再会と懐かしさ
話が終わり、客室に案内されると先に荷物を片付けていたメルティさんがいた。
そこにヴィエラさんも加わって、慌ただしく動く二人を椅子に座って眺める。
用意してもらった紅茶をルルが一口飲んで、おっ、という顔をした。
「前よりかなり水の味が良くなってるよぉ。ちゃぁんと濾過魔法使ってるねぇ」
差し出されたティーカップを受け取り、一口飲むと、確かに以前のような鉄臭さはない。
二口目を飲んでいれば、部屋の扉が外から叩かれる。
ヴィエラさんが対応したが、顔を覗かせたのはロイド様だった。
「良ければ少し話でもどうかな?」
それにルルが「リュシーがいいなら、いいよぉ」と言うので、頷いた。
「はい、是非。わたしもロイド様とお話がしたいと思っていました」
「ありがとう。……それじゃあ、お邪魔させてもらうよ」
手でどうぞと促せば、入ってきたロイド様が向かいの椅子に腰掛ける。
丸テーブルを囲むようにわたしとルル、ロイド様が座り、メルティさんがロイド様の分の紅茶を用意する。それにロイド様が礼を言って、ティーカップに口をつけた。
ルルがお皿からクッキーを取って一口食べ、残りをわたしに差し出す。
口を開ければクッキーが入ってきた。
サクサクとした食感のクッキーにはナッツが入っていて、食感と香ばしさがあった。
わたしもクッキーを一枚取り、差し出せば、ルルが嬉しそうに食べる。
「ふふっ、この光景も久しぶりに見たよ」
懐かしそうにロイド様の金色の目が細められる。
「結婚後の二人が気になっていたから、こうして幸せそうな姿を見ることが出来て良かった。僕もミランダも、アリスティード達からある程度聞いていたけど、やっぱりこうして直に顔を合わせると嬉しいよね」
「そうですね。ミランダ様はお元気ですか? お子様が生まれたと聞きましたが……」
わたしの言葉にロイド様の表情がパッと明るくなる。
「うん、元気だよ。ミランダはより綺麗になって、社交界でもエカチェリーナ様の右腕的な立ち位置で頑張ってる。それとアルベリク殿下がお生まれになられた後に、僕達も子供が生まれて……双子の兄妹でね。兄のほうがランディ、妹のほうがロレッタといって、二人とも見た目は可愛らしいのになかなかにやんちゃなんだ」
そう話すロイド様の表情は本当に幸せそうで、微笑ましくなる。
アルベリク殿下とはお兄様とお義姉様の間に生まれた男の子──わたしからすれば甥っ子だ──で、来年の春で二歳になるが、元気で全く物怖じや人見知りのない子だ。何故かルルを気に入っている。
……そういえば、孤児院でもルルは子供達に人気だったなあ。
よく分からないが子供から好かれる何かがあるのかもしれない。
ただ、当のルルはズボンの裾にかじりつかれたり、握られたりして面倒臭そうだった。
アルベリク君がどれだけ手を伸ばしてせがんでもルルは抱き上げず、あまり触ろうともしない。
でも足元で好き勝手にさせてはいるので嫌いではないのだろう。
「ランディは赤髪に金の目をしていて、ロレッタは金髪に緑の目で、本当に可愛いんだ」
ロイド様の話によると、ランディ君もロレッタちゃんも元気すぎるところがあるらしい。
一歳を過ぎて立ち上がり、歩けるようになってからは疲れて眠るまで二人で走り回るので、乳母やメイド達は二人が転んでしまわないかヒヤヒヤしながら子守りをしているそうだ。
ロイド様いわく「乳母達が安心出来るのは眠っている時くらいだろうね」とのことだった。
この世界では貴族は基本的に子育てにあまり関わらない。
乳母やメイドが子供の面倒を見て、教師に教育は任せている。
社交や仕事が多いのも理由の一つなのだろうけれど、そもそもこの世界には保育園や幼稚園がなく、各家庭で子供は過ごす。現代で言えば、常時ベビーシッターを雇って共働きをしているようなものである。
ロイド様の様子を見る限り、全く子供と関わらないというわけではなさそうだ。
貴族では全く子育てに関わらないというのも珍しくはないので、ロイド様やミランダ様が自分の子に関心を持って、こうして子供について話せるくらいには繋がりがあるのだろう。
アルベリク君とそう年齢が変わらないなら、まだまだ可愛い盛りだ。
「生まれてから知ったけど、子供って意外と動きが機敏でね。特にランディは体を動かしたり、人が動いているのを見るのが好きみたいで、屋敷の騎士達の訓練をよく見学しに行くんだ。逆にロレッタはのんびりとした子で、ランディが横で騒いでいても構わず昼寝をして……あんなに小さいのに、もう性格の違いがあるんだなって驚いたよ」
「いつか二人に会いたいですね」
「今はまだ難しいけれど、もう少し大きくなってアルベリク殿下の遊び相手として王城に呼ばれるようになれば機会もあると思う。ミランダも『リュシエンヌ様に会いたい』『この子達を紹介したい』と言ってたし」
わたしも久しぶりにミランダ様に会いたい。
そこで、ふと別の人々を思い出した。
「ハーシア様とリシャール先生はいかがお過ごしですか?」
ハーシア様は侯爵家のご令嬢で、ミランダ様と共にお義姉様の側近的な立ち位置の人だった。
そうして、ハーシア様とリシャール先生は婚約していた。
……リシャール先生も転生者だったんだよね。
しかも、ルルとリシャール先生は血縁関係がある。
前フェザンディエ侯爵──リシャール先生の祖父──と没落して娼婦となった男爵令嬢との間に生まれたのがルルであるのだけれど、ルルはリシャール先生やフェザンディエ侯爵家が好きではないらしい。
わたしが問うとルルが横で少しだけムッとした表情をする。
「二人も元気だし、結婚したよ。リシャールは今も学院で教師として過ごしてるけど、そのうち学院長になるんじゃないかな」
「学院は辞めなかったんですね」
「リシャールは学院で過ごすのが好きだし、無理に辞めさせるより、アリスティードの側近として学院を任せたほうがいいだろうって話になったんだ。ほら、学院ってどうしても子供主体で閉鎖的になりやすいから、国としても学院内部のことは把握しておきたいんだよ」
「なるほど」
納得していると横からルルに抱き締められた。
「アイツの話はどうでもいいよぉ」
不満そうに言うルルに「ごめんね」と謝っていると、ロイド様が不思議そうな顔をする。
「ニコルソン伯爵はリシャールのことがお嫌いなのですか?」
「あれ、ロイド様はルルのこと、知りませんでしたっけ? お義姉様達と同様に、ルルに関する情報を購入されていると思っていました」
「ルフェーヴル=ニコルソンという人物の経歴については目を通したことはあるよ。でも、生い立ちの詳細なところまでは手に入れられなかったと父から聞いている」
……そうなんだ?
ルルを見れば、緩く首を横に振っているので、ルルは特に情報を規制していないらしい。
そうだとすれば、闇ギルド長さんかお父様のどちらかが止めたのかもしれない。
ルルに視線で問うと、溜め息交じりにルルが口を開く。
「オレ、これでもリシャール=フェザンディエとは血の繋がりがあるんだよぉ」
それにロイド様が「え」と目を丸くする。
「血の繋がり……?」
「前……いや、今は前の前かぁ。リシャール=フェザンディエの祖父がオレの種馬でさぁ、母親は没落した貴族の娘で娼婦だったんだけどねぇ。リシャール=フェザンディエの父親はオレの腹違いの兄で、まぁ、そういう感じ〜」
「え……あの、リシャールはそれを……?」
「知ってるよぉ。リシャール=フェザンディエの祖父が血の繋がりを利用して近づいてこようとしたことがあったから、アイツを通じて警告したしねぇ。おかげでそれ以降、静かなもんだよぉ」
ロイド様が衝撃の事実を知って、呆然としている。
……うんうん、そうだよね。驚くよね。
わたしも後になってから教えてもらい、すごく驚いた。
ルルは、リシャール先生との間に血縁関係があると知ればわたしが先生に興味を持ってしまうかもしれないと思い、学院にいる間は黙っていたらしい。
まじまじとロイド様がルルの顔を見つめる。
「……まったく似ていませんね……」
「誰と比較してるか知らないけどぉ、オレ、フェザンディエ侯爵家はみ〜んな嫌いなんだよねぇ」
「失礼しました。もう比較しないと誓います」
ルルの言葉にロイド様がすぐさま謝罪し、両手を上げて降参する。
その様子を見たルルが珍しく、フン、と顔を背けた。
フェザンディエ侯爵家の誰かと比べられたのがよほど嫌だったのだろう。
……これ以上リシャール先生について訊くのも、やめたほうがいいかも。
ルルにクッキーを食べさせながら、ロイド様に訊く。
「アンリ様とエディタ様はどうしていらっしゃいますか?」
「ああ、あの二人もアンリが卒業後に結婚して、アンリは公爵家を継ぐために頑張っているし、エディタ様も社交界で大人気だよ。相変わらず男装のままだから、夜会ではよくご令嬢達からダンスの申し込みをされてるね」
エディタ様は学院でも女子生徒からの人気が高かったので、容易に想像がついた。
学院祭でわたし達のクラスが使用人喫茶をやることになった時も、エディタ様が急遽執事の装いになったので、わたしがメイドをした。あの学院祭はとても楽しかった。
今はあの頃よりも大人っぽさが増しているだろうから、より人気が出るかもしれない。
「みんな、お元気そうで何よりです」
「全員、リュシエンヌ様達のことを気にしているよ。……こっそり伝えてもいいかな?」
「お兄様とお父様が許可してくださるなら、問題ないと思います」
わたしとしては別に気にしないが、お兄様やお父様はわたしの情報が漏れないようにしてくれているので、一応確認してもらったほうがいいだろう。
ロイド様が小さく頷いた。
「確認してからにするよ」
その後もロイド様としばらく、お喋りをして過ごした。
ロイド様とミランダ様のこともそうだけれど、わたし達の新婚旅行について話すとロイド様は嬉しそうに聞いてくれた。
ただ、オーリ達の話をした時は驚いて、それから微妙な顔をした。
お兄様の忠告を聞かず、立場も家も責任も捨ててオーリの下に行った彼のことを、ロイド様はあまり良く思っていないみたいだった。ロイド様からすればレアンドルの選択は『裏切り』に近いものだったのかもしれない。
共にお兄様に仕え、支えていく同志と思っていたのに、その道を捨てた。
しかも、お兄様はそのことで少なからず落ち込んだし、信頼出来る友人を一人失った。
それについてロイド様は怒っているのだろう。
今思えば、あの頃のロイド様はレアンドルの件について一切触れなかった。
ロイド様が部屋を出ていった後も、わたしはそれについて考えた。
……多分、お兄様はロイド様の気持ちを知っていたんだろうなあ。
お兄様にはオーリ達の話をしてあったのに、ロイド様に伝わっていなかったのはそういうことだ。
「リュシー」
ソファーに座っていると、ルルに抱き上げられて膝の上に下される。
猫背になってわたしの肩や首筋に頭を擦りつけてくるのがかわいい。
「よしよし」
その頭を撫でていれば、ルルの雰囲気が軽くなるのが分かった。
ロイド様に「似てない」と言われてから、実はずっとルルのご機嫌があまり良くないかもしれないと感じていたけれど、やっぱりまだ完全に機嫌は直っていなかったのだろう。
横から満足そうな溜め息が聞こえてくる。
「オレ、リュシーの『よしよし』好きだなぁ」
「膝枕も好きだよね」
「うん」
腰に回った手にギュッと力が入り、ルルと密着する。
「リュシーとくっついてると気持ちいいんだよねぇ。イライラしてても、気分が落ち着いてそういう気持ちがなくなるしぃ」
ルルの『気持ちいい』は多分『癒し』とか『安心』なのではないかと思う。
寂しいを『寒い』と表現したように、ルルは感覚で感情を掴んでいることが多い。
そういうところに、ルルの歩んできた道が普通ではなかったのだと感じるし、それでもルルなりに自分の気持ちを伝えようとしてくれるのが嬉しかった。
「わたしもルルとくっついてると気持ちいいよ」
一番安全で、安心出来るのはルルの腕の中だと知っているから。
首だけで横を向いてルルの頬にキスをする。
「もっと」
と、おねだりをされて、ルルの膝の上で横向きになってルルの首に腕を回した。
そうしてルルが満足するまでキスを送った。
甘やかしてくれるのも好きだけど、ルルを甘やかすのも好き。
甘えている時のルルは少し幼くて、かわいくて、甘やかしたくなる。
「明日は街でデートしようね」
わたしの言葉に、ルルが「うん」と小さく頷く。
嬉しそうなルルにわたしも嬉しくなった。




