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新国王の戴冠式

* * * * *






 今日は新国王の戴冠式の日ということもあり、王都は賑わっていた。


 ルフェーヴルは適当な家の屋根の上に転移魔法で現れ、スキルで姿を隠しながら、祭り状態になっている街の様子をそこから眺めた。


 聞こえてくる人々の話し声には、義父の退位を惜しむものや新国王の戴冠を祝うものなど色々とあったが、譲位について不満を持つ雰囲気はない。


 ……まあ、旧王家アレを知ってると義父上達の統治下のほうがいいよねぇ。


 それからもう一度転移魔法を発動させて王城の一角に移動する。


 そこから屋根やバルコニーを伝い、義父の政務室に向かう。


 どうせ退位する直前まで仕事をしているだろうから。


 政務室の横にある休憩室の窓に降り、魔法で鍵を開けて中に入る。


 隣室に感じる魔力は二つ。椅子に座っているのが恐らく義父で、もう一つ、机の前に立っている魔力の気配からして、こちらはアリスティードらしい。


 ルフェーヴルはスキルを解除し、政務室に繋がる扉を開けた。


 案の定、華やかな装いをした義父が書類の山の向こうで仕事をしており、机の前に立つアリスティードは義父より更に華やかな装いをしていた。


 思わずといった様子でアリスティードがルフェーヴルのほうに掌を突きつける。




「仕事しに来たよぉ」




 ルフェーヴルがひらりと手を上げて言えば、アリスティードが呆れた顔をした。




「お前な……急に現れるな」


「暗殺者はそういうもんでしょぉ? それにしても、重そうな衣装だねぇ」


「こういう時くらいは華やかにしないと威厳がないからな」




 少し窮屈そうな様子で言うアリスティードの様子からして、その装いは好きではないのだろう。


 しかし、新たな王となる者としてみすぼらしい格好は出来ない。


 これから二人は謁見室で義父の退位を行う。


 退位の際は大きな催しはないそうで、退位の書類に署名をして終わりらしい。


 その後、二人は馬車で教会までパレードをしながら向かう。


 向かう先の教会はリュシエンヌが洗礼を受けたあの場所で、王都で最も大きく、戴冠式では大司祭が立会人となるのが通例のため、そこまで行く必要があった。


 パレードで前国王と新国王が見られるので、王城から教会までの道は人だかりがすごいだろう。




「まあ、今日はのんびり見て行くといい」


「そうさせてもらうよぉ」




 こちらに人が近づく気配を感じ、ルフェーヴルはスキルを発動させた。


 直後に部屋の扉が叩かれ、義父の侍従だろう声が「お時間です」と外からかけられる。


 それに義父が立ち上がり、扉に向かう途中でアリスティードの肩を軽く叩く。




「さあ、行こう」


「はい、父上」




 部屋の外に出る義父の後をアリスティードが追い、その更に後ろをルフェーヴルもついていく。


 義父は機嫌が良さそうだが、アリスティードは少し緊張しているふうだった。


 謁見の間に向かい、中に入れば、貴族達がずらりと並んでいる。


 二人は堂々とした様子で玉座に近づき、そして貴族達を見た。




「皆、よく集まってくれた。既に公にしているが、本日を以って私は国王の座から退く」




 義父がこれまでの話や貴族達に如何に助けられてきたかなどを語った。


 ベルナールという王の、王としての最後の言葉に人々が耳を傾ける。


 思えば、義父に雇われ、後宮を調査したからこそルフェーヴルはリュシエンヌと出会えた。


 それは偶然だったのかもしれないが、それでも、ルフェーヴルなりに感謝はしていた。


 リュシエンヌと出会い、婚約し、結婚し──……子を得る機会を与えてくれたのは義父だった。




「──……私は王位を譲り、その後は相談役となるが、どうか皆で新たな国王を支え、見守ってほしい。そして、この国と民のために新たな国王に仕えよう」




 義父が体の向きを変えてアリスティードに向かい合えば、アリスティードもそうする。


 そして、司祭だろう人間が近づき、義父にペンと書類を差し出した。


 そこに義父が署名を行う。


 それだけで退位の手続きは終わった。あまりに簡素でルフェーヴルは少し気が抜けてしまう。


 クーデターを起こし、傾いた国のために奔走し、民の安寧を願った王の退位というにはあまりにも静かで、地味で、簡単だった。貴族達が静かに最上位の礼を義父に向けて執る。


 義父もそれに同様の礼を返し、アリスティードにも最上位の礼を執った。


 ベルナール=ロア・ファイエット国王が、ベルナール=ファイエット侯爵に戻った瞬間である。


 アリスティードが王笏を強く握った。




「父上、長い間お疲れ様でした。あなたの覚悟と功績を、人々は忘れないでしょう」




 そうして、義父は玉座のある上段から貴族達の立つ下段に下りていく。


 その背中をアリスティードが複雑な感情を秘めた目で見つめたが、瞬きの間にそれは消え、アリスティードは感情を払うように背を向けると謁見の間を出ていった。


 ルフェーヴルはアリスティードの後を追った。


 アリスティードが謁見の間を出ると侍従がいて、護衛騎士達がいた。


 王城の中をゆっくりと歩き、正面玄関に向かう。


 正面玄関に着くと扉が開かれ、騎士達が剣を掲げ、屋根のない豪華な馬車までの道を作る。


 外だというのに、カツ、コツ、とアリスティードの足音だけが静かに響く。


 アリスティードが馬車に乗り込むと、ルフェーヴルも馬車の後ろの部分にヒョイと座った。


 どうせ、スキルを発動させたルフェーヴルを認識出来る者などリュシエンヌ以外にはいない。


 それなら一等席でアリスティードの戴冠式を見てやろうと思った。


 アリスティードが座席に座れば、馬車がゆっくりと動き出す。


 馬車の前後には騎馬隊がおり、旗を掲げ、いつでも剣を捧げる用意も出来ているようだ。


 王太子妃は一足先に教会に行っているのだろう。


 男性社会とはいえ、戴冠式では妻も客人の一人でしかないのはどうかと思うが。


 門を潜り、王城の敷地から出た途端に歓声が広がった。




「王太子殿下だ!!」


「殿下ーっ!!」




 と人々がアリスティードに声をかけ、立ち上がったアリスティードが手を振ってそれらに応える。


 馬車はゆっくりとした動きで教会までの道のりを進んでいった。


 普段の倍以上の時間をかけるものだから、ルフェーヴルは途中で飽きてしまい、馬車の後ろで歓声を聞きながら過ごした。くあ、と欠伸がこぼれるくらいには暇だった。


 やっと教会に到着し、アリスティードが降りるのに合わせて、ルフェーヴルも馬車から降りた。


 アリスティードのすぐ後ろにルフェーヴルがつき、更に後ろに侍従や騎士が付き従う。


 久しぶりに見た教会は外も中も昔のままである。


 ただ、今回は戴冠式などの行事の際にのみ使われる広場が開放され、そこに出席した国中の貴族達がいた。広場の舞台にアリスティードが出れば、一斉に突き刺さるような視線を浴びることとなる。


 それでもアリスティードは臆することなく、堂々とした様で歩みを進める。


 舞台には既に大司祭がいた。リュシエンヌの洗礼に立ち会い、先の戦争の際にも立会人となったその老齢の大司祭はいつ死んでもおかしくない年齢だが、相変わらず背筋が伸びて、歳よりも若く感じられた。


 アリスティードと大司祭は互いに最高礼を執る。


 すると教会の聖歌隊だろう者達が女神の讃美歌を歌い始めた。


 大司祭が小さな女神像を少し頭を下げたアリスティードの額、胸、掌に当てる。


 それから、司祭達の手によってアリスティードに豪奢なローブと剣、真っ白な手袋、王笏が渡され、アリスティードはそれらを身に着けていった。


 最後に大司祭に向かって膝をつき、大司祭が運ばれてきた王冠を手に取った。




「皆様、ここに新たなる王をご紹介します。このファイエット王国の未来を担う、皆様の王を」




 聖歌隊の声に負けないほど、大司祭の声が広場によく通った。


 大司祭は両手に持った王冠を高々と掲げ、アリスティードが静かに頭を差し出す。


 丁寧で、相手への尊敬の念を感じる手つきで大司祭がアリスティードの頭に王冠を被せた。


 アリスティードが姿勢を正し、ゆっくりと立ち上がる。




「私、アリスティード=ロア・ファイエットは今この時よりファイエット王国国王として、民のため、国のため、誠意と真心をもって女神様に仕え、献身をもって国に尽くすと宣言する」




 アリスティードの言葉に拍手が沸き起こり、人々が口々に忠誠の言葉を宣言する。




「陛下に仕え、敬い、忠実であることを誓います!」


「生涯をもって陛下にお仕えいたします!」


「この忠誠を御身に、女神様のご加護があらんことを!」




 それらにアリスティードが手を上げて応える。


 貴族達の中に義父やロイドウェル達を見つけ、ルフェーヴルは目を細めた。


 すぐそばにいるアリスティードの表情は決意に満ちており、そこに幼さはなかった。


 ローブや剣、王笏、そして王冠は重いだろう。


 だが、それを感じさせない笑顔を浮かべると、アリスティードは言った。




「皆の忠義、しかと受け取った!」




 その後は設けられた玉座にてアリスティードは貴族達の祝福の言葉を受けた。


 それだけでも二時間近くかかり、終わると、身に着けているものの重さを感じさえない軽やかな足どりで教会を出て、王城までの道のりでまたパレードを行う。


 ……国王ってのも大変だねぇ。


 実は、義父・ベルナールの時は戴冠式が行われなかった。


 理由は『クーデターによる簒奪であった』から。


 教会側が戴冠式を行い、簒奪を正当化するのを当時の情勢が許さなかった。


 前国王が国を建て直し、その功績をもって、ようやくアリスティードの戴冠式を行えたのだ。

 

 行きよりも時間をかけたパレードは、アリスティードの乗る馬車が王城に入り、門扉が閉じられたことでやっと終わったが、街は新国王誕生という祝日を楽しむために大騒ぎである。


 新国王即位の祝祭は三日間続くらしいと聞いて、ルフェーヴルは呆れてしまった。


 王城の中に入り、アリスティードが政務室に向かう。


 王城を出る前は義父の政務室だったが、今後はアリスティードの政務室となる。


 政務室に入る前にアリスティードは侍従や護衛騎士を下がらせ、一人で中に入った。


 ルフェーヴルもついて行き、扉が閉められるとアリスティードが王笏を机に置き、王冠を脱いだ。




「ルフェーヴル、そこにいるんだろう?」




 声をかけられ、ルフェーヴルはスキルを解除した。




「全く見つけられなかったが、どこから見ていた?」


「ずーっと後ろにいたよぉ」


「暗殺者を引き連れて戴冠式をしたわけか。……お前は相変わらず度胸があるな」




 苦笑したアリスティードが王冠を机に置いてソファーに腰掛ける。




「その度胸の三分の一でも欲しいくらいだ」




 はあ、とアリスティードが疲れた様子で溜め息を吐いた。


 握られた手が微かに震えていて、かなり緊張していたのだと気付く。


 アリスティードがその拳を片方、己の額に押し当てた。




「私は王として、恥ずかしい姿はしていなかったか?」


「大丈夫だと思うよぉ。堂々とした若き王サマって感じで良かったんじゃなぁい?」


「……そうか」




 フッとアリスティードが目を伏せ、口元だけで微笑む。




「これまでは父上の背を追っていたが、もう、そうはいかないんだな。これからは私が皆を背負い、先頭に立って進んでいかなければならない。……本当に、私に国王が務まるのだろうか……?」




 ルフェーヴルはアリスティードの向かいにあるソファーの肘掛けに座った。




「さあね〜。そんなの、やってみなくちゃ分かんないじゃん? でも国王だった義父上が『アリスティードなら任せられる』って判断したんなら、それを信じればいいと思うけどぉ? しばらくは相談役としているんだからぁ、こき使って、分かんないことは何でも聞けばぁ? 義父上なら喜んで協力するだろうねぇ」


「……そうだな。全くもってその通りだ」




 顔を上げたアリスティードが笑う。




「戦争前夜もお前に励まされたな」


「そうだっけぇ? まあ、確かに泣き言聞かされたのは覚えてるけどぉ」


「こういう話を出来るのはお前だけだ。……私をアリスティードという一人の人間として認識して、接して、対等に話してくれるのは多分、お前くらいなんだ」


「言っとくけどぉ、愚痴聞きはオレの仕事じゃないよぉ?」




 それで金がもらえるならやっても構わないが。


 だが、確かに本人が言うように、アリスティードは内心を話せる相手が少ない。


 国王となった今は尚更、簡単に己の気持ちを他者に明かせないだろう。




「それでも、こうやって付き合ってくれるじゃないか」




 ルフェーヴルはそれに肩を竦めてみせた。




「国王だか何だか知らないけどさぁ、オレからすればアリスティードは『リュシーの兄』なんだよねぇ。そもそも、王太子から国王になったからって別にアリスティードの性格が変わるわけじゃないしぃ、オレの雇い主でもないしぃ?」


「私に雇われる気はないんだな……」


「今以上に忙しくなったらリュシーと過ごす時間がなくなっちゃうよぉ」




 言って、ルフェーヴルは肘掛けから立ち上がった。




「とりあえず『本日の見守り』は完了ってことでいーぃ?」


「何だ、その『本日の見守り』って……」


「義父上からの依頼だよぉ。アリスティードの戴冠式を見てやってくれって〜」




 それにアリスティードが脱力し、困ったような、おかしそうな顔で笑った。




「まだまだ父上には勝てないな」




 しかし、そう言ったアリスティードの表情はとても穏やかであった。







* * * * *

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― 新着の感想 ―
アリスティードの即位おめでとうございます!やっとですね、でもなんだか短く感じてしまいます。これから王となって大変なこともたくさんあると思いますが、エカテリーナと共にファイエットをもっとよりよい方に導い…
おはようございます!櫻花です。 ついにアリスティードが王になりましたね…!ほんのちょっと前までリュシエンヌと学校に行っていたような気もしますが…時は早いです。 あと、すごいこと気づいちゃいました! […
戴冠式の様子がとても細かく表現されていて、物語に引き込まれ、自分もその場でベルナールとアリスティードを見守っているような気持ちになりました。 ベルナールが王となった時はアリスティードもリュシエンヌも小…
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