ドランザークの街
ドランザークの街に到着した翌日。
朝食後にわたしとルルは準備をして、デートに出掛けることにした。
鉱山の調査立ち会いは午後からなので時間はある。
前回来た時からずっと心に引っかかっていた療養所にも行く予定だ。セクストン子爵のほうからそちらに話を通してくれるそうで、いつでも行っていいとのことだった。
装飾が少なく動きやすいドレスでルルと共に馬車に乗る。
護衛にヴィエラさんと我が家の騎士数名、そして子爵家の騎士も二名同行してくれる。
子爵家の騎士がいれば、貴族の客人だと一目で分かるからだろう。
動き出した馬車から車窓の外の景色を眺めていれば、ルルに声をかけられた。
「買い物って、使用人へのお土産のことぉ?」
「うん。でも、どういうものなら邪魔にならないか分からないから、ルルに相談に乗ってもらいたくて。……ほら、みんなって動きが制限されるのとか、邪魔になるものは嫌がるでしょ?」
馬車の窓枠に頬杖をついたルルが言う。
「ブローチでも買っておけばいいんじゃなぁい?」
どこか投げやりな感じだったけれど、確かにブローチなら邪魔にならないだろう。
それほど値段も高くないし、沢山購入して、好きなものを選んでもらうのはいいかもしれない。
「そっか、ブローチいいね」
「買うなら小さいのがいいよぉ」
「うん、そうする」
そんな話をしているうちに、馬車が停まった。
ドランザークの街で最も賑わっている大通りに着いたようだ。
商店が立ち並ぶ通りがこの街にはいくつかあるらしいけれど、ここは主に装飾品などを扱う店が並んでいるのだとか。大きなお店もあれば、露店の簡素なお店もあり、人通りも多い。
先に降りたルルの手を借りて馬車から降りる。
そのままルルに腰を引き寄せられた。
わたし達の前後に騎士、横にヴィエラさんという体制でがっちり警備が固められる。
とりあえず、通りを歩きながら見て回ることにした。
建物のお店は華やかだけれど、金額もそれなりにするものを扱っているらしい。
……あんまり高いとお土産としてはもらいにくいかな?
普段使いのことを考えれば、高価なものだと合わないかもしれない。
屋敷の使用人達の私服はたまに見かけるけれど、流行にあまり左右されないシンプルな装いが多かった。あれは近くの町や村に行った時に周囲に溶け込むためらしい。
「こっちの安いやつのほうがいいんじゃなぁい?」
露店を指差しながらルルが言う。同じことを考えていたらしい。
「みんな、私服は落ち着いたものが多いよね」
「目立つのが嫌いなヤツらばっかだからねぇ」
ルルが指差した露店の店先に立ち、並べられているものを見る。
ブローチ専門の店のようだが、鳥をモチーフにしたものばかりだった。
……どれも可愛いし、色違いも多いけど……。
「あの、どうして鳥だけしかないんですか?」
店主に問うと、中年の女性が微笑んだ。
「この鳥はね、鉱山の中に連れていく特別な鳥なんだよ。危険があると知らせてくれるって昔から言われていてねえ。そこから、この鳥を模した装飾品や刺繍の入ったものを相手に贈ると『危険から守ってくれる』と言われて、この街で一番親しまれている鳥なんだよ」
……なんだか、前世でも同じような話を聞いたことがある気がする。
鉱山では有害なガスが出ることがあるから、カナリアを連れていけば、ガスが出た時にカナリアが鳴くのですぐに気付いて逃げることが出来る。
本物のカナリアを見たことがないので並んでいるブローチが似ているかどうかは分からないけれど、多分、昔の人はガスの存在を知らなくても、危険を知らせてくれる鳥としてこのモチーフの鳥を鉱山に連れていっていたのだろう。
「鉱山に連れていくために、今でもこの街にはこの鳥を専門に育てる仕事もあるくらいさ」
「そうなんですね」
露店に並ぶ鳥のブローチを眺める。
どれも基本は刺繍で作られていて、目の部分だけ小さな宝石がついている。その宝石もわたしが今まで見てきたような透明度の高いものではなく、不透明で落ち着いた色合いのものばかりだ。
恐らく、売り物にならないくらい小さかったり、地味な色合いだったりしたものが使われている。
だからか、訊いてみると一つ一つの値段は安かった。
……御守りみたいな鳥かあ。
可愛いが、少し可哀想な鳥でもある。
ジッとブローチを眺めていれば、ルルが店主に声をかけた。
「この店に並んでるの、全部買うよぉ」
それにわたしだけでなく、店主も驚いた顔をした。
「買ってくれるのは嬉しいけど、似たようなのばっかりでいいのかい?」
「うちの使用人達のお土産だから、むしろ似たようなののほうがいいんだよねぇ」
「ああ、そういうこと」
店主はあっさり納得する。
それから、ルルが自分の名前を伝えた。
「明日か明後日の夕方にでも、領主の館に届けてくれる〜?」
「ええ、分かったわ。お支払いもその時でいいかねえ?」
「いいよぉ」
そういうわけで、お土産選びは一瞬で終わってしまった。
店主が嬉しそうに「ありがとね!」と明るい声で言う。
それに手を上げて返したルルに促されて、露店を離れる。
「あれでいいのかなあ」
「いいんだよぉ。使用人にはピッタリのブローチだしねぇ」
「どういうこと?」
あの鳥のモチーフをあげるのがピッタリという意味が分からない。
でも、ルルはそれ以上は何も言わずに笑うだけだった。
「それより、美味しいシャーベットが食べられる店があるらしいからぁ、行ってみようよぉ」
と、ルルにはぐらかされてしまった。
教えたくないというよりかは、どうでもいいことだからわたしに伝えるまでもない、とルルが思っているのは分かった。
お土産に悩まなくていいのは助かったけれど、ヴィエラさんが苦笑していたのが気になる。
しかし、ブローチの意味について考えるより先にルルがわたしの手を引いた。
「久しぶりのデートなんだしぃ、楽しまないと損だよぉ〜?」
そうして、ルルに手を引かれて歩き出した。
* * * * *
主人達と共に移動して、シャーベットが美味しいという店にヴィエラは来た。
まだ午前中だからか店内は空いており、主人達の隣の席に、騎士三名とヴィエラは座った。
窓際の景色の良い席に着く主人達の前後のテーブルには騎士達がいる。
そこまで警備を厚くする必要はないのではと思うが、兄弟弟子は己の妻に関することには細心の注意を払い、過保護になる。簡単に言うと『やりすぎ』なのである。
それは奥様を守るためなのか、それとも閉じ込めるためなのか。
だが、いつだって最後に折れるのは兄弟弟子のほうだった。
注文時は向かい合って座っていたのに、注文が終わると兄弟弟子は奥様の横に移動した。
その後、シャーベットが運ばれてくるとすぐに兄弟弟子が手を伸ばす。
スプーンに掬ったシャーベットを口に含み、確かめるように咀嚼している。
ややあって「うん」と頷き、スプーンでもう一度シャーベットを掬うと奥様に差し出した。
「美味しいよぉ」
まるで赤ワインを固めたような、深みのある赤色のシャーベットだ。
説明していた店員の話では、街の近くで採れるラズベリーを使って作ったものらしい。
差し出されたスプーンに奥様は躊躇いなく口を開け、食べる。
「本当だ! 甘酸っぱくて美味しい〜!」
嬉しそうに両手で頬を押さえ、奥様が笑う。
それに兄弟弟子もニコニコと笑みを浮かべながら、もう一口差し出した。
シャーベットは小・中・大と量を選ぶことが出来て、主人達は中を選んだ。
スプーンは二つ用意されているものの、使っているのはそのうちの片方だけである。
兄弟弟子が奥様に食べさせつつ、その合間に自分も食べている。
……相変わらず器用なものね。
奥様の食べる速さを知っているから出来るのだろう。
けれども、少しして奥様が「う……」と眉根を寄せた。
「頭、キーンってする……」
冷たいものを一気に食べると起こる頭痛のことだろう。
兄弟弟子が小さく笑う。
「大丈夫〜?」
「うん、でも、過ぎるまでちょっと待って」
「オレが食べてもいーぃ?」
「いいよ。溶けちゃったら勿体ないし」
奥様が目を閉じている間、兄弟弟子はスプーンでざっくりと大きくシャーベットを掬って食べた。
兄弟弟子は頭痛を感じにくいのか、シャーベットをざくざくと食べ進めている。
ヴィエラも手元のシャーベットを一口、食べた。
ラズベリーの甘みと酸味が口の中で広がり、ひんやりと冷たい。
店内は暖炉に火が入り、暖かく、これならシャーベットを食べても寒くはない。
……それにしても、さっきのブローチ。
鉱山で危険を察知するために飼っている鳥。
危険が近づくと鳴くことで飼い主にそれを知らせる役目。
確かに、屋敷の使用人はそういう意味合いもある。
侵入者があれば対峙し、他に知らせ、奥様を守る。そのために雇われている。
普段の使用人としての仕事は仮初に過ぎない。
……その役目に忠実に励めということかしら?
チラリと兄弟弟子を見れば、シャーベットを食べている。
奥様はまだ頭が痛いのか、自分の夫の様子を眺めていた。
「ルル、頭が痛くならない?」
「オレはあんまりないねぇ」
あんまり、ということは多少の頭痛は感じているのだろう。
しかし、気にするほどの痛みではないということだ。
ふと奥様が何かに気付いた様子で顔を上げた。
「ねえ、ルル。舌をべーってしてみて」
奥様が言いながら、自分の舌をぺろっと出してみせる。
言われた兄弟弟子も、んべ、と舌を出した。
それを見た奥様が楽しそうに笑った。
「やっぱり! 舌がシャーベットと同じ色になってるよ」
「ほんと〜?」
「本当!」
それは特別なことではないのに、兄弟弟子も嬉しそうに笑う。
「じゃあ、味も同じか試してみる〜?」
「え? ……ん」
兄弟弟子が奥様に口付ける。
……いくら人が少ないからって。
顔を離すと奥様の頬がほんのりと赤く染まっていた。
「ルル、外は恥ずかしいよ……」
「他に客はいないし、大丈夫だよぉ」
……私達はいるのだけれど。
ヴィエラと同じ席についている騎士達は、屋敷から連れてきた者達なのでもう慣れており、何も見ていませんというふうにシャーベットを黙々と食べている。
ただ、奥様達に背を向けるように座っていたセクストン子爵家の騎士達は、やや赤い顔でぎこちなくシャーベットを口に運んでいた。
背中を向けるように座らせたのは、奥様の顔を見せないためか。
屋敷ではどこでもイチャイチャしている二人だが、外となると奥様は恥ずかしいのだろう。
そんな奥様に兄弟弟子がもう一度、軽く口付ける。
「そろそろ頭痛治ったぁ?」
「頭痛は治ったけど……」
奥様は口元に差し出されたスプーンを、反射的にぱくりと咥えた。
それに兄弟弟子が小さく笑う。
「ここのシャーベット、美味しいねぇ」
口からスプーンが抜け、奥様が言う。
「きっと、使ってるラズベリーが美味しいんだね」
「それに砂糖も惜しみなく使ってると思うよぉ」
兄弟弟子が奥様にスプーンを差し出したが、奥様がそれを食べてから小さく首を振った。
どうやらもうシャーベットは要らないらしい。
それに兄弟弟子が頷き、残りの溶けかけのシャーベットを食べる。
その様子を奥様がジッと興味深そうに見つめている。
最後の一口を食べ終えた兄弟弟子が、奥様に口付けた。
「そんなに熱心に見つめられると、帰りたくなっちゃうでしょぉ?」
……それは領主の館ではなく、自宅のことだろうか。
兄弟弟子ならやりかねない。
奥様がキョトンとした顔で目を瞬かせる。
それに兄弟弟子は愉快そうに笑いつつ、紅茶を飲んだ。
「時間的に、この後は療養所かなぁ」
奥様が「うん」と頷き返し、兄弟弟子に寄りかかる。
目を伏せたその表情には少しばかり陰りが見えた。
「リュシーがそこまで気にすることないんだよぉ? 鉱夫になるのは『そういう可能性もある』ってみんな分かってただろうしぃ、それでもその道を選んだのは本人なんだからさぁ」
「……うん、そうだね」
それでも奥様は優しいから、病人を見れば悲しんだり、その苦痛を思ったりするのだろう。
兄弟弟子とは全く正反対なのに、不思議なくらいこの二人は上手く噛み合っている。
顔を上げた奥様が微笑んだ。
「もう大丈夫。……ありがとう、ルル」
背伸びをして、奥様が兄弟弟子の頬に口付ける。
兄弟弟子は嬉しそうに目を細めてそれを受け入れた。
二人が冷めた紅茶を飲んでいるのを眺めながら、ヴィエラは溶けてしまったシャーベットを口に含む。
まだ僅かに食感の残っているシャーベットだった液体の、甘酸っぱさとヒンヤリとした感覚が心地良かった。
この穏やかで柔らかな空気にも、もう慣れた。
きっと、この優しい時間がこれからもずっと流れていくのだろう。
主人達のそばで、彼らを見守りながら、年老いていく。
……それもなかなかに悪くないと思えるのよね。
寄り添い、窓から差し込む薄日に照らされている主人達の穏やかな姿が微笑ましい。
主人達のおかげでヴィエラはこうして穏やかに過ごしている。
……昔より、今の生活のほうが好きだわ。
もう一口食べたシャーベットは、やはり美味しかった。
* * * * *
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