誕生パーティー(4)
最初と同じく一曲目は大人しく、二曲目は華やかに踊ったわたしとルルがダンスの輪を外れて戻る。
すると、待ってましたと言わんばかりに貴族のご令嬢達に取り囲まれた。
ご令嬢達は年上から年下までいたが、全員高位貴族である。
「王女殿下にご挨拶申し上げます」
恐らく最も地位が高いのだろうご令嬢が一番に礼を執り、他のご令嬢達もそれに倣う。
……えっと、確か。
「クリューガー公爵家のエカチェリーナ様ですね」
「まあ、王女殿下に覚えていただけるなんて光栄でございます。あらためましてクリューガー公爵家の長女、エカチェリーナ=クリューガーと申します」
わたしは曖昧に微笑んだ。
彼女を覚えていた理由がそのがっちり巻かれた縦ロールな髪型のおかげというのは黙っておこう。
何というか、彼女はもしわたしが原作通りのリュシエンヌに育っていたら双璧をなしていそうなくらいの悪役顔なのである。
美しく、洗練されていて、でも棘というか、毒も感じさせる化粧をしっかり施した派手な顔立ちだ。
あとクリューガー公爵は美しい小鳥の硝子細工を贈ってくれたので、名前を覚えていたのだ。
それに彼女はわたしと歳が近そうだったから。
「わたしはリュシエンヌ=ラ・ファイエットです」
よろしく、という意味を込めてニコリと微笑む。
クリューガー公爵令嬢もニコ、と微笑んだ。
「この度はご婚約おめでとうございます。これほど早く婚約を結ばれるなんて珍しくて、わたくし驚いてしまいました」
……ん? これは嫌味なの、かな?
でも別に敵意や害意は感じられない。
言葉のまま受け取るべきか。
「ありがとうございます。わたしも早いかもしれないとは思いましたが、愛する方に誠実にありたかったので婚約しました」
ルルを見上げれば、ルルがニッコリ微笑む。
わたしの片手を取って指の付け根にキスをした。
周りのご令嬢達がルルにポーッと見惚れるが、ルルはわたしだけを見つめてくれる。
クリューガー公爵令嬢は変わらぬ笑みを浮かべていた。
「仲がよろしくてお羨ましいですわ」
どうやら本心で言っているらしい。
わたしはそれに笑みを深める。
「わたしにとっては彼が全てですから」
「まあ、何と情熱的なのかしら。ですが王女殿下の婚約者たる方が男爵では、少々分不相応ではありませんか?」
扇子で顔の下半分を隠し、クリューガー公爵令嬢がルルをチラリと見やった。
「あら、クリューガー公爵令嬢、それは逆ですわ」
「逆、ですか?」と聞き返される。
「ええ、彼はわたしと結婚するために男爵位を受け入れてくれたのです。功績はあったのですが、彼自身は爵位や地位に執着していなかったので」
「ではニコルソン男爵は王女殿下のためだけに、爵位を持ったと?」
クリューガー公爵令嬢の言葉にルルが頷いた。
「ええ、彼女を妻に迎えるには貴族になる必要がありましたので」
ルルが完璧な外面を装備した。
……うん、いつもみたいな喋り方や態度はしないだろうと思ってたけど。
これはこれで紳士的でカッコイイ。
普段とのギャップがあってドキッとする。
クリューガー公爵令嬢がパチリと扇子を閉じた。
「そうですのね。国王陛下がお認めになられた方でしたら、わたくし共が何かを申し上げる必要はございませんわ」
すると、それまで黙っていたご令嬢達が近寄って来て「恋愛結婚なんてお羨ましい」「私もこのような素敵な殿方と婚約したい」と話しかけられた。
あまりに一度に話されるので驚いていると、クリューガー公爵令嬢がこほん、と小さく咳払いをする。
「皆様、王女殿下がお困りですわよ」という一声でサッとご令嬢達が「申し訳ございません」「失礼いたしました」とわたしから半歩離れた。
その慣れた様に普段からこうなのだろうと察せられた。
「貴族や王族での恋愛結婚というのはとても珍しいことですから、皆、王女殿下と男爵が気になっておりますの。殿下さえよろしければ、お二方のお話を是非聞かせていただきたいですわ」
ニコリと微笑みながら言われて考える。
顔立ちは悪役みたいだし、言葉遣いも何だか裏がありそうに感じられるけれど、不思議と嫌な感じはない。
……そう、外見と中身が合っていないような?
周りのご令嬢達も頷いている。
そちらからも負の感情は感じられない。
むしろ羨望や憧れに近いものが伝わってくる。
男爵に王女が嫁ぐなんてと言われるかと思っていたが、予想とは裏腹に、好意的に受け止められたらしい。
しかしルルとの馴れ初めなどは話せない。
そうしたらルルが後宮に忍び込んだところから話さなければならなくなる。
どうしよう、と思っているとルルに肩を抱き寄せられた。
「オレの可愛いリュシーは恥ずかしがり屋なので、代わりに私がお話しましょう」
「構いませんか?」とルルに問われて頷き返す。
もう一度、手にキスが落とされる。
周りのご令嬢が小さく黄色い声を上げた。
そこからはルルがわたし達の馴れ初めを上手く説明してくれた。
ルルはお父様である陛下の命で後宮の実態を探っており、その中でわたしの存在を知り、虐遇されていたわたしをひっそりと手助けしたこと。
手助けに関しては、壁越しに食べ物や薬などを渡していたということになった。
いくら現国王の命令だったとは言っても男が後宮に立ち入ったということがバレるのはまずい。
そうしてクーデターの日にルルがわたしを後宮から連れ出し、ファイエット邸に連れて行き、その後は侍従兼護衛として仕えた。
日々を共に過ごしていく中で互いに想い合う感情が芽生え、年の差や身分差は理解していても、想いは消えることがなかった。
互いに想い合う二人の気持ちを陛下は気付いており、わたしが王位継承権の放棄を行う代わりにルルの下に降嫁したいと願い、ルルが男爵位を受け入れることで、それが叶えられることとなる。
大まかに言うとそのような感じであった。
わたしは時折相槌を打ちながらも、客観的に聞いてみるとまるで物語みたいな展開だなと思った。
虐げられたお姫様を助け、救い出し、守り続けた男性が、やがてその功績によりお姫様と結婚する。
ただの男爵位ならば身分が釣り合わないと言われるが、自ら功績を挙げて得た男爵位は王女を娶るためだけに授かったと言えば、美談になる。
国王が王女を降嫁させても良いと思うほどの人物だと考えれば、それだけ信頼厚いのだとも取れる。
答えに窮する質問には「それは二人だけの秘密ですので」とルルがニッコリ微笑めば、大抵のご令嬢は頬を染めてそれ以上は訊いて来ない。
多分ルルは自分の顔が整っていることを理解してやってる。
……美形は武器って本当だよね。
ご令嬢達は話を聞いて満足した様子だった。
最後にまたクリューガー公爵令嬢が口を開く。
「王女殿下、男爵様、不躾なお願いにも関わらずお応えいただきありがとうございました」
彼女が礼を執れば、やはりご令嬢達もそれに倣って礼を執る。
わたしは小さく首を振った。
「いいえ、わたしの方こそ話しかけていただけてとても嬉しかったです。このような場は初めてなので、もしかしたら誰ともお話出来ずに終わるのではと心配しておりました」
「まあ」
わたしが少しだけおどけたように言えば、クリューガー公爵令嬢がクスッと小さく笑った。
その笑みは思わずといった年相応のものだった。
わたしも笑い返せば、互いに互いを好ましく思っていることが伝わり、和やかな空気になる。
ふとクリューガー公爵令嬢は何かに気づいた風に僅かに顔を動かした。
「お話を終えるのは名残惜しいですが、このまま王女殿下をお引き留めしていては他の皆様に恨まれてしまうでしょう」
視線で促された先をそっと見れば、こちらの様子を窺う人々がいる。
ご令嬢とのお喋りはここまでのようだ。
「クリューガー公爵令嬢、わたしのことはどうぞリュシエンヌとお呼びください」
貴族の同性間での名前の呼び合いは親しい間柄、つまり友人同士での呼び方である。
友達になりましょうという意味だ。
クリューガー公爵令嬢、いや、エカチェリーナ様が嬉しそうに微笑んだ。
「ではわたくしのこともどうかエカチェリーナと」
「ええ、次に会うのを楽しみにしていますね、エカチェリーナ様」
「ええ、わたくしもですわ、リュシエンヌ様」
お互い、これでお友達ですねと微笑み合う。
そしてエカチェリーナ様はご令嬢を引き連れて颯爽と離れていった。
それを見送りながらルルがぼそっと「貴族の令嬢って結構押し強いんだねぇ」としみじみ言うものだから、吹き出しそうになった。
あんなにスラスラ淀みなく受け答えしていたのに、実は内心ではたじたじだったのかもしれない。
お疲れ様と意味を込めてルルに寄り添う。
このまま会場を後にして離宮に帰り、ルルと二人だけで過ごしたいところだが、まだそうはいかない。
それを残念に思いつつも笑みを浮かべる。
「王女殿下にご挨拶申し上げます」
近付いて来た貴族達への対応をする。
ルルの顔にも外面用の笑みが貼り付けられている。
……さあ、もう一踏ん張りだ。
* * * * *
「お父様」
派手な金髪を縦に巻いた少女が父を呼ぶ。
それまで談笑していたクリューガー公爵は自身の娘を見ると、話を切り上げて、娘の下に近付いた。
穏やかな笑みを浮かべながら問う。
「王女殿下とお話は出来たかい?」
父親の問いに少女、エカチェリーナは頷いた。
「ええ、リュシエンヌ様は控えめなお方でしたわ。あのお言葉通り、王位を狙うなどということはないでしょう。リュシエンヌ様も婚約者の男爵様も、お互いのことしか見ておりませんもの」
扇子で口元を隠しながら報告する。
父親がそうか、と頷き、そして苦笑する。
「それにしてももう親しくなったのだね」
エカチェリーナと王女は今日会ったばかりだ。
それなのに娘が王女を名前で呼んでいるということは、親しい間柄になりたいと互いが思い、それを互いが了承した証である。
父の言葉にエカチェリーナはふふんと自慢げに僅かに顎を上げた。
「ええ、そうですの。リュシエンヌ様がお許しくださったのよ。わたくしもエカチェリーナと呼んでいただけるようになりましたわ」
エカチェリーナの父親は「それは良かったね」と言いつつ、内心で娘が王女の友人になることに微妙な心境であった。
国の中枢部に位置する者達は国王から既に王女の今後について聞いている。
王女は十六歳で男爵と婚姻し、表舞台から去る。
それは社交界から姿を消すことと同意義である。
王女がその後、どこへ移り住むかは誰も知らず、王も口を噤んでいる。
嬉しそうに話す娘がそれを知ったらどう感じるか。
せっかく親しくなれたのに、たった数年しかその関係を維持出来ないというのは少々娘にとっては可哀想なことだった。
「今後とも殿下に仲良くしていただきなさい」
「はい」
それについて娘に話すのはもう少し大人になってからにしよう。
大人びた子で、大人のように振る舞うことにも慣れている子だが、まだ十三歳だ。
もし王女の方から明かされるならそれも良し。
そうでなければ、どこかで説明しなければならない。
「しかし、リーナ、自分の役目を怠ってはいけないよ」
そう声をかければエカチェリーナがキリッとした顔で父を見上げて笑った。
「ええ、心得ておりますわ」
王家に逆心を抱く者が王女に近付かぬように、王女がそのような者達に惑わされぬように、側で見守る。
それが父であるクリューガー公爵が娘のエカチェリーナに与えた役目であった。
王女の周囲には国王の信頼厚い者達で固められているであろうが、社交界に出て、交友が広がると、全てを把握するのは難しくなる。
同性であり、王家の次に爵位の高い公爵家の令嬢たるエカチェリーナならば王女の近くにいても不思議はない。
そして慣れない社交の場に出る王女を補佐し、手助けするというのもエカチェリーナは心得ている。
エカチェリーナは幼少期より様々な茶会に早くから参加しているため、顔も広い。
そのような人物が不慣れな王女には必要だろう。
「でもわたくし、お父様に言われなくてもきっとリュシエンヌ様と親しくなったと思いますわ」
エカチェリーナの言葉にクリューガー公爵は珍しそうに目を瞬かせた。
「おや、そうなのかい?」
華やかな外見のエカチェリーナは、その外見に見合った苛烈さも持つ。
普段は淑女らしくしているが人に対する好き嫌いははっきりとしており、嫌いな者は視界にも入れない徹底ぶりなのだ。
そんなエカチェリーナが自らそう言うのである。
「リュシエンヌ様はわたくしを外見で判断なさいませんでした。そういう方がわたくし、大好きですもの」
エカチェリーナが扇子の向こうで嬉しそうに、ふふふと笑った。
その年相応の笑みにクリューガー公爵も微笑む。
これなら娘は問題なく役目を果たせるだろう。
「ですがニコルソン男爵はどこか怖い方ですわ。あの方と親しくなるのは難しいでしょう」
女の勘というのは時として非常に鋭いものである。
男爵が何者なのかを知っているクリューガー公爵は、何も言わずに苦笑したのだった。
* * * * *




