくらいの量を使って、こんな感じの魔法を出して」と精霊に伝える程度のものだった。
だから人によって同じ魔法でも威力が違っていたり、効果の持続時間が変わったりする。
魔力の多い人間ほど強力で持続時間が長い。
でもリュシエンヌの魔法式は違う。
正確に「この数値の魔力量で、このような現象を起こす」と定められている。
例えば火球を生み出す魔法。
今までの魔法式だと魔力量や使用者のイメージによって、握り拳から人の頭くらいの大きさまで振れ幅がある。
リュシエンヌの魔法式は魔力を数値化しており、決まった量の魔力を使用することで火球の大きさが統一されている。
それまでの魔法式よりもずっと安定して同じ現象を起こせるのだ。
リュシエンヌに魔法を教えていた宮廷魔法士は問いかけた。
「何故、数値で指定したのですか?」
それにリュシエンヌはこう答えた。
「わたしは魔力がありません。洗礼の儀で見た水晶版には『魔力/0』と書かれていました。0という数値で表現されていたので、わたしも数値で示しただけです」
ステータスの数値は確かに数字で書かれている。
だがそれは今まで、その人物の能力値として捉えられるだけで、その数値を魔法式に組み込むということはなかったのだ。
……言われてみればなるほどって感じだけどねぇ。
そもそも自分のステータスを他者に漏らすことが少ないため、数値自体、滅多に耳にするものではない。
しかし全ての人間の魔力は確かに数値化されている。
全ての人間の魔力一単位は同じ量のはずだ。
リュシエンヌの魔法式の構築方法はあっという間に宮廷魔法士達の間に広まり、その構築方法は画期的だと絶賛された。
その構築方法で出来上がった魔法式を使えば、誰でも同じ魔法の現象を生み出すことが出来る。
宮廷魔法士達はその魔力量から、どうしても使用する魔法の現象が大きくなってしまい、指先に爪ほどの小さな火を灯すといった繊細な魔法が苦手な者が多かった。
けれど、リュシエンヌの構築方法のおかげで繊細な魔法もほぼ完璧に使えるようになった。
何より魔力の減り具合が明確に分かるようになったことで、魔力切れで倒れる心配がないのだ。
自分の数値を前以て知っていれば、あとはどの魔法でどの程度魔力を使用するか覚え、計算すればいい。
リュシエンヌは最初から魔法式の構築が出来たわけではない。
魔法を学び、どのようなものか自身の中で考え、教師である宮廷魔法士を質問攻めにし、何度も構築しては教師から厳しいダメ出しを受けた。
不発の魔法式もかなり沢山あった。
リュシエンヌはそれでも諦めなかった。
五歳の頃から八年、魔力のないリュシエンヌはそれでも魔法を学ぶことをやめずに続けた。
大量の構築式と詠唱を集め、分析し、それぞれに使用出来る言葉を覚え、組み合わせでどのような現象になるのか調べた。
ルフェーヴルもそれを手伝ったが、リュシエンヌの魔法に対する好奇心は恐らく終わりがない。
その好奇心が重要なのではないかとルフェーヴルは思う。
使えないからこそ知りたい。
強い好奇心と関心がリュシエンヌを突き動かした。
「魔法の理解力に魔力は関係ない。魔法を生み出すために正確な魔法式を構築出来る者を魔法士と呼ぶならば、王女殿下は素晴らしい魔法士である。その努力と探究心を我々は見習うべきだ」
それは宮廷魔法士長の言葉だった。
ルフェーヴルから見ても、リュシエンヌの魔法式は緻密で、繊細で、まるでリュシエンヌ本人のように美しいと思えるものだった。
詠唱は既存のものに比べてやや長いが、それは時と場合によって使い分ければいい。
正確性が必要な時はリュシエンヌのもの。
威力や時間を優先したければ既存のもの。
詠唱に慣れた魔法士ならば多少長い詠唱でも既存のものと同じ早さで唱えることも可能だ。
リュシエンヌの構築方法を理解してから、ルフェーヴルはずっと、その構築方法の魔法を使用している。
現象が統一しており使いやすく、魔力の使用量も明確に分かり、発動する時に現れる魔法式の美しさが気に入った。
宮廷魔法士から徐々にリュシエンヌの魔法式構築方法は貴族の間に広まりつつあり、アリスティードやベルナール達も既にその方法を使っている。
何れ貴族から平民に広がり、リュシエンヌの構築方法は知れ渡ることになるだろう。
「何か褒美を与えたいのだが欲しいものはあるか?」
という、父親の言葉にリュシエンヌは首を振った。
「欲しいものはもう全部あります」
リュシエンヌはそうとだけ言った。
だから父親であり国王でもあるベルナールはリュシエンヌに報奨金を与えることにした。
もしも欲しいものが出来たらそれで購入するように、使わなければ嫁入り時に持っていくように、リュシエンヌの財産とした。
宮廷魔法士からは「宮廷魔法士の称号を与えるべきだ」という声も出たようだが、リュシエンヌは「魔力のないわたしでは荷が重いから」と断った。
王女自身が目立つことを避けていると知って以降は何も言わなくなったが、時折、宮廷魔法士達の下を訪れてはリュシエンヌは彼らと魔法について更に学んだり、互いの意見を交換したりして過ごしている。
「リュシエンヌなら魔法の試験も高得点を取れるさ」
アリスティードの言葉にルフェーヴルも同意の意味を込めて頷いた。
リュシエンヌは殺傷力の高い魔法式は構築しない。
他者を傷付ける恐怖もあるが、どうやら、それが自分や周囲の人間に向けられたらと思うと構築を躊躇ってしまうのだと言う。
それがリュシエンヌらしかった。
「私よりも良い成績を残せるだろう」
リュシエンヌが、ふふっと笑う。
「お兄様、それは妹贔屓が過ぎます」
「そんなことはない。もう既にリュシエンヌは魔法の理解度も魔法式の完成度も私の上をいっている」
アリスティードが微笑んだ。
「だが私だっていつまでもこのままではない。もっと学んで、リュシエンヌが入学する頃には、魔法も剣も学院随一の男になる」
リュシエンヌが目を丸くし、そして破顔した。
「お兄様、カッコイイです」
アリスティードもそれに破顔する。
アリスティードは有言実行の男だ。
元々才能があり、集中力があり、努力を惜しまない真面目さも持っている。
きっとリュシエンヌが入学する頃には、アリスティードは剣の腕前も魔法の腕前も上がっているだろう。
……オレものんびりしてられないかもなぁ。
今度は王城の騎士団のところに行って鍛錬しようかと、ルフェーヴルは考えるのだった。




