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彼女の理由




「……先の戦争で、我が国は敗北した」




 女性はヴェデバルド王家の影である。


 そして、先の戦争にこの女性も元王太子の護衛として参加していたらしい。


 戦争自体に表立って出ることはなかったそうだ。


 だが、戦争に負けて元王太子がその地位を剥奪されたため、所有権は王となった。




「このままでは、ヴェデバルド王国は財政難に陥り、民が流出し、やがて衰退する。弱った我が国は最終的に……ファイエット王国に吸収される」




 どこか確信を持った様子で女性は言う。




「私は、祖国を愛している」




 そこでファイエット王国を弱らせようとした。


 そのためにファイエット王家を揺さぶる必要があるが、ファイエット王国は王家と民の繋がりが強く、そして王家は民からの信頼が厚い。


 その信頼がある以上、この国が揺らぐことはない。


 だからこそ『信頼それ』を断ち切る必要があった。


 しかし、ファイエット王国国王、ベルナール=ロア・ファイエットは非の打ち所がない男だった。


 その息子のアリスティード=ロア・ファイエットも似たようなもので、どちらも王族としての立ち居振る舞いも行動も、私生活すらつけ入る隙がない。


 そんな中で唯一ある弱点が、旧王家の血筋を持つ王女だ。


 ヴェリエ王国時代の旧王家については他国でも有名で、それ故にクーデターが起こっても、どの国も驚くことはなかった。


 旧王家はそれほど非道な王族だった。


 その血筋を持つ王女を新王家は生かした。


 その王女が悪事を行えば、民は旧王家を思い出す。


 クーデターから十数年経つが、旧王家の行いはいまだ民達の記憶に強く残っているだろう。


 現国王が生かした旧王家の王女が民を傷付けた時、民や貴族は疑念を持ち、新王家の判断は間違っていたと糾弾する。




「王女が貴族に降嫁したと、聞いた。……その王女が、贅沢欲しさに金を集めようと、子供を誘拐し、他国へ売り飛ばしていた。それが貴族や民の間で広まれば、王家の信頼は落ちる……」




 ……また、旧王家の血筋……。


 怒りなのか、悔しさなのか分からないけれど、胸の中で言葉に出来ない激情があふれてくる。


 震える両手で顔を覆った。


 今、わたしはどんな顔をしているのか。


 とてもじゃないが他人には見せられないだろうと思った。


 ……王女として十一年頑張った。


 旧王家の血筋だからと言われないよう、お父様とお兄様に迷惑をかけないよう、善良な王女だとみんなから認められたくて努力した。


 原作通りの悪役王女になりたくなかったから。


 ……それなのに……っ。


 わたしの十一年を一瞬でぶち壊した。


 それどころかルルに首輪まで着けさせてしまった。


 腹立たしくて、悲しくて、虚しくて、苦しくて──……どうしようもないほど悔しい。

 



「それを提案した私が王女のふりをして、ファイエット王国で不和を起こせば、他国の吸収などする余裕もなくなるだろうと──……」




 瞬間、鈍い音がした。


 顔を上げると涙がこぼれ落ちる。


 女性が壁近くの床に倒れており、激しく咽せていて、貴族達は唖然とした表情を浮かべている。




「そんなことで『リュシエンヌ=ラ・ファイエット』の名をけがそうとしたのか」




 無表情のルルが淡々とした声で言う。


 女性のところまで歩いていったルルが、女性の胸倉を掴み、引きずり上げる。


 その拳が振り上げられたものの、お兄様がそれを止めた。




「『せ』」




 ピタリとルルの動きが止まった。


 こちらに背を向けているのでルルの顔は見えないが、空気がピリピリしているのが感じられた。


 ややあって、ルルが女性の胸倉から放るように手を離した。


 振り返ったルルは無表情のままだった。


 代わりに、わたしのそばまで来たルルがわたしの涙をハンカチで拭ってくれて、そっと抱き締められる。




「皆、これで『王女が誘拐犯ではない』と分かっただろう。……忌々しいヴェデバルドめ」




 珍しくお兄様が低い声で吐き捨てる。




「この件でヴェデバルドを責めたとしても、あちらは認めないだろう。この者を含めた犯人達は切り捨てられる」


「ええ、そうでしょう」




 蜥蜴の尻尾切りはありえる話だった。


 ヴェデバルド王国に亡命し、お父様を暗殺しようとルルに依頼を出した旧王家派の貴族と同じだ。


 ……わたしは存在するだけで、お父様達の足を引っ張ってしまうのだろうか。




「で、では、ヴェデバルド王国に責を問うことは出来ないと……!?」


「しかし、これが公になればヴェデバルド王国との全面戦争に発展する可能性もある」


「いくら勝ち戦と言えど、いたずらに民の命を危険に晒すなど……。先の戦で我が国の被害は軽微だったものの、兵力の低下は国力の低下と同義」




 貴族達の言葉にお父様が頷く。




「我が国がヴェデバルド王国に攻め入れば、ヴェデバルド王国は冤罪だと騒ぎ立て、周辺国に助けを求めるだろう。ただでさえ民が流出している中、これ以上、避難民が押し寄せてくることは周辺国も看過出来ないはずだ」




 ヴェデバルド王国の言葉を信じるかどうかではなく、現実的な問題を解決するため、周辺国は両国の間に入り、戦争を止めようとする。


 お父様が不愉快そうに目を細めた。




「狡賢さにおいて、右に出る者はいなさそうだな」


「見習いたくはありませんが」




 お父様の言葉にお兄様がそう返す。


 シンと静まり返る中、お父様とお兄様に声をかける。




「あの、その方と話をしてもよろしいでしょうか……? 少し、訊きたいことがあります」




 お父様がソファーから立ち上がる。




「好きにしなさい。ただし、護衛としてニコルソン伯爵はそばに置いておくように。……皆、こちらへ。今は子供達のことを話し合おう」




 お父様に声をかけられて、司祭様二人と貴族達も部屋を出て行く。


 お兄様もついて行こうとして立ち止まった。




「私も──……っと、その前にニコルソン伯爵の首輪は外しておこう。もう必要のないものだからな」




 ルルに近づいたお兄様が首輪に触れると、カチリと音がしてルルの首からそれが外れた。


 首から取れたそれをルルの手が受け取め、お兄様に渡す。


 お兄様は首輪を受け取りながら訊いてくる。




「騎士は必要か?」


「いえ、大丈夫です。……後でお兄様にもお話があるかもしれません」


「そうか。外に騎士を残しておくから、話が終わったら声をかけてくれ。ただし、くれぐれもその者を殺さないように」


「はい、承知しております」




 お兄様はわたしの頭を撫でると、騎士達を引き連れて今度こそ出て行った。


 応接室の中にわたしとルル、そして今回の事件を起こした女性だけが残された。


 女性は体を起こし、壁に寄りかかりながら座り、こちらを観察するようにジッと見つめてくる。


 ルルが壁際の椅子を持ってきて、少し距離を置いて女性の前に置いた。




「リュシー、どうぞぉ」


「ありがとう、ルル。防音魔法もお願いしていいかな?」


「もちろんいいよぉ」




 促されて、その椅子に腰掛ける。


 ルルが防音魔法を張ってくれた。


 これでここでの会話を誰かに聞かれることはない。


 わたしは改めて女性を見て、問いかけた。




「もしかして、あなたは前世の記憶がありますか?」




 女性が目を見開き、そして、何かを理解した様子で自嘲の笑みを浮かべた。




「道理で原作と違うわけね。……あなたも、前世の記憶があるのでしょう?」


「はい。わたしもクーデターの少し前に記憶を取り戻し、原作通りにならないよう動いてきました」


「……当然ね。わざわざ破滅すると分かっていて、原作通りに動く者はいないわ。……ヒロインはどうなったの?」




 その問いに、わたしはオリヴィエとの出来事を説明した。


 最後まで聞き終えた女性が深い溜め息を吐く。




「なるほど。……そして、あなたは彼を選んだのね」




 女性の問いにわたしは頷き返した。




「あなたはいつ、記憶を取り戻したんですか?」




 女性が自嘲の笑みを深め、ルルへ視線を向けた。


 


「先の戦争で、彼が元王太子を捕まえにこちらの軍に単身でやって来た時よ」







* * * * *






 カサンドラは物心ついた時から、ヴェデバルド王国の所有物だった。


 両親も王家の影であり、カサンドラもそうなることが当然で、それ以外の道など考えたこともなかった。


 影となるべく訓練を受け、成人を迎えると同時に正式に王家の影となり、王太子の影に配置された。


 影には様々な役割がある。


 王太子の護衛と監視、国内や他国での諜報活動、必要ならば使用人のようなこともするし、王太子が望むなら避妊薬を使い夜伽の相手をすることもあった。


 カサンドラにとってそれらは当たり前のことだ。


 王族のために生き、王族のために死ぬ。


 影はそのためだけに生まれ、育てられ、命を捧げる。


 王族の命令は絶対で、神の言葉に等しいもの。


 あの瞬間までカサンドラはそう信じていた。


 ファイエット王国との先の戦争。


 カサンドラは王太子の影として参加し、あの日も護衛として王太子のそばに控えていた。


 夜も更けた頃、侵入者が王太子の天幕に現れた。


 その侵入者は自分達と同様に漆黒の衣装に身を包んでおり、その雰囲気や足運びから、影か暗殺者のたぐいだとすぐに理解出来た。


 全員でその侵入者に対応するも、予想以上に強かった。


 同じく王太子に仕える影達も、カサンドラも、侵入者には手も足も出ないまま負けてしまった。


 動けない体、地面に倒れ伏したカサンドラの頭の中で、覚えのない記憶が駆け巡る。


 こことは全く異なる世界の、異なる人生。


 友達に勧められてやり始めた乙女ゲームが意外と面白く、死ぬ寸前も遊んでいた。


 その中のファンディスクで出てくる隠しキャラ。


 冷酷なヤンデレ暗殺者、ルフェーヴル=ニコルソン。


 それが、そこに立っていた。


 柔らかな茶髪と一見優しそうな整った顔立ちも、ゆるい口調も──……全てが同一ではないが確かに、ゲームに登場していた彼だった。


 何故ここに彼がいるのかと混乱しているうちに、ルフェーヴル=ニコルソンは王太子を連れ去った。


 ……ここは、まさかゲームの世界なの?


 ファンディスクの中でも確かにファイエット王国は隣国との戦争を行っており、ヒロインは王太子付きの文官であったが、ルートによって戦地に赴いたり王都に残ったりしているものの、どのルートでもファイエット王国が勝利していた。


 そのことを思い出しても、もう遅い。


 総指揮官である王太子を失った上に、規律が乱れたヴェデバルド王国軍は成す術もなく敗北した。


 だが、ゲーム通りに進むとしたら、やがてヴェデバルド王国はファイエット王国に吸収され、国としての歴史を終える。


 カサンドラは自国を愛している。


 大切な己の国を失いたくなかったし、攻め入った挙句に他国に吸収された国の王族が生き残れるとは思えない。


 王族が死ねば、隷属魔法によって影も死ぬ。


 だからカサンドラは考えた。


 ファイエット王国の盤石さを崩すには、王家唯一の弱点である王女リュシエンヌ=ラ・ファイエットを狙うしかない。


 原作でも悪役であったし、貴族に降嫁したという話以上の詳しい情報は手に入らなくても構わなかった。


 どうせ悪役で、カサンドラからすれば敵国の王族である。


 死ぬ覚悟で国王に進言し、カサンドラは計画を実行した。


 ファイエット王国に潜入して、王女の姿と名前を使い荒くれ者達を雇い、各地で子供達を攫わせた。


 子供は他国に売り飛ばし、資金を手に入れる。


 ファイエット王国は犯罪者以外の奴隷を廃止しようとしていたものの、他国での奴隷制度はいまだ根強くあった。


 子供は簡単に手に入るし、簡単に売れた。


 王女として過ごし、少しずつ、わざと『王女が子供を攫っている』という情報が流れるようにした。


 それは民の間に広まり、やがて王家が気付いた時には消しきれないほどの大きな火となっている……はずだった。


 けれども、ファイエット王国の王家と貴族はカサンドラの想像以上に信頼関係が強かったらしい。


 まさか、王族──……王太子が変装して自ら出て来るとは思いもよらなかった。


 しかも王女は原作と異なり、悪役ではない。


 ヒロインもいないし、悪役のはずの王女はファイエット国王とも、王太子とも良い関係を築いているふうだった。


 カサンドラの計画は最初から破綻していた。


 原作通り王女に無関心な王家なら、すぐには情報を掴めないだろうと考えており、ヴェデバルド王国のように貴族は王族の怒りに触れそうなことなどは黙っていると思った。


 だが、現実はそのどれもが違った。


 焦らず、もっと情報収集に力を入れるべきだった。急がなければと先走った結果がこれである。


 カサンドラは目の前に座っている王女を見た。


 自分が幻影魔法で偽装していた姿とは全く違う。


 王女に寄り添うルフェーヴル=ニコルソンも、原作とは異なっていた。


 原作ではルフェーヴル=ニコルソンというキャラクターは表舞台には出てこないし、ヒロイン以外の人前に現れる描写もない。


 だから、貴族になるなんてありえなかった。


 ……ありえない、はずなのに。


 王女と暗殺者が寄り添い、愛称で呼び合っている。


 カサンドラはただ愛する国を守りたかった。


 守れなくとも、少しでも国が長く在るように願っていた。


 こんなことをしても意味がないかもしれないと分かっていても、何もせずにはいられなかった。


 やがてヴェデバルド王国は衰退する。


 ファイエット王国が吸収しなくても、周辺国が土地の取り合いを行うかもしれない。


 ……ああ、だからなのね。


 原作でファイエット王国がヴェデバルド王国をそのまま吸収したのは、ヴェデバルド王国の民を守るためか。


 土地の取り合いで戦争が起これば、真っ先にそこに住む人々が被害を受ける。


 ファイエット王国は奴隷制度は廃止しようとしているので、敗戦国の民が奴隷に落とされることもない。


 カサンドラは唇を噛み締める。


 自分のしたことは、無意味だった。







* * * * *

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― 新着の感想 ―
カサンドラにとっては大事なことかもしれませんが、そんなくだらないことでリュシエンヌの事を陥れるなんて、ルフェーヴルが切れるのも頷けます。 カサンドラは転生者でしたか。ゲームを知っている人からすれば自分…
無意味どころか悪化させただけかと。普通の処刑では済まないレベルの大罪。ところで、すでに売られてしまった子供はどうなりますか?
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