剣武会(1)
対抗祭六日目。剣武会初日。
今日は一回戦と二回戦が行われる。
お兄様とミランダ様も出場するので、今日は二人は傍にいない。
代わりに左右をロイド様とルルに挟まれている。
「剣武会は剣の腕を競うんですよね? 魔法の使用は良いんですか?」
「ううん、魔法は基本的に使用禁止だよ。唯一許可されているのは身体強化と結界魔法だけど、結界魔法はあくまで身の危険を感じた時の使用のみに限られていて、結界魔法を使うのは負けを認めるのと同じだと判断されるね」
「そうなんですね」
剣武会は生徒同士で剣の腕を競う大会だ。
各学年から五名ずつ選出される。
その五名が対抗祭と同じくトーナメント形式で戦い、勝ち抜いた者が一位、次が二位、そして同率三位となる。
使われる武器は木剣のみ。
使用が許可されているのは身体強化と結界魔法。
ただし結界魔法は身の危険、つまり相手の攻撃を避けたり受け流したり出来ない場合に限られる。
そして、それは自分にはそれだけの度量がないという証明でもある。
一応対戦する生徒同士も魔道具を身に付けている。
ある一定の衝撃を魔道具を持つ対象者が受けた時に、対象者の受けた衝撃を一度だけ代わりに受けてくれるものだという。
それ以外の傷は試合の後に治療してもらえる。
「怪我をするかもしれないんですよね?」
「大丈夫ですか?」と続けるとロイド様が頷いた。
「剣の打ち合わせで怪我をするのは普通だよ。それに多少の怪我は治癒魔法で治せるしね」
「そう、なんですね……」
この世界は剣と魔法があるファンタジーな世界。
だから試合で多少の怪我を負っても、それはさして問題にはならない。
治癒魔法を使えば大抵の傷は治る。
……わたしは治癒魔法が効かないけど。
そのせいか、自分だけでなく、他の人が怪我をするのも実を言えばちょっと怖い。
治癒魔法の効かないわたしはファイエット家に引き取られて以降、ずっと、わたしが怪我をしないように周囲の人々が配慮してくれていたのだ。
それでもファイエット邸にいた頃は走り回ったり、高いところに登ったりしていたが、今思えば周囲の人々はハラハラしたことだろう。
「治癒魔法が得意な先生方も待機してくださっているから大丈夫。……ほら、始まるみたいだよ」
ロイド様が闘技場を指で示す。
顔を向ければ、生徒同士が木剣を持って向かい合っているところだった。
闘技場の上空に球体が浮かんでいる。
そこから四方に映像が出ており、観客席から離れた闘技場の中の様子が拡大されて映されている。
……テレビみたい。
こういう魔法はあるのに、電話みたいな離れた距離で会話するような魔法はないんだよね。
離れていても話せたら良いのに。
…………作ってみようかなぁ。
魔法としてないということは、構築するのがかなり難しいのだろう。
でももしも通話魔法が使えるようになったら。
テレビ電話みたいな、映像魔法が使えるようになったら。
結婚後もお兄様やお父様と話したり顔を見たりすることが出来るのではないだろうか。
ルルが仕事で出かけていても、連絡を取り合うことが可能になる。
……うん、決めた。絶対作る。
ルルと離れていても、顔が見れたり、声が聞けたりすれば、それはわたしにとってもルルにとっても嬉しいことだと思う。
「ルル、メモ用の紙持ってる?」
横にいたルルへ問えば頷き返された。
「ありますよ」
空間魔法から取り出した紙とペンを渡される。
それを受け取って、まずは闘技場の上空に浮かんでいる球体から展開している魔法式を書き写す。
複数の魔法が複雑に混じり合った魔法だ。
これだけでも生み出すのに苦労しただろう。
……これはここと繋がって、こっちの魔法はこっちの魔法と対で。……なるほど、指定した範囲の場所を映し出してるんだ。じゃああの球体から映し出されるのは今のところ、この闘技場内だけ?
写し取った魔法式を分解して調べていく。
……この魔法式、面白い!
本来の魔法は複数の魔法を重ねがけする感じで、他の魔法と効果がぶつかったり被ったりしないように調整していくものだ。
たとえるなら普通の魔法式の構築方法はブロックを重ねたり、組み合わせたりして、全体の形を整えていく感じなのだ。
だがこの魔法は違う。
こちらをたとえるなら、こうしたいという形がまずあって、それに合わせて魔法を配していくというか。
まるで機械の配線みたいな組み立て方なのだ。
元より被ったりぶつかったりする魔法がない。
単純な一つ一つの魔法をいくつも組み合わせて、自分の望んだ魔法に組み上げている。
「あー……、えっと、リュシエンヌ様?」
この魔法式だと組み合わせる魔法の数が酷く多い。
けれども、単純な魔法だけだからこそ魔法同士のぶつかり合いが少ないのだ。
複数の効果を持つ複雑な魔法はいくつも組み合わせようとすれば、当然、効果の被る部分が増えてしまう。
この組み合わせ方は恐らく原始的な方法だ。
多分、学院創立当初とか、それくらい昔に組み上げられた魔法だと思う。
大雑把に似た効果を生み出すだけならば、既存の魔法が四つもあれば出来上がるだろう。
ただしそれは魔法同士がぶつからなければという前提がある。
実際に組み立てようとしても上手くいかない可能性が高く、無理に組み合わせても発動しないかもしれない。
その点、この昔ながらの組み合わせ方は良い。
組み合わせる魔法の数が膨大になる代わりに、ぶつかりそうな魔法同士を使わなければ問題が出ない。
……凄い、一体いくつ魔法を使用してるんだろう?
同じ効果の魔法だけでも既に三種類はあった。
それらは効果の出るタイミングは絶妙にズラされていて、しかし同じ効果のある魔法なので複数あってもぶつかることはないのだ。
現在の洗練された魔法式とは違い、みっちりと詰まっていて、一つ一つの魔法に分解するだけでも時間がかかる。
その分解がとても楽しい。
……これが映像に関する魔法で──……。
「リュシエンヌ様」
スッと持っていたペンを奪われる。
「ミランダ様の試合が始まりますよ」
そのルルの言葉にハッと我へ返る。
顔を上げれば横にいたロイド様が困ったように微笑んでいた。
「何をしてるんだい?」
その問いに答える。
「あの映像魔法を分解していました」
「あんな古い魔法を?」
「はい、興味が湧いたので」
でもミランダ様の試合が始まるならやめよう。
ルルがわたしの手元の紙を回収して、空間魔法へ収納してくれた。
宮へ帰ったら続きをやろう。
闘技場の真ん中でミランダ様と対戦相手の生徒が向かい合って、剣を構える。
相手の生徒は正面へ両手で剣を構えている。
ミランダ様は片手で木剣を構えている。
ミランダ様の剣は僅かに右側に傾いていた。
そこから試合開始の笛が鳴る。
じりじりと二人がすり足で距離を詰め、ミランダ様がグッと足を踏み込み、前へ出る。
……速い!
カンッと木剣同士がぶつかり合う。
相手がそれを受け止め、流す。
どうやらミランダ様はスピード型のようだ。
男性と女性では、どうしても女性の方が筋力が低く、腕力は劣ってしまう。
ミランダ様はそれを俊敏さで補っている。
相手は一年生なのか身長はミランダ様と同じくらいだが、体格ではミランダ様よりもがっしりとしており、一見すればミランダ様の方が負けてしまいそうだ。
それにも関わらず、負けていない。
むしろ押している。
カンッ、カキィンッ、木剣の音が響く。
ミランダ様の動きはまるでダンスだ。
水が流れるように、風が吹くように、その動きは非常に軽快で重みを感じさせない。
けれど、ぶつかり合う音は鋭い。
相手が剣を打ち込めば、ミランダ様は地面を蹴ってくるりと回転しながら避ける。
その表情はとても楽しげなものだ。
「ミランダ、楽しそうだね」
そう言ったロイド様が目を細める。
カァアアンッと一際甲高い音を立てて、相手の剣をミランダ様が弾き飛ばした。
その瞬間、わっと歓声が上がった。
応えるようにミランダ様が手を振る。
「ロイド様も嬉しそうですよ」
ロイド様がこちらを向き、そして照れた表情を浮かべると視線をすぐにミランダ様へ戻す。
「嬉しいよ。愛する人が楽しそうにしていて、嬉しくないわけがない。でも、あの表情を出したのが私じゃないのは少し悔しい。……男の嫉妬なんて見苦しいって分かってるのに」
どこか切なそうにロイド様が呟く。
その横顔は、ミランダ様に恋い焦がれていますと物語っていた。
……何だろう。
出会った当初のロイド様は考えの読めない、いつも同じ微笑みを浮かべている人だった。
今のロイド様は昔に比べると、感情が読み取れるようになった。
いつもそうというわけではなく、親しい人の前ではという前置きがつくけれど、何というか、以前よりも生き生きしてる。
「そうでしょうか? 愛されている方からしたら、嫉妬するほど愛されて、案外嬉しいかもしれませんよ?」
きっとミランダ様は話を聞いて顔を赤くするだろう。
ちょっと戸惑って、でも、多分、喜ぶと思う。
「そうかな?」
「そうですよ。確かに嫉妬も過ぎれば醜いかもしれません。だけど全く嫉妬がない愛なんて、それは愛ではないと思いますよ」
ロイド様が振り向いた。
「リュシエンヌ様もニコルソン子爵のことで嫉妬することはあるのかい?」
「あります」
「即答だね……」
横で黙っていたルルの腕を引く。
そして近付いたルルの顔を手で示す。
「見てください。この顔にこの紳士的な振る舞いですよ? 女性が放っておくと思いますか?」
ルルが困ったように僅かに目尻を下げる。
その明らかに困ってますという微笑もいい。
貴族の男性はどちらかというと中性的というか、美しい顔立ちが一般的に好まれる。
精悍な顔付きの漢みたいな男性よりも、女性みたいに繊細な顔付きの男性の方が人気が高い。
そして、それで言うとルルはまさに後者である。
しかもスラリと背が高く、手足も長くてスタイルが良く、細身に見えるけれど実は必要な筋肉はしっかりとあるタイプ。
「ああ……」とロイド様が納得した顔をする。
「もしかして、ニコルソン子爵に言い寄る女性は多いのかな?」
「少なくとも十二歳で宮に居を移して以降、ルルに言い寄ったメイドだけでも両手の指以上の数はいましたね」
「そうなんだ……。えっと、その、ちなみに言い寄ったメイド達がどうなったのか訊いてもいい?」
「殆どは異動か解雇となりました」
ロイド様の笑みがピシリと固まった。
その目がルルを見た。
ルルがうんうんと肯定の頷きをする。
「一応言っておきますが、きちんと注意を行い、警告して、それでも諦めてくれなかったので異動や解雇という最終手段になったんです」
「あ、そうなんだね」
ロイド様が申し訳なさそうに眉を下げた。
「ごめん、つい……」
わたしがルルに言い寄ったメイドを片っ端から異動させたり解雇させたり、権力を振るったと思ったのだろう。
まあ、普段のわたし達の様子を知っているからこそ、そう考えてしまうのも無理はない。
自分でも驚くくらい、わたしはルルが好きだ。
もはや執着とか依存とか、そういう類いである。
「いえ、実際、警告を聞かなかった者は容赦なく宮から追い出したので勘違いではありません」
「いや、それは注意や警告を聞かなかった者達が悪い。そもそも主人の婚約者に懸想して言い寄るなんて使用人にあるまじき行いだからね。追い出されても当然だよ」
「そう言っていただけると助かります」
ロイド様の言葉にルルがまたうんうんと頷く。
そこでふと思う。
「ミランダ様も言い寄る男性が多いのではありませんか?」
「ああ、まあ、いるね。だからよく牽制してるよ」
「そこはしっかりしてるんですね」
ニコ、と微笑むロイド様の笑みはどこか黒い。
昔より腹黒度が減ったかと思ったが、そうでもないようだ。
以前よりも隠すのが上手くなったというべきか。
そんな話をしているうちに一回戦は終わりを告げた。
お兄様の試合を見逃したかと焦ったけれど、トーナメント表を確認すると、お兄様は一回戦を行わない番号だった。
「あれ、お兄様は一回戦がないんですね」
「対抗祭と同じだよ。去年の優勝者は一回戦を免除されるんだ。人数の問題もあるけれどね」
「この人数だと最初に一人余ってしまいますよね。そこに優勝者が入る、と。……お兄様、去年の剣武会も優勝していたんですか」
対抗祭でも優勝して、剣武会でも優勝して。
お兄様って文武両道すぎる。
……お兄様も大概チートだよね。
「うん、本当、凄いよね」
ロイド様の言葉にわたしも頷いた。
* * * * *
「リュシエンヌは観客席で何をしていたんだ?」
お兄様達と合流すると、そう問われた。
どうやら下からでもわたしの姿が見えたらしい。
「闘技場の上空に浮かんでいる、あの映像魔法を書き写して調べていました」
「だからずっと下を向いていたのか。周りの人間が闘技場を見ているから、一人だけ俯いているのが目立ってたぞ」
「すみません、あの映像魔法を元に更に新しい魔法を作れないかと思って分解していたんです」
そう答えたわたしに「全く、リュシエンヌらしい」とお兄様が苦笑した。
「でもミランダ様の試合は見ましたよ。まるで踊っているような軽快な動きで格好良かったです」
「リュシエンヌ様にそう言っていただけて嬉しいですわ」
ミランダ様が嬉しそうに笑う。
あの軽やかで流れるような動きは多分、誰にでも出来るわけではないだろう。
……ミランダ様って豊満で女性的な体型をしているけれど、もしかして剣を扱うために鍛えるおかげでこんなにメリハリのある体なのかな。
ロイド様がミランダ様に微笑む。
「本当に綺麗だったよ。私が相手になれないのが残念なくらいだ」
ミランダ様が照れたように視線を外す。
「ロイド様はお世辞がお上手ですのね」
「お世辞じゃないよ。それにこんなこと、ミランダにしか言わない」
「まあ……」
と、二人がイチャイチャしていた。
それをエカチェリーナ様が合流するまで、お兄様とわたしは微笑ましく眺めていた。




