捕縛準備
* * * * *
リュシエンヌと会った日の夜。
奴隷商が闇ギルド経由で急ぎの手紙を送ってきた。
どうやら、誘拐犯達から『取引場所を変更したい』という話があったようだ。
それについてはありえる話だと思っていた。
誘拐犯達はウィルビリアの街を出たようだ。
手紙に書かれている取引場所の街の名前からして、誘拐犯達は国境に向かっているのだろう。
「やはり、ヴェデバルド王国か」
今のヴェデバルド王国は、ファイエット王国との戦争に負けて財政的にも周辺国との立場的にも苦しい状況にある。
国内も荒れているそうで、少しずつだが民の流出も始まっているのだとか。
情勢が不安定なヴェデバルド王国にわざわざ行きたがる者は少ない。
それでも行くのはヴェデバルド王国に属する者だから、と考えたほうが自然だ。
「……となると、クリューガー公爵家から兵を動かすのはまずいな。勘付かれる可能性が高い。そうでなくとも警戒して逃げられてしまうかもしれない」
差し出された報告書を受け取り、ルフェーヴルはそれに素早く目を通す。
誘拐犯達はウィルビリアの街を出てから、他の仲間とも合流したらしく、以前より人数が増えていた。
……まあ、下っ端合わせて五十ならまだ少ないほうかなぁ。
表向きは行商人と名乗っているようだ。
攫った子供達を檻に入れ、馬車に積み、そして街に入る際には兵士に金を握らせたり、王女の身分を明かしたりして通過している。
……リュシーの名前を汚すなんて許さないよぉ。
書類をアリスティードへ返す。
「近衛とか黒騎士とかに事情を説明して、オレが街まで転移させようかぁ? この街なら前にリュシーと新婚旅行で通ったところだからすぐに行けるしねぇ」
「何人までなら移動させられる?」
「そうだねぇ、あの街なら一度に最大三十人、往復二回で魔力回復薬一本ってところかなぁ」
アリスティードが一瞬、押し黙った。
「……お前、また魔力量が増えたか?」
その問いにルフェーヴルは首を傾げた。
「それって『いつのオレ』の話〜?」
「……先の戦争の時は国境から王都まで、往復で魔力回復薬を飲むと言っていなかったか?」
「ああ〜、増えてはないよぉ。最近、効率良く使えるようにちょ〜っと転移魔法の魔法式を変えたからぁ、前よりかは運べる人数が増えたんだぁ。それに今回行く街は近いでしょぉ?」
王都からヴェデバルド王国との国境までは遠いが、今回、新たに示された取引場所の街はそれに比べると三分の一くらいなので負担も少ない。
……あくまでオレの感覚で、だけどねぇ。
もしかしたら魔力量が増えているかもしれないが、ルフェーヴル自身もあまりに魔力量が多すぎてもう分からなくなっていた。
たとえば魔力量が千だったとして、五や十ずつ増えていたとしてもルフェーヴルの感覚では誤差の範囲でしかなく、増えたかどうかの確信は持てない。
しかし調べるのは金がかかるし、どこから情報が漏れるか分からない。
不便さを感じない限りは調べる必要もなかった。
「そうか。……では、許可を取りに行くか。問題なければ私と父上の近衛と黒騎士他を使う。彼らは口が堅いからな。ルフェーヴルは転移魔法で皆を運んでくれ」
「りょ〜かぁい」
すぐにメッセージカードにペンを走らせたアリスティードが、己の侍従にそれを渡してベルナールに持って行くように命じる。
監視役の司祭は相変わらず窓際にある椅子に座り、静かに微笑みを浮かべている。
この司祭も連れて行くことになるだろう。
侍従が執務室を出て行った。
「一応、今回の件に関わってる貴族の一人くらいは連れてったほうがいいんじゃなぁい?」
「ああ、そのつもりだ。連れて行く者については既に選んで、手紙を送ってある。明日の昼間に話をする予定だが、恐らく断ることはない」
アリスティードがそう言うならば、そうなのだろう。
ルフェーヴル達の邪魔さえしなければ誰でもいい。
ソファーの肘掛けに座り、組んだ足に頬杖をつきながらルフェーヴルは侍従が戻ってくるのを待った。
その間、アリスティードは黙々と書類に目を通しては署名を入れたり、判を捺したりと忙しそうだ。
……こうして見ると親子でそっくりだよねぇ。
目の色と年齢は違うものの、アリスティードは若い頃のベルナールによく似ており、ルフェーヴルはどこか懐かしい気持ちになった。
リュシエンヌもアリスティードも成長した。
ルフェーヴルも自分の体の成長は理解している。
リュシエンヌと出会った時より少し背も伸びたし、体もあの頃よりがっしりとして力がついた。
思わず、壁にかかった鏡に映る自分をルフェーヴルはまじまじと見た。
昔のルフェーヴルは自分が成長した時のことなど欠片も考えていなかったけれど、昔と違い、少しは自分の未来について思考を巡らせるようになった。
鏡を見つめていると部屋の扉が叩かれる。
アリスティードが誰何の声をかけると侍従の声がして、アリスティードはすぐに入室の許可を出す。
侍従が持ち帰った新しいメッセージカードをアリスティードに渡した。
それを読んだアリスティードが立ち上がる。
「陛下のところに向かう」
「はいはぁい」
ついて来いというようにアリスティードが顎で扉を示し、ルフェーヴルは肘掛けから立ち上がった。
司祭も静かに立ち上がり、護衛騎士も連れて執務室を出た。
ベルナールの政務室はそれほど離れていない。
目的地に着き、アリスティードが扉を叩いた。
誰何の声に答えれば入室の許可があった。
「失礼します」
中に入ると、政務机にいたベルナールが顔を上げた。
「急ぎ会いたいとのことだったが、リュシエンヌに関することか?」
「はい。偽のリュシエンヌが仲間と合流したようです。明日の夜にもう一度会う予定ですので、そこで一気に捕縛しようと考えております。ギルドについても既に話はつけてあり、今回の事件に関わった者達を引き渡す用意もあるとのことです」
「そうか」
「当初はウィルビリアにてクリューガー公爵家の兵を借りて捕縛するつもりでしたが、偽リュシエンヌが街を出たため、予定を変更して陛下と私の近衛と黒騎士をいくらか連れて捕縛に向かいたいと考えています」
ベルナールが「ふむ……」と逡巡した様子を見せたものの、すぐに頷いた。
「近衛と黒騎士は好きに使うと良い」
「ありがとうございます。相手は五十名ほどの集団なので陛下と私の近衛から各二十名ずつ、黒騎士は五名ずつ、計五十名を予定しています」
「分かった」
ベルナールがもう一度頷く。
近衛騎士と黒騎士がそれだけいれば十分だろう。
これ以上多いと機動力が落ちるので、この人数が一番いい。
そこにアリスティードとルフェーヴル、司祭、そして貴族が一名入ることとなる。
少数精鋭部隊というわけだ。
* * * * *
翌日の朝のうちに近衛と黒騎士から連れて行く者を選出し、夕方には全員の準備が整った。
今日は戦闘となるため、アリスティードの変装は幻影魔法を使ってのものとなる。
……女装もなかなか面白かったけどねぇ。
日が落ちて夜になると、王城の一室に向かう。
そこには既にベルナールとアリスティードの近衛騎士が各二十名、黒騎士が各五名の計五十名。全員が整列して待機していた。
呼んでいた貴族もいる。
アリスティードが入室すると全員が礼を執る。
「王太子殿下にご挨拶申し上げます!」
それにアリスティードが手を上げて応える。
「皆、よく集まってくれた。今宵の任務は特別だ。そして重要なものとなる。これより任務内容を説明するが、口外せぬように」
アリスティードの言葉に「はっ!」と全員が返事をした。
それから、アリスティードが手短にリュシエンヌの偽者がいること、その偽者が国内のあちこちで子供を誘拐していること、このままでは王家の信頼が落ちてしまうこと……そしてこれまでの調査についても話した。
「王家の権威と信頼の失墜は看過出来ない。……そのため、これより偽の王女率いる誘拐犯達を捕縛しに向かう。全て生捕りにし、攫われた子供達を保護せよ」
アリスティードの目が鋭く近衛と黒騎士達を見た。
「相手は王女の姿をしているが、本物ではない。王族の名を騙る不届者を、民を脅かす愚か者達を捕え、我が国の安寧を守るのだ」
落ち着いた声には僅かに怒気がこもっていた。
その表情は普段のものとは少し違う。
感情の削ぎ落とされた無表情で言った。
「私も、そして陛下も、皆の働きに期待している」
それだけで、アリスティードがどれほど怒りを感じているか伝わってくる。
並んでいる近衛達の顔をよくよく見れば、いくつか見覚えがあった。
リュシエンヌが降嫁する前にベルナールやアリスティードの護衛として、言葉は交わさなくても、何度か顔を合わせたことのある者達だ。
特に黒騎士達の表情は真剣なものだった。
黒騎士は王族の影として控えていることが多かったから、リュシエンヌのこともよく知っているのだろう。
全員がもう一度「はっ!」と返事をし、恐らく今回の騎士達のまとめ役だろう中年の男性騎士が言葉を続ける。
「この身、この命を懸けて、ご期待に応えられるよう尽力いたします!」
「ああ、よろしく頼む」
アリスティードがルフェーヴルに振り向いた。
「今回は私の護衛として王女の夫であるニコルソン伯爵もいるが、彼は私の命令に背けない」
ルフェーヴルが顎を上げて首輪を見せると、さすがの騎士達も驚いた表情を浮かべた。
けれども、全員がすぐに納得した顔をする。
次にアリスティードは司祭と貴族を紹介した。
「ニコルソン伯爵が悪事に加担していないことを証明するために監視役として司祭殿、それから事件の見届け人としてメイヴィス伯爵が同行する。司祭殿と伯爵の護衛も皆に任せる」
「承知いたしました」
その後、騎士達とアリスティードが今宵どう動くかについて話し合った。
基本的にはルフェーヴルの転移魔法で移動し、アリスティードとルフェーヴル、司祭が相手と会う。
伯爵と近衛、黒騎士達は取引場所の近くに待機する。
アリスティードが合図を送ったら、近衛と黒騎士達が伯爵と共に取引場所に突入し、敵の捕縛と子供達の保護を行う。
もちろん、アリスティードとルフェーヴルも参戦予定だ。
アリスティードと騎士達が話し込んでいる様子を、ルフェーヴルは一歩下がって眺める。
「ニコルソン伯爵。お忙しいかと思いますが、少しお時間をいただいてもよろしいでしょうか?」
近づいて来たメルヴィス伯爵に声をかけられ、ルフェーヴルは頷いた。
「はい、問題ありません。……しかし、若輩の私にそのようにかしこまられますと、緊張してしまいますね」
「私は先の戦争で武勲を立てたニコルソン伯爵を尊敬しておりますので。……それに、私は間違いを犯しました」
そして、伯爵が頭を下げた。
「王女殿下とあなたを疑ってしまったこと、深く謝罪いたします」
ルフェーヴルは伯爵の謝罪に興味はなかったが、声をかけて頭を上げさせた。
「謝罪は受け入れます。メルヴィス伯爵、頭をお上げください」
姿勢を戻した伯爵が困惑している。
「そんなにあっさりと許してしまってよろしいのですか……? 我々は貴殿の忠誠心を疑い、そのようなものまでつけさせてしまったというのに……」
伯爵の視線を首元に感じたルフェーヴルは微かに笑った。
「愉快ではありませんが、必要なことですから。私よりも、妻にその言葉を伝えていただけたらと思います」
「ええ、もちろんです。王女殿下を牢で過ごさせてしまうなんて、本当に、どのように謝罪をしたら良いものか……」
「心から後悔しておられるのであれば、それをそのまま言葉にすればよろしいかと。……きっと妻は伯爵のことも、他の方々のことも許すでしょう。そういう人ですから」
ルフェーヴルの言葉にメルヴィス伯爵は罪悪感を覚えた様子で目を伏せた。
「そうなのですね……」
メルヴィス伯爵は数秒考えるように視線を床に落としていたが、やがて顔を上げるとルフェーヴルをしっかり見た。
「王女殿下とお会い出来た際に、誠心誠意、謝罪いたします」
それにルフェーヴルは黙って頷く。
リュシエンヌは貴族達が心から謝罪をすれば、許すだろう。優しくて人の感情に聡い子だから。
だが、ルフェーヴルは忘れない。
リュシエンヌを疑ったという事実は消えないし、今後、疑いをかけてきた貴族と関わることもないだろう。
ルフェーヴルには謝罪など、どうでもいい。
今はリュシエンヌの疑いを晴らし、偽者を捕まえて【リュシエンヌ=ラ・ファイエット】の名前が汚されないようにするほうが優先である。
……まあ、許すとは言ってないけどねぇ。
あとはリュシエンヌの返答次第だ。
リュシエンヌが『許さない』と言えば、ルフェーヴルの対応も変わる。
感謝するようにまた頭を下げるメルヴィス伯爵を見ながら、ルフェーヴルは張り付けた笑みを浮かべていた。
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