しばしの別れ(2)
三十分ほど経ってルルだけが転移魔法で戻って来た。
その表情はあまり良くない。
「あのさぁ、ホントにリュシーをあそこに入れるのぉ?」
と不満そうに言い、お兄様がそれに返事をした。
「本来は犯罪を犯した高位貴族用の牢だ。他に比べたらずっといいと思うが……まあ、リュシエンヌにとっては窮屈だろう」
「そんなに酷い部屋なんですか?」
「殺風景で狭く、勝手に外出も出来ない上に中では魔法が使えない。……ああ、そうだ、面会は出来るが事件が解決するまで物のやり取りや触れ合いは禁止だからな」
それにがっくりとわたしは肩を落とした。
本当にわたしは隔離され、行動を監視される。
「面会したい時はアリスティードの同伴が必要ってことだねぇ」
「言っておくが毎日は無理だ。通信魔道具も使うなよ。騎士や司祭も監視役として同席するから、言動には気を付けろ」
「めんどくさぁい」
ルルもげんなりした表情を浮かべ、わたしに手を差し出した。その手を借りて立ち上がる。
「リュシエンヌと別れたら私の執務室に来い。お前が無実だと証明するために、例の貴族達と立会人の司祭の前で『裁きの首輪』を着ける」
「はいはぁい」
返事をしたルルが詠唱を行い、転移魔法を発動させる。
視界が変わり、ルルとわたし、リニアお母様とメルティさんで移動した。
そこにはお父様だけでなく、教会の司祭様の格好の年嵩の女性もいて、恐らくこの女性がわたしの監視役でもあるのだろう。
……女性でも司祭様になれるんだ。
「リュシエンヌに必要な荷物をあちらの部屋に出してくれ。侍女達は司祭と共にこちらの部屋で待機だ。この扉を閉めたら私が施錠し、鍵を保管する」
ルルと共に隣室に入る。
中は六畳ほどの広さで、ベッドと机、棚があるだけで、どの家具もシンプルなものだった。扉が一つあり、中はトイレと浴室になっていたが、現代で言うところのユニットバスのような造りで、どちらの部屋にも窓がない。
壁に囲まれた部屋は殺風景で少し圧迫感を覚える。
わたしが部屋を見ている間にルルが空間魔法から荷物を出す。
リニアお母様とメルティさんが荷物を広げようとしたので止めた。
「あ、自分でやるからいいよ」
「……かしこまりました。ドレスなどはお一人で着替えられるものを入れておりますので、分からないことがありましたら、お声がけください」
「私達は隣室に控えておりますから……!」
「うん、ありがとう」
わたしを気にしつつ、リニアお母様とメルティさんが隣室に戻り、荷物を出し終えたルルも名残惜しそうに佇んでいる。
ルルを見上げれば口付けられた。
「待っててねぇ、リュシー」
その言葉を信じて頷いた。
「うん、ルルも気を付けて」
頷いたルルが部屋を出て行き、扉が閉まると施錠する音がした。
扉の横の壁は四角く切り取られており、下に十五センチほどの隙間があるものの、上部はガラスになっている。食事やちょっとしたものくらいなら通るだろうが、人が通るのは無理そうだ。
ガラス越しにお父様とルルが覗き込んで来る。
それに大丈夫だと手を振って微笑んだ。
寂しいけど、ルルもきっと同じ気持ちだろう。
ここで引き留めればルルは行かないでくれるが、その選択が良くないことくらいわたしにも分かる。
だからルルが離れられるように、わたしは笑う。
「行ってらっしゃい、ルル」
ルルはガラスから離れ、お父様と何事かを話した後に転移魔法で移動してしまう。
「よし、荷解きしよう!」
ルルを心配させないためにも、わたしは元気でいよう。
* * * * *
ルフェーヴルが転移魔法でアリスティードの執務室へ移動すると、一足先に来ていたアリスティードが振り向いた。
そこにはロイドウェルもおり、今回の件についての説明が丁度終わったところであったようだ。
「ロイド、貴族達と司祭を呼んで来てくれ」
「うん」
ロイドウェルはルフェーヴルと目が合うと目礼し、部屋を出て行った。
ルフェーヴルは、はぁ……、と溜め息を吐く。
リュシエンヌは大丈夫そうに笑って見送ってくれたが、あれが強がりだと簡単に見破れたし、ルフェーヴルとしてはそんなリュシエンヌを一人にするのは心配だった。
何より、ルフェーヴル自身が耐えられるか分からない。
リュシエンヌと出会う前は孤独が当たり前だったのに、今はリュシエンヌのそばから離れる自分の姿をルフェーヴルは想像出来なかった。
だからベルナールの提案に即座に頷けなかった。
……オレ、強くなってるはずなんだけどなぁ。
リュシエンヌと出会わなければ良かったとは思わない。
しかし出会う前のほうが精神面で言えば強かった気がするが、あの頃の空虚で退屈な日々に比べると、リュシエンヌと出会ってからのほうが確実な充足感があった。
アリスティードが机に近寄り、そこに置かれていた鈍い銀色の首輪を手に取った。首輪は二つの半円形から出来ていて、やや厚みはあるがそれは『隷属の首輪』の半分くらいだろうか。
「壊せそうだねぇ」
思わずそう呟いたルフェーヴルにアリスティードが眉根を寄せた。
「鬱陶しいからといって壊すなよ?」
「さすがにそんなことしないよぉ。オレの無罪証明にならないしぃ、壊せるけどちょ〜っと面倒くさそうだしねぇ」
ふと気配と足音を感じ、ルフェーヴルは扉へ顔を向けた。
そのすぐ後に扉が叩かれる。
「入れ」とアリスティードが声をかければ扉が開く。
数名の貴族と一人の司祭を連れたロイドウェルが戻って来た。
「皆様をお連れしました」
「ご苦労」
ロイドウェルがアリスティードのそばに控える。
貴族達と司祭が礼を執り、全員が「王太子殿下にご挨拶申し上げます」と挨拶を行う。
司祭と目が合った一瞬にルフェーヴルは、おや、と思った。
ほんの僅かだが司祭が目だけで笑った気がした。
けれども、他の者達は気付かなかったようで、挨拶にアリスティードが頷いた。
「いや、急に呼びつけてしまいすまなかった。司祭殿も、突然の連絡にも関わらず来ていただき感謝する」
「いいえ、事情は伺っております。此度のことは場合によっては国の平和を、民の安寧を揺るがしかねません。大司祭様からも『教会は全面的に協力いたします』とのことでございます」
「そうか、それはとてもありがたい。しばらくの間よろしく頼む」
「かしこまりました」
それからアリスティードが貴族達に顔を向ける。
「先日の件を調査するにあたり、元王女の身の潔白を証明するため、現在元王女を呼び戻し、騎士と司祭の立ち会いの下で監視している。外界と接触することも出歩くことも出来ない状態にし、事件が解決するまでそれを維持する予定だ」
貴族達が驚いた表情で互いに顔を見合わせる。
「それは容疑者として扱っている、と……?」
「そうだ。元王女も自身の無罪を証明するならばと受け入れている。我々の調査でも、やはり誘拐事件には元王女を名乗り、似た外見的特徴を持つ者が関わっていることが判明した。だが、王家だけで動いても我々が庇っているのではと疑う者も出て来るだろう」
「その疑念を晴らすために国王陛下より『公正な第三者』として教会から私達司祭が派遣されました」
貴族達が顔を見合わせ、なるほど、と頷き合う。
教会は何かしらの立会人となることも多く、司祭がそれに派遣されるのも珍しいことではない。
先の戦争でも終戦の話し合いに司祭を立ち会わせていた。
「しかし、それだけでは不十分だという話になった。もしも王女が犯人だった場合、夫も関わっているとしたら王女だけ監視してもあまり意味がない。そこで今回は夫も監視下に置くこととした」
アリスティードが顔を向けたため、全員の視線がルフェーヴルに集まった。
ルフェーヴルは意識的に柔らかな笑みを浮かべ、丁寧に礼を執る。
「ニコルソン伯爵家の当主、ルフェーヴル=ニコルソンと申します」
「元王女の夫だ」
リュシエンヌの王女時代に常にそばに仕えていたので。ルフェーヴルの顔に見覚えのある者は多いだろう。
貴族達は僅かに驚いた様子ではあったが、ルフェーヴルの顔を見て納得しており、アリスティードが持っていたものを見せると視線を戻した。
「今回、ニコルソン伯爵は事件解決まで『裁きの首輪』を装着し、完全に私と司祭殿の監視下に置く」
「な、なんと……その、ニコルソン伯爵は殿下の義理の弟君だというのに、何故そこまでなさるのですかっ?」
「親族だからこそ疑いを晴らしたいのだ」
アリスティードの手がギチリと首輪を握る。
その青い瞳には静かな怒りが滲んでいた。
「私も陛下も、元王女のことは本当の家族として大事に思っている。その夫であるニコルソン伯爵のことも。……大切な家族だからこそ疑念を持たれる可能性は潰したい」
低いアリスティードの声は淡々としていたが、それ故に怒りを堪えていることが感じられる。
そうして「ルフェーヴル 」と呼ばれた。
ルフェーヴルはアリスティードに体を向けると顎を上げ、首元を晒した。
このようなことをするのはリュシエンヌだけにしたかったのに、とルフェーヴルは内心で思う。
アリスティードが首輪の金具を外し、首輪をルフェーヴルの首に回した。
皮膚の上にヒヤリと感じる金属に体が動きそうになるのを抑え込む。本能に従って動けばアリスティードを殺してしまうだろう。
首とは生き物の急所である。
そこを他者に触らせるのがルフェーヴルは嫌いだった。
ピクリと動いたルフェーヴルの手に、アリスティードがこちらを見る。
微笑んだままのルフェーヴルを確認したアリスティードの手が金具を合わせた。ガチャリと音がしてルフェーヴルの首に『裁きの首輪』が装着される。
アリスティードの手が離れると首に少し重みがかかる。
つい、首輪に触れて形を指で確認してしまう。
息苦しくはないが少し不快だ。
「これでニコルソン伯爵は私から一定の距離以上は離れられなくなった。その行動を監視するため、一時的に私の侍従としてそばに置こう。彼も妻や自身の疑念を晴らしたがっているので調査にも協力させるつもりだ」
アリスティードの言葉にルフェーヴルは礼を執る。
貴族達はまた顔を見合わせ、そして頷き合った。
「かしこまりました」
「殿下、この度の件どうぞよろしくお願いいたします」
そうして、貴族達は下がって行った。
部屋にルフェーヴルとアリスティード、ロイドウェル、司祭の四人が残される。
足音が遠ざかったところでルフェーヴルは机に座り、足を組んだ。
「それで〜? アンタはどっちの人間なのぉ?」
ルフェーヴルの問いに緑がかった灰色の髪にくすんだ緑の目の司祭は微笑んだ。
「私は教会の司祭に過ぎません。女神様にお仕えする栄誉を賜った、ただの信徒でございます」
アリスティードとロイドウェルが目を瞬かせた。
「どういうことだ?」
「教会にも闇ギルドの協力者がいるって話だよぉ。アサドが上手く手を回してくれたみたいだねぇ。おかげでオレも気楽に過ごせそうだしぃ」
アリスティードがルフェーヴルと司祭の顔を交互に見る。
まだよく状況を呑み込めていないようだ。
「闇ギルドで怪我したヤツの治療とかぁ、死んだヤツの死体の後始末とかってどうしてると思う〜?」
「どうって、治療師を雇ったり、秘密裏に片付けたりしているということは分かるが……」
「囲ってる治療師もいるけどさぁ、大体は教会から派遣してもらったりぃ、死んだヤツは病死とか事故死とかで扱ってもらって墓に入れるんだよぉ。いくつか闇ギルドが専用に買った墓地もあるらしいしぃ」
「そうなのか?」
思わずといった様子でアリスティードが司祭へ問えば、司祭は柔らかな表情で笑みを絶やさない。
「はい、悪人であっても必要とあらば傷を癒やし、死後の眠りの場を用意いたします。女神様の慈悲は等しく全ての者に与えられるものでございますので」
「ギルドは結構な額の寄付金も払ってるだろうけどねぇ」
「人々を救い、癒すには世の中、何かと入り用ですから」
闇ギルド側は怪我人の治療や死人の扱いに困ることがなく、教会側は常に一定額の寄付金が得られる。
「悪事に手を染めているわけではありません。怪我人を癒やし、死後に引き取り手のいない者を受け入れているだけです。女神様は『隣人を愛し、手を取り、支え合って生きること』を説いておられます。我々はその教えに従い、日々を過ごしています」
アリスティードとロイドウェルが小さく息を吐いた。
「……なるほど」
「……あんまり知りたくなかったね」
それからアリスティードが納得した様子で顔を上げる。
「闇ギルドの協力者ならば、ルフェーヴルの事情も知っているから問題ないということか」
「はい、ニコルソン伯爵のこれまでについては聞き及んでおります。……私も元はかのギルドでしがない傭兵団の一員として過ごした経験もありますので、その手の職業に偏見は少ないかと。もちろん、ニコルソン伯爵や今回の件を口外しないように誓約魔法も済ませています」
「用意がいいねぇ。まあ、アサドの指示なら納得だよぉ」
……ずっと貴族のふりをするのも面倒だしねぇ。
「じゃあ、しばらくヨロシク〜」
ルフェーヴルの言葉に、司祭は変わらず微笑んでいた。
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