対抗祭(1)
お義姉様とオリヴィエの件から一週間と少し。
ついに対抗祭が今日から始まる。
対抗祭の間は授業がなく、出場しない生徒達は対抗祭を観戦する側となる。
対戦相手は当日にくじ引きで決定し、勝ち抜き戦で進んでいく方式らしい。
わたしの隣にお兄様、お兄様の向こう側にロイド様が座っている。左隣にはルルだ。
目下ではくじ引きが行なわれ、着々とトーナメント表に名前が書かれていく。
……お義姉様は三組の六番でミランダ様は一組の十番だった。
お義姉様とミランダ様は互いに当たらないようだ。
他にアンリが二組の二番、フィオラ様が三組の十番という具合になっていた。もしお義姉様とフィオラ様とが勝ち進めば三回戦で当たる。
そうして本日は各組の一回戦が開始する。
何故、学年十位に入るお兄様とロイド様だけがくじも引かずに観客席にいるのか。
それにはこの勝ち抜き戦の内容による。
まず各学年の十位以内が揃う。
そこに、前回の対抗祭で上位一位と二位がいた場合、その二人は前戦を免除される。
そして残りの二十八名が残り二名となるまで勝ち抜き戦が行われ、その勝ち進んだ二名が前対抗祭の一位と二位とそれぞれ当たることとなる。
お兄様とロイド様は本来ならば六回勝ち抜かなければ優勝出来ないところを、四回戦まで免除されるという高待遇なのだ。
そして最後に残った二名で決勝戦だ。
この対抗祭では上位二名以外がランダムに白組と黒組に分かれており、勝ち進んだ数で白組と黒組の勝敗が決まる。
上位五名の生徒には五回の魔法実技授業の免除が認められる。
つまり、魔法実技の授業を望んだ時に最高五回まで受けなくても、受けた扱いにしてもらえるのだ。
たとえば既に習得済みの魔法を学ぶ時、または用事でどうしても出席出来ない時に、これを使うと補習を受けなくて良くなるのだ。
ちなみに一位、二位、同率三位の二名、そして四回戦まで勝ち残った二名には得点が与えられる。
一位なら四点、二位なら三点、三位なら二点、四回戦まで残った二名に一点。
これが三年間で六点以上獲得すると宮廷魔法士団に入る資格を確実に得られ、四点以上だと入団のお声がかかる仕組みらしい。
そして一位と二位は翌年も十位以内に残っていれば五回戦まで観客側でゆっくり出来る権利が与えられる。
「お兄様とロイド様は去年と一昨年は何位でした?」
試しに訊いてみる。
「去年も一昨年も一位だな」
「私は一年の時は三位で、二年の時は二位だったよ。一年の時の対抗祭は当時の三年生に負けてしまったんだ。それが悔しくて二年の対抗祭までに魔法について凄く勉強したよ」
一年の時はお兄様が一位、三年生が二位、ロイド様が三位。
二年の時はお兄様が一位、ロイド様が二位。
「だから今年はお二人は五回戦までお休みなんですね」
「そういうことだ」
一年からお兄様が不動の一位なのが凄い。
きっとお兄様が一年生の時にも、優秀な二年生や三年生の先輩達がいたはずだ。
その人達と競い、勝ち上がったのだろう。
思わず二人を尊敬の眼差しで見る。
この対抗祭は以前にも触れたが魔法技術を競うものだ。
闘技場を半分に区分けし、そこにそれぞれ同数の的が立てられ、対戦者同士は少し高い位置に立つ。
そして魔法で自分の的を守りつつ、相手の的を破壊しなければならない。
制限時間はたったの十分。
その間に相手の的を多く破壊、もしくは全壊させた方の勝ちだ。
つまり、お兄様もロイド様も、最低でも二つ以上の魔法を駆使出来る猛者達の中から勝ち残った二名ということだ。
魔法を同時に扱うには繊細な魔力制御が必要だろう。
きちんと魔力を制御し切れないと魔法の効果が消えてしまうため、並大抵の集中力では行えない。
けれどもさすが上位十名である。
見ていると、どの生徒も当たり前に魔法を二つ以上駆使して互いの的を壊しつつ自分の的を守っている。
「……凄いですね」
魔法を使えない自分からしたら驚くべき光景だ。
「そうか? 貴族は大抵子供の頃から魔法を習うから、殆どの者は最低でも二つの魔法を同時展開出来るぞ?」
「そうだね、よほど魔力量が少ないか魔法の才がない限りは複数展開は出来ると思うよ」
……それは知らなかった。
基本的に魔法実技では一つずつ魔法を習う。
だからてっきり魔法を複数展開出来る人は限られているとばかり考えていた。
……でもそうだよね、一つしか魔法を展開出来なかったら実用的じゃない。
一日かけて一回戦が行われる。
二日目は二回戦、三日目は三回戦と四回戦、四日目は五回戦と決勝戦。
三日目からは日に二回対戦することになる。
それも考えながら戦わなければならない。
五日目以降は剣武会らしい。
そして何回目かの一回戦。
お義姉様と他の生徒との戦いの番だ。
お義姉様が配置に着くと歓声が一層大きくなる。
「さて、去年からどれだけ腕を上げたか……」
お兄様が言う。
「お義姉様は去年はどこまで勝ち進みました?」
「四回戦までは健闘した。去年いた三年生に結界魔法が非常に上手い者がいてな、私もロイドもあの先輩には手こずった」
「出来れば二度は戦いたくない相手だったね」
「ああ、全くだ」
よほど結界魔法が得意な先輩だったのだろう。
お兄様もロイド様も珍しくげんなりした顔をしていた。
お義姉様と対戦相手が配置に着くと、二分された闘技場にそれぞれ同数の的が出現する。
これまでを見るに、あの的は修復の魔法がかかっているものだ。
ただし自動ではなくて、対戦が終わる度に、教師が魔法を発動させて的を修復させているようだ。
互いの陣地に的は十三ある。
お義姉様の立っている方向から相手に向かって、的の数が一、三、四、五と立ち、全部で十三の的を守りながら、相手の陣地の十三の的を攻撃する。
的が立ち、審判の教師がそれぞれを見る。
そしてお義姉様と対戦相手が頷いた。
その後、審判の教師が笛を吹いた。
ピィーッという高く鋭い音にお姉様と対戦相手がほぼ同時に詠唱を口にする。
どちらもかなり詠唱が早い。
だが魔法の展開はお義姉様の方が早かった。
お義姉様の陣地に淡い緑色の幕が張る。
あれは恐らく結界魔法だ。
しかし、それを把握した瞬間に眩しい光が辺りを照らし出す。
あまりの眩しさに思わず目を閉じてしまった。
そして次に目を開けた時には、対戦相手の的は全て燃え上がっていた。
試合終了の笛が鳴る。
「初戦から目眩しか。考えたな」
「去年の力技はやめたみたいだね」
わたしはまだチカチカする目を瞬かせながらも、段々と状況が把握出来てきた。
お義姉様はまず、最初の詠唱で結界魔法を展開し、続けざまに光魔法の基本である光球を生み出す魔法・ライトを一瞬だけ魔力量を増やして発動させた。
ライトをフラッシュとして使用したのだ。
そして相手が目が眩んでいる間に、更に火魔法を用いて的を全て燃やしたのである。
「ルル、お義姉様、何の魔法使ってた?」
こっそり問うと教えてくれた。
「ファイアウォールでしたよ」
「え、ファイアウォールってあの?」
「ええ、ライトで相手の目を眩ませ、魔力制御が乱れた隙に、縦ではなく横向きに、相手の陣地を上から覆うように魔法を展開させて一撃で全ての的を燃やしました」
……おお、瞬殺……。
対戦相手の生徒ががっくりと肩を落とす。
一分どころか、数秒で勝敗が決した。
これだけでもお義姉様の実力が窺える。
結界魔法以外はどちらもそこまで難しい魔法ではなく、三年生ならば前期でファイアウォールは習う。
お義姉様は既に習得済みだったようだが。
お義姉様は縦ロールを軽く払い、颯爽とお立ち台のような場所から降りていく。
「前回もこんな感じでした?」
お兄様に問う。
「ああ、まあ前回はそれなりに高威力の魔法で力技って感じだったがな。やはり試合にかける時間は短かった」
「公爵令嬢となれば魔力量もかなりあるだろうからね。ある程度は力技で通用していたけど、三回戦辺りからは苦戦してたよ」
「去年、一昨年といい、先輩達は技術面で優れた者が多かったし、エカチェリーナも力に頼りすぎたのが敗因だと理解していたのだろう」
対戦者二人が台から降りると、教師達が壊れた的を修復していく。
その間に別の生徒達が台へ上がっている。
戦いが拮抗することもあるけれど、やはり一年から三年の上位十名のうち二十八名となると、一個人の実力はそれぞれ結構差があるらしい。
一回戦は思いの外スムーズに流れていく。
戦い方も人ぞれぞれで、お義姉様のように一撃で破壊しようとする者もいれば、的を一つずつ着実に壊していく者もいる。
実力が拮抗すると見ものである。
その場合は魔力量と魔力制御の上手さが物を言う。
中には相手が魔力を使いすぎて疲弊するまで防戦一方の者もいた。
そうこうしているうちに、今度はミランダ様の番が訪れた。
台へ上がり、準備が整うと笛が鳴る。
ミランダ様と対戦者が詠唱を口にする。
ほぼ同時に両者の陣地に結界魔法が展開し、ミランダ様の陣地にトルネードが吹き荒れる。
だが結界魔法に阻まれて的を破壊するまではいかない。
そしてミランダ様は相手の陣地へ盛大に水魔法で巨大なウォーターボールをいくつも投げつけている。
そちらも結界魔法に阻まれて的には当たらない。
「ウォーターボール?」
「何で初級魔法なんて……」
ざわ、と観客の生徒達がざわめく。
このまま戦いが拮抗するかと思いかけた時、ミランダ様が別の魔法の詠唱を口にし、対戦相手へ手を翳す。
すると対戦相手の陣地の地面が波打ち、泥状になって、立っていた的がバタバタと倒れていった。
残った的も傾いている。
慌てて対戦相手が魔法を使おうとするが、そのせいか結界魔法の色味が薄くなる。
それを見逃さなかったミランダ様が土魔法でランスを複数生み出すと容赦なく打ち込んでいく。
魔力制御の乱れた結界魔法は複数の土の槍に耐え切れずに砕け、槍が傾いた的を的確に破壊していった。
試合終了を告げる笛が響き渡る。
「足元を崩して的を倒すなんて面白いですね」
最初のウォーターボールは地面に水を撒くためのものだったのだろう。
結界魔法は防ぐものが魔法だったり物理だったりと違い、この対抗祭では殆どの者が魔法や物理を防ぐための結界魔法を使用しているだろう。
だが頭上を守るのに集中しすぎて足元が疎かになっている。
そこをミランダ様は狙ったのだ。
当のミランダ様は扇子を広げてうふふと楽しげに笑っている。
お義姉様もミランダ様も面白い戦い方で一回戦を無事勝ち抜いていった。
「足元を泥状態にするって、これが対人戦だったらかなりミランダの相手は苦戦するだろうね」
ロイド様が言う。
足元が泥で動き難く、近付くだけでも苦労する。
しかし離れた場所から魔法を放っても、ミランダ様の強固な結界魔法に阻まれて傷付けることは叶わない。
……ミランダ様、魔力制御が凄く上手いんだよね。
魔法実技の授業でもすぐに魔法を習得してしまえるし、魔法の効果を持続させるのが得意なのだ。
他の魔法を駆使していても、結界魔法には揺らぎ一つないのだから驚きだ。
「ミランダ嬢は年々強くなってるな。それにしても今回はあまり派手な魔法を使う者はいないようだが」
「そういえばそうだね」
二人の言葉に首を傾げてしまう。
「そんなに去年や一昨年は派手だったんですか?」
それはそれで見てみたい気もする。
「対抗祭は自分の力を誇示出来る場所でもあるからな。派手で威力のある魔法を使う者が前回までは多かった」
「今回もそういう者もいますが、エカチェリーナ様といいミランダといい、あえて誰にでも使える魔法を駆使している辺りが面白いですね」
「まさしく技術で勝負といったところか」
でもお義姉様もミランダ様も派手さはないけれど、目立つ戦い方ではあった。
お義姉様のライトをフラッシュにする使い方も。
水を含ませた地面を練って泥にしたミランダ様も。
……うーん。
「技術戦ですけれど、相手の魔力制御をいかに乱すかが戦いの要なように思えます」
お兄様が振り向いた。
「ああ、そこが重要だ。結界魔法は誰でも習うし、誰でも使える。しかし力技で崩すにはかなりの魔力が必要だ。魔力を消費するよりも、相手の魔力制御を乱して魔法が不安定なところを叩いた方が効率が良い」
「そこに気付けて偉いぞ」とお兄様に頭を撫でられる。
褒められてちょっと嬉しい。
ちなみにアンリは防戦一方の戦い方で気の弱い彼らしい戦い方で、フィオラ様は意外にも土魔法で生み出した礫を風魔法で弾丸のように結界魔法へ叩きつけて貫通させるという力技の戦い方だった。
淑女然としたフィオラ様の放つ、高速の礫弾丸はまるで隕石のように降り注ぎ、その容赦のなさには少しばかり対戦相手に同情した。
たとえ台に魔道具が備えてあって魔法を防いでくれると分かっていても、自分に向かって大量の礫が物凄い速度で降ってきたら怖いだろう。
そんなこんなで初日の対抗祭は終了した。
お義姉様、ミランダ様、そしてアンリとフィオラ様も一回戦突破である。
さすが、という他ない。
「フィオラ嬢のあれはちょっと受けたくないね……」
ロイド様の言葉にお兄様が無言で頷いていた。




