鉱山視察(1)
翌日、朝食後にさっそく見学をさせてもらうことになった。
動きやすいように装飾の少ないドレスを着て、髪も邪魔にならないように纏めてもらい、靴もほぼヒールのないものにした。
見学で歩き回ることは最初から分かっている。
ヒールの高い靴で足を痛めたくはない。
ルルもわたしに合わせてシンプルな装いだ。
ヴィエラさんと護衛も数名同行する。
そのことは管理官も分かっていたようで、特に何も言われなかった。
移動は子爵家の馬車を使わせてもらうことにした。
「本日は鉱山周辺のご案内をさせていただきます」
「はい、よろしくお願いします」
鉱山の中には立ち入れない。
採掘をしているので危険だし、汚れるし、採掘の邪魔になるのでということだった。
その代わり馬車の中で説明をしてもらう。
「ドランザークは昔から金や鉄、銅などの金属類などがよく採れる場所で、基本的に魔法で採掘を行います」
「手作業ではないのですね」
「大まかに掘るだけなら魔法の方が効率も良く、鉱夫達への負担も少ないですから」
まず、採掘のために壁を掘る。
これは土属性の魔法を応用して部分的に崩していくらしい。
崩した土は手押し車などを使って人力で運び出すが、手で掘ることはまずないそうだ。
崩しては運び出し、崩しては運び出しを繰り返す。
掘った穴は木材を壁や天井に詰めて通路を作る。
そうして、崩した土や岩などは全て運び出し、その土から鉱石などを選り分ける。
選り分けたら、土や汚れを落としていく。
分けたら鉱石ごとに分類するが、混ざっていることも多いため、完全な分離作業はまた別のところで行うそうだ。
でも分離もほぼ魔法で行えるのだとか。
「魔法って便利ですね」
「そうですね。もし人の手で行わなければならないとなれば、金銭的にも、手間という意味でも働き手への負担が大きいでしょう」
あとはそれぞれの採掘されたものによって違いはあるが、大体は魔法によって分離させたものを一定の重さに分けて売り物とする。
「製鉄所みたいな場所はないんですね」
管理官が首を傾げた。
「セイテツジョ?」
「金属を高温で熱して、不純物と選り分ける施設です」
「魔法で殆ど選り分けられるので、そのような施設はありませんね」
……魔法って本当に便利だなあ。
でも、だからこそ発展しない分野も多そうだ。
それに製鉄所も環境問題とか設備の用意の手間などがあるだろうから、必要ないなら、それに越したことはないのかもしれない。
ちなみに採掘の重労働とは、崩した土や岩などを運び出す作業のことを指すようだ。
元の世界では、昔は手作業で地道に掘っていたが、そういった作業はこの世界ではもうしないらしい。
「鉱山が出来た当初は道具を使って手作業で掘っていたそうですが、魔法で崩していく方が鉱夫への負担が少なく、また、鉱石などを傷付けずに採れるので、手作業で行う利点はありませんね」
と、いうことだった。
「落盤などの危険性はないのでしょうか?」
「昔、手作業で掘っていた頃は度々あったそうですが、現在は魔法で崩すのと同時に、周囲の土や岩が崩れないように固定や強化魔法をかけながら行うので、そういった危険性は少ないです」
鉱夫達は朝から夕方まで働き、帰る。
一口に鉱夫と言っても色々と役割が違うそうだ。
魔法で採掘していく者、崩した石などを外へ運び出す者、通路のために木材を切ったり運んだり組み立てたりする者、手作業で石を選り分ける者、選り分けたものから種類ごとに分離させる者、鉱山の通路内部に風を通す者、内部に溜まった水を外へ排出する者。
ちなみに女性も多く働いているらしい。
「肉体労働なのに女性も働いているのですか?」
「ええ、他の鉱山では女性はあまり働いていないようですが、ここドランザークは違います。働きたがっている女性も積極的に雇用し、人手不足を補っています」
「人手不足? 住民は多そうですが……」
車窓を眺めれば、道行く人々の姿が目に入る。
街には働き盛りの男性や女性が多く見受けられる。
管理官が首を振った。
「鉱山での労働は体に負担がかかるのでしょう。一人の鉱夫が十代から働き始めたとしても、四十になる前には『体がつらい』と辞めてしまいます」
それに、と管理官が声を落とした。
「国王陛下へご報告申し上げた通り、最近は若者の中にも体調不良を訴える者が続出しておりまして、その分の人手を補うために女性も雇用しているのです」
わたし達が来たのも、その体調不良の原因が何なのか確認するためである。
このままそういった人が増えていくと、いずれ、鉱夫が減って採掘量も減ることになるし、最悪、人手が確保出来るようになるまで採掘を中止することにもなりかねない。
そうなれば国もわたしも、そしてこの鉱山で働く人々も、ドランザークの街自体にも問題が出てくる。
馬車の揺れが段々と弱まり、停車する。
「ああ、鉱山の入り口に到着しました」
御者が扉を開けて、管理官、ルル、わたしの順に降りる。
ヴィエラさん達は別の馬車でついて来ており、すぐに馬車を降りるとわたし達の傍に来る。
鉱山の入り口と言っても、そこそこ離れている。
遠目から眺めると、鉱山の出入り口は意外と小さく、そこから手押し車に土を載せた人々が列を成して出入りしているのが分かった。
「人が多いですね」
まるでアリの行列のように、手押し車を押した人達が外へ土を運び出し、外に小山がいくつも出来上がっている。
「これでも最盛期に比べたら減った方です。と言うより、減らしました。さすがに昼夜延々と働かせるなんて酷いことはさせられません」
前任者はそうさせていたようだが。
「でも、それだと労働者は以前よりも受け取れる給金が減って、不満に思うのでは?」
「いえ、むしろ喜んでおりましたよ。前任者は低い給金で働かせていて、しかも何かと理由をつけては給金を減らしたり、払わなかったりしていたので、決まった時間に働いて安定して給金を得られる今の方が良いのでしょう」
「なるほど」
……よく前任者はやってこられたなあ。
聞く限り、下手したら鉱夫達による暴動が起きてもおかしくなさそうなのだが。
「暴動は起きなかったのですか?」
管理官が小さく息を吐く。
「暴動を起こせば『王家が派遣した者に楯突いた反逆者』として処刑されたり、重い罰を受けたりしたのです。現状の改善を訴えた者もいたようですが、そういった者達は家族共々、捕らえられて……」
管理官が言葉を濁したが、言わなくとも分かる。
きっと見せしめに処刑されたのだろう。
「そのような人間がよく管理官になれましたね」
「……どうやら管理官の選出人に賄賂を渡していたようです。その、旧王家時代の話ですから」
「ああ……」
あの頃は賄賂だの横領だのが当たり前に横行していたそうなので、前任者も、管理官を選出する側もそうだったのだろう。
「そのことを知った陛下が前任者を含め、関係者全員を洗い出し、一掃し、私を含めた新たな人員が派遣されました」
管理官は選ばれたことに誇りを持っているらしい。
どこか自信の感じられる響きがあった。
「そうなのですね」と相槌を打つと、すぐに我へ返った様子で管理官は小さく咳払いをした。
「とにかく、今は暴動が起こるような運営はしておりませんので、ご安心ください」
それにわたしは大きく頷いた。
気恥ずかしかったのか管理官はかけていたメガネを直しつつ、鉱山内部の動きについて人の流れを見ながら細かく説明してくれた。
第一に掘削作業を行う人。土属性の魔法が得意な人達が、岩を崩し、状態固定をかけを繰り返し、掘っていく。地道な作業だが崩れやすい部分もあるため危険も多い。魔力をかなり消費するので、それぞれの魔力量を確認しつつ、交代で作業を行う。
第二に崩した岩を外へ運ぶ運搬人。小さな荷車を使って何度も鉱山の中と外を行き来する。魔力が少なくても体力があれば出来る仕事だけれど、肉体労働で人手がいる。でも大体は魔法で身体強化をかけて作業する。
第三に鉱山内部の通路を木材で固定する整備人。いくら魔法で状態固定をかけていると言っても崩れることもある。それを防ぐために、木材で通路の壁や天井にかかる重みを支えるのだ。木材を切り出す者、皮を削いで整える者、運ぶ者、中で組み上げる者とそれぞれ分かれている。
第四に内部の空気を入れ替える送風人。奥へ掘れば掘るほど空気が悪くなり、危険なため、常に綺麗な空気を循環させるために風魔法で空気の流れを作る。これは風魔法の得意な者と専用の魔道具とで併用している。昼間は風魔法を使える者が主に行い、夜などの人がいない時間は魔道具で風を送ることで、内部の空気が濁らないようにする。
第五に鉱山の内部に溜まった水を排出する排水人。山を掘り進めていると地下水が出てきて溜まってしまい、そのままだと掘った通路が水没してしまうので、そうならないように毎日水を鉱山の外へ排出する。これも運搬人と同じくらい肉体労働だが、やはり魔力が少なくても出来る仕事で、人手もいる。
大まかに分けると、そういった人々が内部で活動しているそうだ。
「小荷車を押して頻繁に出入りしているのが運搬人で、木材を運んでいるのが整備人、何も持たずにたまに出てきたり入ったりしているのが交代している掘削人です。ああ、出入り口で風魔法を使っているのが送風人です。通路内に等間隔で立っていて、中の空気を入れ替えています。桶を持っているのが排水人ですね」
言われてみれば、色々な人が忙しなく出入りしている。
「送風は魔道具に任せれば良いのではありませんか?」
「魔道具は高価です。それを買って揃えるよりも人を雇ったほうが安く、確実なのです。夜は最低限の空気の入れ替えだけなので魔道具だけで十分ですが。掘削を始める一時間ほど前から送風人が風の循環を行い、その後、作業が始まります。それに魔道具では風の循環力が弱いため、人が魔法で調整して送風したほうが通路内の熱や湿気も綺麗に流すことが出来るのです」
「鉱山の中は暑いんですか?」
「ええ、かなり暑いですよ。ですから作業をする者達は皆、薄着で活動しています」
手で示されてもう一度見れば、なるほど、確かに人々は薄着であった。夏場だから薄着というわけではなかったらしい。
「鉱山からは温泉も湧いておりまして、街には人々が安く入れる公衆浴場もございます」
「え、温泉がここにもあるんですか?!」
「はい、以前は領主の館にのみ湯が引かれておりましたが、それをやめて、公衆浴場へ回したのです。鉱山で働く者達はどうしても体が汚れてしまいますし、街の人々も安く使えることで身綺麗な者が増え、病にかかる者も減りますから」
思わず「いいなあ……」と本音が漏れてしまう。
ルルを見上げれば首を振られた。
「公衆浴場は警護の問題がありますので」
ルルの言葉に管理官も「そうですね」と苦笑する。
……温泉、入りたかったなあ……。
元とは言えど王女という立場上、仕方がないことだった。
「では、次は鉱山の外で働く人々について説明いたします」
と、管理官が話題を振ってくれたので、わたしは温泉を諦めてそれを聞くことにした。
「外の作業についてはお見せすることが出来ます。少々歩きますが、よろしいでしょうか?」
「はい、大丈夫です」
「ここより先の道は整備してありませんので、足元にお気を付けください」
「分かりました」
ルルが差し出した手を繋ぐ。
もう片手が支えるように腰に回った。
もしわたしが転びそうになっても、ルルが支えてくれるということなのだろう。
ありがとうと意味を込めてルルに笑みを向け、それから、ゆっくりと歩き出した管理官の後を追う。
土を踏み締めただけの道は小石や土などで歩き難い。
ここで働いている人々はこの整備されていない道を毎日歩いて、重い物を運んでいるのだから凄いなあと思う。
小石を踏んで滑りかけたわたしをルルが支えてくれた。
「私が抱えて行きましょうか?」
なんてルルに訊かれて慌てて首を振った。
シンプルなものと言ってもドレスを着ているだけでも目立つのに、更に横抱きにされて運んでもらうなんて、それこそ注目の的になるだろう。
ブンブンと首を振ったわたしにルルは小さく笑っていた。
そうして管理官の案内を受けて移動した。
「外に運び出された岩をこちらで砕きます」
鉱山の外には中から運び出された岩の破片などがいくつかの小山に分けて積まれており、近くに建物もあった。
小山から鉱物の混じった岩を袋に詰め、それを叩いて小さく砕く。細かくすることで分離しやすくさせるのが目的らしい。
細かくなったものはある程度溜めて、一定の量が溜まったら分離魔法をかける。金や銀、鉄などの魔法式で指定した鉱物がそこから取り出される。残りの砕いた岩は専用の場所に捨てられる。
ちなみに宝石が混じっているものは手作業で岩を削って取り出すそうだ。
分離した鉱物は全部が混ざっているため、そこから更に種類ごとに分離されていく。
「魔法で分離しているので余すことなく鉱石を取り出すことが出来ます。分離魔法は床に刻まれた魔法式で行うため、魔力さえあれば誰でも作業を行えます。まあ、掘削人や送風人と同様に魔力の多い者がより優先的に雇用されますが」
出入り口から中の様子を覗かせてもらう。




