武器屋
「らっしゃい!」
武器屋へ入ると快活な声がした。
壁には様々な剣や槍、ナイフ、それ以外にも見たことのない武器が所狭しと並んでいる。
……あ、あの棘のついた鉄球みたいなのは見たことがある。
武器から視線を外して声の主へ目を向ける。
「ようこそお越しくださいました! 王女殿下にお会い出来て光栄です! エカチェリーナ様もお久しぶりですなあ!」
成人男性にしては小柄だけれど、がっしりとした体格の中年男性だった。
剃っているらしく頭髪はなく、満面の笑みで出迎えてくれた。
「こんにちは、リュシエンヌ=ラ・ファイエットと申します。少しの間ですがよろしくお願いいたします」
「これはご丁寧にどうも! 店主のルグルムです! ええ、ええ、こんなところでよろしければ、いくらでもお好きなものをご覧ください!」
がはは、と笑う店主にエカチェリーナ様がこっそり「少々暑苦しい方ですが悪い方ではないのです」とフォローを入れてきて、まるで旅の一日目に泊まった町の再現みたいで少しおかしかった。
……エカチェリーナ様、お兄様と同じことをおっしゃってるわ。
けれどエカチェリーナ様がそうおっしゃられるのであれば、そうなのだろう。
エカチェリーナ様が店主に言う。
「もう少し声量を下げてくださいませ。いつも申し上げておりますが、あなたは少々声が大きいですわ」
「仕方ないでしょう、ここに来る奴はみんな気の強い奴らばっかりなんですから! ただでさえ背が低いってえのに、小声で話していたら下に見られて値切られるんでさあ!」
「せめてリュシエンヌ様とお話しする時くらいは控えなさい。あまり荒事とは関わりのない方なのですから」
「おっと、そりゃあそうだ!」
随分と親しげな様子に首を傾げる。
「お二人はお知り合いなのでしょうか?」
「ええ、こちらは我が家に武器を納めてくださっているお店の一つなのですわ。先ほどの工房で造った剣を、こちらのお店が我が家へ納入し、騎士達の手に渡るのです」
……だからさっきの工房でもエカチェリーナ様はどこか慣れた様子だったんだ。
「領主様に剣を納めさせていただけるなんて大変名誉なことです! 商人としてもありがたいことです! 領主様と取り引きしてるとなれば商人としても箔がつきますからな!」
あけすけな物言いだけれど嫌な気分にならないのは、裏表のなさそうな人だからか。
エカチェリーナ様も仕方ないなという風に苦笑している。
「まあ、私のことは置いておいて、好きなだけ見てってくださいよ! 分からないことがあれば何でも訊いてください! うちにある武器についてなら、何だって答えられますからね!」
ドン、と自分の胸を叩いて店主がニッと笑う。
そのお言葉に甘えて、店内を見て回ることにした。
まずは剣。剣と言っても色々種類がある。
一般的な両刃の剣でも長いのと短いのがある。それに日本刀のような片刃のものもあれば、先端部分だけ両刃で後は片刃というものもある。形も真っ直ぐな物、三日月のように反った物、僅かに反った日本刀に近い形の物、先の尖った物、刃の部分が幅広の物、蛇腹の物と様々だ。
みんな形状が違うのも面白い。
「剣の種類が多いですが、それぞれにどのような特徴があるのでしょうか?」
「まず使い方が違うんですよ!」
一般的な直剣とよばれる真っ直ぐな剣は最も使いやすい。切る、突く、叩く、薙ぎ払う、防ぐ、どの動きにもある程度使える。
先の尖った剣や細身の鋭い剣は突き攻撃に特化している。鎧の隙間へ刺突攻撃をするのに適した武器だ。ただ細身の物ほど折れやすいという欠点がある。
刀身が幅広の剣は大振りだが、それ故に相手を切り裂くことに長けており、場合によっては切断することすら可能で、大きいが力のある者ならば投擲も出来る。先の尖った物は突き技にも使える。
刀身が大きく反っている湾刀は武具をつけていない者との戦いに秀でている。しかし防具を身につけていても、その薄い刀身を隙間に走らせることで切りつけることも出来る。湾刀の外側で切りつけ、内側は鎌のように使い、鋭い先端で突き攻撃を行う。
蛇腹の剣は鞭のようにして使う。剣と言っても打ち合いや薙ぎ払いには使えず、刺突系の攻撃や受け流しに使用した方がいいらしい。ただ扱いが難しいのでこれを購入した人はまだ数人しかいないらしい。
「剣だけでも色々あって驚きました」
「使う人間の体格や腕力、俊敏さなどによって選ぶ剣は変わります! 剣を扱う人間の数だけあるようなものですな!」
「それは凄いですね」
こんなに種類があると迷ってしまいそうだが、そこは購入者と店主が話し合って、自分に合う武器を選ぶのだろう。
「試しにどれか持ってみますかっ?」
店主に問われて考える。
「では、わたしでも持てそうな剣を選んでいただけますか?」
「かしこまりました!」
店主は鼻歌でも歌い出しそうなくらい上機嫌だ。
沢山置かれている剣をザッと見て、迷いなく壁に飾られていた一本を取った。
「こちらはいかがでしょう? 儀礼用のもので刃はついておりません。多少装飾で重みはございますが、細身ですから王女殿下でもお持ちになれるかと!」
差し出されたそれをルルが受け取る。
シャリンと高い音を立てて剣が鞘から引き抜かれた。
その刃を確認すると、鞘へ戻し、ルルからわたしへ恭しく差し出される。
わたしはそれを両手で受け取った。
……見た目より重い。
持ち手が半月のようになった、サーベルみたいな剣だ。紅い鞘には金で縁取られている。持ち手は植物をモチーフにしており、鞘と同じ紅で統一されていた。
ルルの動きを真似て、鞘から剣身をゆっくり引き抜いた。
直剣の両刃だが確かに刃の部分が丸くなっており、物を切るのは難しいだろう。
……綺麗な剣だなあ。
鏡のような剣身に、繊細な植物のモチーフで飾られた持ち手と鞘。
細身の剣は美しいけれど、打ち合うには些か心許ないし、装飾が非常に多い。
儀礼用という意味がよく分かった。
しかしとても美しい剣だ。
「重いですね」
剣身を鞘へと戻す。
「この剣を購入したいのですが」
「どなたかへの贈り物でしょうか?」
「いえ、わたしが個人的に欲しいのです」
見目は良いけれど実用的ではない剣。
……まるでわたしみたい。
ルルへ剣を返す。
「美しい剣なので、部屋に飾りたいと思います」
儀礼用と言ってもわたしが剣を携える場面はない。
本当にただの観賞用である。
でもそれでいい。
観賞用だからこそ使われない剣。
ルルが店主へ剣を渡す。
「では後ほどお届けいたします!」
「お願いします。それと他の武器をもう少し見させていただいてもよろしいでしょうか?」
「もちろんですとも! 僭越ながら並んでいる武器についてご説明いたします!」
そうして店主は武器について語ってくれた。
バトルアックスと呼ばれる斧。刃の形状にもいくつか種類があるらしい。意外なことにバトルアックスは騎士達の武器の一つで、補助的なものなのだそうだ。
次に槍。槍もやはり先端の穂先の刃に種類があるそうだ。こちらは二種類で錐のような形と、剣身のような形とがあり、馬に乗った状態からの攻撃に向いている。剣と同じくらい、槍も騎士達の武器の一つだ。
それからメイス。棍棒の先端を金属で強化した武器だ。前世でよくあるものだと球体に棘がついたもの、いわゆる星形タイプのあれだ。メイスは鎧を着た敵を想定して造られた武器らしい。
他にも色々な武器を教えてくれた。
どうやら店主は武器が好きらしく、恐らく放っておいたらいつまででも語れるのではないだろうか。
粗方の武器を簡単に説明してもらったところで、店の隅に置いてある物に目がいった。
「あちらにあるのは何ですか?」
何やら革製品のような物が置かれている。
「ああ、あれは武器の携帯用ホルダーですね! 武器を扱う者は両手がいつでも使える状態でなければなりません! そのためにこういうものを使うのです!」
サッと取って来て見せてくれた。
かなりしっかりとした生地の革だ。
「こちらは帯剣用のホルダーです!」
剣を入れるホルダーに大きな輪がついている。
「これは肩にかけるものです。ただ肩かけタイプは剣が動くので、好まない人も多いです。駆け出しの冒険者などはそれを知らずに安い肩かけタイプを購入してしまうことが多いのです」
手に持っていたホルダーを元の位置へ戻す。
そして別のホルダーを手に取った。
そちらもホルダーに輪がついているが、輪の大きさはこちらの方が小さい。
「腰に吊るすタイプです。この方が剣がズレ難いため、好まれますね! 騎士の皆様もこのタイプをよくお使いになられます! 更にこういったものもございまして、こちらはより剣がズレ難くなっております!」
もう一つは輪が二重になっていて、下側の輪からホルダーへ革が一本繋がっており、それのおかげでホルダーがある程度固定されるようになっていた。
しかも小さいポーチがついている。
「こちらの方が使い勝手が良さそうですね」
「ええ、当店のホルダーの中では一番の人気商品でございます!」
ニコニコと店主が嬉しそうに言う。
そしてそれらを元の場所に戻し、また別のホルダーを取った。
「こちらは双剣用です! このように二箇所にホルダーがありまして、一本は前に、もう一本は後ろに差すことで、両手で同時に引き抜いても互いに障りがないようになっております!」
自分の腰に当てて見せてくれる。
「そういった方はいらっしゃるのですか?」
「はい、意外と多いですよ! 普段は長剣を使っていても、いざという時のために短剣も携帯しておきたいという方も購入されますので!」
「なるほど」
剣を二本持つ=二刀流である必要はない。
普段は長剣で戦うが、たとえば戦いの途中で剣が折れたり、欠けたり、弾かれた時のために、代わりの武器を用意しておくということだ。
戦いにたった一つの武器で出るのは確かに不安だ。
しかも見たところ、後ろのホルダーは短剣用なので、恐らくホルダーをつけても正面からは短剣が見えない、もしくは見え難いだろう。
対人戦での不意打ちにも使えそうだ。
ホルダーも色々な種類があって面白い。
「ナイフ用のはないのぉ?」
そこでルルが初めて言葉を発した。
店主は一瞬目を丸くし、それから頷いた。
「もちろんございます!」
「見せて〜。そろそろ新しいのが欲しかったんだよねぇ。もうかなり古いしぃ」
「ナイフ用ということでしたら、こちらはいかがでしょう?! 頑丈だけれど軽い革に、出来る限り多くのナイフが仕込んでおける構造になっております! 最近出たばかりなんですよ!」
店主がすぐに別のホルダーを持ってくる。
一つではなく複数だ。
小さな輪に二箇所ホルダーがあるタイプ、クロスした輪にいくつものホルダーがついたタイプ、腰につけるのだろう輪に横向きにホルダーがついたタイプと様々だ。
ルルはそれを見て、革に触って確かめる。
「いいねぇ、全部買うよぉ」
と、あっさり言った。
「ルルもホルダーを使うの? 魔法は?」
「魔法だと取り出すのに時間がかかるからねぇ。普段からこういうので武器は身につけてるんだよぉ」
「……気付かなかった」
ほら、とルルが上着の前を開けた。
するとそこには左右の肩にかけたホルダーがあり、小ぶりなナイフが何本か差してあった。
思わずまじまじと見てしまう。
店主が喜色混じりの声を上げた。
「おお! なんと! ナイフを主な武器として扱っている方にお会いしたのは初めてです!!」
「まあ、そういうのは普通は表に出てこないからねぇ」
……そういうのって、もしかして暗殺者のこと?
「随分と使い込まれておりますな! きちんと手入れもされていて、さぞかし長くお使いになられているのでしょう!」
「そうだねぇ、もう五年以上は使ってるかなぁ」
「先ほどの剣と共にお届けしますかっ?」
「あ〜、いや、ここで替えてくよぉ。今朝、革が一本切れちゃってさぁ、丁度良かったぁ」
ルルがそう言って、上着を脱いだ。
シャツの上から前と後ろでクロスした革に、細身のホルダーがいくつも連なっている。
ナイフ自身はかなり小さい。
刃渡りは十五センチもないだろう。
持ち手がかなり短い独特な造りをしており、それが前と後ろにそれぞれホルダーがあり、一つ一つのホルダーには留め具がついている。
そのおかげでホルダーが逆さについていてもナイフが落ちないようになっていた。
それを外すと新しいホルダーを装着し、古いホルダーから手慣れた様子でナイフを入れ替えていく。
あっという間にそれを終えるとルルが上着を着直し、今度はその場に屈み込んだ。
ブーツに手を伸ばすと、そこから細い輪のホルダーを二本ずつ、両足から外していった。
そこにもナイフが差してある。
……一体何本持ってるんだろう?
ルルがホルダーを交換している間、店主が目を輝かせてそれを眺めていた。
十年一緒にいたけれど、ルルがこうやって武器をわたしに見せたのは初めてかもしれない。
全て交換し終えるとルルが軽くその場で動作確認をするように体を動かした。
「いかがでしょうかっ? どこか気になる点はございますか?!」
「いいやぁ、ないよぉ。凄くいいねぇコレ」
「ありがとうございます!」
ルルが魔法で収納していた財布代わりの巾着を取り出し、それをそのまま店主へ放った。
店主はそれを受け取ると、中から金貨を一枚と銀貨を何枚か取り出し、ルルへ返した。
袋を一度投げたルルが「安いねぇ」と言う。
「良い物を適正な値段でお客様にご提供するのが、この店の売りですから!」
店主は今日一番の笑顔でそう言い切った。
ルルは「良い買い物が出来たよぉ」と機嫌が良さそうだった。
……わたしも一本くらい、ナイフをつけた方がいいのかなあ。
そう思ったが、多分ルルは「オレがいるんだから要らないよぉ」と言うだろう。
ドレスの内側とかにつけるタイプはちょっと憧れだったのだけれど、わたしの傍には護衛が常にいるため、使う機会は来ないと思う。
そんな感じで武器屋の見学は終わったのだった。




