久しぶりのお茶会
お兄様とお義姉様の結婚式から三ヶ月。
何かと忙しかった二人の生活がようやく落ち着いたこともあり、予定していた通り、身内だけのお茶会を行うことになった。
場所はお兄様の離宮である。
ちなみに、お義姉様はわたしが元住んでいた離宮を与えられ、結婚後はそこに居を移している。
お兄様との離宮とも近いから良い場所だろう。
もちろん、お兄様から「エカチェリーナに与えていいか?」と訊かれたし、わたしも「お義姉様なら是非」と二つ返事で頷いた。
何ならお義姉様の住みやすいように内装などを替えても良いと伝えてある。
誰かがあそこに住んでくれれば、人の手が入り、いつまでも綺麗に保たれる。暮らしたのはたった四年ほどだけど思い出深い場所だ。
そういう話もあったが、とにかく、今日は通信魔道具ではなく、久しぶりに直に会えるので楽しみだった。
つい王女時代のドレスまで引っ張り出して、どれを着て行こうか悩んだり、どんな髪型にしようか考えたりしたけれど、結局、シンプルで落ち着いた青色と白のドレスになった。
ルルも揃いで作った青色の服である。
特にこれと言って貴族の装いに興味がないルルは、いつもわたしの作ったドレスと対になる服を用意してもらっていて、今回もそのうちの一着だ。
二人でお揃いの衣装を着て、お互いに見る。
「なんか、これも久しぶりだね」
「そうだねぇ。揃いの服着てると、リュシーが王女だった頃に戻ったみたいに感じるよぉ」
二人で顔を見合わせ、小さく笑った。
そうして約束の時間までルルと王女時代の話をして過ごし、時間になり、転移魔法でお兄様の離宮へ向かう。
室内を見回していると部屋の扉が叩かれた。
ややあって、お兄様の侍従が姿を現す。
わたし達がいても驚いた様子はなく、挨拶を交わすと、そのまま案内してもらう。
……そういえば、この侍従さんの名前、知らないなあ。
お兄様の離宮に来ると必ず顔を合わせるので、きっと、お兄様はとてもこの人のことを信頼しているのだと思う。
でも今更、名前を尋ねるのも何だか悪い気がする。
「どうぞ、ごゆっくりお楽しみください」
扉を開けた侍従の言葉にお礼を伝えて室内へ入る。
そこにはもう、全員が揃っていた。
お兄様とお義姉様、それにお父様もいる。
三人とも、わたし達が入ってくると笑顔で迎えてくれた。
「リュシエンヌ、ルフェーヴル、よく来たな」
「久しぶりだが元気そうで何よりだ」
円卓を囲むお兄様とお父様は隣り合って座っており、お兄様は学院を卒業してから、よりお父様に雰囲気が似てきた。
お兄様の横にお義姉様も座っている。
円卓の席は残り二つ。わたしとルルの分だ。
お義姉様の横にわたしが座り、その横、お父様の左隣の席にルルが腰掛けた。
「お父様もお兄様も、お義姉様もお元気そうで良かったです。特にお兄様とお義姉様は忙しかったでしょう?」
お兄様が席を立ち、わたしとルルの分の紅茶を淹れてくれた。
ルルがすぐにわたしの分を一口飲み、小さく頷く。
それからカップに口をつけた。
相変わらず、お兄様の淹れてくれる紅茶は美味しかった。
「まあ、王太子と公爵令嬢の結婚となれば仕方がない」
「忙しくて、式当日は二人揃って目の下にクマが出来てしまっていて、化粧係達がとても困っておりましたわね」
「そうだな、あれはさすがに申し訳なかった」
お兄様とお義姉様が小さく笑う。
その様子をお父様が微笑ましげに見守っている。
それが嬉しくて自然とわたしも笑顔になった。
「お式に出席はしませんでしたが、お兄様とお義姉様の結婚パレードは少しだけ見に行きました」
お兄様とお義姉様が目を丸くしてこちらを見る。
「そうだったのか? ……気付かなかったな」
「リュシエンヌ様もいらしてくださっていたのですね」
「とは言っても、ルルのスキルを使用していましたし、屋根の上からチラッと眺めただけですけど……」
それにお兄様が納得した様子で頷いた。
「ああ、なるほど」
横でお義姉様が驚いた様子で口元に手を当てた。
「まあ、屋根の上? 危なくありませんか?」
「大丈夫です。ルルが支えてくれますし、大体、町中に転移した時は屋根の上を移動していますから」
「ちょ、ちょっとお待ちください! 転移? 屋根の上を移動とは、どういうことですの?」
お義姉様は更に混乱した様子で、お兄様が苦笑する。
「ルフェーヴルは転移魔法が使えるんだ」
それから、お兄様はわたしの女神様の加護やルルの祝福、加護による影響、あとはわたしがルシール=ローズという偽名で宮廷魔法士団に入っていることなど、色々とお義姉様へ説明した。
これについてはお父様とお兄様と通信魔道具で話し合って、お義姉様にも伝えておこうと決まったのだ。
説明中、お義姉様は驚きの連続で、話を聞き終えた後には少し疲れたような、呆れたような溜め息を吐いていた。
「大丈夫か?」
お兄様が心配そうにお義姉様の手に触れる。
「え、ええ、大丈夫です。驚きすぎてしまって、まだ少し戸惑っておりますけれど……」
「リュシエンヌの加護については内密に頼む」
「はい、口外いたしませんわ」
二人が微笑み合う。
……わたしとルルも今までこんな感じだったのかなあ。
ほっこりした気持ちで二人を眺めた。
「アリスティードとエカチェリーナのパレードはなかなかに華やかで良かっただろう?」
お父様の言葉に大きく頷いた。
「はい、とっても。それにお兄様はかっこよくて、お義姉様もお綺麗で、二人が馬車に乗って手を振っている姿は凄く感動しました」
「ふふ、ありがとうございます。結婚衣装は二人で選びましたの。華やかすぎて少し重かったのですが……」
「私もあれほど華やかな衣装は初めてで、慣れるまで何度かこっそり着て、エカチェリーナと動きの練習をした」
華やかな衣装で最初はぎこちなく動く二人を想像したら、可愛くて、思わず笑みが浮かぶ。
お父様は見たことがあるのか微笑ましげな顔をしていた。
ふと、そこで思い出した様子でお義姉様がわたしを見る。
「リュシエンヌ様、遅くなりましたが、離宮を譲っていただきありがとうございます。とても過ごしやすく、美しくて、気に入りましたわ」
嬉しそうに言ってもらえて、わたしも嬉しい。
わたしが降嫁してから、あの離宮は主人がいないままだったので、きっと使用人達も喜んだはずだ。
しかも、そのままわたしに仕えてくれていた使用人達が残っているのであれば色々と都合も良い。
「主人がいないままでは寂れてしまいますし、お義姉様が住んでくだされば、今後は時々、遊びに行くことも出来ますので」
「そうですわね、是非遊びにいらしてくださいませ」
離宮の中ならば人目を気にする必要もあまりない。
お義姉様が微笑み、お兄様がそんなお義姉様を優しい眼差しで見つめる。
「リュシエンヌとルフェーヴルは困ったことはないか? 通信魔道具で話してはいるが、もし何か困ったようなことがあれば、遠慮せずに言いなさい」
お父様の言葉にルルと頷く。
「はい、大丈夫です。ありがとうございます、お父様」
「義父上は心配性だねぇ」
お義姉様が「義父上……」と口元を押さえる。
驚きに満ちた表情にお兄様が横で頷いている。
「分かるぞ。ルフェーヴルが父上をそう呼ぶのは違和感があるだろう? 父上のことはこう呼ぶくせに、私のことは義兄とは呼ばないんだ」
「それは……年齢的にも難しいかもしれませんわね」
お義姉様が困ったように微笑む。
「そぉそぉ、アリスティードを義兄とは呼べないよねぇ」
「精神的には私のほうが歳上だと思うんだが」
「え〜? 酷くなぁい?」
それでも、わたしとルルがファイエット侯爵家に来たばかりの頃に比べたら、ルルとお兄様の関係も随分と変わった。
最初はお兄様に対しても少し警戒していたルルが、段々とお兄様を認めて、お兄様もルルを認めて、今ではお互いに信用しているのが窺える。
実際、ルルはそれなりに気を抜いているようだ。
こうしてルルが気を抜いてもいいと思えるくらいには、お兄様達を信じているわけで、家族としての繋がりが感じられる。
……そう考えるとお義姉様とルルは親戚になるんだよね?
それはそれで不思議な気持ちになる。
お義姉様とルルはわたし抜きでの関わりはあまりないけれど、ルルはお義姉様のことを警戒してはいないらしい。
お義姉様が手元のグラスに口をつける。
……あれ? グラス?
わたしもルルも、お父様も紅茶を飲んでいるが、よく見ればお兄様とお義姉様はグラスで別のものを飲んでいる。
まじまじと見ているとお義姉様が気付いて、そして、照れた様子ではにかんだ。
「リュシエンヌ様にご報告がありますの」
お兄様がそっとお義姉様の背に手を回す。
「まだ公にはしていないが、エカチェリーナが懐妊した」
お義姉様を見れば、笑顔で頷き返される。
王太子と公爵令嬢が結婚し、二人の間に子供が出来る。
それは国としても、家族としても、喜ばしいことだった。
「おめでとうございます、お兄様、お義姉様……!!」
「へえ、おめでと〜」
喜ぶわたしとは反対に、ルルが興味がなさそうだったが、それでもお祝いの言葉を述べる辺りは全く関心がないわけでもなさそうだ。
ルルがお義姉様の腹部を見る。
「赤ん坊が出来ると腹が大きくなるんじゃないの?」
ルルの疑問にお義姉様が言う。
「お腹が大きくなってくるのはまだ先ですわ。赤ん坊が大人になるように、お腹の中で段々と育って、それから生まれるものです」
「ふぅん?」
不思議そうに小首を傾げ、ルルが紅茶を飲む。
暗殺者として生きてきたルルにとって、妊娠・出産というのは自分とは対極的な出来事のように感じられるのかもしれない。
しかも男性なので妊娠や出産を経験出来ない。
「お義姉様、お腹に触れてもよろしいでしょうか?」
「ええ、まだ触っても何も分かりませんが、それでもよろしければどうぞ」
席を立ち、お義姉様の横に屈み、そっとそのお腹に触れる。
確かにまだ細い腰で、ここに子供がいるという雰囲気はないけれど、それでも祈る。
「……無事に生まれてきてね」
この世界には治癒魔法はあるものの、出産は母子共に危険が伴うのはどの世界でも変わらない。
子供の無事も大事だが、お義姉様の無事も祈る。
……女神様の加護が少しでも届きますように。
「ルルもお祈り、する?」
「ん〜、オレはいいやぁ。リュシーならともかく、オレが祈っても特に意味はないだろうしねぇ」
「そんなことないと思うけど……」
立ち上がるとお義姉様がわたしの手を握った。
「ありがとうございます。リュシエンヌ様に祈っていただけると、何があっても乗り越えねばと思えますわ」
「お義姉様、無理はしないでくださいね」
「ええ、気を付けます」
まだ平たい腹部をお義姉様が愛しそうに撫で、お兄様と顔を見合わせて微笑む。
席へ戻るとルルに抱き寄せられた。
……大丈夫、わたしは気にしてないよ。
と気持ちを込めてルルの手を握る。
わたしとルルの間に子供が出来るかは分からない。
ルル曰く『暗殺者の修行で色々な毒を飲んだ』そうで、そのせいで高熱を出したことも多く、もしかしたら子供は望めないかもしれないと説明もされた。
ルルとの間に子供が出来たら嬉しいが、子供が出来なくとも構わないし、それならそれで夫婦二人暮らしを満喫すればいい。
「早くお兄様とお義姉様の子を見たいです」
そう言えば、二人がおかしそうに笑う。
「気が早いな」
「リュシエンヌ様は良い叔母になってくださるでしょうね」
「そうなればルフェーヴルは叔父か」
ルルがなんとも言えない顔をする。
嫌がっているというよりかは、家族や親戚というものを本質的にはよく理解出来ていないのだと思う。
「やめてよぉ。オレ、そんなに子供は好きじゃないしぃ」
「お前、自分の子が出来た時にも同じことを言うつもりか?」
「リュシーそっくりの子供なら可愛がれる自信はあるけどさぁ……」
珍しくルルが口をへの字にして言葉を濁す。
そんなルルにお兄様やお義姉様、お父様が小さく笑った。
笑われてちょっと不満そうに頬杖をついたルルだけど、わたしと目が合うと軽く肩を竦めて頬杖をやめる。
「お父様にとっては初孫になりますね」
「ああ、孫を抱く日が楽しみだ」
そう言ったお父様も本当に嬉しそうだった。
お義姉様は王太子妃の公務もあり、妊娠もしたとなると色々と大変だろう。
こういう時は降嫁したことが申し訳なくなる。
もしわたしが王女としてまだ残っていれば、公務を代わりに引き受けることが出来ただろう。
何も出来ないことが少し歯痒い。
表情に出てしまっていたのか、お義姉様が笑う。
「リュシエンヌ様、大丈夫ですわ。わたくし達の子ですもの。元気で強い、良い子が生まれてくるでしょう」
微笑んだお義姉様は既に母親の顔をしていた。
お茶会はお義姉様の体調を考慮して短時間で終わったが、わたし達が帰る時、お義姉様はとても残念そうだった。
……また今度、遊びに来させてもらおう。
二人の子が生まれてくるのが楽しみである。




