対抗祭(3)
対抗祭三日目。
本日は三回戦と四回戦が行われる予定だ。
今日も今日とてお兄様とロイド様は観客席におり、改めて、前回第一位と二位の待遇の良さを思った。
昨日、一昨日と、二日間試合を観てきたけれど、あの試合に出て毎回戦うのは結構大変だろう。
それが前半戦は全て免除されるというのだから、かなり思い切ったやり方だが、面白い。
「お義姉様もミランダ様も、フィオラ様やロチエ公爵子息まで勝ち抜いているということは、今後はこの四人同士でも当たるようになりますね」
試合表を見る。
ミランダ様は三回戦を勝ち抜けばアンリと当たる。
ちなみにお義姉様とフィオラ様は三回戦で、だ。
これまで勝ち進んできた四人がそれぞれぶつかり、どのような戦い方をするのか楽しみである。
「そうだな、全員手を抜かないだろうから今日の試合は熾烈を極めるかもしれないな」
お兄様が頷いた。
実力のある者同士の戦い。
そう簡単に勝負は決まらないだろう。
そうして三回戦が始まった。
まずは他の生徒同士の試合だ。
さすがに三回戦まで来ると使用される魔法も増え、対戦時間も持ち時間いっぱいまで使用される。
何とかといった様子での勝利であった。
そして次の試合はミランダ様だ。
対戦相手も台へ上がり、互いに準備が整う。
試合開始の笛が鳴る。
互い同時に詠唱が始まる。
僅かな差でミランダ様の方は早い。
結界魔法と共に相手陣地にいくつかのトルネードが生まれ、的を三つ破壊した。
ミランダ様のトルネードはよく見るとウォーターカッターも混じっており、風と水の混合魔法である。
相手も慌てて結界魔法を展開し、ミランダ様の陣地を高火力の炎が襲った。
二人がまた詠唱をする。
瞬間、ふらっとミランダ様がよろめいた。
「え、何が起こったんでしょうか?」
思わずお兄様の方を見れば、お兄様もロイド様も、眉を顰めている。
「ん、ああ、そうか、リュシエンヌは魔力がないから分からないのか。今、相手が幻惑系の魔法を発動させているんだ。的が増えて、自分の体が揺れているような感覚がミランダ嬢にはあるだろうな」
「結界魔法越しでも我々の目にも微妙に動いて見えるということは、相当の腕だと思うよ」
そうなのか、と闘技場へ目を移す。
ミランダ様の風と水を混合した魔法が更に威力を増し、結界魔法へぶつかっていく。
ふらついていたミランダ様が顔を上げた。
「ふふ、的の正確な位置が分からないなら全て破壊するまでですわ!」
トルネードからウォーターカッターが消える。
ミランダ様が詠唱し、手を伸ばす。
するとトルネードが今度は炎を纏い、轟々と音を立てながら相手の結界魔法へぶつかった。
もはや火の海と化している。
それでも相手も強く、なかなか結界魔法は破れない。
相手が詠唱を行い、ミランダ様の陣地へ土で出来た槍をいくつも降らせる。
互いに一歩も譲らない戦いだ。
試合時間が半分経過したことを短く笛が告げる。
それにミランダ様が攻勢に出た。
「負けませんわ!」
詠唱し、ミランダ様の生み出したトルネードに炎だけでなく鋭い土の礫が混じり合う。
魔法の三種類混合だ。
相当集中力が必要だろう。
それに魔力もかなり使っているはずだ。
だがそのおかげで相手の結界魔法には亀裂が走り、何とか保とうとしていたが、容赦のないトルネードの威力に押し負けて砕け散った。
トルネードが的を蹂躙していく。
そこでやっと、試合終了の笛が鳴った。
「苦戦したな」
「そうだね、相手も侯爵家の子息だし、ミランダにしたら大健闘じゃないかな」
貴族は爵位が上の者ほど魔力量が多い。
それは昔から、魔力量の多い者同士、魔法の得意な者同士などで婚姻を結んできたからだ。
血筋的に魔力量が多く、魔法の才がある。
平民も魔力はあるが、学院へ入学出来るほどとなると稀なのだ。
大健闘したミランダ様は、それを表に出さず、涼しい顔で台を降りていく。
対戦者は肩を落として下がっていった。
「ミランダ様は三属性の混合魔法でしたね」
「もはや炎の柱にしか見えなかったな。風はどの属性とも比較的相性が良いから、トルネードを基に他の属性を混ぜるのは良い発想だ」
ロイド様が立ち上がる。
「私はちょっとミランダのところに行ってくるよ」
そう言ったロイド様にお兄様もわたしも頷いた。
どこか軽い足取りで離れていくロイド様を見送り、こっそりお兄様へ問う。
「大健闘したミランダ様を褒めに行ったのでしょうか?」
「恐らくな。ロイドにも大事な者が出来て良かった。人は大事だと思える者がいれば強くなれる」
「そうですね、大事な人がいるとそれだけで強くなれます」
ルルとお兄様を交互に見る。
ルルは目が合うとニコリと微笑んだ。
それは「自分もそうだ」と言ってくれているみたいだった。
お兄様は微笑むとわたしの頭を撫でる。
「さあ、次の試合が始まるぞ」
その言葉と共に試合開始の笛が鳴った。
別の生徒同士の試合だ。
やはり三回戦ともなれば、それぞれに魔法の腕が立ち、対戦者同士の力が拮抗する。
一回戦のように瞬殺というのは難しい。
その試合は持ち時間いっぱいを使い、ギリギリで一年生が三年生に力技で押し勝っていたが、一年生の方もかなり魔力を使用したのか少し気だるげだった。
恐らくこの後で魔力回復薬を飲むだろう。
わたしは飲んだことはないが、あまり美味しくない薬らしい。
魔力を多く含む薬草から魔力を含んだ薬液を作り出し、それを飲むことになるのだから、まあ、味はお察しだろう。
「次はお義姉様とフィオラ様ですね」
台の上にお義姉様とフィオラ様が上がる。
普段はお義姉様に仕えたいと言っているフィオラ様だけれど、その微笑みはどこか楽しげだ。
お義姉様も口角を引き上げている。
……そうだよね、主人と臣下の関係だと、こういう風に正面切って戦える場面は少ない。
だからこそ、どちらも楽しそうなのだろう。
「今度はあの二人か」
お兄様も思うところのあるような口調だった。
互いに準備が整うと笛が響き渡った。
二人が同時に詠唱を行う。
結界魔法が展開し、ほぼ同時に攻撃魔法も発動した。
フィオラ様のあの隕石の雨のような礫の大群がお義姉様の陣地に降り注ぐも、お義姉様はまるでそれを読んでいたかの如く高火力の炎で礫を焼き払う。
フィオラ様の笑みが僅かに深くなった。
「さすがエカチェリーナ様、出涸らしでは相手になりませんね」
「ええ、わたくしをもてなすならば新しいものでなければ楽しませることは出来なくてよ?」
「ふふ、そうですわね。失礼いたしました」
二人が会話をしている最中にも礫と炎の攻防は続く。
そして二人がまた詠唱をする。
「ではこんなのはいかがでしょうか?」
フィオラ様の陣地に大量のアイスアローが展開される。氷の矢と言っても長さも太さも人の腕ほどもあるものだ。
それが数え切れないほど上空に生み出される。
同時にお義姉様の頭上にもファイアアローが同じように、数え切れないほど展開されていた。
一瞬の間の後、それらが陣地の上で衝突し合う。
炎と氷がぶつかって水になる前に蒸気となる。
数え切れないほどの二つの矢がぶつかり合い、ジュッ、ジュワッ、と炎と氷のせめぎ合う音が連続する。
ただ蒸気のせいで少し視界が悪い。
それだけで一分近くもかかった。
一体どれだけの数を展開させていたのだろう。
「これでおしまいですの?」
お義姉様が言う。
フィオラ様が微笑んだ。
「いいえ、まだございます」
今度はフィオラ様だけが詠唱をした。
土が盛り上がり、それが形を成しながら炎に包まれ、燃え上がる。
そして炎が消え去ると、そこには大きな土のゴーレムが立っていた。
「これでいかがでしょう?」
ゴーレムなんて三年生でもまだ習っていない。
おお、と観客の間からどよめきが上がる。
わたしもゴーレムは初めて見た。
土属性の魔法の中でも上位の魔法で、よほど土属性に適性がなければ使用することが出来ないはずだ。
お義姉様が「ほほほ」と笑った。
「素晴らしいですわ、フィオラ様」
「お褒めに与り光栄でございます」
「その才能に敬意を表して、わたくしも特別に切り札の一つを見せて差し上げましてよ」
お義姉様が詠唱をした。
そしてお義姉様が手を伸ばすと、その手の少し先から銀色に輝く茨のような、鞭のような、光の筋が長く出来上がった。
そしてお義姉様がその鞭を一振りしてフィオラ様の結界魔法へ叩きつけた。
瞬間、ピシャァアアァンッッと雷がそこへ落ちた。
「光属性か!」
お兄様が思わずといった様子で身を乗り出した。
まさか光属性の雷魔法をあのように鞭という形をとらせて使用するなんて。
激しい雷にフィオラ様の表情が一瞬陰る。
けれども、すぐにうっとりと微笑んだ。
「ああ、さすがエカチェリーナ様……」
フィオラ様が手を動かせば、ゴーレムが動き出す。
お義姉様はそのゴーレムに向かって、強く、大きく、鞭を振りかぶった。
「あなたもなかなかですわよ」
そして鞭がゴーレムに当たった瞬間。
目を開けていられないほどの光と、耳をつんざく轟音が空気を振動させながら響き渡った。
ビリビリと激しく振動する空気。
横にいたルルに抱き締められたのが分かった。
そして光が収まり目を開ければ、真っ黒く焦げたゴーレムがゆっくりとフィオラ様の陣地へ倒れていくところだった。
ドゴォオォン……と的を押し潰してゴーレムが倒れる。
同時に鋭く試合終了を告げる笛の音が響き渡った。
シン、と静まり返ったのは一瞬のことで。
先ほどの轟音に負けないほどの歓声が闘技場を埋め尽くした。
土魔法でも上位のゴーレム作成。
光属性でも上位の雷魔法による鞭。
どちらも学生という身分でそう簡単に行えるものではなく、それを目に出来たことに生徒達は大興奮である。
「全く、とんでもない隠し技を出してきたな」
身を乗り出していたお兄様が席に座り直す。
「ええ、雷魔法を実際に使える方は初めて見ました」
お義姉様がまさか光属性の上位の魔法まで使えるとは思わなかった。
そしてそれはつまり、光属性の親和性が高い証拠でもある。
フィオラ様は逆に土属性の親和性が非常に高いのだろう。
ゴーレム作成は難しい魔法だ。まず、生き物のように動かすだけでも相当に繊細な魔力制御が必要で、動かす度に大量の魔力が消費される。
そして形を保ち続けるには土属性との親和性が高くなければ、あそこまで巨大なものを維持出来ない。
「素晴らしい戦いが出来て満足しましたわ」
「それは何よりです」
そんな大技を発動させた二人は、非常に楽しそうに笑って台を降りていった。
きっと二人とも、学年のところに戻った後はみんなに囲まれて大変な思いをすることになるだろう。
それくらい凄い魔法を二人は駆使したのだ。
そうして午前の部、三回戦は終了したのだった。
「たった十分の出来事とは思えませんね」
「ああ、あの二人は学生の域を超えているな」
つい、お兄様と顔を見合わせてしまう。
「婚約者で良かったですね、お兄様」
「そうか? 恐妻家になりそうだが」
「それはお兄様の方が弱ければという話ですよね?」
お兄様に限ってそんなことはないだろう。
お兄様が頷いた。
「ああ、負ける気はないさ」
その表情は不敵なものだった。




