学院祭前日
学院祭前日。
それぞれのクラスは翌日の学院祭のために、飾り付けや展示品の準備をするため、学院中がどこか気忙しい雰囲気に包まれている。
わたしのクラスも例外ではない。
まずは教室の中から机を運び出し、清掃して、綺麗にする。
それから教室の三分の一辺りに仕切り板を立てて、区切り、必要な分の机を拭き掃除で汚れを落としてから運び入れた。
三分の一の部分は裏で準備を行う場所だ。
三分の二の部分がカフェとなる。
そうしてみんなが持ち寄った物でカフェ部分を飾り付けることになった。
「クッションくださーい」
「そこの布取ってもらえますか?」
「誰か手伝って」
ワイワイと教室内が騒がしくなる。
飾り付け役は裏方の生徒達で、給仕に出る生徒達は制服の最終確認をすることになっていた。
ちなみにお兄様やロイド様、ミランダ様などは給仕役だ。
……当然と言えば当然かなぁ。
そんなことを考えながらクッションを運んでいると、衣装係の生徒の一人に声をかけられた。
「あ、リュシエンヌ様、何をしていらっしゃるんですか!」
「ささ、どうぞこちらにいらしてくださいまし」
女子生徒二人が近付いて来る。
一人がわたしの手からクッションを取り、もう一人に背中を押されて別の教室へ移動させられる。
廊下にいたルルも教室の前までついてきた。
けれど、教室の前で女子生徒に止められる。
「ニコルソン子爵、ここからは立ち入り禁止ですわ。この先は女性の着替え室ですの」
ルルはなるほどと頷いた。
そして背中を押されるわたしに、いってらっしゃいという風にヒラヒラと手を振る。
「あの、一体何が……?」
目を瞬かせるわたしに女子生徒二人が「あら」と顔を見合わせた。
「何って、リュシエンヌ様も給仕に回られるのでしょう? 制服を合わせませんと」
「え?」
「え?」
思わず三人で顔を見合わせる。
「一人女性の方で人手が足りなくて急遽他の方に給仕役をお願いすることになりましたの」
「それでアリスティード殿下がリュシエンヌ様なら人気があるから良いだろう、とおっしゃられて……」
……初耳だ。
二人が困ったような顔をする。
「もしやお聞きになられておりませんでしたか?」
申し訳なさそうな顔をされて、何だかわたしの方が悪いことをしている気分になる。
「あ、いえ、そういえばそのような話を聞きました。ごめんなさい、忘れておりました」
そう言えば二人がホッとした表情を見せた。
「さあ、リュシエンヌ様こちらへ」
「お着替えのお手伝いをさせていただきますわ」
そして二人に連れられて更衣室代わりに使われている教室へ入れば、トルソーに可愛らしい制服が飾られていた。
黒い生地に白い丸襟と袖のついたお仕着せは、裾から白いスカートのフリルが覗いている。
よく見ると黒い生地には同色の光沢のある糸で刺繍がされており、目立ちにくいけれどオシャレである。
それにヘッドドレスと光沢のある黒い丸みを帯びた靴も用意されていた。
「それでは失礼いたします」
二人が手慣れた様子でわたしのドレスを脱がせていった。
「慣れていらっしゃるのですね」
感心していれば、二人が微笑んだ。
「ええ、私は商家の者で針子として手伝っているので、お客様の対応もしております」
「わたくしはよく侍女やメイド達を着せ替えて楽しんでいるので」
どちらも理由は違えど、人の着替えを手伝うことに本当に慣れているようだった。
あっという間にドレスを脱ぐと、今度は制服を着せられる。
まずは簡易コルセットを取り付ける。
普段つけているものより軽くて締め付けも弱い。
それにスカートを穿き、上からワンピースの制服を被って着る。
背中にボタンがあって留めてもらった。
その上からフリルの多いエプロンをつける。
二人はせっせと裾を直したり、エプロンのフリルを整えたり、乱れたわたしの髪も綺麗に直してくれた。
最後に顎の下で結ぶタイプのヘッドドレスをつけて、靴を履く。
……服は怖いくらいピッタリだ。
でも靴は僅かに大きいらしい。
少しだけ布を詰めて調整する。
「あの、わたしは代役なんですよね?」
服が誂えたようにピッタリ過ぎて怖い。
二人がほほほと笑う。
「ええ、そうですわ」
「背格好が似ていて良かったです」
わたしは女子にしては長身だ。
そうそう背格好の似た女子なんているはずがない。
怪しんでいると、間仕切りの向こうから人影が現れた。
「ん? ああ、リュシエンヌ様でしたか」
「まあ、エディタ様……」
アンリの婚約者のエディタ様だった。
しかし、エディタ様が着ているのは女性用のお仕着せではなく、男性用のもので……。
わたしを見たエディタ様が眉を下げた。
「まさか、リュシエンヌ様に代役を?」
……ということは。
「元はエディタ様がこちらを着る予定だったのでしょうか?」
「ええ、そうです。ただ男性用の方が人気が出そうだからと変更になったのです」
「そうだったのですね」
エディタ様は私よりほんの僅かに背が高いので、なるほど、背格好はわたしに似ているとも言える。
しかしエディタ様の男性用のお仕着せはよく似合っていた。
こう言っては失礼かもしれないが、下手な貴族の令息よりも格好良い。
現にわたしの支度を終えた二人が見惚れている。
外からエディタ様が呼ばれて返事をする。
「それでは、お先に失礼します」
エディタ様がいなくなると二人が黄色い声を上げた。
「はあ、素敵ですわ……!」
「ええ、とてもよくお似合いでした……!」
二人が互いに向き合って手を合わせ、きゃあきゃあと嬉しそうに話している。
確かにエディタ様の男装はかなり格好良い。
あれはお兄様とロイド様とエディタ様で、ファンが分かれることになりそうだ。
……男装の麗人というやつね。
鏡の前で最終確認をして、部屋を送り出される。
ルルが廊下で待っていた。
「どうかな?」
少しスカートを広げて見せるとルルが笑った。
「とても可愛い侍女さんがいますね」
近付いて来たルルに抱き締められる。
そっと触れるだけなのは、制服に皺をつけないようにという配慮だろう。
軽く抱擁を交わすとルルが離れる。
ニコニコと上機嫌である。
「よく似合っています。いつもかわいらしいですが、その衣装もとてもかわいらしいですよ」
「ありがとう、ルル」
制服はロングスカートでクラシックな形だ。
でも普段のドレスよりもずっと軽くて動きやすく、いつも着るドレスもこれくらい活動的なものだったらいいのになと思う。
どうしても普段のドレスは何枚もスカートを重ね穿きしたり、ドレスの生地が重かったりして、あまり活動には向いていない。
……まあ、貴族のご令嬢や王女が走り回るようなことはまずないからなあ。
動きやすさよりも外見が重視されてしまう。
教室へ向かうとお兄様達がいた。
お兄様もロイド様も侍従の格好だ。
女性のものと同じく黒と白で統一されているが、お兄様とロイド様で全く雰囲気が違って見える。
お兄様も長い黒髪を三つ編みに纏めていた。
そして二人ともクラスメイトに囲まれている。
……大人気だなあ。
ぼんやり見ているとお兄様がこちらに気付く。
「リュシエンヌ」
お兄様がわたしの名前を呼んだだけで、自然とクラスメイト達が道を開けた。
こういうところが貴族と王族という感じがする。
近付けば、お兄様がわたしを見る。
「可愛いな」
ヘッドドレスを崩さない程度に頭を撫でられる。
……お兄様、話は聞いていなかったんですが。
じっとりと見上げれば、わたしの気持ちに気付いたのかお兄様が「ははは」と笑いながら手を離す。
多分、わたしが断ると思ったのだろう。
「お兄様とロイド様もよくお似合いです」
かっちりと隙間なく着込んだお兄様とロイド様は非常に格好良い。
白い手袋までして、肌は顔しか出ていない。
しかし、それが逆に色気を感じさせる。
……格好良いんだけど。
何故かあまり心動かされない。
ふと廊下を見れば、出入り口からルルがこちらを覗いており、目が合った。
小さく手を振れば、灰色の瞳が嬉しそうに細められる。
……あ、そっか。
どうしてお兄様達に心動かされないのか。
……だって『本物』が傍にいる。
本物の侍従でもっと格好良い人物がいる。
だから格好良いと思うけれど、ドキッとするようなことはない。
「あ」
ルルを見て思い出した。
人混みを縫ってルルの下へ行く。
そしてルルの手を取って教室の真ん中へ戻る。
「リュシエンヌ?」
「どうかしましたか?」
不思議そうな顔をする二人。
「ルル、あの魔法お願い」
ルルが頷いた。
空間魔法を展開して紙を取り出した。
そうして詠唱を口にする。
「お兄様、ロイド様、少しの間動かないでください」
二人の前に魔法が展開し、ルルの手に持った紙にも同じ魔法式が浮かぶ。
ルルの持っていた紙が一瞬光る。
それをルルが確認するとわたしへ差し出した。
受け取って見る。
……うん、よく出来てる。
手紙の封筒くらいの大きさの紙には、白黒でお兄様とロイド様が並んで立っている姿が描かれていた。
ルルへ頷き返し、お兄様へ渡す。
「どうぞ」
お兄様が受け取り、ロイド様が横から覗き込む。
二人が「おお」と声を上げた。
「これは私とロイドだな」
「すごいね、絵というより本物を見てるみたいだ」
「これはどういう魔法なんだ?」
お兄様とロイド様にちょっと胸を張って答える。
「これは『写真魔法』です。目の前にある景色を写し取るのですが、わたしの生み出した宙に文字を書く魔法と映像魔法を合わせて、映像転写魔法にして、それを紙へ使ったのです」
お兄様がクラスメイト達に写真を渡す。
みんながそれを覗き込んでどよめいた。
この世界では絵画や肖像画は画家に描いてもらうしかないので、写真というのは革新的だろう。
ただこの写真、白黒なのだ。
色付きで転写すると濃淡が上手くいかないので、結局、一番簡単で失敗のないモノクロ写真となった。
「これはどれくらい保つ?」
「長くて二週間ほどです。色もこの白黒しか出来ませんでした。色をつけようとすると上手くいかないのです」
「それでも十分凄いよ」
ちなみにこれには状態固定魔法が最後に重ねがけされており、それに使用する魔力の関係で、二週間すると魔法が解除されて紙に転写された絵も消えてしまう。
この辺りはもっと開発を進めたいけれど、でも、そうなると画家の仕事を奪うことにもなる。
だからあえて魔法を維持出来ないような構築式で整えてある。
ただ魔法使用者だけは魔力を継ぎ足すことが可能だ。
「この写真を売るんです」
「これを?」
お兄様が目を瞬かせる。
「ええ、売る際に二週間しか保たないことも説明して、それから売るんです。たとえば『憧れの人と一緒に思い出作りをしませんか?』という感じに」
いかがでしょう、と問いかける。
するとお兄様やロイド様、クラスメイトのみんなが同意するように頷いてくれた。
「それはいいな」
「収益が上げられそうだね」
写真を見ながら、お兄様やロイド様が一枚いくらで売るのかという話をし始める。
写真は他の生徒にも受け入れられそうだ。
「……リュシエンヌ様……」
気付くと、いつの間にかミランダ様がわたしの近くに立っていた。
何やらその肩が小さく震えているようにも見える。
「ミランダ様?」
バッとミランダ様が顔を上げた。
「なんて羨ましい魔法……! リュシエンヌ様、どうか私もリュシエンヌ様と一緒のその写真とやらをいただきたいです……!」
「え? ええ、それは構いませんが……?」
「まあ、本当ですの? ではさっそく。ニコルソン子爵、お願いいたしますわ」
ミランダ様が横に並び、ルルが紙を取り出した。
魔法の詠唱をして写真を生み出す。
それをルルがミランダ様に差し出した。
受け取ったミランダ様が嬉しそうに受け取り、写真を見て表情を明るくする。
「大事にいたしますわ……!」
そうして胸元に大事そうに抱える。
「でも二週間しか保ちませんよ?」
「大丈夫ですわ。持ち帰って、空間魔法の付与された魔道具箱に入れておきます。見たい時だけ取り出すならば、もう少し保つでしょう」
「なるほど、そういう方法もありましたね」
それは面白い着眼点だ。
確かに魔法は二週間しか保たない。
だが、空間魔法の中は時が止まっているため、収納しておけば魔法も維持され続け、取り出した時だけ時間が動き出す。
取り出す時間を極力短縮すれば長持ちするというわけだ。
「そういえばニコルソン子爵はリュシエンヌ様と一緒の写真は作られたのでしょうか? 子爵は空間魔法を使えますよね?」
ミランダ様の問いにルルは頷いた。
「既に撮ってありますし、使えます。ですが魔法は私が使用者ですので、状態固定魔法に定期的に魔力を注げば、私の場合は永久的に保存できます」
ルルの言葉にミランダ様が羨ましそうな顔をする。
そう言ったルルはとても良い笑顔だった。
ちなみにルルとわたしのツーショット写真は部屋に飾ってあり、ルルが魔力を注いでくれることになった。
……やっぱりもう少しだけ改良しよう。
結婚後、ルルとの思い出も残したい。
そして歳を取ったら二人で見返すのだ。
きっと楽しい時間になるだろう。
他の誰にも見せることはないかもしれないが。




