学院祭(4)
学院祭一日目は順調に終わった。
使用人喫茶は大好評で、お客様の途切れるタイミングがなかったほどだった。
一日目にして、学院祭の売り上げ目標を大きく超えた。
これには生徒だけでなく、先生も驚いていたが、それ以上にとても喜んでくれた。
クラスメイト達も労働してお金を稼ぐのがこんなに楽しいとは、と言ってくれて嬉しい。
ちなみに記念写真だけで売り上げ目標を超えており、本日だけでも四百枚近く売れたそうだ。
お兄様やロイド様、今日の給仕に立った生徒達はちょっと疲れた様子ではあったが、売り上げを聞くと表情が明るくなった。
「まあ、あれだけ写真を撮ったしな」
「必ず注文されたよね」
「正直、ここまで長時間笑顔を維持したのは初めてだ。頬の筋肉が少し痛い」
そう言ってお兄様が自分の頬を揉む。
確かにお兄様は随分と笑顔を振り撒いていた。
ロイド様やミランダ様もいつもの三割り増しくらい良い笑顔だった。
……我ながら凄いお店作ったなぁ。
美男美女が笑顔で給仕してくれるお店。
そう表現するとちょっといかがわしく感じるけれど。
それはともかく、売り上げが高いということは、それだけ生徒達の間で需要があったのだろう。
特に有名人と話せて、ツーショットの写真まで撮ってもらえるのだから、来る人も多い。
お兄様とミランダ様は男女どちらもお客様に来ていたけれど、お兄様の方は若干女子生徒が多かった感じがする。
そしてミランダ様は男子生徒も女子生徒も同じくらい多かった。
そして午前中に出ていたエディタ様は圧倒的に女子生徒が多かったそうだ。
わたしは丁度半々くらいだ。
クジ引きで決まるといっても、それだけ人が来ているからこそだ。
特にお兄様目当ての生徒達は何度か並び直してでも、お兄様と関わりを持ちたいようだった。
でもお兄様は終始愛想笑いだったけれど。
……全員に心からの笑顔は難しいよね。
わたしもほぼ愛想笑いだった。
あと、男子生徒がお客様になるとルルからの視線が凄くあった。
「今日はお疲れ様でした。片付けのある人と明日の準備がある人は残って、他の人は早めに帰って休んでくださいね」
先生の言葉にみんなが返事をする。
わたしは片付け担当だ。
お兄様は生徒会室へ向かうとのことだったので別行動になり、食器の片付けのために他の教室へ向かう。
クラスメイトの何人かも片付け担当だ。
……ふふ、この時を待っていたの。
着替えを済ませてきたけれど、きちんと自前のエプロンを持ってきた。
ルルがそれを着けてくれる。
準備万端だ。
「それでは片付けをしましょう」
空間収納からドンドン食器が出てくる。
それを洗っていく。
ここ数日で食器洗いの腕はとても上達した。
焦ると落としてしまうので油断は出来ないけれど、集中して洗えば、落とすことはそうそうない。
ルルも手袋を外して袖を捲ると横に立って、食器洗いを手伝ってくれる。
……ルルの方が手際がいい。
それでいてきちんと洗えていて綺麗だ。
ルルが泡立てたスポンジで食器を擦って汚れを落とし、わたしがルルの魔法で貯めた水で食器を濯いでいく。
水が汚れるとルルが新しい水を用意してくれる。
最近は大分寒いので水仕事は大変だ。
でも使用人のみんなや働いている人々はこういう水仕事でも毎日やってくれているのだと思うと、改めて感謝の気持ちが湧いてくる。
……今度、宮のみんなにあかぎれや霜焼けに効く軟膏を買おう。
こんな大変な仕事を毎日こなしてくれている。
ルルがふとわたしの手を見た。
「真っ赤になってしまいましたね。痛くありませんか?」
見れば、わたしの手は水仕事で赤くなっていた。
練習の時は長時間ではないのでこういうことはなかったけれど、大量の食器を洗っていれば、時間がかかるのでこうなるだろう。
「大丈夫。見た目ほど痛くないよ」
それに沢山の食器が綺麗になっていくのは楽しいし、スッキリとした気分になれる。
洗った食器が積み重なると達成感もある。
「そうですか?」
心配そうに見つめられてくすぐったい気持ちになる。
「それを言うなら、ルルだって手が赤いよ」
「水も食器も冷たいですからね。やはり残りは私がやって、リュシエンヌ様は休んでおられた方が……」
「ううん、最後までやるよ。こういうのも含めて学院祭の楽しさの一つなんだと思う」
ルルに笑いかける。
「こういう共同作業も楽しくない?」
ルルがふはっと笑った。
「そうですね、あなたとなら何をしても楽しいですが、こういう特別な行事で普段しないことをするというのは良い思い出になります」
「でしょ?」
他のクラスメイト達もあれこれ話しながら食器洗いを行なっている。
忙しいけれど、雰囲気は和やかだ。
結局、食器を洗い終えるのに二時間もかかってしまったが、使用した食器は全て綺麗になった。
洗った食器は水気を拭った後に別の教室に運ばれて、明日、喫茶で出す分の飲食物に使用されていった。
片付けが終わるともうくたくただ。
でも体を動かした後の心地好い疲れだ。
きっと今日はよく眠れるだろう。
* * * * *
学院祭二日目。
午前中はわたしは自由時間だ。
ただ、お兄様とロイド様は給仕として出てしまうので、今回はミランダ様とルルと三人で学院祭を回ることにした。
昨日のうちにミランダ様とは二年生の教室を回ろうと話していたので、二人でパンフレットを持って顔を見合わせた。
「二年生は──……あら、上級クラスは私達のクラスと同じで喫茶のようですわね」
「と言っても音楽喫茶と書いてありますし、わたし達のクラスとは方向性が違うみたいです」
「では先に下級クラスの魔法的当てと中級クラスのクジ引きに行ってみましょう」
「そうですね」
二年生の教室がある第一校舎へ向かう。
二年生のある教室の階に来ると生徒達で混み合っていた。
特に下級クラスの魔法的当てが人気らしく、人が並んでいる。
その列にわたし達も並んだ。
「魔法的当てについてご説明しまーす!」
道化師みたいな格好の生徒がやってきた。
どうやら魔法的当てはその名前の通り、的に魔法を当てて、その点数を競う遊びらしい。
ちなみに魔法は光魔法限定だ。
専用の光の球を出す魔法式が用意されていて、光属性に親和性のない人は代わりの生徒がいて、その生徒の腕を動かして的に当てるそうだ。
的に当たると的がちょっと焦げるので分かる。
「あ、もし的から外れても教室には結界魔法が張られているので壁や床、天井などが傷付く恐れはありませんのでご心配なく!」
とのことだった。
そのうちに順番が回ってきたので教室へ入る。
中には数名の男女の生徒がおり、教室の奥には森をイメージしたような張りぼてが立てられている。
的は人の拳大から、両手で円を描いたくらいまでとバラバラで、それが至る所にあった。
撃てる球は全部で五発。
的が小さいほど高得点。
ミランダ様がお金を払ってから、魔法式の書かれた布の上へ立つ。
「いきますわ」
伸ばしたミランダ様の手の先に小さな光の球が出る。
まずは一発。……外れた。
二発目、今度は当たった。拳大だ。
「なるほど……」
そう呟くとミランダ様が人差し指だけを伸ばす。
指先に光の球が現れた。
三発目、また拳大だ。
四発目、これも拳大。
最後、五発目、これも拳大だった。
「一発目を外してしまいましたわ」
ミランダ様が残念そうに言う。
それでも残り四発は全て一番小さな的に当てたのだから凄いことだ。
周りの生徒も「おお」とどよめいている。
「ミランダ様、凄かったです」
「まあ、リュシエンヌ様に褒めていただけるのが一番嬉しいです」
そうして高得点を取ったミランダ様には何かのチケットみたいなものが渡された。
「こちらは高得点を取った人限定のチケットです。他のクラスの出し物で銀貨一枚分、我がクラスが立て替えるチケットです。学院祭中、どこで使っても銀貨一枚分はタダになるということですね」
道化師の姿の生徒が説明してくれた。
そうして下級クラスの生徒に見送られて教室を後にする。
……金券をくれるというのは面白い。
しかも銀貨一枚はなかなかに太っ腹だと思う。
「後で音楽喫茶に行く時に使いましょう」
ミランダ様がそう言って微笑んだ。
次に中級クラスへ向かう。
確か中級クラスはクジ引きだ。
教室へ入ると色々なクジが置かれていた。
「いらっしゃいませ!」
生徒の明るい声がする。
このクジ引きはお金を払って好きなクジを引く。
どのクジも何かが当たるけれど、何が当たるかは運次第というものだった。
「クジ引きの景品は色々ありますので是非、ご自分の運を試してみてください!」
景品は確かに種類が豊富だった。
孤児院から買い上げたのだろうハンカチやクッキーなどのお菓子から、普段使いに良さそうなネックレスや指輪、可愛らしいヌイグルミ、ティーカップとポットのセット、ランプ、お洒落な便箋と封筒、大きいものだと飾り棚なんかもあった。
「全部購入したんですか?」
各クラスに割り当てられた予算で買うには、少々物が多過ぎる気がした。
「いえ、これらはクラスの皆で持ち寄った物なんです。一回銅貨三枚で、それ以上の値段の物を引けるかどうかを楽しむものですね!」
「なるほど」
それならば予算内で収まっただろう。
自分で選んで買うバザーと違って、完全に運に任せるタイプだが、これはこれで面白い。
さっそくミランダ様がお金を払ってクジを引く。
ミランダ様が使ったのは棒タイプのクジで、引き抜くと、先に数字が書いてあった。
「この番号ですと、こちらからお選びいただけます!」
どうやらハンカチが当たったようだ。
恐らく孤児院の子供達が刺したのだろう刺繍入りのハンカチが並べられており、ミランダ様はその中から一つを手に取った。
植物と小鳥が描かれている。
「かわいい刺繍ですね」
「ええ、小鳥が今にも鳴き出しそうですわ」
次にわたしもルルにお金を払ってもらい、引くクジを選んだ。
わたしは箱に入ったボールを掴むタイプにした。
箱に手を入れると小さなボールがいくつもあり、その中からこれだと思うものを掴んで引っ張り出す。
生徒へボールを渡した。
「こちらの番号はヌイグルミになります!」
やや大きめのヌイグルミが差し出された。
手足の長いウサギのヌイグルミである。
白い体には同じ色の糸で刺繍がされており、赤い瞳はガラスらしく、首にはレースの首飾りがついている。大変かわいらしい。
思わず受け取ったわたしにルルがふっと笑った。
「そうしていると懐かしいですね」
昔、ニコをルルからもらった時にもこうして抱き締めていた。
「リュシエンヌ様、ヌイグルミはそのまま持って行きましょう」
「え? でも邪魔ではありませんか?」
「いいえ、とてもお可愛らしいですわ!」
「そうですね、リュシエンヌ様とヌイグルミは良い組み合わせです」
ルルとミランダ様がニコニコしている。
……まあ、いっか。
大きいと言っても片手でも抱えられる大きさだし、ヌイグルミはかわいくて好きだ。
「そうだ、ルルもやってみる?」
ヌイグルミを抱え直しつつルルへ問う。
灰色の瞳が瞬いた。
ルルなら絶対に良い物を引けると思う。
何せ女神様の祝福を受けているのだから。
「……では一回だけ」
わたしがジッと見つめたからか、ルルが笑ってお金を払い、紐を引っ張るタイプのクジを選んだ。
そして意外にも迷いなく一本の紐を引っ張った。
すると景品の一つがガタリと揺れる。
「おお! 凄いですね!!」
生徒が興奮した様子で景品を持ってきた。
小さな箱だったけれど、開けると中にネックレスが入っていた。
金のネックレスにはルビーが散りばめられている。
「うちで一番値段の高い景品ですよ! これを一発で引き当てるなんて、凄く運が良いです!」
「ありがとうございます」
興奮する生徒に対してルルは平然としている。
ルルからしたらネックレスに興味がないのだろう。
渡されたネックレスを見た後、ふとわたしへ振り向き、箱からそれを取り出した。
そしてヌイグルミの首にルルはそれをつけた。
「この子に差し上げます」
わたしもルルもこのネックレスは使わない。
王女のわたしが使うには少々地味で、男性のルルがつけるには女性的なデザインだった。
赤い瞳のウサギのヌイグルミにルビーと金のネックレスがよく似合っている。
「よろしければまた来てくださいね!」
という声を背に受けながら教室を後にした。
「では最後にエカチェリーナ様のいらっしゃる上級クラスへ参りましょう」
わたしはヌイグルミを抱えたまま頷いた。
ミランダ様が微笑ましそうな顔をする。
少し歩いて上級クラスへ着く。
中へ入る前に生徒から説明を受けた。
音楽喫茶は店内で音楽を演奏し、それを聴きながらお茶を楽しむところらしい。
話をする時には小声で行うこと、注文する際はベルを鳴らして店員を呼ぶこと、演奏を止めてはいけないこと。
そんなような注意を受けてから中へ入る。
防音の結界魔法がかけてあったようで、教室に入ると音楽が聴こえてきた。
見れば、生徒達が楽団のようにそれぞれ楽器を持ち、演奏を行なっている。
並べられたテーブル代わりの机へ案内される。
メニュー表には軽食と飲み物が書かれていた。
「エカチェリーナ様はヴァイオリン担当ですわ」
ミランダ様に言われて顔を上げれば、ヴァイオリンを弾くお義姉様と目が合った。
ニコリと微笑まれたのでわたしも小さく手を振った。
「素敵な雰囲気の喫茶ですね」
ゆったりとした心地好い曲が流れてくる。
わたし達のクラスはかなり騒がしいので、落ち着いて過ごせるこのお店もなかなかに良い。




