ルルとリュシーの街歩き(3)
次の屋台はスティックみたいな細いパンが店先に並んでいた。
パンはこんがりとキツネ色に焼けていて、捻ったような形をしている。
それと一緒に大きな瓶に詰まったジャムも並ぶ。
「いらっしゃーい」
お姉さんがわたし達を見てにっこり笑う。
「あら、かわいい〜!」
まだ串焼きにかじりついているわたしに、お姉さんが声を上げた。
目が合ったので小さく会釈する。
口の中にお肉があるので喋れない。
「妹さん?」
「うん、そうだよぉ。初めての街歩きなんだぁ」
「そうなんだ〜?」
もぐもぐとお肉を食べるわたしをルルとお姉さんが微笑ましそうにニコニコ顔で見る。
わたしがしっかり口の中のものを飲み込み、最後の肉を食べ終えるとルルが串を後ろにいた騎士に渡した。
ハンカチで口を拭われる。
「ここはねぇ、細いパンにジャムをつけて売ってくれるんだよぉ。どのジャムがいい〜?」
ルルの説明にお姉さんが頷いた。
「うちのパンはバターたっぷりだから、そのままでも十分美味しいけど、ジャムをつけるともっと美味しいのよ」
そういえばバターの香りが微かにする。
それに並んだ瓶はどれも色鮮やかだ。
「どんなあじがありますか?」
「イチゴ、クランベリー、ブルベリー、オレンジ、リンゴ、レモン、ナッツクリーム、ちょっと高いけど蜂蜜もあるわ」
「……イチゴください」
一番当たり外れのなさそうな味を選ぶ。
ルルが「半分に切ってぇ」と言い、お姉さんが頷いた。
「あとナッツクリームと……何か食べるぅ?」
ルルが後ろにいた騎士達に問うと、二人はオレンジとブルベリーを注文した。
最初の一本を真ん中で切り、他はそのままクルリと紙に包まれる。
それから木製の浅いコップみたいなものに注文したジャムがぺぺぺぺっと盛られていく。
「銀貨一枚ね」
言われて銀貨を差し出す。
代わりに二つに切ったパンとイチゴジャムの入ったコップを渡される。
ルルは器用に片手でパンとコップを持っていて、騎士達も渡されたものを持つ。
「そっちにベンチがあるから、そこで食べるといいわよ」
示された場所にはベンチがあった。
ルルがそれに「どうもぉ」と言ってお店を離れた。
ベンチに向かい、そこに降ろされ、隣にルルが座る。
騎士達は左右に立ったままだ。
「こうして、ジャムをつけて食べるんだよぉ」
ルルがわたしが持っていたパンを取ると、コップにスティック状のパンを入れてジャムをつけ、食べる。
わたしも真似て渡された残りのパンをコップに突っ込み、ジャムのついた部分にかじりつく。
「……!」
お姉さんの言う通りバターの香りが口に広がり、それからイチゴの甘酸っぱい味がする。
パンは表面がサクサクして、中はしっとりと柔らかく、香ばしい。
イチゴジャムの酸味は少し強いけれど、たっぷりのバターを使ったパンと合わせると全く気にならないのだ。
「おいしい!」
「でしょ〜? こっちも一口食べてみる〜?」
ルルも自分の分を一口食べた後、コップを差し出したので、ルルの注文したナッツクリームをつけて食べてみる。
……ピーナッツクリーム?
「すごいもったりする。おいしい」
「もったりかぁ。リュシーは面白い表現するけど、確かにもったりした味だねぇ」
「でもたくさんは食べられないあじだね」
「そうだねぇ、オレも一本食べたらもういいかなって感じはするよぉ」
捻れたスティック状のパンをコップにつけては食べ、食べてはつけてを繰り返す。
わたしは切ってもらった半分の片方を食べたところでお腹いっぱいになってしまった。
それをルルは予想していたらしく、残りの半分はルルのお腹に収まった。
……ルルって細身だけどよく食べるなあ。
果物だってリンゴとオレンジだけでなくブドウも食べてるし、串も半分食べたし、スティックパンを一本半食べた。
でもまだまだ余裕そうな顔をしている。
騎士達もあっという間に食べ終えていた。
「あとはのんびりお土産探そうか〜」
膝の上に落ちたパンくずを払ってからルルに抱き上げられる。
騎士が持っていたゴミを近くの箱に捨てていた。
どうやらそこに屋台で食べたゴミを捨てるらしい。
「おみやげ、いいのあるかな?」
「色々置いてるから多分あると思うよぉ」
噴水まで戻り、最後に残った通りへ向かう。
お土産などを売っている通りは他の通りよりもいっそう賑わっていて、屋台もカラフルだ。
何を模したのか謎な置物があったり、花が売られていたり、ちょっとした髪留めやブローチを置く店もあった。
「ルル、あそこ見たい」
髪留めやブローチを扱っているお店を示すと、騎士達とルルが人混みを上手く縫うように通り抜けていく。
着いたお店には沢山の髪飾りやブローチが並んでいた。
「いらっしゃい」
やや年配の女性がおっとりと声をかけてくる。
「お母さんに贈り物?」
「いやぁ、うちで働いてるメイド達にだよぉ」
「そう、その人達が羨ましいわねえ」
護衛の騎士二人を見て、訳知り顔で女性が頷く。
わたしは並べられた商品を見た。
どれも花をモチーフにしており、派手さはないけれど、品の良い髪飾りやブローチだ。
リニアさんとメルティさんを思い出す。
……落ち着いた雰囲気のリニアさんには綺麗なブローチ、明るい雰囲気のメルティさんはちょっと華やかな髪飾りがいいかな?
「高めのもので、琥珀を使ってる物を選ぶといいよぉ」
ルルがこっそり耳元でそう囁いた。
「何で?」
「リュシーの侍女が安い物をつけるわけにはいかないでしょ〜」
「……そっか」
王女の侍女だから高くて質の良い物の方がいいということか。
琥珀を選ぶのは、わたしの瞳の色だから?
わたしは大きな琥珀を植物が囲んでいるブローチと、小粒の琥珀をいくつかはめ込んだ花の髪飾りを選んだ。
値段は金貨一枚と銀貨二枚。
小さな箱に入れてもらい、騎士が持っている紙袋に一緒に入れておいてもらう。
「ありがとうね」
女性はニコニコと笑い、お店を後にするわたし達に手を振った。
それに小さく振り返してから前を向く。
お父様とお兄様とオリバーさんは何にしようか。
それから屋台を順に見て回る。
「うーん……」
しかしなかなか良さそうな物が見つからない。
「ど〜お?」
「……これっていうのがない」
オリバーさんのは見つけた。
袖口につけるカフスだ。
これは鮮やかな緑の宝石がついたものにした。
オリバーさんは優しくて穏やかで、何となく緑のイメージがあるのだ。
「おとうさまもおにいさまも、何をわたしたらよろこんでくれるのか分からないの」
お父様もお兄様も欲しい物は手に入る。
だからお土産と言っても考えてみたら、何を買って行けば良いのか分からなかった。
悩んでいるとふと声がかかった。
「お嬢ちゃん」
かけられた声にルルとわたしで振り返る。
随分と歳のいった老婆が手招きをしていた。
「わたし?」と自分を指差すと頷き返された。
ルルが老婆に近付いていく。
老婆のいるお店は不思議なものが並んでいた。
編み込んだ紐のようなものに丸い玉がくっついて、残りの紐が少し余っている。
……組み紐?
思わずまじまじと見ると老婆が微笑む。
「珍しいかい?」
頷けば、ふふふと笑う。
「これはね、いくつかの紐を特別な方法で編んだ飾り紐なんだよ。東の国の特産品の一つで、大切な人に贈ったり、親しい者同士で揃いのものを持ったりして、互いの絆を表すものでね」
「きずな?」
「そうさ。家族だったり、友人だったり、恋人だったり、夫婦だったり。一種の御守りのようなものさ」
わたしはついその老婆をジッと見てしまった。
「どうして、たいせつな人におくるものをさがしてるって分かったんですか?」
何も言っていないのに。
老婆は朗らかに笑う。
「そんなこと聞かなくても見ていれば分かるよ。お嬢ちゃん、さっきからあっちの店、こっちの店と見て回っていたけど、随分真剣な表情で悩んでいたからね」
……そっか、見られてたんだ。
疑問が解消されてホッとする。
「かざりひもは男の人でも使いますか?」
「ああ、使うよ。髪を結んだり、剣の柄につけたり、服の飾りとしてつけたり、様々だよ」
お店に並んだ飾り紐は色々あった。
明るい色から暗い色まで種類も豊富である。
値段も思ったよりも安い。
……うん、いいかもしれない。
下手に高い物を贈るより、これなら手の届く値段だし、異国の物だからちょっと変わったプレゼントとしても面白い。
それに飾り紐はとてもしっかり編み込まれていて、簡単に千切れることもなさそうだ。
「……じゃあ、これとこれください」
黒い紐だけで編まれた飾り紐に琥珀の玉が通されているものと、青い玉が通されているものを指で差す。
お父様は黒髪に金の瞳、お兄様は黒髪に青い瞳なので、同じ色の物なら身に付けてもそう目立ちすぎないだろう。
それからふと隅にあった飾り紐が目に留まる。
……あ、これ……。
「それとこの二つも」
わたしが別の二つを指差すと老婆は頷いた。
「箱に入れるかい?」
「くろいの二つは入れてください。のこりの二つはそのままでいいです」
「そうかい。お代は四つで銀貨四枚と銅貨八枚だよ」
「はい、ぎんか五枚でおねがいします」
お金を渡し、お釣りの銅貨四枚を受け取り、黒い飾り紐二つをそれぞれ小さな箱に入れてもらう。
その間に先に受け取った二つの飾り紐のうち、一つをルルに差し出しだ。
「これはルルの分」
差し出した飾り紐はやや暗い茶色と明るい茶色の組み紐に琥珀の玉がついたものだ。
そしてわたしのもう片手に持っている飾り紐は同じやや暗い茶色と明るい茶色の紐に薄い灰色がかった少し透明感のある玉がついている。
ルルは飾り紐を手に取ると笑った。
「ありがとぉ」
「あとで付けるねぇ」と内ポケットへ仕舞われる。
わたしも落とさないように飾り紐をしっかり持つ。
老婆が箱に入れてくれた二つの飾り紐は騎士が持ってくれた。
「おばあさん、ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げると老婆はふふふと笑う。
「こちらこそ、買ってくれてありがとうね」
これで帰ることが出来る。
わたしの気持ちを読み取ったように、ルルが空を見上げて「そろそろ帰ろうかぁ」と言った。
それに頷き返し、わたし達は馬車を残した場所まで戻ることにした。
* * * * *
「僕にくれるのか?」
お屋敷へ戻り、夕食の時間に箱の一つを持って食堂へ向かい、先に来ていたお兄様へ「おみやげです」とそれを差し出した。
お兄様は少し驚いて、でもそれ以上に嬉しそうな顔で箱を受け取ってくれた。
リニアさんとメルティさん、オリバーさんには帰ってきてすぐに渡してある。
三人共とても喜んでくれてわたしも嬉しかった。
「今開けても?」
「どうぞ」
お兄様は結んであったリボンを解いて箱を開ける。
そうして中に入っていた飾り紐をそっと手に取った。
「東の国のかざりひもというそうです。たいせつな人に、おまもりとしておくるものだとききました」
「大切な人……」
「おにいさまは、わたしのたった一人のおにいさまですから。それと、これはおとうさまとおにいさまは、おそろいのものにしてあります」
「そうか、父上とお揃いか」
お兄様が今度こそ破顔した。
お兄様はお父様を尊敬しているし、父親としてもとても慕っているので、お揃いなのが嬉しいのだろう。
箱から取り出した飾り紐を眺めている。
「それはかみをむすんだり、けんのつかにつけたり、服のかざりにしたりするそうです」
お兄様が「ふむ」と言った後に頷いた。
「なら僕は剣につけさせてもらおう」
「ありがとうな」とお兄様に頭を撫でられる。
喜んでもらえて良かった。
ちなみに、わたしとルルはそれぞれ左手首に結んである。
互いの髪の色に似た飾り紐に、互いの瞳の色の玉がついた飾り紐だ。
わたしも席につき、隣の席にニコを置く。
すると給仕がそっと近付いて来て、ニコのいる席の前のテーブルに今日わたしが買ってきた木製の食器を並べてくれた。
「それは?」
お兄様が不思議そうな顔をした。
「ニコの分のしょっきもかいました」
「そうか。可愛い食器だな。ニコによく合う」
「わたしもそう思います」
わたしもお兄様も思わず頷き合う。
可愛いクマのヌイグルミのニコに、丸みを帯びた木製の食器はとてもよく似合っていた。
もしニコが動き出してスプーンとフォークを持ったら、きっともっと可愛らしい光景になっただろう。
しかも食事が運ばれてくるとニコの食器の上に小さなケーキが載せられた。
どうやらデザートのケーキのあまりを先に運んで来てくれたらしい。
このケーキは後で使用人の誰かが食べるそうだ。
だから無駄にはならないと聞いてホッとしたし、わたしがニコの食器を買ってきたから使って見せてくれたのだろう。
壁に控えていたオリバーさんがニコニコしていたので、多分、オリバーさんの指示だと思う。
その日から、テーブルにはお兄様とわたしと、そしてニコの分の食器が並ぶことになった。
街へ出ることに不安もあったけれど、出掛けて良かったと思える一日だった。
お父様の分の飾り紐はオリバーさんにお願いして王城に届けてもらった。
すぐにお父様からお礼の手紙とお返しの花が届き、お兄様が「そうか、お返し……」と何やら難しい顔で呟いていたのは後の話である。




