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武器工房

 






 三日目の予定は宝飾市場だ。


 この日は午前中から出掛けることになった。


 エカチェリーナ様の取り計らいで午前中に剣を製作している工房を、午後に装飾品の工房を見学させてもらえるそうだ。


 昼食はウィルビリアでも大人気のレストランを予約してあるらしい。


 今日も動きやすいドレスに髪を纏めて上げている。


 侍女達は「もっと美しい装いを……」と言うけれど、ただでさえ袖が長くて首まで詰まっているドレスを着ているのに、更にフリルやレースがたっぷりあしらわれていたら暑くて堪らない。


 それにそういうドレスは動き難い。


 分かっているから侍女達もシンプルで上品なドレスを用意してくれているのだが、それでも、王女なのだからもう少しくらい着飾ってもと言いたいのだろう。


 でもわたしはあまり豪奢なドレスは着たくない。


 重たいし、動き難いし、風潮に合っていないし、何よりわたしは目立たない方が良いのだ。


 今日見学に行く工房には前もって事情が説明されているものの、街の人々全員がわたしのことを知っているわけではない。


 王女だからと妙にかしこまられても息苦しいし、わたしは普段の生活をしている人々が見たい。




「到着いたしましたわ」




 馬車が停まり、降りた場所はあまり人気のない場所だった。


 どうやら賑わっているお店の方は後で見るようで、先に工房の方を見学する予定のようだ。


 お城のように石造りで飾り気のない、頑丈そうな建物がひしめき合っている。




「今回は剣を造るところを見せていただけることになりましたの。リュシエンヌ様は剣に触ったことがございますか?」


「いいえ、ありません」


「では後ほどお店の方でいくつか見せていただきましょう」




 話しながらエカチェリーナ様と共に目の前の建物の扉へ向かう。


 エカチェリーナ様の侍女が扉をノッカーで叩く。


 すぐにガチャリと扉が開き、中から大柄の男性が姿を現した。


 訪問者であるわたし達を見ると胸に手を当てるだけの略式の礼を執った。




「ようこそお越しくださいました。工房長の息子のツェフリーと申します。父のアレグレットはただ今手を離せず、皆様には大変失礼をいたしまして……」




 慣れていないのか酷く緊張した様子である。


 その大柄な体格に似合わず気が小さいようだ。


 あまりにもぺこぺこと頭を下げるものだから、わたしは思わずそれを手で制してしまった。




「リュシエンヌ=ラ・ファイエットです。頭を上げてください。むしろ忙しい中、見学を許してくださりありがとうございます。それから話し難いようでしたら普段通りに喋ってくださっても大丈夫ですよ」




「え」と工房長の息子が目を丸くする。


 そしてエカチェリーナ様をチラと見た。


 エカチェリーナ様がそれに頷き返す。




「リュシエンヌ様がこのようにおっしゃっておられるのです。話しやすい言葉遣いで構いませんわ。それに、そんなにかしこまっていては説明も満足に出来ないでしょう」




 わたしがエカチェリーナ様の言葉に頷くと、ホッとしたような顔で工房長の息子が頭を掻いた。




「あ、ありがとうございます。実はこういうことはあまりしたことがなくって、丁寧な言葉遣いとか苦手で……」


「わたしは皆様の普段の様子を見たいので、是非、他の方々もいつも通りにしていただけたら嬉しいです」


「それは難しいと思います。王女殿下だし──……あ、すみませんっ」




 慌てて謝る工房長の息子にわたしはつい笑ってしまった。




「ふふ、構いませんよ。普段通りにと言ったのはわたしの方ですから」


「そ、そう言っていただけると助かりま──……」




 大柄な体躯の向こうから「いつまで突っ立ってんだ! 中に入ってもらえ!」と怒鳴り声がした。


 思わずわたしまでビクリと肩が跳ねた。


 エカチェリーナ様が「あの声は工房長ですわ」と教えてくれる。


 声の感じからして工房長がなかなかの職人気質なのが分かった。


 工房長の息子が恐縮した様子で背中を丸める。




「……父のところまでご案内します」




 そのしょんぼりした姿は少し可哀想だった。


 扉を開けて脇へ避けてくれたので、騎士、エカチェリーナ様、わたし、ルルの順に入る。


 ムワッとした熱気に包まれる。


 剣を作るために当然だがこの工房には炉があるはずだ。恐らくその熱気で室内が暑いのだろう。


 エカチェリーナ様の侍女は馬車で待機するらしい。


 工房自体があまり広い場所ではないので、あまり大人数で入ると、工房にも迷惑がかかってしまう。


 工房長の息子が扉を閉める。




「こちらです」




 入った部屋には既に出来上がった剣の刃の部分が並んでいた。


 これから柄の部分をつけるのだろう。


 騎士達が使う一般的な両刃の剣もあれば、まるで三日月のような形の物や、蛇腹になったような物など色々な種類があった。


 一口に剣と言っても多種多様な形だ。


 ……面白いなあ。


 蛇腹の剣なんて扱える人がいるのだろうか。


 通り過ぎながらそんなことを考える。


 案内されて奥へ向かうと更に空気の熱が増す。


 石造りの部屋にはあまり大きくはないが炉があり、そこに、やはり大柄な体躯が背を丸めるようにして炉の様子を眺めている。




「工房長で父のアレグレットです」




 工房長の息子が言った。


 なるほど、息子は外見は父親に似たのだろう。


 用意されていた椅子へ座らせてもらう。




「今ぁ目が離せねぇんだ」




 そう工房長に言われて頷いた。




「お気遣いなく。見学させていただいているのはわたしの方です。工房長様は普段通りにお仕事をなさってください」


「そいつぁ、ありがてぇ」




 言いながらも工房長は炉から目を離さない。


 離れた場所にいるわたし達でさえ暑いのだから、炉の前にいる工房長は暑いを通り越して熱いだろう。


 とても汗をかいている。


 それでも真剣な眼差しで炉を見つめている。


 不意に工房長が動いた。


 分厚い手袋をはめた手で炉から出ている棒を掴み、それを引っ張り出すと、足元に置かれていたものへその中身を流し入れる。


 熱く熱され、液体になった鋼が型へ流れ込む。


 ……へえ、剣ってこうやって造るんだ。


 前世の記憶では、日本刀は熱した玉鋼を何度も叩いて、何度も折り曲げて、作り上げられるものだったはずだ。


 こちらの剣は違うらしい。


 鋼を流し入れると、その型を水の入った縦長の器に沈める。


 ジュワワワワァッと型に触れた水が沸騰するように泡立ち、蒸気となる。


 そこでようやく工房長が振り向いた。




「すまねぇな、鋼は気難しくてよぉ。ちょっとでも目を離すと熱し過ぎちまうし、溶け具合が悪くても形成し難くてなあ」




 分厚い手袋をつけたまま工房長が言った。




「いいえ、謝罪は不要です。先ほども申し上げましたが、わたしはお仕事の間にお邪魔させていただいている身です。どうぞお仕事を優先なさってください」


「そうか……。まあ、その、なんだ、王女殿下には狭いし暑苦しいところだろうが、好きなだけ見ていってくれ」


「ありがとうございます。そうさせていただきます」




 頭を掻いた工房長は落ち着かない様子で頷き、溶けた鋼の様子を確認している。


 わたしは工房の中に置かれた椅子に腰掛け、エカチェリーナ様と並んで工房の中を眺める。


 あまり広くはない工房の中。


 鋳造した鋼の様子を確かめている工房長の他にも、何人かの職人がいた。


 もう一つの炉で鋼を熱しては打ち、叩いて、鋼を鍛えている者。


 刃をつけるために研ぎをしている者。


 冷えた型から剣を取り出している者。


 それぞれが、それぞれに、仕事を行なっていた。


 最初はわたし達のことを気にしていた風だったが、工房長がギロリと睨みを利かせると、彼らはそそくさと仕事に戻っていった。


 ちょっと申し訳ない。


 ……突然王女が来たら落ち着かないよね。




「うちの息子に気になったことは何でも訊いてくれや。こいつには色々と叩き込んでるからな」


「はい、分かりました」




「よろしくお願いしますね」と言えば工房長の息子が慌てた様子で何度も頷いた。


 それに父親である工房長がやや呆れ顔をしながらも、彼自身も己の仕事へ戻っていった。




「剣の製作についてお聞きしたいことがあるのですが、よろしいですか?」




 工房長の息子が頷いた。




「は、はい」


「お父君は溶かした鋼を型に流し入れておられますよね? そしてあちらでは鋼を叩いて伸ばしているようですが、どちらの製作の方がより一般的ですか?」


「叩いて伸ばす方が一般的です」




 工房長の息子の話によると、叩いて伸ばす製法を鍛造たんぞう、型に流し込む製法を鋳造ちゅうぞうというそうだ。


 他にも両方で製作したり、色々と製造方法はあるが、主に行われているのはこの二種類らしい。


 その二種類の中でも鍛造。


 つまり叩いて伸ばして成型する方法が多いということであった。




「魔法で剣は造れないのでしょうか?」




 魔法で鋼を弄って造れば簡単に量産出来そうだ。


 工房長の息子が首を振った。




「造れるには造れますけど、脆くなります。魔法で造った剣は一度か二度打ち合っただけで折れたり大きく欠けたりするんです」


「その理由は分かりますか?」


「いえ、それは分からないんです。申し訳ありません」




 それはまた面白い。


 鍛造や鋳造したものは強く、魔法で造ると脆い。


 ……一体何が足りないのだろうか?




「魔法で成形だと脆くなる……? そのまま鋼を剣の形にするだけじゃあダメなのかな? だとしたら魔法を使って熱した後に魔法で成形したらどうなるんだろう。それとも叩く工程がやっぱり必要だったりして……」




 日本刀は叩く工程が重要とされている。


 しかし工房の様子を見るに、叩く工程はあまり重要視されていないように思える。


 本当に叩き伸ばして剣の形にするといった感じだ。


 それに鋳造でも問題なく造れるということは、叩く工程は省いても良いということで。


 では火魔法で思いっきり熱した鋼を、別の魔法で成形して、魔法で生みだした水か風で冷やしたらどうなるのだろうか。


 熱を加えるという部分が重要な気がするが……。




「リュシー、リュシー? 気になるのは分かるけどぉ、戻っておいでよぉ」




 ルルの声にハッと我へ返る。

 



「あ、申し訳ありません」




 顔を上げればエカチェリーナ様と工房長の息子が目を丸くしており、ルルだけは慣れた様子で笑っていた。


 集中すると周りが見えなくなってしまうのがわたしの悪い癖だ。




「鍛造と鋳造で何か違いはあるのですか?」


「あります」




 鍛造の方が強度の高い剣が造れる。


 ただし叩いて造るため、製作時間がかかる。


 鋳造の方が鍛造に比べると強度が低い。


 ただし型抜き方式なので製作時間は短い。




「でも造る剣によって強度は違います」




 鍛造の方が強度があると言っても、細身であればどうしたって強度は落ちる。


 逆に鋳造と言っても厚みのある剣ならば強度は高くなる。




「後は工房の方針や剣の種類によりますね。絶対に鍛造しかやらないという職人もいます。それに使い捨てのナイフなんかは鋳造で大量に造る方が楽だし同じ物を安定して造れますから」


「なるほど」




 武器を造る工房は何も剣だけが売りではない。


 先ほど見た様々な形の剣以外にも槍やナイフなど、他にも造るものがあるだろう。


 それぞれに合わせた製作方法で造るということだ。


 その後も工房で造っている物について教えてもらったが、なかなかに興味深いことが多く、暑い室内でのことだったが非常に楽しかった。


 エカチェリーナ様が「そろそろ品を売っているお店の方も見に行きませんと……」と言ってくれなかったら、時間を忘れていたかもしれない。


 普段、触れることのない武器の製造について聞くのは面白くて、有意義なものになった。




「とても面白かったです。今日はありがとうございました」


「いえ、こちらこそ、王女殿下に来ていただけて光栄です。……親父も挨拶くらいしたらどうだ?!」




 そんな工房長の息子の言葉に「工房では工房長と呼べと言ってるだろうが!!」という怒声が返ってくる。


 そして工房長がこちらに背を向けたまま、ひらひらと手を振った。


 エカチェリーナ様が「もう、王女殿下に対して不敬ですわ!」と少し怒っていたが、わたしはその気安い感じが嬉しかった。


 工房を出るとすぐにエカチェリーナ様の侍女がやってきて、わたしとエカチェリーナ様だけ馬車に乗せられ、化粧直しをしてもらった。


 ……まあ、わたしは今日はほぼお化粧してないけどね。


 武器を造る場所は当然鋼を扱うので暑いと分かっていたため、ほぼ化粧はしないで来たのである。


 ちなみにわたしがほぼ化粧をしていないことに気付いたエカチェリーナ様が愕然とした顔をしたのがちょっと面白かった。


 エカチェリーナ様の侍女が素早くお化粧を施してくれた後、ルルが許可を得てから乗り込んできた。




「リュシーは化粧をしなくても綺麗だけどぉ、化粧するともっと綺麗になるよねぇ」




 というルルの言葉に、これからはきちんとお化粧をしてもらおうと決意した。


 馬車が動き出し、通りに出る。


 今しがた見学した工房で造られた剣を売っているお店に今度は行くのである。


 お店は近くて、馬車で通りに出て少し走ったところにあった。


 剣の形をした看板が吊り下げられていて分かりやすい。


 馬車から降りて、お店へ向かう。


 エカチェリーナ様の侍女が扉を押し開ければ、カランと扉に取り付けられたベルが鳴った。



 

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― 新着の感想 ―
[良い点] これまでのお話全部まとめてめちゃくちゃ好き (*´﹀`*) だいぶ途中でコメント書いてるけどww [気になる点] 三日目がふたつある。多分131の所が二日目だと思う。こんがらがるから修正…
[気になる点] 「お父君は溶かした鋼を型に流し入れておりますよね?」 さっきと同じで「おります」は謙譲語。 「お父君」への尊敬語なら「流し入れていらっしゃいますよね」もしくは「流し入れておられますよ…
[一言] 職人さんっていいですよね。気やすい感じに喜んじゃうリュシーの気持ちわかります。庶民だったもんね。うん。そして、集中するリュシーに驚く周りと見慣れてるルル。こういうのも好きです。熟練感がいいで…
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