魔力制御
* * * * *
子供が一歳の誕生日を迎える数日前、ルフェーヴルは闇ギルドに行った。
理由は、子供が身に着ける魔力制御用の魔道具を手に入れるためだ。
……今のところ魔法は使ってないけどぉ。
前回のように密かに魔法を使われて、何かあってはたまらない。
仕事の報告を終え、ルフェーヴルはアサドに声をかけた。
「あと、ピアス型の魔力制御用の魔道具を用意してくれなぁい?」
「魔力制御……? もしかして、ご子息の分ですか?」
「そぉそぉ。魔力量が多いからさぁ、今後喋れるようになった時に魔法を発動させたら危ないんだよねぇ。できるだけ小さくて子供が着けられそうなヤツでヨロシク〜」
「それは構いませんが……まだ一歳になる前なのでは?」
アサドが不思議そうな顔をするので、ルフェーヴルは頷き返した。
「そうだねぇ。まだ一歳だけどぉ、周りの言葉を理解し始めてるっぽいからさぁ」
「なるほど、早めの対策は必要ですね」
子供がルフェーヴルと同等に近い魔力量を持っているとアサドにも伝えてある。
その子供が何かがあった時に魔法を使うと危険だ。
基本的に子供は魔法についての知識がまだ乏しく、魔力制御も上手くない。
魔法を発動させることはできたが制御もできなければ、魔力量の調節もできなくて、そのせいで寝室を荒らしそうになっていた。
「ピアスで良いですね?」
「うん、基本的には外させないからぁ」
「分かりました」
闇ギルドにはある程度、お抱えの技師がいる。
今頼めば、早いと子供の誕生日の頃には出来上がるだろう。
本人は嫌がっているが、リュシエンヌの安全が第一だ。
「とりあえず、ルドヴィクの誕生日にまた来るよぉ」
* * * * *
そうして数日後、誕生日を祝い、子供が昼寝をしている間にルフェーヴルは闇ギルドに来た。
ギルド長室の前に転移すれば、ゾイが身構え、相手がルフェーヴルだと分かると舌打ちをする。
無言で扉を強く叩き、ベルの音が鳴ると扉が開けられる。
「どぉも〜」
ルフェーヴルが室内に入るとバタンッと背後で扉が強く閉められた。
「ホント、アイツは短気だよねぇ。中に転移するなって言うから、部屋の前にしたのにさぁ」
「それはあまり意味がないような……」
思わずといった様子でアサドが呟いたが、ルフェーヴルは聞こえないふりをした。
いつも通りソファーの肘掛けに腰掛け、アサドのほうに体を向ける。
「それでぇ、魔力制御用の魔道具できたぁ?」
アサドが苦笑し、頷いた。
「はい、できておりますよ」
引き出しを開け、そこから掌に収まるくらいの小さな箱を取り出し、机上に置く。
ルフェーヴルは手を伸ばし、それを取って蓋を開けた。
中にはピアスが二つあり、やや暗い赤色の宝石がついている。土台は金色だ。
「石と土台は最高級のものを使いましたよ。今のあなたと同格の魔力量を抑えるには、それくらいの代物でなければ負けてしまいますので」
「だろうねぇ」
ルフェーヴルはアサドに言われた金額をその場で支払った。
この小さな一対のピアスだけで、平民が一年なら余裕で暮らしていけるだけの額がかかった。
だが、元より魔道具というものは値の張る上に、素材が最高級の品なら当然だった。
小さい分、まだ安いと思うべきなのだろう。
箱の蓋を閉めて空間魔法に放り込む。
……リュシーの時みたいにオレがやるかぁ。
リュシエンヌは初めてピアス用の穴を開ける時、ルフェーヴルに頼んできた。
あの頃を思い出して少し懐かしい気持ちになる。
その時にアリスティードのピアスもやった。
……子供の耳は柔らかいからもっと気を付けないとねぇ。
「ご子息は今日で一歳でしたね。おめでとうございます」
アサドの言葉にルフェーヴルはなんとなく、むず痒さを感じた。
「ありがとぉ。その主役も今は夢の中だけどねぇ」
「ふふっ、お昼寝ですか?」
「うん、子供用のケーキ食べてぇ、満腹になったらぐっすり〜」
アサドが微笑ましいという顔をする。
「健やかに育っているようで何よりです」
「ルドヴィクは同年代の子供よりちょ〜っと大きいらしいよぉ」
「父親のあなたがそれだけ長身ですからね。ご子息も背が高くなるのでしょう」
「最近は駆け回って、世話役が大変らしいけどねぇ」
おかしそうにアサドが笑う。
それにルフェーヴルも布の下で小さく笑った。
「とりあえず、戻るよぉ。あ、今日の夜もまた仕事でコッチ来るから〜」
肘掛けから立ち上がれば、アサドが言う。
「ご子息の誕生日くらい、家族全員でゆっくりすれば良いのでは?」
「リュシーはともかく、ルドヴィクがいるとゆっくりなんてできないよぉ。それに魔道具を買った分もさっさと稼ぎたいしねぇ。どうせ、まだまだ金はかかるんだからさぁ」
「それもそうですね」
詠唱を行い、転移魔法で屋敷に戻る。
一歩踏み出してから、あ、とルフェーヴルは気が付いた。
……またゾイのヤツが苛立ってるかもなぁ。
いつもの癖ですぐに転移魔法で帰ってきてしまったが、今更戻るのも馬鹿らしい。
服を着替えて手洗いなどを済ませて居間に戻れば、リュシエンヌがソファーで転寝をしている。
ソファーの足元に座り、気持ち良さそうなリュシエンヌの寝顔をルフェーヴルは眺めた。
ジッと見つめていると何かを感じたのかリュシエンヌの瞼が開き、ぼんやりと見返される。
「……ルル……?」
少し体を動かし、リュシエンヌの目元に口付ける。
「寝てていいよぉ」
そう声をかければ、安心したように「……うん……」と呟いたリュシエンヌがまた眠りに落ちる。
目元にかかった前髪をそっと耳にかけてやり、ルフェーヴルは立ち上がった。
それから子供部屋に行くと、子供の様子を見ていた世話役の男が立ち上がって一礼する。
「ルドヴィクは〜?」
「まだお休み中です」
子供用ベッドを覗き込めば、気持ち良さそうに眠っている。
その寝顔を見つつ、ルフェーヴルは空間魔法からピアスの穴を開けるための器具を取り出した。
これはリュシエンヌやアリスティードの時に使ったものだが、使用後に手入れはしたし、空間魔法の中は時間経過がないためほぼ新品である。
器具を手にしたルフェーヴルに世話役の男がギョッとした顔をした。
「だ、旦那様、まさか……」
「魔力制御用の魔道具、ピアスなんだよねぇ」
「……」
絶句した様子の男は放っておいて、子供の耳を確かめる。
さすがに眠っている間にやるのは危険だろう。
「ちょ〜っと席外してくれるぅ?」
「……かしこまりました」
男が物言いたげな顔をしつつも、一礼して子供部屋を出ていった。
それから、ルフェーヴルは子供を軽く叩いて声をかける。
「気持ち良く寝てるとこ悪いけどぉ、起きて〜」
何度か声をかければ子供が目を覚ました。
起き上がって、くあ、と欠伸をする。
辺りを見回し、世話役がいない代わりにルフェーヴルがいることに気付くと目を瞬かせた。
「今からピアス用の穴、開けるよぉ」
子供はまた、二回目を瞬かせる。
「ぱぁーしゅ」
「そぉ、ピアス。魔力制御用の魔道具だよぉ。またこっそり魔法を使われたら困るからねぇ」
「やぁ!」
「オマエの意見はどうでもいいよぉ」
ルフェーヴルは子供に手を伸ばし、抱き上げる。
「言ったでしょぉ? オレにとって一番大事なのはリュシーでぇ……リュシーは魔力がないから、もし怪我をしても治癒魔法で治せないんだよ」
ピタリと子供が動きを止めて、まじまじとルフェーヴルを見上げてきた。
「量に違いはあっても普通は誰でも魔力があるはずなんだよぉ。でも、リュシーは魔力がない。治癒魔法が効かないから、怪我をしても治せなくて……オマエを産む時だって命懸けだったんだよぉ」
「あぅ……」
「リュシーには元気で幸せでいてほしいから、オマエに制御用魔道具を着ける」
子供がしょんぼりと肩を落とす。
前回、魔法を失敗した件もあるので子供も反論はできないのだろう。
横を向いた子供が恐る恐るといった様子で耳に手を添えた。
「……おーじょ」
どうやら、魔道具を着けることを受け入れたらしい。
ルフェーヴルはそばのソファーに子供を寝かせ、詠唱を行い、闇属性魔法の蔦で子供の体を固定した。
「左右の耳に着けるから動かないようにねぇ」
「あーぃ」
空間魔法から使っていない袋を取り出し、中に魔法で氷を入れて、子供の耳に当てる。
「一度着けたらオマエの力では外せないからぁ、無理に引っ張らないようにねぇ」
「……あーぃ」
少し不満そうな顔をしながらも子供は静かにしている。
耳が冷えると袋を外し、空間魔法から取り出した消毒液で耳を拭く。
それから片手で器具を持ち、もう片手で頭を固定する。
子供の小さな耳なので、位置が少しでもズレれば耳朶がちぎれてしまう。
ルフェーヴルも慎重に器具を子供の耳に当てる。
失敗した場合は即座に治癒魔法をかけるつもりだが、痛みまでは消せないため、一発で決めたい。
少し緊張した子供の表情は、昔のリュシエンヌを思い起こさせた。
「三、数えたらやるよぉ」
……中身は転生者なのにねぇ。
魂が何者であろうとも、体がリュシエンヌとルフェーヴルの子ならば、それは『二人の子供』だ。
「一、二──……」
三、と数える前にバチンと器具が鳴る。
「ぴゃっ!?」と子供が変な声を上げた。
すぐに耳を確認すれば、小さな耳に小さなピアスがきちんと収まっていた。
少し血は滲んでいるが、拭き取るともう血は出ていない。
あまりに子供が静かなので顔を覗き込めば、驚愕の表情を浮かべている。
「はぁーい、反対もね〜」
ころりと子供を転がし、反対の耳も冷やし、消毒し、ピアスを着ける。
「触らないようにねぇ」
起き上がった子供が恨めしそうにルフェーヴルを見る。
何も言わないけれど、その目がルフェーヴルを非難しているのが分かる。
「こういうのはサクッと終わらせるほうがいいんだよぉ」
子供を抱き上げ、ルフェーヴルは居間に向かった。
* * * * *
午後、少し転寝をして目が覚めると、ルルとルドヴィクが遊んでいた。
最近買った、下に車輪がついた小さな木馬にルドヴィクが跨っている。
何故かランドローさんが困ったような顔で見守っており、ルルが木馬から伸びた縄を持って、室内をゆっくりと回ってやっているらしい。
わたしが起きたことにルルが気付いて、それにルドヴィクがこちらを向いた。
「はぁーえ、はぁーえ!」
「はいはぁい、人を指差すのはやめようねぇ」
わたしを指差すルドヴィクを抱き上げ、ルルが横に座る。
ルドヴィクがこちらに手を伸ばしてきたので受け取った。
「あれ?」
ルドヴィクの耳元にちらついた赤に、よく見ると小さなピアスが着けられていた。
「魔力制御用の魔道具だよぉ。これから言葉を話すようになると間違って魔法を使っちゃうかもしれないからぁ、勝手に使えないようにねぇ」
「そうなんだ……」
「リュシーの安全面もそうだけどぉ、魔力制御ができない子供が魔法を使うと魔力を使いすぎて死ぬこともあるからさぁ。これもルドヴィクのためだよぉ」
ルルがルドヴィクの頭を撫でる。
「いつまで着けるの?」
「そうだねぇ。……早いけど五歳で洗礼を受けさせてぇ、そこから少しずつ魔道具を調整しながら魔力の扱いに慣れさせようかなぁ。七、八歳で完全に外せればいいって感じ〜? とりあえず洗礼を受けるまでは絶対外させないよぉ」
「そっか……」
ルドヴィクは耳が気になるようで、触ろうとするけれどルルがそれを掴んで止める。
誕生日に魔力を封じるのは可哀想だが、ルドヴィクやわたしの安全のためにルルが考えたのなら、それが最善の方法なのだろう。
いつもはルルに素直に抱かれているのに、ルルが手を伸ばすとルドヴィクが頬を膨らませる。
……もしかしてルルがピアスを着けたのかな?
そうだとしたら、痛みと驚きとでしばらくルルを警戒するかもしれない。
ルルがランドローさんを指で呼び、ルドヴィクを抱き上げて渡す。
「ご機嫌斜めだからぁ、向こうで遊んでやって〜」
「かしこまりました」
「まだ着けたばっかりだしぃ、耳に触らないように注意してぇ」
「はい、気を付けます」
ランドローさんに抱かれたルドヴィクは頬を膨らませたまま、子供部屋に連れていかれた。
確かに、今はルルから離したほうがいい。
ルルが座り直し、わたしを抱き寄せる。
「もう少ししたら仕事に行ってくるよぉ。ルドヴィクの魔道具も結構、高かったしぃ」
「わたしも早くルシールとして仕事に戻れたらいいんだけど……」
「出産で瀕死だったんだからリュシーは無理しちゃダメだよぉ」
ちゅ、とキスをしてルルが微笑む。
「せめて医者が『問題ない』って言うまでは働くの禁止〜」
「ルルは心配性だなあ」
ギュッと抱き締められる。
「リュシーは治癒魔法が効かないんだから、当然だよぉ」
すり寄ってくるルルの頭を撫でる。
「リュシー、もう一回ちゅーしよ?」
ルドヴィクの前では『良いお父さん』でも、わたしにはやっぱりかわいいルルだった。




