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学院祭(5)

 



 ルルも席についてもらい、注文するものを選び、ベルを鳴らす。


 魔法のベルらしく、音は出なかったがすぐに店員の生徒が注文を受けにやってきた。


 ついでにここで昼食を摂ることになり、全員分の紅茶に、ミランダ様はマフィンとクッキーを、わたしはサンドウィッチを、ルルはドライフルーツたっぷりのパウンドケーキを頼んだ。


 ルルが「お金は払うのでパウンドケーキは一本丸々持ってきてください」と言うと、注文を受けた生徒が驚いた顔をしていた。


 ……うん、気持ちは分かるよ。


 この細身のどこに入るのか不思議なくらいルルは食べるから、最初はみんな驚くのだ。


 注文したものが来るまで、わたし達は音楽を楽しみながらゆったりと過ごす。


 教室内に流れる音楽はゆったりとしており、モノトーンでまとめられた室内にクッションが用意された椅子は過ごしやすい。




「良い雰囲気ですね」




 声を落として話す。




「ええ、本当に」




 それに音楽を奏でている生徒達の腕が良い。


 聴いていて非常に心が癒される。


 黙って音楽に耳を傾けていると、注文したものがサービスワゴンで運ばれてくる。


 テーブルへそれらが並べられた。


 静々と店員の生徒が下がっていく。


 ルルがわたしの前に置かれたティーカップから紅茶を一口飲み、サンドウィッチを一口かじる。


 小さく頷いたのを見て、わたしは返されたティーカップを受け取って一口飲む。




「紅茶も良い茶葉を使っていますね」


「あら、このマフィンも美味しいですわ」




 心癒される音楽に美味しい紅茶や食べ物。


 普段の喧騒を忘れて過ごす。


 横を見れば、二皿に分けて置かれたドライフルーツたっぷりのパウンドケーキを、ルルがナイフとフォークで綺麗に、それでいて結構な早さで食べている。


 見られていることに気付いたルルが食べようとしていた一口をわたしへ差し出した。




「食べますか?」




 差し出されたパウンドケーキは細かく刻んだドライフルーツに生クリームが乗せられている。


 ……美味しそう。




「いいの?」


「ええ、もちろん」




 差し出された一口分にかじりつく。




「ん、美味しい……!」




 洋酒を使っているようで香りが良い。


 意外と甘みの少ないパウンドケーキにしっかりと甘い生クリームがよく合っている。


 これなら沢山食べられるかもしれない。


 ルルがもう一度差し出してくる。




「はい、あーん」


「あー、ん」




 ……やっぱり美味しい。


 思わず口を押さえてしまう。


 そこでふと、視線を感じて顔を上げる。


 周りの生徒達がサッと顔を背けた。


 ……あ、目立っちゃったかな?


 宮ではあーんくらい当たり前にしているし、普段、休憩室で昼食を摂る時もよくしているからうっかりしていた。


 ミランダ様は慣れた様子でマフィンを食べている。


 わたしも改めて自分のサンドウィッチを食べる。


 ルルは全く気にした様子もなく、パクパクとパウンドケーキを食べていく。


 何だかんだ二時間ほど居座ってしまった。


 最後にお義姉様に手を振って、お会計をして教室を出る。




音楽喫茶ミュージックカフェ、良かったですね。ああいうお店が街にもあるのでしょうか?」


「いえ、聞いたことがありませんわ。夜の酒場では音楽を奏でるとは聞いたことがございますが」


「そうなんですね。音楽のある場所でお酒というのも楽しいそうです。ルルは酒場って行ったことある?」




 ルルが頷いた。




「ありますよ」




 ちょっと意外だった。




「でもルルがお酒飲んでるところ見たことない」


「ああ、まあ、酒は別に好きではありませんが、ああいう場所は色々な情報が集まるので面白いですよ」


「ニコルソン子爵らしいですわね」




 ルルの言葉にミランダ様が苦笑する。


 自分が好きで行くのではなく、情報収集のために酒場を訪れるというのは確かにルルらしい。


 ……あれ?




「ブドウジュースは好きだよね?」




 わたしが飲む時にはルルもいつも飲んでいる。




「リュシエンヌ様がお好きですから」


「わたし?」


「あなたの好きなものが、私の好きなものです」




 そっとルルに頭を撫でられる。


 その言葉に胸が温かくなる。




「わたしも、ルルが好きなものが好きだよ」




 頭に触れる手を取って握る。


 つい、互いに微笑み合う。


 こほんとミランダ様が咳払いをして我へ返る。


 ……いけない、またやっちゃった。




「あ、ごめんなさい」


「いいえ、大丈夫ですわ。さあ、少し早いですが私達のクラスに戻りましょうか。今日はリュシエンヌ様と回れて楽しかったですわ」


「わたしもミランダ様と回れて楽しかったです」


「そう言っていただけて光栄です」




 ミランダ様とルルと三人で第二校舎へ戻る。


 教室まで来ると、中から黄色い悲鳴が聞こえてきた。


 二人で顔を見合わせて室内を覗き込む。




「あ」


「あら」


「へぇ」




 お兄様がロイド様を押し倒している。


 わたし達の視線に気付いたお兄様とロイド様がハッとこちらを見た。


 二人の口から「あ」と声が漏れた。


 そして二人は顔を見合わせると慌てて離れた。




「違うぞ、ぶつかって転んだだけだっ」




 妙に慌てているお兄様に歩み寄る。




「ええ、分かっております。大丈夫ですか?」


「あ、ああ」




 お兄様に手を差し出せば、お兄様がわたしの手を掴んで立ち上がった。


 ロイド様も入ってきたミランダ様の手を借りて立ち上がり、服の汚れを払う。


 お兄様も軽くズボンを払って汚れを落とした。


 何故かルルだけが声を押し殺して笑っている。


 そんなルルをお兄様とロイド様がジトッと見たけれど、ルルはどこ吹く風である。




「怪我をしたら大変ですから、忙しくても気を付けてくださいね」


「ああ、そうだな」


「うん、次からはもっと気を付けるよ」




 ミランダ様がロイド様の乱れた髪を手で整えてあげていて、それが微笑ましい。


 少しロイド様も照れているが満更でもなさそうだ。




「では、わたし達も準備をしてから出ますね」




 ミランダ様とルルと裏方へ下がる。


 ルルはまだ笑っていた。




「ルル、そんなに面白いことあった?」


「ええ、かなり」


「何がそんなに面白かったの?」


「いえ、リュシエンヌ様はそのままでいてください」




 抑え切れないといった様子で笑いながらも、ルルは誤魔化すようにわたしの頭を撫でた。


 そういう時、ルルはそれ以上は言わない。


 ミランダ様も微笑んでいるだけだ。




「?」




 謎ではあるが、話してくれる気配がないのでこれ以上は気にしないことにしよう。


 広告用の偽物の銀盆を片付けて、本物の銀盆を手に喫茶カフェへ出る。


 ミランダ様と共にクジの中に自分の名前が書かれたものを混ぜておいた。


 クジが引かれるまでは他のみんなの手伝いに回ることにした。








* * * * *










「……さすがに疲れたみたいだな」




 帰りの馬車の中、ルフェーヴルに寄りかかって眠ってしまったリュシエンヌを見て、アリスティードが微笑んだ。


 一日目よりも二日目の方が忙しかった。


 それに記念写真の売り上げも今日一日で五百枚を超え、この勢いならば、今回の学院祭の出し物の中で一番の売り上げを叩き出せるかもしれない。


 その分、クラスは大忙しだ。


 明日の三日目の午前中は予定を変更して、全員が参加することになった。


 リュシエンヌが提案した使用人サーヴァント喫茶カフェは大繁盛だ。


 最初は物珍しい喫茶カフェだと思っていたし、その物珍しさで客を呼び寄せるのだろうとも思っていたが、実際には違った。


 リュシエンヌは経営について考えていた。


 提案者としてクラスのまとめ役となり、必要な物がどれぐらいあるのか、どれだけの人員が何に要るか、何がどれだけの値段か、何で利益をあげるか。


 わざわざ新しい魔法まで組み上げて、店の目玉商品とも呼べる記念写真を生み出した。


 夕方まで学院で忙しく動き回っていたのに、きっと宮に帰ってから、自分の時間を減らしてまで魔法を組み上げてくれたのだろう。


 その記念写真は爆発的な人気を生んだ。


 来る客の殆どが記念写真を撮る。


 それにリュシエンヌが店のルールの中で決めた『飲み物と食べ物を必ず一品ずつ頼む』というのも利益が必ず出るものだった。


 料理の皿を見た時に、少し少ないと感じたが、その理由も今ならば分かる。


 あえてクジで対応する使用人を選ぶ。


 それでいて記念写真は指名出来る。


 記念写真を撮った客は、その使用人ともっと話したい、給仕してもらいたいと思う。


 そしてもう一度並ぶ客が出てくる。


 だから料理や飲み物は少なめで、時間制限も設けることで客を捌きやすくする。


 しかも回数制限はないため、何度でも並べるし、金さえ払えば並ぶ度に記念写真が手に入る。


 中には全ての使用人の写真を手に入れるために、繰り返し並んでいる生徒もいた。




「リュシエンヌのおかげで学院祭終了後の分配金は一人ずつに分けても結構な額になりそうだな」




 学院祭の出し物で得た利益は生徒に還元される。


 売り上げの一割は学院へ納め、残りの九割は稼いだ生徒達で等分することになっている。


 出し物を楽しむのと同時に働くことの大変さ、金の大切さを学ぶ場でもあった。


 貴族の子息令嬢からしたら、稼げる金額など小遣い程度のものだが、それでも労働して対価を得るという経験は無駄ではない。




「それにしてもぉ、今日の昼間のはおかしかったねぇ」




 思い出したのかルフェーヴルがクククと笑う。


 ジロリとアリスティードは睨んだ。




「お前、分かっていて言っているだろう」


「まぁねぇ、アレが事故だってことくらい見れば分かるよぉ。でもアリスティード達のあの慌て様が面白くってさぁ」




 昼間、教室でアリスティードとロイドウェルがぶつかってしまい、揃って床へ倒れたのだ。


 貴族では少ないが、同性愛は禁止されていない。


 そしてアリスティードとロイドウェルはどちらも見目が良く、一緒にいることも多いため、昔、実は二人はそういう仲なのではないかと囁かれたこともある。


 実際はそういったこともなく、アリスティードもロイドウェルも互いを親友であり良き競争相手と思っている。


 ロイドウェルが右腕として傍に控えているため、いつも一緒にいるように見えてしまうだけだ。


 ルフェーヴルはその時の噂を思い出したのだ。




「リュシーがそういうのに疎くて良かったねぇ」




 転んだ時に聞こえた黄色い悲鳴からして、他の生徒達も少なからず思い出したのだろう。


 だがリュシエンヌは噂をあまり気にしない。


 そもそも王女の耳にそのような噂は届かない。




「リュシエンヌにまで勘違いされたら、さすがの私でも泣くぞ」


「あはは、剣武会の後にオレに叩きのめされて泣いてたけどねぇ」


「泣いてない」




 ムッとした表情でアリスティードが反論する。


 ルフェーヴルの得意技を盗んだ件で確かにアリスティードはその後、ルフェーヴルにこれでもかと言うくらいに叩きのめされた。


 あれにはさすがのアリスティードも降参したのだが、降参したのに聞いてもらえなかった。


 泣いてはいないが泣きそうではあった。


 アリスティードも反撃したものの、女神の祝福により更に強力になったルフェーヴルに散々やられて、治療師に治してもらったのだ。


 かなり強くなったと思っていたアリスティードだが、上には上がいることを思い知らされた。




「まあ、それはともかく、最近はリュシエンヌが明るくなってくれて良かったな」




 しばらくは落ち込んでいるようだったが、学院祭期間が始まると、周囲の雰囲気に釣られたのか、忙しさからか、リュシエンヌの雰囲気も柔らかくなった。


 最近は明るい表情も多く、以前よりも少し表情豊かになった気がする。


 もしかしたら、それほどあの黒髪の少女の件で今まで気を張っていたのかもしれないが。




「そうだねぇ、最近楽しそうでオレも嬉しいよぉ」




 肩に寄りかかって眠っているリュシエンヌに手を伸ばし、ルフェーヴルはその目元に落ちていた髪を耳にかけてやる。


 リュシエンヌが以前より少し表情豊かになった。


 王女としては問題なのかもしれないが、感情が表に現れやすくなったように思う。


 ルフェーヴルからしたらリュシエンヌが更にかわいらしくなった。


 毎日楽しそうなリュシエンヌにルフェーヴルは満足していた。


 優しい表情でリュシエンヌの寝顔を眺めるルフェーヴルに、アリスティードも目元を和らげる。


 ここまでリュシエンヌを大事にしてくれるルフェーヴルだからこそ、大事な妹を預けられる。


 似合いの二人にアリスティードは微笑んだ。








* * * * *

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― 新着の感想 ―
[一言] 3日目の午前中は全員で喫茶に参加、午後は有志の舞台だし、もしかすると3年生の中級クラスと下級クラスはまわれないかな。 出し物は何だったか、知れる機会があるといいな。 写真をコンプリートした…
[良い点] 色々な意味で、個人的に趣味嗜好に刺さる回でした。 m(__)m [一言] ふむ、リュシエンヌは過去生で、薔薇作品は嗜んでいなかったのですね。φ(..) すみません、どちらかというと、(心…
[一言] 黄色い歓声で「おや?」と思ったけれど… まあそういうことですな。納得(え?) 二人が融合して、いい具合になってきたってことでもあるのでしょう。融合した人格の地がでてきて、それがいい方向なの…
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