お土産とお茶会と
旅から戻って五日後。
わたしはその間にクリューガー公爵家の人々へ手紙を書いて送った。
エカチェリーナ様には街での案内についてのお礼を、ルイジェルノ様にはお城を見せてくれたお礼を、エルネティア様には宿泊とその間の心遣いについてのお礼を綴った手紙である。
一応クリューガー公爵にも夫人達にお世話になったこととお礼を伝える手紙を書いた。
全員、すぐに返事をくれた。
エカチェリーナ様は返事を書いてすぐに発つそうなので、今日までにはもう戻ってきているだろう。
ルイジェルノ様とは手紙が入れ違いになった。
どうやらわたし達が出立した翌日には手紙をくれたようだ。
夫人と公爵はまたいつでも公爵領を訪れてください、といった感じの内容だった。
他にもミランダ様とハーシア様、ロイド様にも手紙を送った。
ミランダ様とハーシア様にはお茶会のお誘いだ。
ロイド様にはお土産を添えておいた。
お兄様と色違いで同じ意匠のマントの留め具を選んだのだけれど、とても喜んでくれたようで、こちらもすぐに手紙が届いた。
お兄様にも手紙が届いたらしく「凄く喜んでいたぞ」と教えてくれた。
ロイド様は友人として、仕えるべき者として、お兄様が大好きなので基本的にお兄様と似た物を選べば外れないと思う。
そうして今日、わたしの宮にエカチェリーナ様、ハーシア様、ミランダ様を招待したのである。
お兄様以外を宮に呼ぶのは初めてだ。
突然決めてしまって宮の使用人達には無理をさせてしまったので、その分、特別手当をお父様にお願いしておいた。
四人だけと言っても王女のお茶会となればそれなりに準備が要る。
余計な仕事を増やしてしまう以上はきちんとその分のお給金は出すべきだ。
本日のお茶会の場所は庭園にある東屋だ。
風の通りがよく、東屋のおかげで日陰なので、夏でも快適に過ごせる場所で、わたしのお気に入りの場所でもある。
主催者なので先にいて到着を待つ。
斜め後ろに立つルルは静かにしている。
まず最初に訪れたのはミランダ様だった。
「王女殿下にご挨拶申し上げます。本日はお招きいただき、ありがとう存じます」
「御機嫌ようミランダ様、よくお越しくださいました。さあ、おかけになってください」
「はい、失礼いたします」
ミランダ様が椅子に腰掛ける。
ルルが紅茶を淹れて、ミランダ様の手元に置く。
それにミランダ様が口をつける。
一息吐いて落ち着いたところで声をかける。
「先日クリューガー公爵領へ出掛けて参りました。そのお土産をお渡ししますね」
控えていたリニアさんがお土産を持ってくる。
ミランダ様の表情がパッと明るくなる。
「まあ、中を拝見してもよろしいでしょうか?」
「ええ、どうぞ」
ルルから箱を受け取ったミランダ様は、それを膝の上に置き、丁寧にリボンを解く。
それから箱をそっと開けた。
中に収められていた物をそっと手に取った。
「これはブローチでしょうか?」
花を模した金の型に、緑のリボンと翡翠の宝石が使われている。
「ええ、ブローチにも髪飾りにも使えます」
金は婚約者であるロイド様の瞳の色で、緑はミランダ様の瞳の色をイメージして購入した。
華やかでありながらも男性でも女性でも使えそうな物をあえて選んだのには理由がある。
女性騎士になりたいと思っているミランダ様。
彼女が騎士としても、何れロイド様の妻としても、どちらの時でも使用出来る物にしたのだ。
騎士の時には普段は飾りなんて必要ないだろうが、夜会などの華やかな場に出るとなれば多少飾りがあっても良いと思ったのだ。
それにロイド様とミランダ様は婚約者同士で仲が良い。
けれども今まで見てきた中で、二人は互いの色を身につけたことがない。
だから後押しをしてあげたいと思った。
ミランダ様もロイド様も互いを好意的に感じているのは見ていれば分かる。
ただ、あと一歩が近付けないという風なのだ。
ミランダ様がこれをつけてくれたら、ロイド様も嬉しいだろうし、周りから見ても二人の仲が良いと分かる。
もしオリヴィエがロイド様に近付いても、二人が既に親しい関係にあると周囲が理解しているので変な噂も立たないだろう。
「ありがとうございます、大切に使わせていただきます」
ミランダ様が大事そうに箱に戻すとリボンを結び直した。
……うーん、ミランダ様もしかして分かってない?
その反応からして王女からもらった物という認識だけな気がする。
「そちらはミランダ様とロイド様の瞳のお色なんです」
「え? ……あ」
わたしの言葉に気付いたのかミランダ様の頬がほんのり赤くなる。
「余計なことかもしれませんが、もしミランダ様がロイド様のことを少なからず想っていらっしゃるのであればそちらをお使いください」
ミランダ様が僅かに視線を彷徨わせ、そして、頬を赤らめたまま小さく頷いた。
きっと、ミランダ様は使ってくれるだろう。
互いに微笑み合っていると次の招待客が訪れた。
「王女殿下にご挨拶申し上げます」
ハーシア様だった。
おっとりしたハーシア様が挨拶をする。
「御機嫌よう、ハーシア様。ご足労いただきありがとうございます」
「いいえ、こんなに美しい宮へお招きいただき光栄ですわ」
「そう言っていただけて嬉しいです。どうぞおかけください」
「ええ、失礼させていただきます」
ハーシア様も席に着く。
そこでルルが箱を持って来る。
「先日クリューガー公爵領へ出掛けましたので、そのお土産をどうぞ。大したものではありませんが」
「あらまあ、いただいてよろしいんですの?」
「ええ、是非お持ちください」
ハーシア様は箱を受け取ると、連れて来た侍女へそれを渡した。
どうやらハーシア様はお楽しみは後で取っておくタイプらしく、楽しそうに侍女の抱える箱を眺めている。
ちなみにハーシア様には婚約者のリシャール先生の分と合わせて、金属製の栞と布製のブックカバーである。
ハーシア様は実は結構な読書家らしい。
そして恐らくリシャール先生もそうだろう。
だから栞とブックカバーなのだ。
最後にエカチェリーナ様が訪れる。
「王女殿下にご挨拶申し上げます」
礼を執り、笑顔を向けられる。
それにわたしも微笑み返す。
「数日ぶりですね、エカチェリーナ様。お疲れのところを来てくださり、ありがとうございます」
「いえ、一日休みましたので大丈夫ですわ」
手で椅子を進めればエカチェリーナ様が座る。
エカチェリーナ様には王家で愛飲されている特別な紅茶の茶葉を帰りに渡す予定である。
これで全員が揃った。
「何だかこうして四人でテーブルを囲むのは久しぶりですわね」
エカチェリーナ様の言葉にハーシア様が頬に手を当てて、残念そうに肩を下げた。
「私だけ仲間外れですものね」
この四人の中でハーシア様だけは学院を既に卒業してしまっている。
そのため、どうしてもハーシア様と顔を合わせる機会は少なく、他の二人とは学院で会うので回数が増える。
「夜会や他のお茶会ではのんびりとお喋りをするわけには参りませんもの、仕方ないとは分かっておりますけれど、やはり少し悔しいですわ」
はあ、と溜め息をこぼしたハーシア様に全員が苦笑してしまう。
「そういえば学院と言いますと……」
ミランダ様が声を落とす。
思わず全員がやや前のめりになった。
「かの男爵令嬢はどうやらそろそろボロが出てきているようですわ。悪評が改善しつつありましたけれど、夏期休暇に入って以降は荒れているのか、良い噂が消えつつあります」
……そうなんだ?
「頑張っていらしたのは知っていますが何かあったのでしょうか?」
ミランダ様の目が光る。
「かの男爵令嬢はリュシエンヌ様の悪評を流して体面を傷付けようとなさったようですが、逆にご自分の評価を落としただけではなく、それを見た他のご令嬢やご夫人方が何人か離れていったそうなのです」
「まあ、もしかして味方が減ったことと企みが上手くいかなくて苛立っていらっしゃるのね?」
「ええ、稚拙で愚かな企みですわ」
男爵令嬢が王女の評判を落とすようなことを口にしていれば、当然、周囲から人が離れていく。
今はわたしが見逃しているけれども、もしもわたしが不敬だと言えば男爵家程度の家はあっという間に消えてしまうだろう。
オリヴィエはルルを狙っている。
オーリの存在がなければわたしとて容赦しなかった。
現在はあえて泳がせているだけだ。
「リュシエンヌ様、そろそろあの方に身の程というものを理解させて差し上げるべきではございませんか?」
ミランダ様が不愉快そうな顔で言う。
わたしはそれに困ってしまった。
「それで行いを改めるのであれば最初からそのようなことはなさらないと思います」
下手に注意をしたり近付いたりしたら、オリヴィエは恐らく「ほら、やっぱり虐められた!」と誇張して被害者ぶるのは目に見えている。
それにやられたからと言ってわたしまで同じ程度にまで落ちる必要はない。
何が嘘で何が本当かは周囲も分かっているはずだ。
むしろ下手に騒ぎ立てると「本当に虐めていたのでは?」と疑う人も出てくるかもしれない。
だから関わらずにいた方が良いのだ。
わたしがオリヴィエと関わっていなければ、そもそも虐めなど起こるはずもない。
オリヴィエの言葉が嘘だということになる。
それを説明して苦笑する。
「関わらない方が一番なんです」
「それは。そうかもしれませんが……」
ミランダ様が眉を下げた。
「リュシエンヌ様は好き放題にされてもよろしいのですか?」
ハーシア様が言い、ミランダ様が頷く。
わたしは持っていたティーカップを置いた。
「王女が男爵令嬢を潰すのは簡単でしょう。ですが、旧王家の血を濃く引くわたしには寛容さが求められているのです」
わたしがちょっとしたことで誰かに重い罰を与えれば、人々は旧王家の行いを思い出すだろう。
たとえそれが法に則ったものだとしても。
現状まだ被害を受けていないので、ここでオリヴィエを罰して「やりすぎだ」と言われた時に面倒なことになる。
「もし彼女を裁くのであれば、もっと明確に王女へ敵意のある行動を起こした時でなければなりません」
その時はオリヴィエを罰することになるだろう。
ただ、そうなればオーリが可哀想ではある。
「何れは罰を与えると?」
「ええ、このまま悪化するようでしたら仕方がありません」
ハーシア様の言葉に頷く。
わたしとてただ黙っているわけではない。
オリヴィエの行動が見過ごせなくなれば重い腰を上げることになる。
出来ればそうなる前にオーリが体の主導権を取り返してくれたらと思うけれど、難しいかもしれない。
「その際はさすがに見逃すことが出来ませんが」
酷くなった場合にはオリヴィエの方の記憶を封じるしかない。
そのためにも早く魔法を完成させなければ。
「リュシエンヌ様のお優しさは美点ではありますが、いざとなったらそのお優しさは捨てるべきですわ」
エカチェリーナ様が言った。
「男爵令嬢は王家に対して忠誠心があるとは思えません。時には貴族のそれを戒めるのも王族の務めでしょう」
「……そうですね」
「もし男爵令嬢の行いが目に余るようでしたら、わたくしも黙ってはおりませんわ」
エカチェリーナ様が扇子を開いて顔を隠す。
けれど、その眦はつり上がっている。
どうやら既にかなりのご立腹らしい。
「出来ればその時には一言声をかけていただけたら嬉しいです」
「……止めませんの?」
「エカチェリーナ様が看過できないということは、恐らく、他の方々から見ても酷い状況なのでしょう。貴族同士であれば周りもそううるさく言う方はいないと思います」
わたしよりもエカチェリーナ様の方が貴族の間でも影響力があり、あれこれと言われ難いだろう。
ただ問題があるとすれば男爵令嬢が「王女の取り巻きに虐められた」と更に話が拗れることだ。
わたし達は友人同士であるが、原作では、リュシエンヌの周りには貴族の子息令嬢が何人か取り巻きとなっていた。
その取り巻き達も原作ではヒロインちゃんを虐めていたのだ。
原作通りに進ませようと言い出す可能性は高い。
「あくまでも注意喚起に留めていただければ。あまりやり過ぎると大騒ぎされてしまいますから」
「ええ、心得ております。まずは男爵令嬢の周囲にいる者からそれとなく伝えてみますわ」
その後はオリヴィエの話はやめて、ミランダ様とハーシア様にクリューガー公爵領でのことをのんびりと話しながらお茶会をした。
ミランダ様もハーシア様も羨ましがっていた。
でもそれはわたしではなく、わたしと過ごしたエカチェリーナ様に対してだったのは少しおかしかった。
ミランダ様もハーシア様もエカチェリーナ様と仲が良いはずなのに。
わたしと一緒にいてもルルとイチャイチャしてるだけだから、あまり面白くないと思うのだけれど。
エカチェリーナ様はどこか自慢げだった。




