疑念と確認(1)
先の戦争が終わってから約三ヶ月。
そろそろ暑い日も少しずつ増えてきた初夏の夜、その日も、いつものようにお兄様から通信魔道具が鳴った。
「またぁ? 最近、頻繁すぎなぁい?」
とぼやきながらもルルが通信を繋げると、眉根を寄せたお兄様が通信魔道具に表示される。
つい数日前にも連絡を取り合ったばかりだし、何より、そのお兄様の表情からも何かあったのだろうということが感じられた。
【度々悪いな】
「まったくだよぉ。それでぇ、何かあったのぉ?」
ルルの問いにお兄様が困ったような顔をした。
【これは確認のために訊くが、リュシエンヌとルフェーヴルはここ数日、どこか他の領地に出かけたか?】
お兄様の問いに首を傾げた。
「いえ、わたしはローズとして王城に出仕した以外ここから出かけたことはありません。仕事が終わった後も、ほぼそのままお屋敷に帰って来ています」
「オレは本職の仕事で他の領地に行くことはあったよぉ。リュシーが登城する時は一日中、ついてるけどぉ」
それにお兄様が【そうだよな】と呟く。
何やら難しい顔をしていたので、訊いてみた。
「何かあったのですか?」
【ああ。実は二日前に数名の貴族達から、面会要請があって──……】
* * * * *
アリスティードが公務に勤しんでいると、急ぎの手紙が届いた。
そこには数名の貴族の名前が連なっており、中身を確認すると『元王女殿下のことで内密の話があり、出来る限り早めに時間を取ってほしい』という内容が書かれていた。
……リュシエンヌのことで?
もう降嫁して表舞台から姿を消したリュシエンヌについて知りたがる者もたまにいるが、内容的に、そういった様子ではないことだけは分かる。
まさかリュシエンヌの居場所を知られたのかと思い、もしそうならば二人に話して居を移してもらう必要もあるかもしれないと感じつつ、アリスティードはその手紙に『今日か明日ならばいつでも来られよ』返事をした。
その手紙を急ぎ送らせると、夕方頃、貴族達がやって来た。
「王太子殿下にご挨拶申し上げます」
「本日は急なお話にも関わらず受け入れていただき、感謝いたします」
それほど急いで来るということは、よほど重要な話なのだろう。
アリスティードはロイドウェルを同席させ、貴族達に断りを入れてから室内に防音魔法を発動させた。
リュシエンヌの居場所の話であるなら、外部に漏れてほしくない。
「それで、元王女の件で内密に話がしたいということであったが、どのような内容か」
正直に言えば、リュシエンヌのことよりも、ルフェーヴルが何かやらかしてしまったという可能性もあり得なくはないが、何事もそつなくこなすあれを思うと、そんな失敗をするだろうかという疑問もある。
だが、貴族達が話した内容はそういう類のものではなかった。
「実は、ここ二ヶ月ほどの間に我々の領地で相次いで子供の失踪事件が続いておりまして……」
「何名かの子供達は見つかり、無事保護されたのですが……」
「それが、その……保護された子供達は皆、自分達を誘拐したのは『濃い茶髪に金色のような目をした、リュシエンヌ様と呼ばれる若い貴族の女性だった』と言うのです」
それにアリスティードは目を瞬かせた。
「何?」
ファイエット王国内の貴族にリュシエンヌと同名の者はいない。
しかも濃い茶髪に金色のような目といえば、真っ先に思い浮かぶのは元王女で降嫁したリュシエンヌしかいないだろう。
濃い茶髪に金の目の令嬢はいるかもしれないが、こうして貴族達が申し出て来た以上は調べないわけにはいかない。
アリスティードはその話を貴族達から詳しく訊き出した。
最初はいつかはまだあまり定かではないが、ここに来た貴族達の領地で子供達の失踪が頻発し始めたのは二ヶ月ほど前からだった。
攫われた子供は平民であったり、貴族であったり、どうやら身分が理由での誘拐ではないらしい。
ただ、貧民街の子供はあまり狙われていないようだ。
子供達は人気のない場所に一人か二人でいるところを狙われたようで、当初はそれが誘拐事件だと気付かなかった。
だが、半月ほど前に失踪した子供達の何名かが発見された。
何でも他国との国境沿いを通りかかった商人が、怪しげな奴隷売りに声をかけられ「若い奴隷を買わないか」と言われたそうだ。
ファイエット王国では現在、犯罪者以外での奴隷制度は廃止する方向で動いている。
商人はそのことを知っていたので疑念を感じた。
そして、商品だという奴隷達は明らかに幼く、その奴隷売りにも反抗的な様子で、何かがおかしい。
商人は己の勘を信じて奴隷の子供達を購入した。
購入した子供達に訊いてみると『自分達は攫われた』という。
本来ならば他国に出る予定であったが、これは問題だと商人は慌てて国境沿いの街の領主にこの件を伝えた。
子供達の話によれば、他の領地から攫われた者もいるようで、領主は急いで子供達のいた街の領主に連絡を取った。
すると、やはりいくつかの領地で子供達の失踪事件が起こっていた。
領主は商人に子供達の購入費用と報奨金を与え、子供達を保護して話を更に訊き出し、子供が失踪したいくつかの領地の領主と連絡を取り合って、こうしてアリスティードの下へ来た。
「子供達の話では、若い貴族の女性は『リュシエンヌ様』『王女殿下』と呼ばれていたそうです」
「我々も王女殿下がそのようなことをするとは思っておりませんが……」
「もしかすると王女殿下が何か良からぬことに巻き込まれている可能性もございますので、こうしてご報告にまいりました」
「子供の誘拐事件は由々しき事態です。今はまだ表立っていないだけで、他の領地でも既に同じようなことが起こっているかもしれません」
「どうか、国で調査を行っていただけないでしょうか?」
アリスティードもリュシエンヌがそのようなことはするはずがないと分かっていたが、もしも妹の名を騙る不届き者が事件に関わっているのだとしたら王族としても、兄としても、見過ごすわけにはいかなかった。
「分かった。この件については王家が調査をしよう」
それに貴族達はホッとした様子であった。
「まずは保護された子供達から話を聞きたい。その際には貴殿らも同席すると良い。この件は陛下にも説明し、調査の公正を確認するために教会にも協力してもらえないか声をかけてみよう。買い戻しなど子供達にかかった費用も国が持つこととなるだろう」
アリスティードは手早くメッセージカードに謁見要請を書き、侍従に父ベルナールの下へ届けさせた。
すぐに返事があり、その日のうちに貴族達は国王と非公式での謁見を行い、この件は速やかに調査されることが決定した。
翌日にはアリスティード主導でこの件の調査が始まる。
子供達への聞き取りにはアリスティードも同席した。
子供達は少し痩せていたものの、不健康というほどではなく、貴族達が子供を手厚く保護したことが窺えた。
そうして、やはり、子供達は一様に誘拐犯について『濃い茶髪に金色のような目をした貴族の若い女性』で、その人物が『リュシエンヌ様』『王女殿下』と呼ばれていたという話をした。
誘拐犯は複数人……というより、いくつかの領地で誘拐が同時進行で行われている様子を見る限り、組織的な犯罪と考えるべきだろう。
中には貴族の子供もおり、その子供の親は今回の件を申し出て来た一人だった。
リュシエンヌが関わっているなど万に一つもないだろうが、この話が貴族の間で噂として広がれば、旧王家の血筋であるリュシエンヌを生かすと決めた国王の判断は間違いであったと糾弾しようとする者も出かねない。
ようやく国内の情勢が落ち着いたのに、王家と貴族の間に軋轢を生むようなことは避けたかった。
* * * * *
【──……そういうわけで、今日は確認のために連絡したんだ】
お兄様もわたしを疑っているわけではないだろう。
困った顔をするお兄様に、ルルがソファーの肘掛けに頬杖をつきつつ面倒臭そうな様子で答えた。
「なるほどねぇ。それでオレの行動も訊いてきたわけかぁ」
【ルフェーヴルが子供の誘拐などという、くだらない仕事を請け負うとは思えないが、一応な】
「ガキ攫って小金稼いだところでうまみなんてないのにねぇ。……でも──……」
スッとルルが笑みを消して、不愉快そうに目を細めた。
「リュシーの名前を騙るのは許せないねぇ」
それにお兄様も頷いた。
【ああ、まったくだ】
「オレも闇ギルドのほうで調べてもらってみるからさぁ、数日後にこっちから連絡入れるよぉ。その話ぶりだと一回リュシーとオレは話しに城に行ったほうがいいでしょぉ?」
【そうだな。……リュシエンヌ、大丈夫か?】
声をかけられ、わたしは頷き返した。
「はい、大丈夫です。わたしよりも誘拐された子供達が心配で……とても怖い思いをしたはずですから」
【ああ、精神的に不安定な様子があったので医師にも診てもらっている。貴族達の計らいで親達も王都に来ているようだから、不安は少ないだろうが】
「そうなんですね」
親がそばにいるなら子供達も安心だろう。
……でも、誘拐なんて酷い。
わたしも昔、教会関係者に誘拐されたことがあった。
あの時はルルがいてくれたから怖くなかったけれど、子供達はそうではなかった。
いきなり攫われて、奴隷として売り飛ばされそうになって怖かっただろうし、親元に帰れたとしても元通りに日常生活は送れないかもしれない。
「お兄様、今回の件はしっかり調べてください」
【ああ、そのつもりだ】
その後、お兄様は通信を切った。
ルルに抱き寄せられたけれど、ルルも何か考えているようで、珍しく眉根を寄せている。
しかし、目が合うとふっと微笑んでくれた。
「とりあえず、明日アサドのところに調査依頼出して来るよぉ。闇ギルドのほうがそういう情報は集まりやすいからねぇ」
「うん、お願いね、ルル」
わたしの名前を騙るのも許せないが、子供を攫うのはもっと許せなかった。
* * * * *
翌日、ルフェーヴルは通信魔道具で闇ギルド長であるアサドに連絡を取り、転移魔法でギルド長室に飛んだ。
さすがに今回は前もって断っていたからか、護衛のゾイが顔を覗かせることはなく、アサドに出迎えられる。
「おはようございます」
「おはよぉ」
「それで、調べてほしいこととは何でしょう」
ルフェーヴルはソファーの背もたれに寄りかかるように腰掛け、アサドへ言った。
「最近、いくつかの領地で子供の誘拐事件があるらしいんだよねぇ。その子供は奴隷として売り飛ばされるらしくてさぁ」
それにアサドが持っていたペンを置く。
「王太子殿下か国王陛下からの依頼ですか?」
「いんやぁ、とりあえずオレ個人の調査依頼だけどぉ、もしかしたら国からの依頼になるかもしれないねぇ」
「と言うと?」
「その誘拐犯の中にリュシーの名前を騙ってるやつがいるんだよぉ」
ルフェーヴルの言葉にアサドが「なるほど」と呟く。
闇ギルドのギルド長を務めるだけあり、頭の回転は速い男だ。
「分かりました。……そうですね、奴隷商などに話を聞くとなると……五日ほど時間をいただけますか?」
「いいよぉ。早めに集めてくれたら追加料金も払うよぉ」
キラリとアサドの目が光る。
仕事中毒で、金を稼ぐのが好きな男でもあるし、国に恩を売っておけるかもしれないこの機会を逃すはずがない。
「出来るだけ急がせます」
「うん、ヨロシク〜」
ひらひらと手を振り、ルフェーヴルは立ち上がった。
アサドならばこの件が如何に重要なものか気付いているだろう。
そして、ルフェーヴルがどれほど苛立っているかも、恐らく理解しているはずだ。
詠唱を行い、転移魔法を発動させて自宅の居間に戻れば、待っていたリュシエンヌがソファーから立ち上がる。
「お帰り、ルル」
リュシエンヌの名を騙る輩のことを考えるだけで酷く苛立つが、リュシエンヌを見るとルフェーヴルの荒れた心は落ち着いた。
名を勝手に使われている本人が一番腹立たしいだろうに、リュシエンヌはそういった様子を感じさせない。
我慢しているというよりは、アリスティードやベルナール達が動く以上は心配はないと思っているようで、怒りよりも誘拐された子供のほうが気にかかっているらしい。
昨夜、寝る前にも「子供達、大丈夫かなあ……」と呟いていた。
「ただいまぁ、リュシー」
リュシエンヌを抱き寄せ、ルフェーヴルはその額に口付ける。
そうすると嬉しそうにリュシエンヌが微笑んだ。
リュシエンヌと共にソファーへ座る。
「アサドに依頼して来たよぉ。五日くらいかかるってぇ」
「そっか……」
どこか上の空なリュシエンヌの頭を撫でる。
「そんなに子供が心配なのぉ?」
「うん。だって、今回保護されたのは数人でしょ? もっと沢山の子達が誘拐されているかもしれなくて、その子達はもう、どこかに売り飛ばされてるかもって思うと……」
悲しそうなリュシエンヌをルフェーヴルは抱き締めた。
「犯人達を捕まえればきっとどこに売ったかも分かるだろうからぁ、奴隷として売られていたとしても説明して買い取ることは出来るよぉ」
「……そうだよね、今は少しでも早く犯人達を特定して捕まえることが大事だよね」
もしかしたら売られた子供が怪我をしたり、死んだりしている可能性もなくはないが、そのことをルフェーヴルは黙っておいた。
ルフェーヴル以外のことに、リュシエンヌの心を割いてほしくなかったし、悲しそうな表情もあまり好きではない。
リュシエンヌにはいつでも笑顔でいてほしかった。
「そぉそぉ、犯人達を捕まえる時はオレも参加したいしぃ」
せっかくの穏やかな日常を崩されて面白くない。
王女の名を騙った以上、その者は国としても厳しい処罰をするだろう。それにルフェーヴルも異論はない。
……せっかく戦争から帰って来て落ち着いたのに。
穏やかに生きるというのも難しいものだと、ルフェーヴルは内心で思ったのだった。
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