調査隊 - 旅(3)
その日の夜、宿のお父様の部屋にルルと押しかけた。
一応、わたし達も休憩時間におつまみになりそうなものを買い込んでおり、それを持って行くと、すぐにお父様が出迎えてくれた。
「丁度ワインも冷えたところだ」
中に入り、丸テーブルの周りに置かれた椅子に腰掛ける。
正面にお父様が座り、横にルルがいる。
テーブルの上にはバケツがあって、氷とワインが入っていた。
お父様の足元にもバケツがあるが、テーブルの上のワインとは別のものらしい。
いくつかおつまみも置かれていて、すぐにでも飲める状態だった。
わたし達も持っていたおつまみをテーブルの上に置く。
「それじゃあ、飲み会しましょう!」
お父様がワインを取り出し、水気を拭ってから、小さなナイフでコルクの周りの封を剥がす。それからコルク抜きでコルクを抜く。ポンッと小気味良い音が響いた。
ルルがグラスを確認して、お父様がグラスにワインを注ぐ。
以前見た赤ワインより、色味が少し明るい気がする。
三つあるグラスのうち、一つをルルが手に取り、口をつける。
ルルが頷き、グラスをわたしに渡し、残りをお父様が取る。
「新たな遺跡の調査が無事済むことを願って、乾杯」
お父様の言葉にわたしとルルも「乾杯」と声をかけて口をつける。
……前に飲んだ赤ワインは結構渋かったけど……。
恐る恐る一口飲んで、驚いた。
「ん、甘い……!」
多少の渋さはあるものの、想像していたよりも軽く、甘くて飲みやすい
横でルルも「甘いねぇ」と言う。
「赤ワインにこんなに甘いものがあるんですね」
「ん? 以前は飲まなかったのか?」
お父様が不思議そうに言い、ルルが答えた。
「あの時は甘口は避けたんだよねぇ。初めて飲むから、あんまり飲みやすいと飲みすぎちゃうかも〜って思って。まあ、結局リュシーは飲みすぎてたけど」
「あはは……」
確かに、初めて飲む時にこれを出されたら沢山飲んでいたと思う。
ルルの判断は正しかったのかもしれない。
今度は酔いすぎないよう、ゆっくり飲む。
「アリスティードに恨まれそうだな。きっと、一緒に飲みたがっただろう」
「ええ〜? アリスティードは口煩いから別にいいよぉ」
「そう言ってやるな。あれこれ口出ししたがるのは、それだけお前達のことが心配なんだ」
「分かってるけどさぁ」
言いながら、ルルが乾燥した果物を食べる。
その表情が明るくなり、すぐにわたしにそれを差し出してきた。
「リュシー、コレ美味しいよぉ」
「ありがとう」
受け取り、食べるとレーズンだった。普段見かける黒っぽいものではなく、オレンジっぽい色合いだが、確かに甘くて美味しい。
「お父様のほうはいかがですか? 退位されてからも忙しいと以前おっしゃっていましたが……」
「ああ、アリスティードに王位を譲ったが、全てを一気に引き継ぐと大変だからな。王家相談役という立場になって、アリスティードの手伝いをしている。そこにこの遺跡問題も出て、アリスティードも私も頭を抱えたものだ」
「まあ」
お父様が珍しく肩を竦めて『やれやれ』という仕草をしたので、わたしは笑ってしまった。
王位をお兄様に譲ってから、お父様は少し雰囲気が柔らかくなった。
もしかしたら、長い間ずっと気を張っていたのかもしれない。
「しかし、見つけてしまった以上は放置しておくわけにもいかないからな」
「律儀だねぇ」
お父様のグラスが空くと、ルルがボトルを持ち、ワインを注ぐ。
そんなごく普通の光景が、なんだかすごく新鮮だった。
「そういえば、ルルとお父様はいつからお知り合いなんですか?」
あのクーデターの前には既に、お父様がルルを雇っていた。
あれから十七年経っているので、二人はそれ以前からの付き合いがあるはずだ。
「ルフェーヴルとか。……かなり前ということは覚えているが」
「うーん、多分かれこれ二十年くらぁい? …。うっわ、長〜」
自分で言っておいて、ルルが驚いている。
……二十年かあ。それは長い。
「当初のルルはどうでした? ルルもお父様ってどんな感じだった?」
二人が首を傾げる。
思い出すようにそれぞれが視線を巡らせ、お父様が先に口を開いた。
「気まぐれな暗殺者、というのが印象的だったな。若いが腕は確かで、余計な詮索もしてこないから付き合いやすいと思った」
「……うーん、金払いのイイ客だなぁとは思ってたかも〜? 他の客とは毛色が違うし、あれこれ口出ししてこないし、長く付き合ってくのも悪くないって感じだったねぇ」
「毛色が違う?」
「そぉそぉ。義父上はほとんどが間諜だったからさぁ、オレとしては楽に稼げて良かったんだよぉ。たまぁにすごく退屈になるけどねぇ」
と、いうことらしい。
ルルが干し肉をかじり、咥えたまま椅子を後ろに傾けて揺らすものだから、お父様に「行儀が悪い」と一言注意されていた。
それでもやめないところがルルらしくて、お父様も一応注意はしたものの、あまり気にしていないようだった。
……ルルとお父様の関係って不思議だなあ。
* * * * *
ひっく、という小さくしゃくりあげる音にベルナールは顔を上げた。
ほぼ同時にルフェーヴルが「あーぁ」と声を漏らした。
立ち上がったリュシエンヌがルフェーヴルに抱き着いた。
「ルルだいすき〜」
「はいはい、オレも大好きだよぉ。ほら、涙拭いて〜」
えぐえぐと泣きながら、リュシエンヌがルフェーヴルに抱き着いている。
ルフェーヴルは慣れた様子でその顔にハンカチを当てた。
「飲みすぎないよう注意してたけど、やっぱダメかぁ。……リュシーって酔うとすぐ泣くんだよぉ」
と、言いながらルフェーヴルがリュシエンヌの背中をポンポンと宥めるように軽く叩く。
……それはまた予想外な……。
リュシエンヌがルフェーヴルから離れたかと思えば、今度はこちらにやってくる。
「お父様もだいすき〜……」
泣きながら、やはり抱き着いてくる。
その手にベルナールも手を重ね、苦笑した。
「ああ、私もリュシエンヌが大好きだ」
「わたし、お父様のむすめでよかったあ」
「そうか、私もリュシエンヌの父親になれて良かったよ」
まだ泣くリュシエンヌに、ルフェーヴルが手招きする。
「ほら、リュシー、こっちにおいでぇ」
呼ばれると素直にルフェーヴルのところへ戻っていく。
そうして、ルフェーヴルが膝の上に横向きに抱えてやり、よしよしと頭を撫でる。
「みんなだいすき……ルドに会いたいよお……」
「はいはぁい、後で一旦帰ろうねぇ」
「うん……っ」
……大人になったかと思えば、まだまだ子供だな。
ぐすぐす泣いているリュシエンヌをルフェーヴルがあやしている。
なんとなく体を揺らしてあやすところに、きっとルドヴィクが泣いた時もああしてあやしているのだろうというのが感じられた。
しばらく揺らしているとリュシエンヌから静かな寝息が聞こえてきた。
「……近くにお前の師が住んでいるそうだな?」
「ん〜? うん、そうかもねぇ」
リュシエンヌを抱え直すルフェーヴルに問えば、曖昧に返される。
「でも、もう行ってもいないんじゃないかなぁ」
「いない? どういうことだ?」
「前に挨拶に行った時に『もう来るな』って言われたんだよぉ。多分、今行ってもあそこにはもう誰もいないんと思うよぉ。そもそも建物すらあるかどうかって感じぃ? 暗殺者が自分のいた痕跡を残したままにすると思う〜?」
「なるほど」
ベルナールとしてはルフェーヴルの師という人物には少し興味があったのだが。
膝の上にリュシエンヌを抱えたまま、ルフェーヴルがグラスを掴む。
「最後の最後までムカつく師匠だったよぉ。まったくさぁ、勝ち逃げなんて酷いよねぇ」
どうやらルフェーヴルと師匠の間で何かあったらしい。
師匠が勝利して、そのまま別れたきりなのだろう。
だが、言葉とは裏腹にその横顔は穏やかなものだった。
「良い師匠じゃないか」
そう返せば、ルフェーヴルがキョトンとした顔をして、小さく噴き出した。
「リュシーも似たようなこと言ってたっけ」
「そうか」
「親子は似るもんだねぇ」
ルフェーヴルの言葉にベルナールは微笑んだ。
「そうかもしれないな」
* * * * *
酔っ払ったリュシエンヌを起こして宿の部屋に戻り、転移魔法を使う。
屋敷からかなり離れているものの、まだ使えないほどではない。
転移魔法を使うとリュシエンヌが顔を上げた。
ややあって居間の扉が開かれた。
「おかえりなさいませ──……」
「あー! ヴィエラさんだあ、ただいま〜!」
「えっ、お、奥様っ?」
リュシエンヌが駆けていき、泣き虫に抱き着いた。
突然のことで混乱しながらも泣き虫はリュシエンヌをしっかりと抱き留め、漂う酒の匂いに気付いたようで「酔っていらっしゃるのですね」と呆れた顔をする。
ルフェーヴルは歩み寄り、リュシエンヌを引き剥がした。
「水持ってきて〜。あと、ルドヴィクは〜?」
「坊っちゃまはお部屋で過ごしておられます」
「だってさぁ、リュシー。寝ちゃう前にルドヴィクの顔、見に行こうよぉ」
そう声をかければリュシエンヌが「行く!」と意外にもシャキリと立った。
その足取りはしっかりしていて、子供部屋に向かっていく。
ルフェーヴルもついていき、子供部屋に着くと、リュシエンヌが扉を叩く。
「オレ達だよぉ」
と、声をかければすぐに中から扉が開いた。
「おかえりなさいませ」
「メルティさん、ただいま〜」
「あれ、リュシエンヌ様、まさかお酒を飲まれたのですか?」
顔にそばかすのある侍女が目を丸くする。
「うん、お父様とルルの三人で飲んだの〜」
「まあ、それは良かったですね」
「うん、すっごく楽しかった!」
腰に手を当て、なぜか自慢げな顔をするリュシエンヌに侍女がパチパチと拍手をする。
室内で侍従に抱かれていた子供が目を丸くしながら、真似をするようにパチパチと手を叩いた。
それを見つけたリュシエンヌがいつもより素早い動きで子供に近づき、顔を寄せた。
「ルド〜、ただいま〜! ああ、やっぱりルド可愛い〜! 今でもこんなにルルそっくりなのに、大きくなったらルルがもう一人増えちゃうかも〜!」
侍従が困っていたのでルフェーヴルも近づき、子供を受け取った。
酔いが回ってかなり上機嫌なリュシエンヌに頬擦りされているが、子供が珍しく少し嫌そうな顔をしていた。恐らく酒臭いのだろう。
「ルルもルドもかわいくて最高だなあ」
リュシエンヌが何度も子供に頬擦りをしたが、子供は耐えている。
……思ったより我慢強いねぇ。
「リュシー、ルドの顔見たからもういいでしょぉ? コイツもそろそろ寝る時間だしぃ」
「ええ〜、もうちょっとだけ……ダメ?」
「だぁめ。子供もリュシーも睡眠不足は良くないよぉ」
「……はぁい」
子供から顔を離したリュシエンヌが、よしよしと小さな頭を撫でる。
「ルド、おやすみ〜」
「……はぁーえ、おーちゅみ、なちゃ」
「じゃあ、おやすみぃ」
「ちぇーえ、おーちゅみ、なちゃ」
もう一度侍従の腕の中に子供を戻し、リュシエンヌの肩を抱いて居間に戻る。
放っておいたらいつまでも子供にべったりしていそうなので、リュシエンヌを移動させれば、居間に泣き虫がいた。水も用意してある。
「はい、リュシー、お水飲んで〜」
「はぁい」
前回より言うことをきいてくれるので完全に酔っ払っているわけではなさそうだ。
渡したグラスの水をリュシエンヌが美味しそうに飲んでいる。
「今はどの辺りにいらっしゃるのですか?」
「バウムンド伯爵領まで来たよぉ。あと数日で遺跡に着くと思うけどねぇ」
泣き虫の問いに答えつつ、リュシエンヌの様子を見る。
水を飲み干したのでグラスにおかわりを注ぐと、また飲み始めた。
……水っ腹になりそうだねぇ。
「コッチはど〜ぉ?」
「特に何もありません。いつも通り、穏やかです」
「ならいいよぉ」
ルフェーヴルも水を飲み、ついでに空間魔法から瓶を取り出す。
片手の親指でコルクを弾けば、ポン、と小さく音がした。
落ちたコルクを拾いながら泣き虫が言う。
「酒と併せると効果が強くなってしまいますよ」
「強くなる分にはいいでしょ、別にぃ」
そう返し、瓶の中身を一息で飲み干した。
数日に一度、ルフェーヴルは避妊薬を飲んでいる。
リュシエンヌとの間にもう子を作るつもりはないため、飲んでいるのだが、強い薬なのでリュシエンヌに飲ませるわけにはいかなかった。
空の瓶を差し出せば、泣き虫がコルクを瓶に戻す。
それを空間魔法に放り込み、リュシエンヌを抱き締める。
「リュシー、そろそろ寝よっかぁ」
「うん」
リュシエンヌがグラスを置いてルフェーヴルに抱き着いてくる。
それを抱え、ルフェーヴルは立ち上がった。
「ああ、朝は向こうで食べるから気にしなくていいよぉ」
居間を出ながらルフェーヴルが言えば、背後で「かしこまりました」と声がする。
寝室へ移動し、影魔法で扉を開けて、中に入り、後ろ足で閉める。
ギュッとリュシエンヌが抱き着いてきた。
「ルル……」
甘えるようなその声にルフェーヴルは返事の代わりに口付けた。
* * * * *




