対抗祭(5)
対抗祭四日目。
準決勝の五回戦と決勝の六回戦が行われる。
そして今日からお兄様とロイド様も試合に参加することになるため、観客席のわたしの横にはルルと、代わりにミランダ様が座っている。
お兄様とロイド様はそれぞれ四回戦まで勝ち上がってきた者達、つまり、アンリとお義姉様とである。
トーナメント表を見る限り、お兄様はアンリと、ロイド様がお義姉様とということだ。
「今日はアリスティード殿下とロイド様も出ますね」
昨日気落ちしていたミランダ様も、もう気にしていないようで、今はうきうきと試合を楽しみにしている。
「そうですね、思えば魔法実技の授業以外でお兄様が魔法で戦うところは初めて見ます」
「あら、そうなのですか? 王城で騎士団と手合わせをしていることがあるとお聞きしたのですが……」
「確かに騎士達と手合わせしていることは多いですけれど、それは剣の腕についてであって、魔法で戦っていることはないんです」
そう説明すればミランダ様がなるほどという顔をする。
お兄様は騎士達やルルと手合わせすることはよくあるものの、精々身体強化くらいで、それでは見た目の変化がないのでよく分からない。
騎士達と剣を合わせているからか、お兄様は剣の腕前はかなりのものである。
ただしそんなお兄様でもルルには勝てない。
そして騎士達も。
……そう思うとルルって反則的に強いよね。
あまり魔法を使用することもないけれど、闇ギルドのランク二位という立場と指輪に魔法を付与してくれたことを考えれば魔法も反則的に強いのだろう。
思わずルルを見上げれば、微笑を浮かべたまま小首を傾げられたので何でもないと首を振る。
さすが隠しキャラと思ったのは黙っておこう。
そうして対抗祭が始まる。
まずはお兄様とアンリの試合らしい、
台の上に二人が立つ。
「アンリ、今だけは手加減はなしだ」
お兄様の言葉にアンリも頷いた。
「は、はい、そのつもりです」
アンリが珍しくキリリと表情を引き締める。
それにお兄様も楽しげに笑みを深めた。
二人の準備が整い、確認した審判の教師が試合開始の笛を吹き鳴らす。
鋭い音と共に二人が詠唱を開始する。
ほぼ同時に二人の陣地に結界魔法が展開される。
「早い……!」
お兄様とロイド様とお義姉様は結界魔法を独自に組み直して詠唱を短縮させているが、アンリもそうだとは聞いていない。
つまり、アンリは本来の結界魔法を短縮バージョンとほぼ同じ速度で展開出来るということだ。
それだけでも驚きである。
……アンリも相当、魔法を研究してるんだろうな。
わたしも詠唱は出来るけれど、あのように魔力を込められないため、まるで詩でも読み上げている風になってしまう。
魔力を込めながらの詠唱は難しいはずだ。
それを二人とも、あんな簡単に行使出来ている。
続けられた詠唱で攻撃魔法が発動した。
中間地点に巨大な氷が生まれ、それが砕けて大量のアイスアローに変化し、それがお兄様の結界魔法へ降り注ぐ。
同時にアンリの陣地の地面が激しく割れ、音を立てて隆起し、アンリの結界魔法に突き刺さる。
しかし両者の結界魔法はビクともしない。
「さすがにこの程度では揺れ一つないか」
嬉しそうにお兄様が笑う。
「殿下こそ、素晴らしい魔法です」
アンリが吃らずに返事をする。
魔法に集中しているからだろう。
キリリとしたアンリの様子に黄色い声が上がる。
可愛らしい顔立ちのアンリだけれど、ああして凛と立つ姿は可愛さとのギャップがある。
二人が更に詠唱をする。
互いに最初の魔法を行使したまま、第二の攻撃魔法が開始される。
アンリが風魔法でアイスアローの威力を上げつつ、並行して風魔法のトルネードをお兄様の結界魔法へぶつける。
威力を増したアイスアローの雨とトルネードに襲われても、お兄様の表情は笑みを浮かべている。
そしてお兄様が手を伸ばした。
突き刺さっていた隆起した地面が形を変え、大きな手の形に成るとアンリの結界魔法を握り締めた。
これにはアンリの結界魔法がミシミシと音を立てる。
よほど強い力がかけられているらしい。
アンリが詠唱をし、アイスアローが溶けて水に変化するとそれがウォーターカッターになり土の手を切り刻んだ。
お兄様が詠唱をする。
今度は土から両手が現れた。
お兄様が両手を合わせるような仕草を行うと、土の手も同じように掌を合わせてアンリの結界魔法を左右からギュウギュウと押し潰そうとする。
それにアンリが微かに眉を寄せ、即座に詠唱をし、もう一度ウォーターカッターを生み出して当てたものの、ガキィンッと硬質な音を立てて弾かれた。
観客席から騒めきが響く。
それでもアンリは次の詠唱で炎を生み出すと大きな手を自身の結界魔法ごと焼き出した。
お兄様は動かない。
アンリは更に水の魔法をかけて冷やし、アイスランスで土の手を串刺しにした。
「なるほど、高温で熱した後に水で急激に冷やして脆くしたんだ……」
それを瞬時に判断して実行するアンリはさすがだ。
だがそれ以上にお兄様が強い。
ミランダ様を打ち負かしたアンリが、お兄様相手だと完全に後手後手に回っている。
「あのロチエ公爵子息がこんなに押されているなんて……」
ミランダ様も口に手を当てて驚いている。
土の手が砕けるとお兄様が詠唱を行い始める。
その間に先に詠唱を終えたアンリの攻撃魔法が発動する。
お兄様の結界魔法に雷がいくつも落ちていく。
アンリは光属性への親和性も高いようだ。
でもお兄様は気にせず詠唱を続けており、その攻撃があまり効いていないのが見て取れる。
そうしてお兄様が詠唱を終えると空中に炎の剣が数え切れないほどに出現した。
それを見たアンリがハッと息を詰める。
炎の剣は高温らしく、周囲の空気が陽炎のごとく揺れ、離れていても熱気が感じられる。
慌てた様子でアンリが雷の軌道を変えて炎の剣へ向けたが、僅かの差でお兄様の方が早かった。
「悪いな、アンリ」
お兄様のその声は楽しげだった。
上げた右手をお兄様が下ろす。
宙に浮いていた炎の剣が空を切り、アンリの結界魔法に降り注いだ。
派手な甲高い音を立てて炎の剣達が突き刺さる。
「ぐっ……!」
アンリが苦しそうにたたらを踏んだ。
それでも諦めずに詠唱を行い、攻撃魔法を繰り出した。
空中に鏡のような氷がいくつも現れ、雷がそこに当たると、光を反射させるように雷が弾かれ、お兄様の結界魔法にぶつかり、弾かれては氷で反射してぶつかりを繰り返す。
その雷の駆け巡る速度があまりに速すぎて光の筋になってしまっている。
しかも反射する度に雷の筋が太くなっていった。
だが、お兄様が手を振ると炎の剣の一部が分離して容赦なく氷の鏡を破壊する。
「なかなかに楽しめたがここまでだ」
お兄様が呟く。
「爆ぜろ」
直後にアンリの結界魔法に刺さった炎の剣が爆発した。
高温の剣が爆発したことで爆風が起き、土埃が舞い上がる。
それは闘技場の結界内でしばし滞留したが、土埃が晴れるとアンリの結界魔法の内側にあった的は全て破壊されていた。
試合終了の笛が闘技場に響き渡る。
ワァッと観客席が歓声に包まれる。
「凄い。お兄様がここまで魔法を扱えるとは知りませんでした……」
いつも騎士達やルルと剣を交えているが、魔法の面でもこうも優秀だとは知らなかった。
「私もここまでとは思いませんでしたわ……」
横にいたミランダ様が呟く。
「え? 去年も一昨年もこのような感じだったのではないのですか?」
「いいえ、その、王太子殿下にこのような言い方は不敬かもしれませんが、元々お強い方ではありましたけれど、ここまでではございませんでした」
「そうなのですか?」
「少なくとも、去年はロチエ公爵子息よりいくらかお強いというぐらいでした」
何故だろうと見下ろせば、台を降りてふと顔を上げたお兄様と目が合った。
そしてお兄様が小さく手を振るので振り返した。
気になるところだが、お兄様はまだ決勝戦があるので訊くことは出来ない。
お兄様が歩き出したことでわたしも視線をミランダ様へ戻す。
「そんなに違うんですか?」
「ええ、まるで別人のようですわ」
不思議だなと思っていれば横にいたルルが「もしかして……」と何やら考えるように目を伏せた。
それからルルがピアスに触れ、一瞬、ふわりと風が吹いた。
「ルル、何かした?」
ルルが頷く。
「風魔法で少々。周りに声が聞こえないようにしただけなので、読唇を心得ている者には会話の内容が読み取れてしまいます。扇子で口元を覆ってお話しください」
言われた通り扇子で口元を隠す。
ミランダ様がこちらに気付いたが、扇子の下で唇に人差し指を当てて見せれば心得た様子で顔を正面へ戻してくれた。
「それで、どうかしたの?」
ルルが考えごとをするように口元に拳を寄せ、目を伏せる。
拳で唇の動きを隠しているようだ。
わたしも視線を闘技場へ移す。
闘技場は今、教師達の魔法で荒れた地面を元に戻されている途中だった。
「アリスティードのことだけどぉ、急に強くなったのってもしかしてリュシーの加護の影響じゃないのぉ?」
思わずルルの方を見そうになって我慢する。
「わたしの加護の?」
「夫になったオレがあれだけ祝福を受けたんだしぃ、リュシーの家族が何もないってことはないと思うんだよねぇ。むしろその方が自然じゃなぁい?」
「なるほど……」
言われてみればその可能性は大いにある。
「この一月アリスティードの鍛錬に付き合ってて気付いたんだけどぉ、オレほどじゃなくても多分身体能力も魔力量も上がってると思うんだぁ。以前よりも明らかに強くなってたよぉ」
魔力量は基本的に十歳の洗礼の儀の際に判明するが、それ以上に増えることはない。
その魔力量が増えたとして、ここ最近の出来事で何か原因があるとしたら、それはわたしとルルの婚姻による祝福が思い当たる。
お父様もお兄様も、もしかしたらわたしの負担にならないように黙っていてくれたのかもしれない。
加護を受けた人間がいるだけでその国は栄える。
それなら、加護を受けた人間の近くにいる人間はどうなるのだろうか?
きっとルルと同じように何かしら影響があると思うのだ。
でも、もしそうだとしたらわたしは嬉しい。
お父様やお兄様が強くなるということは、命を狙われた時に生き残る確率が上がる。
ルルがそうなったように、お父様やお兄様もそうなってくれたなら、離れていても安心出来る。
国王も王太子も他国から命を狙われやすい。
そういった話は全くしない二人だけど、恐らく何度も命を狙われてきているはずだ。
「……そうだとしたらいいな」
もしわたしの加護の影響でお父様やお兄様にも良い影響があるのだとしたら、女神様への感謝の気持ちがもっと強くなる。
「ちなみにルルの感覚だと、お兄様はどのくらい以前よりも強くなってたの?」
一応訊いてみる。
「そうだねぇ、倍くらい?」
「……どっちが?」
「身体能力も魔力量も多分〜?」
……それは絶対、祝福を受けてるね……。
そうすると疑問が湧く。
祝福の範囲はどこまで有効なのだろう。
お父様やお兄様もそうだとして、他にもわたしと親しい人達はどうなのか。
気になるけれど、ステータスについて質問するのはこの世界ではタブーなので訊くに訊けない。
「お義姉様やロイド様、ミランダ様はどうなんだろう?」
「さあねぇ、でも特に変だって言ってないなら何もないんじゃなぁい?」
「それもそっか」
もしも急激に変化が起こっていれば本人達が何かしら疑問に感じて口に出すだろう。
それがないということは、そこまで祝福の効果は出ていないか、効果があっても分かり難い程度ということか。
加護の影響の仕方がよく分からない。
ただお兄様に影響が出ているのは確かである。
……でも、そっかあ。
魔力量も倍になっているとしたら、去年よりも強くなってアンリを楽に倒せるようになっているだろう。
「決勝戦と剣武会、楽しみだね」
剣武会ではお兄様の腕前を見られる。
そこでどれくらい強くなったのか分かると思う。
……ちょっと楽しみ。
お兄様は剣も鍛錬も欠かしていないので、きっと身体能力も上がって前に見たよりも強くなっていることだろう。
お兄様がどんな戦いを見せてくれるのか。
今はそれを楽しんでおこう。
ルルの声に笑いが混じる。
「そうだねぇ、そのうちアリスティードとも一度くらい全力で戦ってみたいなぁ」
……それはさすがにお兄様が可哀想な気がする。
元々でも勝てなかったのに、いくらお兄様も祝福を受けたとしても、ルルに勝てるとは思えない。
恐らくルルの方が祝福の影響は強いはずだ。
ただでさえチートなルルを更に強化させてしまって良いのかとも思うが、女神が良いと判断してるから構わないのだろう。
「人目のないところでなら出来るかもね」
「今度アリスティードに訊いてみるよぉ」
ちょっと楽しそうなルルに言う。
「その時はわたしも見たいから呼んでね」
ルルが「分かったよぉ」という。
「あ、それから後でこの魔法もピアスに付与してあげるよぉ。防音効果があるから周囲に音は漏れないけど、周囲の音も聞こえないから気を付けて使ってねぇ?」
「分かった」
そうしてふわっと風が吹く。
生徒達の騒めきが戻ってきた。
「お待たせしてしまい申し訳ありません、ミランダ様」
そう声をかければミランダ様が微笑んだ。
「構いませんわ。夫婦の時間を邪魔するほど無粋ではございませんもの」
何やら勘違いされていた。
「あ、次の試合が始まりますわ」
そして訂正するタイミングを逃した。
……まあ、いいか。
次の試合はお義姉様とロイド様の戦いである。




