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最終日

 







 五日目、最終日になってしまった。


 ウィルビリアに来てからあっという間に時間が過ぎてしまい、長いと思っていた旅行ももうあと少しである。


 今日はエカチェリーナ様お勧めの場所に案内してもらうことになった。


 馬車に乗ってお城を出て、街中をゆっくりと進んでいく。




「もう明日には帰ってしまわれるのですね」




 エカチェリーナ様も残念そうな顔をする。




「数日なんて早いものですね」


「そうですわね……」


「でもエカチェリーナ様も王都へ戻って来られるのでしょう? その時は招待状を送りますので、また一緒にお茶をしましょう。今度はミランダ様とハーシア様と四人で」




 エカチェリーナ様の表情が明るくなる。




「ええ、わたくしだけリュシエンヌ様と過ごしてばかりいたら、あの二人に恨まれてしまいますものね」




 ふふ、と二人で笑い合う。


 そして馬車が停まった。


 馬車を降りた先には大きな建物があった。


 建物の前では呼び込みの声をかけている人やお客だろう人などがいる。




「劇場、ですか?」


「はい、リュシエンヌ様は劇をご覧になったことがないと以前仰っていましたので」




 わたしは実は観劇をしたことがない。


 ずっと前のお茶会で何気なく呟いたことを、エカチェリーナ様はきちんと覚えていてくださったのだ。




「ウィルビリアでしたら他の貴族も少ないですし、ゆっくりご鑑賞出来ると思いますの」




 そして顔を寄せられて「ニコルソン男爵とお楽しみくださいませ」と言った。


 それはどういう意味かと疑問に思ったが、すぐに意味を理解した。


 劇場で案内されたのは上階の個室のようになった席だった。


 エカチェリーナ様は別の席にいるらしい。


 薄暗い空間にルルと並んで座る。


 騎士達はいるけれど、彼らは用がなければ決して言葉を発しないし、存在も極力消している。




「ルルは劇って観たことある?」


「いやぁ、オレもないよぉ」




 小声で訊けば、小声で返される。




「じゃあお互い初めてなんだね」


「そうだねぇ」


「ちょっとドキドキする。どんな話なのかなぁ」


「演劇だし恋愛だと思うよぉ」




 やはりそこは恋愛劇なのだろうか。


 こそこそとルルと話しているうちに、舞台に男性が上がってきて挨拶をした。


 劇場の主人らしく、今から行われる演劇について語ると一礼して去っていった。


 これから観る劇は騎士と町娘の恋愛らしい。


 劇場の主人の言葉では、この劇場で昔から演じられているなかなかに古いものだそうだ。


 舞台の明かりが落ち、そして幕が開けた。









* * * * *









 観劇の感想は感動したの一言に尽きる。


 普段はあまり読まないけれど、別に物語が嫌いというわけではなかったので、のめり込むのは早かったと思う。


 俳優達の演じる物語にドキドキしたり、ハラハラしたり、時には涙ぐんでしまったり。


 昔から演じられているというだけあって面白かった。


 物語は騎士が町娘を悪漢から助けるというありきたりな出来事から始まり、二人が少しずつ心を通わせていく内容で、恋愛ものではよくあるお話なのだろう。


 でも、だからこそ物語の先が分かって安心して観ていられるし、分かっていても感動した。


 俳優達は演じているというより、もはや本当に目の前でその出来事が起こっているのではないかと錯覚してしまいそうなくらいに劇も上手かった。


 観終えた後にエカチェリーナ様に「どうでしたか?」と訊かれて、迷わず「とても素敵でした!」と即答したほどだ。


 ただルルはあまり興味が湧かなかったらしい。


 小首を傾げて「う〜ん、よく分かんないなぁ」とこぼしていた。


 ルルには劇中の登場人物達の心理描写が理解出来なかったようで、イマイチだったみたいだ。


 その後はまた馬車に乗って移動する。


 今度はオシャレなカフェだった。




「こちらは貸し切りですのでごゆっくりどうぞ」




 エカチェリーナ様が良い笑顔で言った。


 白に淡い水色を基調としたカフェは可愛らしい。


 女性向けなのか、ヌイグルミが置いてあったり、ピンクや黄色などの可愛らしい色の花が飾られていたり、白い椅子や丸テーブルは植物をモチーフにした彫刻もある。


 エカチェリーナ様は離れた、別の席に向かった。


 わたし達は窓際の景色の良い場所に腰掛けた。


 窓からは通りの景色が見下ろせる。




「何食べる〜?」




 ルルの問いにメニュー表を見る。


 甘いものが沢山書かれていた。




「うーん、軽食がいいなあ」




 劇を観て、今はお昼前だ。


 何も言われなかったということは、ここで昼食も摂っていいということだろう。


 でもあまり沢山食べると眠くなってしまいそうだ。




「じゃあティータイムセットを注文して二人で食べよっかぁ? 足りなかったら追加すればいいしぃ」




 ルルが示したメニューは数人向けのものだ。


 ケーキスタンドに二、三人分の軽食が盛られているようで、これならば食べやすいかもしれない。


 ルルが手を上げると店員がやって来て注文を受け、一礼すると静かに下がっていく。


 それを見送ってからルルに声をかける。




「ルルはさっきの劇、つまらなかった?」




 素直にルルが頷いた。




「そうだねぇ、ああいうのは何かぁ、薄っぺらい感じがするんだよねぇ。人間らしくないって言うかぁ」


「人間らしくない?」




 どういう意味かと問い返せばルルが小首を傾げる。




「ん〜、オレは職業柄色んな人間を見てるけどぉ、結構人間って欲深くて汚いことでも平然とするしぃ、あんな劇みたいにみんなの理想ですって感じのお綺麗な恋愛もそうそうないと思うんだよねぇ」


「そうかな?」


「オレの意見だけどねぇ。あんまりお綺麗な人間ってのはどっかおかしいんだよぉ。普通の人間なら当たり前に考えることが分からないって言うかぁ。だからあの劇もあんまり共感出来なかったなぁ」




 何となくルルの言いたいことも分かる気がする。


 要は自分と違い過ぎる人だと、考えていることや思っていることが理解出来なくて、感情移入し難いということだろう。


 わたしは物語だからと割り切って観ていたので、多少引っかかる部分があったとしても流していた。


 でもルルから見れば引っかかる点が多過ぎて、内容や登場人物について楽しめかなかったのかもしれない。




「まあ、物語だからってのは分かってるけどさぁ」




 ルルがそこで言葉を切った。


 店員が来て、飲み物を置いて戻っていく。




「途中で主人公の友達が死ぬ場面あったでしょ? オレからしたら『何でそれくらいの傷で死ぬの?』って思ったしぃ、事故とは言っても友人を殺した相手を許しちゃう主人公もどうなんだろうって感じぃ」


「あー、それはわたしも引っかかった。治癒魔法かければ助かるんじゃないのかなって思ったよ」




 物語ではヒーローが悪役と戦う最中、主人公と友人が巻き込まれ、悪役が咄嗟に友人を盾にしたことで、ヒーローの剣が友人に刺さって死んでしまう。


 ヒーローはそれに苦悩するが、主人公がそれを許し、慰めることで二人の仲がより深まるという内容だった。


 ……友人がちょっと不憫なんだよね。


 主人公に助けを求められてついていった先で、悪役に盾にされた挙句、ヒーローに刺されて死んで。


 個人的には友人の方が主人公より好きだ。




「でもああいうご都合主義の物語の方が一般的には好まれてるんだろうね」




 主人公とヒーローのための物語。


 まるでヒカキミの原作みたい。




「オレは悪役の方が好きだったなぁ」


「ああ、主人公の生き別れたお兄さんだった?」


「そぉ、実の兄だけどぉ、主人公が好きだったあの悪役は理解出来たよぉ」




 主人公と生き別れた兄。


 両親を亡くした後に別々の家に引き取られ、悪の組織に入ってしまったが、それも引き取られた家での酷い扱い故に逃げるためだった。


 そして生き別れた妹を、たった一人の家族だけを想い続け、やがて再会した主人公に妹だと気付かず恋をしてしまう。


 その後、実の妹だと知っても想いは止められなかった。


 最後には悪の限りを尽くして、ヒーローに討たれてしまう。




「あっちの方が人間味があって良かったなぁ」




 ルルの言葉に頷き返す。


 わたしもヒーローより悪役の方が好きだった。


 ルルが注いでくれた紅茶を一口飲む。


 店員がまたやって来て、やや大きめのケーキスタンドと取り皿などをテーブルに置くと一礼して去っていった。


 上に一口大の小さなケーキ達。


 真ん中に温かなスコーン。


 下にサンドウィッチなどがある。


 他にもデザートなどが個別に何皿か置かれている。


 まずルルが一口ずつ全てに手をつける。




「うん、大丈夫だよぉ」




 それからルルがケーキスタンドの下のサンドウィッチを取り皿に盛って渡してくれる。


 ただ取り分けるだけなのに、わざわざ綺麗に盛ってくれるところにルルの気遣いが見えて嬉しい。


 サンドウィッチを一つかじる。


 ……!




「これ、フルーツサンド?」




 甘いクリームに果物の酸味とサッパリした甘みが広がって美味しい。




「ケーキみたいだよねぇ」


「そうだね、美味しい」




 わたしもルルも甘いものは結構好きだ。


 だから甘いサンドウィッチも全然違和感がない。


 でも甘いものだけじゃなくて、あえて野菜だけのものや卵を使ったもの、ローストした肉を使ったものもあって、飽きないようになっていた。


 それを食べ終えると今度はスコーンである。




「はい、あーん」




 ルルがジャムとクリームがついた一口分のスコーンを差し出してくる。


 それにぱくりとかじりつく。


 甘いクリームとジャムに、スコーンのほんのり温かくて香ばしい味がよく合う。


 唇についたクリームをルルが指先で拭い、ぺろりとそれを舐めた。


 それが少し気恥ずかしくて、わたしもスコーンにジャムとクリームをたっぷり塗ってルルに差し出した。


 ぱく、とルルがそれを食べる。


 わたしの手を掴んで、指についたジャムを舐め取られる。


 そのまま、手を引かれて唇が重なった。




「……甘いねぇ」




 ルルがおかしそうに笑った。




「恥ずかしいから人前でキスは禁止!」




 慌ててエカチェリーナ様の方を見れば、エカチェリーナ様が優雅にティータイムを楽しんでいる。


 店員は見える範囲にはいなかった。




「大丈夫だよぉ、誰も見てないからぁ」




 そう言ってルルが自分のスコーンにかじりつく。


 キス自体は全く嫌じゃないけれど、人に見られるのは恥ずかしい。


 リニアさんやメルティさんみたいな侍女達や、護衛の騎士達なら、まだ何とか大丈夫だろう。




「リュシエンヌのかわいい顔を誰かに見せたりしないよぉ」




 そう言って頭にキスされる。


 わたしは赤くなった顔を誤魔化すようにスコーンにかじりつく。


 それをルルが頬杖をついてニコニコ顔で見つめてくる。


 それが茶化されているみたいだった。




「ルル、意地悪禁止」


「リュシーがかわいいからついねぇ」




「ごめんねぇ」と頭を撫でられる。


 そんなことでわたしの機嫌はすぐに直ってしまう。


 ルルはわたしの扱いに慣れてると思う。




「ほらぁ、今度はケーキ食べよぉ?」




 差し出されたケーキにわたしはかじりつく。


 掌の上で転がされているみたいだけど、ルルにならそれも悪くないかな、なんて考えてしまう。


 きっと、それも見透かされているのだろう。


 その後もカフェでまったりと過ごした。


 カフェの後は本屋に行ったり、景色の良い場所に行ったり、エカチェリーナ様が色んな場所に連れて行ってくれた。


 どうしてこのような予定になったのか訊くと、エカチェリーナ様はこう言った。




「王都では気軽にデートも出来ないのではないかと思いましたの。本日はゆっくりニコルソン男爵とデートしていただきたかったのですわ」




 笑顔のエカチェリーナ様に感激のあまり抱き着いてしまい、エカチェリーナ様がそれはそれは嬉しそうにしてくれて、でもすぐにルルに引き剥がされてしまった。


 最終日にルルとの街デートをもらえるなんて。


 その日は夕方までルルとのデートを楽しんだのだった。


 ……素敵な思い出をありがとうございます、エカチェリーナ様。









 

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 「はい、リュシエンヌ様は劇をご覧になられたことがないと以前おっしゃられておりましたので」 今回は二ヶ所。 「ご覧になられた」 「ご覧になる」は「見る」の尊敬語、「なられる」は「なる」…
[一言] ルルの意地悪に愛情しかない件・・・。そして、演劇の内容が凄いですね。友人がヒーローに殺されたのをヒロインが許すという・・・。何で勝手に許してるんだろうと思ってしまいました。更新ありがとうござ…
[一言] 誰も見ていないスキを狙うルルが面白い。 外面ルルや牽制するルルも好きだけど、リュシーと一緒でご機嫌なルルが一番いいな。 エカチェリーナのおかげで、とても楽しい旅行(視察)でしたね。 お兄様…
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