暗殺者の挨拶
* * * * *
手を振るリュシエンヌに振り返し、ルフェーヴルの体は転移魔法によって別の場所へと移動する。
一瞬で変わった景色にルフェーヴルは手を下ろした。
転移先は王城のいくつかある裏門の一つ。
その見張り台の屋根の上に転移した。
スキルで姿を隠し、屋根を蹴って移動する。
城壁の上を音もなく駆け抜けていく。
どうせスキルで見えないので、騎士達とすれ違ったとしても、よほど熟練した者でなければそよ風が吹いたと勘違いするだろう。
そうしてルフェーヴルは中庭を越え、床を蹴り、風魔法を使用して高く飛び上がる。
目的地は、国王であり、義理の父であるベルナールの政務室だ。
王城内部の地図は頭に入っている。
そしてルフェーヴルは目的地の窓を見つけ、その窓の一つ横の窓に着地した。足場はほぼないが、少しだけ突き出ている窓の枠に手をかけ、足を乗せ、窓に張り付いた。
一瞬キシッと鳴ったが大きな音ではない。
闇属性の魔法を小さく展開し、生み出した影を窓枠に入れて内側から鍵を開ける。
音を立てずに中へ入り、窓を閉めた。
隣室の音に意識を集中させてみたが、話し声はしないが、人のいる気配はあった。
一応、魔力探知を行い、中にいるのがベルナールであるかどうかの確認もする。
……うん、いるみたいだねぇ。
扉の取っ手を掴み、慎重に回す。
「誰だ」
かけられた声にルフェーヴルは目を丸くした。
まだ扉は開けていない。
止まっていると、もう一度声をかけられた。
「ルフェーヴル、入れ」
確信している声にルフェーヴルは諦めてスキルを解き、扉を開けて中へ入った。
「よく気付いたねぇ」
政務室は予想通り、ベルナールだけしかいない。
実際には天井に影の者達がいるので一人ではないが。
その目がルフェーヴルの姿を見て、細められる。
「その姿は懐かしいな」
「そ〜ぉ? ココに来る時はいつもコレでしょぉ?」
時々、リュシエンヌが眠った後にベルナールの下へ来る。
その大半はリュシエンヌが父親へ書いた近況報告の手紙を渡すためであるが、ルフェーヴルの気分によってはふらっと来ることもあった。
夜は政務室にいないことが多いものの、それでも、ベルナールは私室に仕事を持ち込んで夜もやっていることが多い。
アリスティードも同じことをしており、見た目も行動も似てるんだよねぇ、とそんな義父の姿を見てルフェーヴルは少し呆れていた。
国王、王太子だからと言って、そこまで国に尽くそうとする気持ちがルフェーヴルには理解出来なかった。
ルフェーヴルにとっては所詮、他人事だったから。
「確かにそうだが、その格好で髪の短いお前を見たのは久しぶりだ。リュシエンヌの傍にいるようになってからは髪を伸ばしていただろう?」
ベルナールとは仕事でもそれなりに長い付き合いだったが、言われてみれば、ルフェーヴルはいつも短髪だった。
だから、ベルナールにとってはこの髪の短さは以前のことを思い起こさせるのだろう。
「まぁ、髪が長いと邪魔だからねぇ」
それでも髪を伸ばしていたのは、その間はリュシエンヌの侍従という立場に重きを置いていたからだ。
だが、今後は本業に専念するため、長い髪は切った。
「復帰するのか」
「そうだよぉ」
「そうか」
ベルナールは苦笑したが、止めはしなかった。
それが一瞬、リュシエンヌと重なって見えた。
……血は繋がってないのになぁ。
「止めないんだねぇ」
ベルナールが少し、目を丸くした。
「止めてほしいのか?」
ルフェーヴルは首を振った。
ベルナールは「そうだろうな」と言う。
「お前は昔から自分の決めたことは曲げなかった。それ故に扱い難かったが、信頼の置ける部分もあった。お前が本業に戻ると決めたのであれば、止めても無駄だろう」
「まぁね〜」
もちろん、ベルナールに止められたからと言ってルフェーヴルが暗殺業を辞めることはない。
実入りの良い仕事だし、それなりに気に入っているし、他にやりたい仕事もない。
「本業に戻るのは良いが、リュシエンヌを未亡人にするような真似は許さんぞ」
真剣な表情で言われ、ルフェーヴルは笑った。
「あは、そこは心配しないでよぉ。もし死にそうになっても、リュシーのところに必ず帰るって約束してるからさぁ。……オレが死ぬのはリュシーを殺した後だね」
ルフェーヴルの言葉にベルナールは怒ることはなく、ただ、少し困ったような、呆れたような顔をした。
リュシエンヌに効かないと分かっていても毒を渡してあることを、ベルナールは知っているはずだ。
毒を渡した時に影の者が見ていたから。
その報告が上がっていないわけがない。
「娘を長生きさせてやってくれ」
それは父親としての心からの願いだろう。
「努力はするよぉ」
ルフェーヴルも本心から答えた。
ルフェーヴルはリュシエンヌの笑顔が好きだ。
ルル、と愛称を呼ぶ声も好きだし、細い手に優しく頭を撫でられるのも好きだし、キラキラ輝く琥珀の瞳が愛情深くルフェーヴルを見つめる様も好きだ。
自分の掌の上で転がしているつもりが、逆に転がされてしまう時もあって、それもまた面白くて楽しいと思う。
生きているリュシエンヌだからこそ愛おしい。
死んでしまえば、それらは二度と手に入らない。
そう分かっているから殺さない。
殺すのは、いつでも出来るから。
「お前が本業に戻るということは、リュシエンヌがルシール=ローズとして仕事をするのも難しくなるか?」
ベルナールの問いにルフェーヴルはまた首を振る。
「いんやぁ、今まで通り週一でリュシーは来るよぉ。オレが朝送ってぇ、帰りに迎えに来るつもり〜」
「そうか。ルシール=ローズが入ってから、王城で使用している魔道具の不備が減ったと聞いている。おかげで騎士達と魔法士達の軋轢が少し弱まった」
「そうなのぉ?」
宮廷魔法士達は少々、自尊心が強い者が多い。
貴族出身者が多いこともあるからだろうが、それぞれ、魔法に精通しているという自負があり、それ故に魔道具の調整や点検といった雑務を行うことを嫌がる傾向があった。
元より魔法士というのは自分の専門分野以外は興味がなかったり、苦手だったりするので仕方がない部分もあるものの、宮廷魔法士の誰かがしなければならない仕事だ。
リュシエンヌはルシール=ローズとして宮廷魔法士見習いとなり、毎日、魔道具の点検と確認を行っている。
最終的に調整するのは別の者だが、リュシエンヌの魔法や魔法式に対する造詣は深く、どの魔道具に対してもきちんと点検され、場合によっては改良式すら出してくることもあるらしい。
それまで滞っていた魔道具の点検と確認が流れ始めたことで、魔道具を使う騎士達の不満も減ってきている。
しかもリュシエンヌは魔道具に使用上の注意書きなどをつけて返すので、それをそのままつけておけば、使用する騎士達が誤って魔道具を壊してしまうということも減った。
騎士達は魔道具の整備が進まない魔法士達に不満を感じており、魔道具を壊したり不満を言ったりする騎士達を魔法士が不快に感じ、余計に魔道具の点検や整備への遅れが生じる、という悪循環も改善しつつある。
「リュシエンヌはそれを知らないらしいがな」
ルシール=ローズは魔法士の中でも、騎士達の中でも、密かに知られつつあるようだ。
あまり広まらないように手を回しているが、他人の口を塞ぐのは難しい。
魔道具の点検を主に行う優秀な宮廷魔法士見習いがいる。
いくつかの功績と魔法士長の推薦と共に突然現れた若い見習いで、普段は滅多に姿を見ることはないが、赤い髪に緑の瞳の少女らしい。
その噂は宮廷魔法士と騎士、両方の間で囁かれている。
「リュシーってさぁ、どこに行っても目立っちゃうよねぇ」
「自分がどれほど凄いことをしているか、理解していないところがあるからな。それに出し惜しみもしない。必要だと思えば迷いなく、自分の考えたものを与えてしまう」
「そうなんだよねぇ」
ルフェーヴルは思わずベルナールの言葉に同意した。
リュシエンヌは優しくて、少し無防備なところがある。
誰にでもすぐに手を差し伸べてしまうし、せっかく一生懸命考えた魔法でも誰かのためになるなら隠さずに渡してしまう。
もちろん、何も考えていないわけではないだろうが、自分が損することはさほど気にしていないような気がする。
「だからこそ魔法士見習いにしたんだが……」
宮廷魔法士は見習いも含めて、全てが国王直轄となっているため、他の者達がおいそれと手を出すようなことは出来ない。
「あの子の輝きは『王女』という肩書きなどなくても、関係ないようだ。どこにいても自ら輝ける」
それにルフェーヴルは笑った。
「なぁに〜? 今更気付いたのぉ?」
リュシエンヌの輝きはリュシエンヌ自身のものだ。
王女という肩書きはあくまで付随するものでしかなかったし、むしろ、王女という立場はリュシエンヌを縛っていた。
その鎖が解けて自由になった今、リュシエンヌは王女時代よりも活発に、そして明るくなった。
「リュシーは昔っからキラキラ輝いてたよぉ」
その輝きが増しただけ。
「一番近くで見てきたお前が言うのなら、そうなのだろう」
ベルナールはふっと微笑み、懐かしむように目を閉じた。
恐らく、リュシエンヌの幼い頃を思い出しているのだろう。
まだファイエット邸にいた頃の、お転婆姫と呼ばれていたリュシエンヌの元気で明るい姿をルフェーヴルもまた、思い出していた。
* * * * *
ペラ、と目の前の書類が浮き上がった。
それに執務室にいた親友であり、側近のロイドウェルと昔から仕えている侍従がハッと身構えた。
しかしアリスティードは小さく溜め息を吐いた。
「ルフェーヴルだな?」
王太子の執務室に入り、こんな悪戯をする人物など、それ以外にいるはずがない。
案の定、あは、という笑い声と共にルフェーヴルが現れた。
ロイドウェルと侍従が目を丸くして見ている。
……そういえば、いつもは私一人の時に来ていたんだったな。
特にロイドウェルはルフェーヴルの本職を知っていても、実際にルフェーヴルのその反則的なスキルを目の当たりにするのは初めてだろう。
リュシエンヌの侍従として、婚約者として過ごしていた時は基本的に姿を現していたから。
「ニコルソン子爵でしたか……」
あと、ロイドウェルはルフェーヴルが苦手らしい。
ルフェーヴルもそれには気付いているが、どうでも良いので放っているという風だった。
影が出てこないのはルフェーヴルだと気付いていたからか。
「こんな昼間に来るとは珍しい──……」
言いかけて、アリスティードはまじまじとルフェーヴルを見直した。
リュシエンヌと同じリボンを使うために、リュシエンヌとお揃いで伸ばしていたはずの長い髪が、短くなっていた。
それが昔を思い起こさせて、懐かしさを感じさせる。
同時に、何故ルフェーヴルの髪が短いのか分かってしまった。
「復帰するのか」
「そうだよぉ」
ルフェーヴルが執務机の空いている場所に腰掛ける。
いつも通り、緩い笑みを浮かべて、摘んでいた書類をロイドウェルへ差し出し、ロイドウェルがそれを受け取っている。
色々と思うところはあるが、それらを言ったところでこの男は暗殺者を辞めることはないだろうし、リュシエンヌとルフェーヴルが話し合って決めたことなのだろうから、アリスティードがあれこれ口出しをするようなことではない。
「……そうか」
何とか口から出たのは単純な返事だった。
それにルフェーヴルが小さく笑った。
「アリスティード、義父上とそっくりだねぇ」
横でロイドウェルが「ちちうえ……?」と不思議そうにアリスティードとルフェーヴルとを交互に見るので、アリスティードは「父上、国王陛下のことだ」と言った。
ややあってロイドウェルが「えっ!?」と酷く驚いた声を上げた。気持ちは分かる。
ルフェーヴルが組んだ足の上で頬杖をつく。
「そんなに驚くことぉ? オレはリュシーと結婚したんだからぁ、国王サマはオレの義理の父だしぃ、別に義父上って呼んでもおかしくないでしょぉ? ちゃ〜んと義父上の了承もらって呼んでるんだから〜」
「そのわりには私のことは義兄とは呼ばないけどな」
「歳下の義兄はお断りだよぉ」
何かを追い払うようにルフェーヴルが手を振る。
「まあ、そういうことで、ルフェーヴルも父上のことはそう呼んでいるんだ」
「そうなんだ……」
ロイドウェルは変な物でも飲み込んでしまった時のような、何とも言えない表情を浮かべていた。
「それで、いつから復帰するんだ?」
「今すぐにでもって感じかなぁ。入ってる依頼によるけどぉ、しばらくは急ぎの案件だけにしてぇ、リュシーとの生活の両立具合で仕事を増やすか考え中〜」
ルフェーヴルの行動の中心はいつだってリュシエンヌだ。
それについては特に言うことはない。
大切な妹を誰よりも大事に、そして優先してくれているのは目の前にいるルフェーヴル=ニコルソンだということをアリスティードはよく知っている。
「あ、何か依頼があったら闇ギルド通してねぇ。アリスティードと義父上だけは最優先で受けて、殺したい奴がいたらサクッと処理してあげるよぉ。まぁ、金はもらうけど〜」
「今はいない」
「そっかぁ」
ざんねぇん、とルフェーヴルが緩く笑う。
今までよりもどこか冷酷に感じるのは、暗殺者としてのルフェーヴル=ニコルソンとして復帰すると決めたからか。
「義父上とアリスティードに復帰の報告もしたし、ギルドのほうにも行ってこよっかなぁ」
立ち上がったルフェーヴルが詠唱を行い始める。
……全く、いつだってこいつは身勝手だ。
だが、それがリュシエンヌを救った。
それにアリスティードもこの身勝手さから、色々と学んだところもあるため、一概に悪だとも言えなかった。
「そのうち挨拶に行くと、闇ギルドの長に伝えてくれ」
アリスティードの言葉にルフェーヴルがニッと笑った。
「りょ〜かぁい」
そして、ルフェーヴルの姿が掻き消える。
そんなに騒がしい人物ではないが、ルフェーヴルがいなくなると途端に室内が静けさに包まれた。
「休憩しよう。茶を淹れてくる」
立ち上がったアリスティードに侍従も動く。
……リュシエンヌとルフェーヴルが結婚した日も、こんな風に雲一つない快晴だったな。
ふと、そんなことを思い出した秋の日だった。
* * * * *
別作「ミスリル令嬢と笑わない魔法使い」が、マンガがうがうにて「婚約破棄されたのでお掃除メイドになったら笑わない貴公子様に溺愛されました」というタイトルでコミカライズ連載始まりました!
よろしくお願いいたします(✳︎´∨︎`✳︎).°。




