面白い二人
* * * * *
「それじゃあちょ〜っと行ってくるねぇ」
リュシエンヌに言い、ルフェーヴルは転移魔法の詠唱を行った。
足元が光り、魔法陣が展開される。
一瞬の浮遊感と共に視界が置き換わる。
トン、とルフェーヴルが現れたのは、王都の街中にある建物の屋根の上だった。
そこそこ大きな建物なので下から見上げても屋根の上は見えず、スキルを使用したルフェーヴルを見ることの出来る人物などほぼいない。
リュシエンヌの用事で何かと王都や王城に来ているが、最近、ようやく新しい服が体に馴染んできた。
新婚旅行で服を買った店で注文した品だ。
思いの外、着心地が良く、動きやすく、そしてなかなかに保温性も高くて値段以上に良い買い物だった。
髪がふわりと風に靡く。
ルフェーヴルはフードを目深に被ると、短く詠唱を行い、身体強化魔法を使用して屋根を蹴った。
目的地は闇ギルドのある建物だ。
家々の屋根の上を闇夜に紛れ、ルフェーヴルはひょいひょいと飛んで渡っていく。
道を歩くよりもこの方がずっと早くてラクだ。
通りを飛び越え、屋根から屋根に渡り、そうして目的地に到着する。
闇ギルドの入っている建物の屋根に着地した。
ギルドの長であるアサド=ヴァルグセインがいるのは最上階で、下から行くより、こうして上から来た方が勝手がいい。
屋根を音もなく歩き、最上階の窓の縁に下りる。
窓の上の出っ張りを掴み、下の出っ張りに足をかけ、その状態でルフェーヴルは窓を覗く。
廊下に面したその窓の中には人影があった。
もはや定位置と化したそこにいる人物は一人だけだ。
中を覗いて確認してから、ルフェーヴルは二度、窓をコツコツと叩いた。
その人物がすぐにこちらに気付き、窓へ近付いてくる。
ある程度の距離に来たところでルフェーヴルはスキルを解除した。
すぐに窓が開かれる。
「……いい加減、窓から来るのはやめろ」
ギルドランク第三位のゾイである。
相変わらず真っ黒で大きなローブに身を包み、顔を隠しているが、その声はやや呆れが含まれていた。
「下から入るより早いからさぁ」
開けられた窓からするりとルフェーヴルは中へ入った。
薄暗い廊下へ静かに降り立つ。
ゾイの視線がルフェーヴルの周りを確認した。
「今日は一人だよぉ」
「……そうか」
ゾイは定位置に戻ると扉を叩いた。
ややあって、中からベルの音がした。
それを合図にルフェーヴルは扉を開けて、中へ入る。
「おや、今度はどんなものが御入用ですか?」
ルフェーヴルの姿を確認したギルド長のアサドは、どこか楽しそうにルフェーヴルへそう訊いてくる。
この男がこんなに楽しそうなのも珍しい。
近付き、書類だらけの机の端に座る。
「今度はコレが欲しいんだってぇ」
ルフェーヴルは服の隙間から折りたたんだ紙を取り出し、アサドへ手渡した。
その紙を受け取り、開いて中を見たアサドが目を丸くする。
「農作物でも育てるつもりですか?」
そこに書かれた内容だけ見ればそう感じるだろう。
ルフェーヴルは片足にもう片足を乗せ、そこに頬杖をつきながら小さく笑った。
「違うよぉ。せっかく貴族になったのにそんな面倒なことしないってぇ。オレは植物育てるとか向いてないしぃ」
植物を育てること自体は別に構わないが、そこに癒しだとか育てる喜びだとか、そういうものは感じない。
所詮、それらは作業の一つに過ぎないのだ。
仕事ならばやるが、そうでなければやる気はない。
ルフェーヴルの返事にアサドが苦笑する。
「そうでしょうね」
長い付き合いなので、ルフェーヴルがそのようなものに興味がないことくらい、この男も知っているだろう。
「また奥方関連ですね?」
ルフェーヴルは頷いた。
「そうだよぉ。オレのかわいい奥さんってばぁ、オレと一緒にいるのに他の人間のことば〜っかり気にかけててさぁ。あんまり面白くないけどぉ、そういうところも含めてあの子だからねぇ」
リュシエンヌだから付き合っている。
もしこれが他の人間であったなら、ルフェーヴルはそんなことに構ったりはしないだろう。
そうしてルフェーヴル自身、自分のそのような変化を面白く感じていた。
……昔のオレならなかっただろうなぁ。
アリスティードの言葉は間違いではなかった。
リュシエンヌと出会わなければ、ルフェーヴルは今もきっと子供のままだった。
「まぁ、あの子の我が儘ならどんなものだって叶えてあげたいって思っちゃうんだよねぇ」
アサドが「重症ですね」と微笑んだ。
……重症。
なるほど、その通りだとルフェーヴルは笑ったのだった。
そうしてルフェーヴルはアサドへ返す。
「そういうアンタこそ、なかなか面倒なことしてるけどねぇ」
アサドはそれに黙って微笑んだままだ。
扉の外にいるゾイはこの男を愛している。
それは、実を言えば最初から気付いていた。
気付いていたが、ルフェーヴルにとってはどうでも良いことで、これまでは気にしなかった。
だが最近では、この二人の関係を少しだけ、面白いと思っている。
この男、アサドもゾイに少なからず想いがあるようなのに、この二人はそのような雰囲気が一切ない。
まるで互いにそうならないように示し合わせているようだった。
好き同士ならさっさとくっつけばいいのに。
アサドもゾイも昔から変わらない関係のままだ。
「私達には私達の事情があるんですよ」
ルフェーヴルは「ふぅん?」と返す。
「これ以上は突っ込まないでおくけどぉ、本当に欲しいものはしっかり繋いでた方がいいんじゃなぁい?」
「ご心配なく。鎖ではありませんが、似たようなもので繋いではありますので」
アサドが左手の甲を撫でた。
この男はいつも手袋をしている。
ルフェーヴルはそれにふと頬杖をやめた。
「あー、そういうことぉ?」
あは、とルフェーヴルがおかしそうに笑う。
「オレも結構おかしいけどぉ、アンタもなかなかだねぇ」
それにアサドはやはり微笑んだだけだった。
* * * * *
アサド=ヴァルグセインは机の縁に座っている男を見た。
現在、この闇ギルドでランク一位に君臨している暗殺者。ルフェーヴル=ニコルソン。
この男とその妻である元王女には興味がある。
前回、ルフェーヴルは元王女を連れて来た。
それ自体は特に気にならないが、その元王女はここを訪れると、暗殺者や間諜達に売っている携帯食の作り方を欲しがった。
正直、隠すようなものでもなければ、金を貰ってまで渡すようなものでもない。
しかし仕事として依頼された以上はきちんと書面に書き起こして渡した。
それを何に使うかと思えば、パンの代わりに貧困層へ配給する案を考えているのだと言う。
……あれはなかなかに面白い案だった。
携帯食は保存も利くし、パンよりも安く、それでいて腹持ちはそこそこいい。
味はあまり美味しくないものの、それを除けば、価格に対して利点が大きいものだ。
だから味が多少悪くても長く売れている。
それに手を加えて、もっと栄養面を良くしたものを配給したいらしい。
「それで、これを使ってどのような案を考えていらっしゃるのですか?」
今回渡された紙にはいくつもの項目が書かれていた。
だが、どれもこれも、作物を作ることに関する内容だった。
まず小麦について。
どのような場所で、どのような土で、何を使った肥料を与え、どんな風に育てているか。それでどの程度の収穫量があり、小麦を作る者達はどんな風に一日を過ごしているか。
それから野菜についても似たようなことが書かれており、どうやら、元王女は今度は作物の育て方について知りたいようだ。
「それをこれから考えるために調べて欲しいんだよぉ。オレの奥さんは食べ物を増やすためにぃ、どうしたらいいかって考え始めたんだぁ」
「でもねぇ」とルフェーヴルが言葉を続ける。
「農地を増やすのも、働く人間を増やすのも難しい〜。農作物の成長を魔法で早めることも出来なぁい。じゃあ後は何が出来るかって考えたらぁ、肥料と土を改善してぇ、より実りを良くしようって考えに行き着いたみたぁい」
「つまり、主に知りたいのは肥料の作り方や材料、土の具合、それによって作物がどう成長しているか、ということですね」
「ん〜、そうだねぇ、そんな感じかなぁ」
……また面白い案が聞けるかもしれない。
それに、闇ギルドへの依頼というのは似たようなものばかりなのだ。
誰それの情報が欲しいだの、誰それを殺してくれだの、とにかく似たり寄ったりである。
闇ギルドは問題ないと判断すればどのような依頼も受ける。
一方で誰それを暗殺してくれと依頼を受け、もう一方でその誰それから護衛として腕利きの者が欲しいと仲介を頼まれることもある。
ギルドは基本的に依頼を受けるので、どちらか一方に完全に肩入れすることはまずない。
「では一月か二月ほど時間をいただけませんか? このような依頼は初めてなので、調べるのに時間がかかってしまいます」
ルフェーヴルが頷いた。
「急ぎじゃないからいいよぉ」
言いながら、体を左右にふらふらと揺らす。
もういい大人なのに、そういう子供のような仕草が似合うのは、やはりまだまだ中身が子供っぽいからか。
この男の場合は、あえてそういうフリをしている可能性もあるけれど。
昔から掴み所のない男である。
「もしよろしければ、案が出来上がった時に教えていただけませんか?」
アサドが言えば、ルフェーヴルが首を傾げる。
「興味あるのぉ?」
「ええ、あなたの奥方は前回もそうですが、面白い発想を持っていらっしゃるのでとても興味深いです」
ルフェーヴルが振り向いた。
「奥さんが『いいよ』って言ってくれたらねぇ」
それにアサドは笑って頷いた。
本当にこの暗殺者は愛妻家になったようだ。
……いや、元からそうだったか。
初めて王女と出会った時のことを思い出す。
ルフェーヴルに抱かれた幼い少女だった。
それが成長し、今ではこの暗殺者と結婚しているのだから、人生というものは予想もつかないことが意外と転がっていて、それがまた人生を楽しませてくれる。
「ええ、それで構いません。それでは、こちらの依頼はお受けしましょう。纏めた書類はどうしますか?」
「とりあえず一月経ったら顔見せるよぉ。その時に出来てたら貰うしぃ、出来てなかったらのんびり待つからさぁ」
「分かりました」
アサドが頷けば、ルフェーヴルは机から立ち上がった。
どうやら今日は扉から出て行くようだ。
「ヨロシクねぇ」
と、軽く手を上げ、扉を開けて出て行った。
それをアサドは書類の山越しに見送った。
* * * * *
ルフェーヴルが部屋から出ると、廊下には相変わらずゾイが佇んでいた。
後ろ手に扉を閉めてゾイを見る。
普段は無口な女で、挨拶もしないが、ルフェーヴルはなんとなく話しかけた。
「お前さぁ、いっつもココにいて楽しいのぉ?」
ルフェーヴルに話しかけられたゾイは驚いた様子で僅かに顔を上げた。
しかし目深に被ったフードのせいで顔は見えない。
「……仕事に楽しいも何もない」
淡々とした声だったがルフェーヴルは気にしなかった。
「ええ〜、じゃあなんでこんな仕事してるのぉ?」
基本的にアサドは部屋からあまり出てこない。
だからゾイもいつも、ここにいる。
たまにゾイがアサドを部屋から引きずり出している姿を見たこともあったけれど、ゾイの仕事は護衛である。
アサドがここにいれば、ゾイもここを動かない。
ゾイは何も答えなかった。
……コイツ、いっつもこうだよねぇ。
「そんなにご主人様が好きなのぉ?」
バッとゾイが顔を上げた。
勢いがありすぎて、そのせいで、目深に被っていたフードがズレて、薄暗い廊下を照らすほのかな明かりの下にその顔が見えた。
顔には真横に大きく傷跡があった。
刃物か何かでつけた傷だった。
すぐにゾイが俯いたので、見えたのは一瞬だった。
「……なんのことだ」
抑えた声でゾイが言う。
それにルフェーヴルは返す。
「別に誰にも言わないよぉ。事情は人それぞれだしぃ、オレには関係ないことだしぃ?」
目の前にいるゾイから魔力を感じる。
だが、よくよく探ると、そこから感じるのはゾイの魔力だけではない。
つい今しがたまで会っていたアサドの魔力も混じっている。
ルフェーヴルは一歩近付いた。
大股のそれは一瞬でルフェーヴルとゾイとの距離を詰めてしまった。
やや俯いていたゾイの反応が遅れる。
「隷属魔法なんていい趣味してるじゃん」
言って、ルフェーヴルは半歩身を引く。
その鼻先をゾイのナイフがギリギリ通り過ぎ、ルフェーヴルの髪先に微かに触れた。
ルフェーヴルはヒュウ、と珍しく口笛を鳴らした。
「そう怒らないでよぉ。珍しいなぁって思っただけでぇ、さっきも言ったけど別になんにもしないよぉ」
ルフェーヴルが両手を上げて敵意がないことを示したが、ゾイはナイフを持ったままである。
「って言うかぁ、むしろ、隷属魔法について知りたいくらいなんだよねぇ」
「……まさか、王女に使う気か?」
ルフェーヴルは笑うだけで答えるつもりはない。
「あはは〜、もうからかわないからさぁ」
これ以上ゾイの機嫌を損ねてもいいことはない。
ルフェーヴルはそのまま下がると、窓を開けて、外へひょいと飛び出した。
そのままスキルを発動させて闇夜に紛れ、来た時と同様に屋根の上を渡っていく。
その足取りは来た時よりも軽かった。
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