学院祭(3)
* * * * *
昼食後、お義姉様と別れて教室へ戻る。
お兄様と共に戻ると、教室の前には行列が出来ていて、並んでいる生徒達にクラスメイトの一人が使用人喫茶の説明をしてた。
そして並んだ生徒達がお兄様を見て小さく歓声を上げた。
「本当に王太子殿下も侍従の格好だ……」
「王族の方々が給仕するなんて凄いことよ」
「……かっこいい……」
お兄様が笑みを浮かべて手を振りながら横を抜けたので、わたしも微笑んで目礼しながら横を通る。
後ろの出入り口から裏方へ入る。
忙しそうに裏方の子達が飲み物や食べ物を用意しているところだった。
こちらに気付いた一人が明るい表情で言う。
「アリスティード様、リュシエンヌ様、早めに戻って来てくださってありがとうございます! 使用人喫茶、大人気ですよ!」
喜色混じりの言葉に頷き返す。
「廊下も行列が出来ていましたね」
「私達もすぐに給仕の方に出よう」
チラと隙間から確認すれば、喫茶の方は満席で写真を撮ったり給仕をしたり、大忙しである。
「お二方が出るならもっと忙しくなりますね!」
嬉しい悲鳴といった感じであった。
広告用の偽物のお盆を脇へ置き、銀盆を持つ。
お兄様も新しい手袋につけ替えて銀盆を持った。
互いに顔を見合わせ、頷き合う。
そして同時に喫茶の方へ出る。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
お兄様が言う。
「お帰りなさいませ、お坊っちゃま」
わたしが言う。
そして二人で礼を取れば、喫茶内にいるお客様達からも歓声が湧いた。
給仕をしていたロイド様とミランダ様が振り向く。
お兄様が二人にウインクをした。
それに二人が笑って返す。
お兄様はどうやら全てのテーブルへ回っていくつもりらしい。
わたしは外で一人で説明をしているクラスメイトの応援へ出る。
「お手伝いします」
「! ありがとうございます!」
かなりの人数が並んでいるので一組一組に説明していくのは大変だっただろう。
わたしは最後尾の方から説明することにした。
「お帰りなさいませ、お嬢様。本日は使用人喫茶にお越しくださりありがとうございます」
お客様の前で礼を執る。
「当店についてのご説明をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「は、はい」
「お願いいたします」
わたしが王女だと気付いているのか、緊張した様子のお客様にニコリと微笑んだ。
「ありがとうございます。当店ではわたくしども使用人がお嬢様への給仕をさせていただきます。給仕はクジ引きによって決めるため、誰かを選ぶことは出来ません。滞在時間は最高二十分までとなっております」
お客様達が頷いた。
「お嬢様には飲み物と食べ物をそれぞれ一品ずつ注文していただき、時間の限りわたくしどもが精一杯、心を込めてお仕えいたします。中では記念撮影が銀貨一枚で出来ます。こちらはご指名いただいた使用人とのツーショットサービスとなります」
これは前世の世界のワンドリンクオーダー制を真似たものだ。
それに飲み物や食べ物を注文してもらわないと給仕が出来ないため、最低限の決まりとして入れた。
記念写真が銀貨一枚はやや値段設定は高めだ。
でも、特別なものというイメージを持たせたいし、お兄様のように高位の立場の人々の写真と考えればむしろ安いくらいである。
「きねんさつえい、ですか?」
お客様が首を傾げた。
「はい、写真という『景色を紙に写し取る』魔法にてこのような絵を作ることが可能となります」
ポケットからお兄様とロイド様が並んで写っている写真を取り出して見せる。
するとお客様が驚いた顔で写真を見た。
「凄い……」
「こんな繊細な絵がもらえるのですか?」
それに頷き返す。
「はい、ただし使用する魔力の関係で絵が紙に写るのは二週間だけです。二週間経つと絵は消えてしまいます」
「それでも欲しいです」
「では飲食物のご注文の際に『記念写真も撮る』と使用人へお伝えください。店内にいる使用人でしたら誰とでも一緒に写真を撮ることが出来ます」
「分かりました……!」
頷くお客様達の目が輝いている。
「当店ではいくつか注意点がございます。一つ、使用人へは触れないようお願いいたします。二つ、食べ切れないほどの飲食物のご注文はお控えください。三つ、記念写真はお一人様一枚です。四つ、他のお席の使用人へのお声がけはご遠慮ください」
使用人達の喫茶店と言っても常識は持ってください、ということだ。
中には使用人に横柄な態度を取る貴族もいる。
店内でそのような態度を取られても困るし、あくまでこれは学院祭の出し物であって本当に主従関係になるわけではない。
そこを弁えて楽しんでもらいたい。
「帰りにお土産も売っておりますので、よろしければご覧ください。何かご質問はございますでしょうか?」
「あの、何度も並んでもいいですか……?」
恥ずかしそうに訊かれて笑顔で頷いた。
「ええ、もちろんでございます。何度でもいらしてください。わたくしども使用人一同、心よりお待ちしております」
喜ぶお客様に礼を執る。
「それではしばしお待ちくださいませ」
こんな風に一組ずつ、説明をしていった。
やはり貴族が多く通う学院だけあって、説明中もきちんと聞いてくれるし、マナーの悪い人もいない。
行列の全ての人に説明を終える。
「では、わたしは中の方に回りますね」
「はい、よろしくお願いします」
元いた子に後を任せて中へ戻る。
クジ引きの箱にわたしの名前が書かれた紙を畳んで入れ、箱を揺らして混ぜておく。
これでわたしの名前の書かれた紙が引かれたら、そのお客様達がわたしの担当になる。
ルルは邪魔にならない位置に下がって眺めている。
中にはルルを見る生徒もいたけれど、ルルがわたしだけを見ていることに気付くと、残念そうに視線が外される。
他の人を手伝いながらも『そうそう、その人はわたしの夫なんです』とちょっとだけ内心でニヤニヤしてしまった。
壁に寄りかかって腕を組んでいるルルはそれだけで物凄く絵になるし、格好良いし。
わたしと目が合うとニッコリ笑うものだから、たまにどこからともなく感嘆の溜め息が聞こえてくる。
……さすがルル、罪作りだなあ。
あの外見だから仕方がない。
「リュシエンヌ様」
呼ばれて振り向けば、クラスメイトがわたしの名前が書かれた紙を持っていた。
笑顔でそちらへ近付く。
「お帰りなさいませ、お坊っちゃま」
クジを引いただろう二人に礼を執る。
顔を上げて、見覚えのある人物に少し驚いた。
「まあ、ケイン様?」
そこにいたのはケイン=フレイス様だった。
お兄様の友人であり、孤児院出身ながらも剣の腕が非常に高く、剣武会では一年ながらに二位の座についた人物だ。
向こうは照れた様子で頭を掻いていた。
「お久しぶりです、王女殿下」
それにニッコリと微笑んで手で示す。
「本日はようこそお越しくださいました。わたくしは今、おぼっちゃまの使用人でございます。どうぞリュシエンヌとお呼びください。それではお席へご案内させていただきます」
「は、はい、お願いしますっ」
ピシッと背筋を伸ばして返されるものだから、思わず笑ってしまった。
女性慣れしていない感じが初々しい。
隣の男の子に肘でつつかれている。
わたしは二人を白バラの間の席へと案内した。
「こちらがメニュー表でございます。この中から飲み物と食べ物を一つずつお選びください」
二人がメニュー表を手に取った。
「甘くないものはありますか?」
ケイン様と一緒に来た男子生徒に問われる。
「はい、お坊っちゃま。サンドウィッチとジンジャークッキーでしたら甘いものが苦手な方でもお口に合うかと思います」
「では僕は紅茶とジンジャークッキーを」
「かしこまりました」
ポケットから取り出したメモ帳に注文を書く。
ケイン様もメニュー表を置いた。
「じゃあ俺……私もハムと卵のサンドウィッチと紅茶で」
「はい、かしこまりました。お坊っちゃま、使用人のわたしに丁寧な口調でなくとも構いません。坊っちゃまの普段のお言葉で大丈夫です」
「え、あ、うん……」
慌てて言い直したケイン様へ言えば、落ち着かない様子で頷かれた。
「そうだ、記念写真もいい、か……?」
「僕も記念写真をお願いします」
「かしこまりました」
微笑んで「すぐにお持ちいたします」と一旦テーブルを離れて裏方へ行く。
「二名様で、紅茶二つとジンジャークッキー、ハム卵サンドを一つずつ、記念写真もお願いします」
「はーい」
裏方の子が空間魔法を展開して、紅茶のティーポットとカップを二つ、それからジンジャークッキーの並んだ皿とサンドウィッチの盛られた皿を取り出した。
それをサービスワゴンに乗せて確認し、白バラの間の席へ戻る。
「お待たせいたしました」
目の前でティーポットからカップへ紅茶を注ぎ入れてそれぞれの前へ置き、ジンジャークッキーとサンドウィッチの皿も並べる。
「お坊っちゃまのために頑張って作りました」
「どうぞお召し上がりください」と続ける。
二人が目を丸くした。
「え、手作りですか?」
男子生徒の言葉に頷いた。
「はい、当店の飲食物は全て手作りです」
「お、あ、リュシエンヌ様も手伝ったのか……?」
「はい、わたくしも参加いたしました」
まじまじと二人が目の前の皿を見る。
「王女様でも料理って出来るんだな……」
ケイン様がしみじみと零す。
「こう見えてもわたくしはお菓子作りは得意です。よく作っておりますので」
視線を壁際のルルへ移せば、二人が「ああ、なるほど」という顔をした。
そしてそれぞれがクッキーとサンドウィッチに手を伸ばし、食べる。
「ん、これ美味いぞ……!」
「ええ、まるで店に売っているもののようです」
それは最高の誉め言葉だ。
「当店でご提供させていただきますものは全て、王城の料理人が監修しております」
「それって王族が普段口にする味ってことか?」
「はい、その通りでございます」
実は調理の方も手抜きは一切ない。
料理人に見てもらい、作り方を教えてもらい、一緒に作りながらきちんと味見までしてもらった。
わたしが普段口にしている味だ。
だが王城の料理人が作った料理というのは、貴族であっても夜会やお茶会がなければそうそう口に出来ない。
生徒のわたし達が作ったとしても、料理人監修なので、味は抜群に良い。
見た目も、練習してかなり綺麗になっている。
二人が「はぁ……」と感心した風に溜め息をもらす。
「これならあの値段でも安いくらいですね」
男子生徒の言葉にケイン様がサンドウィッチを食べながら頷いた。
料理も気に入ってもらえたようで何よりだ。
そうしていると撮影場所から「白バラの間の方〜!」と呼ぶ声がした。
二人に声をかけて撮影場所へ移動する。
「三人で撮りますか?」
訊くと、男子生徒が首を振った。
「いえ、二人でお願いします」
「かしこまりました。では、こちらの線の上に立ってください。視線はあちらにいる使用人へ」
「分かりました」
まずは男子生徒とのツーショット。
「魔法が展開される間、視線を逸らしたり瞬きなどは控えてください」
撮影係の生徒が「撮りますよ」と言う。
そして魔法が展開する。
ものの二、三秒のことだ。
それから男子生徒とケイン様が場所を交代する。
そうしてもう一枚写真を撮る。
ケイン様は少し緊張した様子だった。
「お疲れ様でした」
撮影した生徒が男子生徒とケイン様にそれぞれ写真を手渡した。
テーブルへ戻った二人が物珍しそうに写真を見る。
「これ、凄いな……」
そっとケイン様が写真の表面を撫でる。
「これは見たことのない魔法です」
「はい、この日のために開発いたしました」
「それは、さすがですね……」
男子生徒が苦笑する。
……まあ、学院祭のためだけでもないけど。
でも結果的には学院祭で使っているのだから、このために開発したと言っても過言ではないかもしれない。
「紅茶のおかわりをお入れいたします」
一言断りを入れて、空になったティーカップへ紅茶を注ぐ。
紅茶を注ぐ練習もかなりしたので、零すようなこともなくなった。
「あ、ありがとう」
ケイン様の言葉に微笑み返した。
……うん、使用人も面白いかもしれない。
主人が快適に過ごせるように気配りをしつつ、会話でも楽しませなければならない。
なかなかに奥深い職業である。
それにしてもルルの視線が凄い。
* * * * *
リュシエンヌが給仕をやっている。
非常に可愛らしい侍女である。
物腰穏やかで、柔らかな笑みを浮かべており、ピンと伸びた立ち姿は美しい。
それでいてまだ少しぎこちなさがあって。
新人の侍女といった感じが初々しい。
頑張っているのが離れていても分かる。
……オレもお客で構って欲しいなぁ。
護衛でなければ喜んで金を払って並んだだろう。
普段は見ることの出来ない給仕の姿は新鮮だ。
「一緒に絵が作れて、その、良かった」
茶髪の男子生徒が照れた様子で言う。
思わず半眼になる。
「わたくしも剣武会で優秀な成績を収められたお坊っちゃまと一緒に写真を撮れて光栄です」
しかしリュシエンヌがサラッと受け流す。
茶髪の男子生徒が若干残念そうにした。
……リュシーってああ見えて鉄壁なんだよねぇ。
ちょっと抜けているところもあるけれど、ルフェーヴル以外の異性から好意を示されても反応が薄い。
先ほどのように上手く受け流してしまう。
相手を傷付けず、それでいて必要以上の好意は返さないため、リュシエンヌに懸想したものの玉砕した男は実は多い。
楽しそうに給仕をするリュシエンヌを眺める。
……オレの奥さんは今日もかわいいなぁ。
目が合うと、リュシエンヌがふんわりと笑う。
それはルフェーヴルにしか向けない笑みだった。
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