学院祭(1)
学院祭一日目。
いうなれば文化祭みたいなものである。
学院祭は三日間行われ、そのうち二日半は生徒達によるクラス別の出し物を楽しみ、最終日の午後は個人やグループによる有志の舞台を楽しむことになっている。
その辺りは前世の文化祭にかなり近い。
お兄様と共にいつも通り早めに登校すると、既に何人かクラスメイト達が教室にいた。
看板を取り付けているらしい。
お兄様がその手伝いへ向かう。
「私も手伝おう」
「ありがとうございます、アリスティード様」
「ではここを押さえていてもらえますか?」
「分かった」
そうして教室の入り口に看板が掲げられた。
名前は『使用人喫茶』で、可愛らしい使用人の絵が書かれている。
「わたしも何かお手伝い出来ることはありますか?」
声をかければ紙を渡された。
「こちらをドアに貼っていただけますか?」
「ええ、分かりました」
ピンの入った箱も渡される。
そうして内側へ観音開きに開けられ、固定されたドアの前へ立つ。
広げてみると注意書きとお品書きの二枚が丸めてあり、左右それぞれの扉に貼るのに丁度良い大きさに切ってあった。
ピンをいくつか手に取り、紙を広げて扉へ軽く押さえつける。
……ちょっとピンを刺し難い。
もたもたしていると、後ろから細くて大きな手が伸びてきて、紙を押さえてくれた。
「こうして押さえておきますから」
後ろから聞き慣れた声がする。
「ありがとう、ルル」
ルルに押さえてもらいつつ、ピンで留めていく。
……うん、傾いてないね。
もう一枚も押さえてもらい貼っていく。
離れていく手に振り返れば、ルルが微笑んでいた。
「他に何かお手伝いすることはございますか?」
「多分ないと思う。それにルルにはわたしが当番の時に一緒に出てもらうことになるし、きっと忙しくなるから、今は休んでいていいよ」
「そうですか、何かありましたら遠慮なくお申し付けください」
ニコ、と笑うルルに頷き返す。
わたしは魔法が使えないので、ルルに空間魔法で飲食物を収納してもらっており、写真撮影の時もルルの出番なのだ。
クラスメイトには写真魔法を教えてある。
でもルルの魔法が一番綺麗に写真が写るのだ。
だからわたしが当番でお店に出ている間は、ルルも忙しくなるだろう。
室内の最終チェックをする。
内装はクラスのみんなで持ち寄った緑や白の物で飾られている。
椅子を三つ並べて布をかけ、クッションを置いてソファーっぽくしてみたり、机をくっつけてテーブルにしたり、椅子一つ一つにもカバーとクッションがあり、窓際などには花瓶に花が飾られている。
壁も白い布を張り、緑のカーテンやレースで飾り、全体的に柔らかな色調でまとめてあった。
緑と言ってもそれぞれ濃淡があり、それがアクセントになっていた。
テーブルにはそれぞれ小さなヌイグルミが置かれており、その手には造花のバラとそれぞれテーブル席の名前がつけられている。
テーブル席の名前は『赤バラの間』とか『黄バラの間』といった感じである。
そうやってテーブルに名前をつけることで、給仕や裏方が注文を受けた時に品物や持っていくテーブルを間違えないようにするためだ。
あえてテーブル間の仕切りはない。
そしてお客様がこのお店で過ごせる時間は十五分から二十分までと決めてある。
長時間いられると回転率が下がるし、他のお客様を長くお待たせしてしてしまう。
記念写真を撮ったり注文した品を食べたり、ちょっとお喋りするならそれくらいで十分だろう。
テーブル席は二人がけ六つと四人がけが四つ。
満席になれば二十八人ほどが入れる。
三十人のクラスを半分に分けてあるので、十五人で回すならばこれくらいでいい。
みんな初めてなので、あまり大勢の人が入ると捌き切れなくなってしまう。
そして給仕は十人、裏方五人という分け方だから、テーブルもそれに合わせて十にしてある。
ちなみに記念写真は望む相手と撮れるが、使用人に関しては不公平がないように、クジを引いてもらい、それによって使用人が決まる。
こうすることで、自分の憧れの人でなかった場合、もう一度来店してもらえる可能性が高くなるのだ。
わたしは一日目の午後と二日目の午後、そして最終日の午前中も少しだけ出ることになった。
何故午後ばかりなのかと言うと、午後の方が人の動きが多いそうで、午前中は他のクラスの出し物を楽しみながら制服姿を広めて宣伝もして欲しいという話である。
最終確認を終えて裏方の方を見る。
クラスメイト達も大分登校してきた。
使い終えた食器などは空間魔法で収納し、別の水が使える教室で洗う。
飲み物も食べ物も殆どは作って空間魔法に入れてあり、お客様が来たら取り出して、銀盆に載せて出すだけだ。
……空間魔法って冷蔵庫より便利だよね。
時間が経たないから作りたての温かくて美味しいものを提供出来るし、食べ物の傷みを気にする必要もないし、場所も取らない。
ちなみに食器類は時間を見て洗うが、無理な場合は放課後にみんなで片付けることにしてある。
「おはようございます、リュシエンヌ様」
裏方の方で銀盆の枚数を確認していると、ミランダ様がひょっこり顔を覗かせる。
「おはようございます、ミランダ様」
「そろそろ着替えませんか? 早めに行かないと更衣室も混んでしまいますわ」
「そうですね」
ミランダ様の言葉に頷いた。
必要な物は全部揃っている。
スコーンのジャムも昨日届いて、味も確かめたし、量も多いかなと思うくらい注文した。
銀盆への載せ方もみんなで話し合って綺麗に見えるような並べ方を決めたし、空間魔法で大量の飲食物を用意してある。
……大丈夫、やれることはやった。
教室を出て、更衣室用の教室へ向かう。
衣装係の子達が既に待機していて、わたしが行くと、すぐに着替えを手伝ってくれた。
今日は装飾の少ない、着替えのしやすいドレスで来た。
そのおかげか前回よりも着替えは早く済んだ。
黒い生地のワンピースにフリルたっぷりのスカート、白の丸襟や袖は可愛く、生地には同色の糸で植物の刺繍がされていてオシャレだ。
ヘッドドレスと靴も履く。
「失礼いたします」
髪を整えられて、少しだけ化粧も直される。
これで完成だ。
「お可愛らしいですわ、リュシエンヌ様!」
先に着替えを終えたミランダ様に褒められる。
「ありがとうございます。ミランダ様は美人で仕事が出来そうな使用人に見えますね」
「まあ、そうですか?」
「はい、まるで先輩侍女です」
「せんぱい……」
うっとりと嬉しそうにミランダ様は頬を染める。
ミランダ様は女性的なメリハリのある体型なので、お仕着せを着てもそれは服の上からでも分かるし、何というか、色っぽい。
「でも私は午前中なんですよね……」
ミランダ様はロイド様と一緒に午前中当番だ。
わたしとお兄様は午後からである。
そのため、今日は一緒に学院祭を回ることは無理そうだった。
「明日、一緒に働きますし、午前中も一緒に学院祭を見て回りましょう」
「ええ、そうですわね、明日を楽しみに頑張りますわ」
気合いをいれるように拳を握るミランダ様に頷き返す。
「わたしも頑張ります」
そうして人生初の学院祭が始まった。
* * * * *
学院祭の開会式を終えて教室へ戻る。
午前中は空き時間なので、せっかくだからとルルとお兄様、お義姉様と学院祭を見て回ることにした。
明日の午前中はミランダ様と回る予定だ。
でもただ回るだけではない。
午前中、わたしとお兄様は宣伝塔も兼ねている。
わたしもお兄様も銀盆っぽく作られた板を持つ。
そこには『三年上級・使用人喫茶遊びに来てね!』と書かれている。
これをお仕着せ姿で持って歩き回るのだ。
ついでに声をかけていけば、更に集客出来るかもしれない。
「まあ、リュシエンヌ様、お可愛らしいですわ」
合流したお義姉様がニコニコと微笑む。
「わたし達のクラスは使用人喫茶をやっているんです。わたしやお兄様も使用人としてお客様にお仕えするので、お義姉様も明日、是非来てくださいね」
「ええ、遊びに行かせていただきますわ。リュシエンヌ様の給仕する姿は見たいですもの」
「私もいるんだがな」
「あら、アリスティード様は生徒会室でいつも給仕してくださるではありませんか」
お兄様とお義姉様のやり取りについ笑ってしまう。
確かに、お兄様は自分で紅茶を淹れたりお菓子をお皿に並べたり、そういったことをやっていた。
だからお義姉様からしたらあまり物珍しくないのだろう。
「さあ、お兄様もお義姉様もそれくらいにして」
昨日のうちに配られていた学院祭のパンフレットを広げる。
そこには各クラスの場所と、何をやっているかが書かれている。
「学院祭を楽しみましょう!」
そういうことでわたし達は四人で学院祭を回ることにした。
……お兄様の護衛騎士もいるから正確に言えば五人だけどね。
まずは一年生の教室から回ることにした。
第一校舎へ向かいながらパンフレットを見る。
「一年生は展示と屋台、それからバザーみたいですね」
ヒョイとルルがわたしの手元を覗き込む。
それに頷き返す。
「上級クラスがバザー、中級クラスが屋台、下級クラスが展示みたい」
「では下級クラスから見て回ろう」
こうやって話しているけれど、視線が凄い。
それもそうだろう。
国の王太子と王女がまさか侍従と侍女の格好をするなんて、普通は目にすることのない光景だ。
視線に気付いたお兄様が笑顔で周りを見る。
「三年上級クラスは使用人喫茶をやっている。皆、一度来てもらえたら嬉しい」
お兄様の微笑みに女子生徒から感嘆の溜め息が漏れた。
……わたしも何か言っておいた方がいいかな?
「わたしやお兄様もお仕えする使用人として働きますので、是非いらしてくださいね。お待ちしております」
ちょっと照れくさいが手を振る。
すると何人かが手を振り返してくれた。
後ろからギュッとルルに抱き締められる。
「ルル? どうかした?」
「いえ、何でもありません」
後ろからわたしに抱き着きながら、ルルが何だか圧のある笑顔を浮かべている。
こちらに手を振っていた生徒がサッと手を下ろす。
……あ、そういうこと?
男子生徒が手を振ったから威嚇したのだ。
思わず笑みこぼれてしまう。
「大丈夫、わたしにはルルだけだよ?」
抱き着くルルの腕を摩る。
「分かっています」
そう言いながらもわたしから腕を離さない。
そんなルルをくっつけながら歩いていく。
お兄様とお義姉様は苦笑していた。
「下級クラスの展示は何ですの?」
お義姉様に問われてパンフレットを見る。
「どうやら絵を描いて、それを飾っているようです。全員で共同制作したものと、個人のものとがあるみたいですよ」
「それは楽しみですわね」
「絵というのは個性が出るからな」
「お兄様はあまり得意ではありませんよね」
そう、実はお兄様はあまり絵が得意ではない。
色々なことをサラッとこなせるのに、絵だけは苦手で、どうやっても上手く描くことが出来ない。
デッサンからしてボロボロなのである。
そこは何故か楽器の類が全く弾けないわたしに通ずる部分があるなと思う。
ちなみにわたしはピアノも弾けない。
「頭の中ではきちんと描いているつもりなんだがな」
「でもお兄様の絵は独特な雰囲気があって好きですよ。わたしは普通の絵よりいいと思います」
どちらかと言えば印象派みたいな絵だと思う。
繊細で本物そっくりな絵ほど上手いと言われるこの世界では評価され難いけれど、そういう画風もあっていいと思う。
「そうか?」
お兄様が嬉しそうな顔をする。
教師からはいつも微妙な顔をされていたから。
そんな話をしているうちに第一校舎の一年生の下級クラスへ到着する。
展示だからか結構空いていた。
どうやら展示品を飾っただけで特に生徒が案内をするとか、受付をするといったこともないらしい。
教室の出入り口には『絵画展』とカラフルな絵の具で看板が描かれていた。
中に入ると間仕切りがいくつも教室内に立ててあり、それで通路が作ってあった。
その間仕切りに絵が飾ってあり、眺めながら通路を進んでいくようになっている。
「結構、皆個性的な絵を描くのだな」
お兄様がまじまじと絵を眺める。
……確かに。
繊細な絵を描く人もいるけれど、独特な絵柄や色使いの人というのもいる。
やけに原色を使う人、白と黒しか使わない人、淡い色合いでぼんやりとした絵の人、三角や丸などの記号だけで描く人など様々だ。
こういうのを見るとお兄様の絵は上手い方だ。
学院の授業で音楽はあるけれど、美術の授業はなく、学院に入学する前に家庭教師から勉強するものだ。
貴族である以上、美術品や芸術などへの造詣はそれなりに持っていないとならない。
「これも芸術と言われればそのような気がしてまいりますわね」
お義姉様も口に手を当てつつ、絵を眺めている。
独特な絵柄や色使いは迫力がある。
上手いかと言われたら首を傾げてしまうけれど、人の目を惹きつける何かがある。
「これはこれで面白いね」
横にいるルルへ問えば、小首を傾げられた。
「そうですか? 私は芸術などにあまり明るくないので、こういったものはよく分かりません」
ルルが不思議そうに絵を眺める。
……ああ、それは分かるかも。
ルルは芸術とか興味なさそう。
暗殺者の彼には必要ないものなのだろう。
「まあ、一般的な良し悪しは判断出来ますが」
心に訴えるような、そういう芸術を見ても、ルルは多分心動かされないのだろう。
「それでいいんじゃない?」
正直、わたしも面白いとは思うけれど、難しく考えているわけではない。
たとえばタッチが豪快だなとか、色合いが不思議だなとか、そういう風に思うくらいだ。
あまり美術品を見ても感動しない。
そういうところはルルとわたしは似てるかもしれない。




