前期試験
そして一週間後。
前期試験の始まりである。
試験期間中は午前中のみの授業となる。
試験期間中はお兄様達も生徒会の仕事はしないため、午後もみんなで集まって、受けた試験について話し合おうということになっている。
「では試験を始めます。机の上には筆記用具のみ、中には何も入れないように。もし不必要な物が入っていた場合、不正行為と判断されることもあります。筆記用具以外は全てカバンに仕舞うように!」
先生の言葉に生徒達が改めて机の上や中を確認する。
……うん、筆記用具以外は入ってないね。
全員が準備を終えると、先生がまず、解答用紙を配る。
入学試験の時よりも空欄数が多い。
多分、入学試験よりも問題数が多いのだろう。
……入学試験は結構簡単だったけど、さすがに授業が始まってからの試験の方が難しいと思う。
配られた解答用紙を後ろの席のロイド様に回す。
「どうぞ」
「ありがとう」
それから全員に解答用紙が行き渡ると、今度は問題用紙が配られる。
裏面が白い問題用紙はどうやら二枚あるらしい。
裏向きで配られているので中身は分からない。
それも全員に行き渡ると先生が教卓に戻る。
「全員、解答用紙と問題用紙二枚が手元にありますか? 試験時間は九十分。早く終わっても席を立たずに、見直しをして、時間になるまで席で待つように。……では、始めてください!」
ぺらりと問題用紙を捲る。
最初の試験は魔法座学である。
魔法の構築式に関する試験なので、わたしの最も得意な試験だ。
前回と同様にまずは問題を全て読んでいく。
…………うん、大丈夫。
恐らく、全部答えを書けると思う。
問題用紙を机に置いてペンを取る。
……良し、いける。
わたしも周りの人達と同じように、解答用紙に向かってペンを走らせたのだった。
* * * * *
一日目の試験を終え、お兄様の休憩室にお兄様とわたしとロイド様、ミランダ様が集まった。
今日受けた試験で難しかった問題や答えが分からなかった問題などについて話し合うのである。
試験一日目を終えたみんなは少しホッとしていた。
とは言え、まだあと二日ある。
「試験の手応えはどうだった?」
お兄様の問いにわたしは頷いた。
「かなり出来たと思います。分からない問題はありませんでしたし、解答内容も悪くないかと」
なかなか自分の中でも出来たと思う。
問題も入学試験の時より、やはり難しくて、でもそれが面白かった。
……試験問題って作る先生の性格が出るよね。
今回の試験は基本をしっかり盛り込んだ真面目な内容でありながらも、所々に応用や引っ掛けがあって、全体的に面白かった。
「そうなんだ、私は最後の応用問題が少し自信がないかな」
「私も最後の応用問題が分かりませんでした……」
ロイド様とミランダ様が言う。
「確かに応用は難しかったな」
お兄様がノート用の本と筆記用具を取り出して、ペンを走らせていく。
きちんと覚えていたようで、お兄様は、二人の言っていた最後の問題を書き出した。
最後の応用問題は『発動時に相反する属性の魔法が混合する魔法式を構築せよ』と言うものだった。
前期では混合魔法について座学で学んでいた。
だがそれは基本的に親和性の高い属性同士の混合についてや混合時のそれぞれの魔法の比率、効果、魔力の必要量などで、相反する属性に関しては習っていない。
「あれって相反する魔法を同時発動するのが前提だよね? でもそれは難しくないかい?」
ロイド様が小首を傾げて言う。
「そうだな、相反する属性は反発して発動しないものだと思っていたから、かなり悩まされた」
「私も色々書きましたけど、恐らく間違っていると思います」
…………うん?
「もしかして、前期に習った混合魔法を元に皆様お考えになりました?」
わたしの問いに全員が首を傾げた。
「どういうことでしょうか?」
ミランダ様の問いかけにわたしは言う。
「問題は『発動時に相反する属性の魔法が混合する魔法式を構築せよ』ですよね?」
「うん、そうだね」
「あの問題、恐らく引っかけ問題ですよ」
「引っかけ問題?」
ロイド様とお兄様がよく分からないという顔をした。
そこでわたしは一から説明することにした。
最後の問題は『発動時に相反する属性の魔法が混合する魔法式を構築せよ』というものだった。
問題文には必ずしも相反する魔法が同時に発動する魔法でなければならないとは明言していないし、それまでの問題が混合魔法のものばかりだったため、そのように考えてしまいがちだ。
だがもう一度問題文を思い出して欲しい。
『発動時に相反する属性の魔法が混合する魔法式を構築せよ』
これ、混合魔法で考えると確かに同時発動が前提になる。
しかし問題文にはその旨は書かれていない。
そしてわざわざ『発動時に』と付け加えられている。
つまり『発動した時に相反する属性の魔法効果が混合する結果になればいい』のだ。
逆を言えば同時発動させる必要はない。
そもそも大前提として相反する属性同士の混合魔法は発動しない。
闇属性と光属性を同時に発動しても反発して、結果的にどちらも効果が現れないか、魔力量の多い方のみが発動する。
魔力が同量であった場合は打ち消し合うのだ。
で、同時に発動は出来ないという点は明確で、それを行えというのは無理な話である。
なのに試験でその構築式を考えろというのは変だ。
そう考えると『結果が混合する魔法式』を構築せよ、ということになる。
「だから、わたしは時間差で魔法が発動する魔法式を考えました。最初に光属性と水属性の混合魔法を発動させ、そのすぐ後に闇属性と水属性の混合魔法が発動し、水属性を介して二つの属性が一つに纏まるように計算して構築しました」
三人とも、ポカンとした顔をしている。
「これなら光魔法と闇魔法は別々に発動するけれど、両属性を持った結果を生み出せますよね?」
不意にルルが吹き出した。
そして、あははと笑い出した。
「リュシーって本当凄いよね!」
それに釣られるようにお兄様達もふふ、はははと笑うので、わたしは首を傾げてしまった。
何か変なことを言っただろうか?
ルルによしよしと頭を撫でられる。
「まさか、あの問題にそんな解き方があるとはな……」
そして反対側からお兄様にも頭を撫でられる。
「そうだね、相反する属性魔法は同時に発動することは出来ない。でもほんの僅かでも時間差があれば発動は可能だし、共通の属性を使えば確かに相反する属性の魔法でも混合しやすいかもしれない」
ロイド様がわたしの話について頷く。
ミランダ様が両手を合わせた。
「素晴らしいですわ! 時間差で魔法を発動させ、発動後に魔法を混合するなんて考えてもおりませんでしたわ!」
「リュシエンヌにはいつも驚かされるな」
お兄様が朗らかに言う。
「何であんな仮定の問題を出したのだろうと思っていたが、あれは魔法構築式の理解力を試す問題ではなく、魔法そのものへの理解力とまさに応用力を試すものだったというわけか」
「リュシエンヌ様の考え通りだったとしたら、魔法座学においては今回はリュシエンヌ様が最高得点を叩き出すかもしれないね」
……あ、そっか、お兄様達が最後の問題を解けていなかったとして、もしわたしの解き方が合っていたとしたらお兄様達より点数が高くなる可能性があるのか。
「あ、いえ、でも、もしかしたらお兄様達の方が合ってるかもしれませんし……」
「そうだったとしてもリュシエンヌの解答だって間違ってないはずだ。先生はきちんと評価してくださるだろう」
……自分で言っておいて何だが間違っていたら恥ずかしい……。
「リュシエンヌ様、よろしければ先ほどお話してくださった魔法式について教えていただきたいのですが……」
「あ、はい、それは構いません」
「それは私達も知りたい」
そういうことで、その後は先ほどの魔法について構築式から細かく説明することとなった。
お兄様もロイド様もミランダ様も、目を輝かせて聞いてくれた。
わたしも久しぶりに魔法について語れて思いの外、楽しい時間になったのは少し予想外だった。
* * * * *
そうして試験期間は無事、終了した。
どの教科も難しくなっていたが、どれも手応えはあったし、わたしの感覚で言えばなかなかに楽しかった。
お兄様達はこの三日の試験を終えて少し疲れたようだったけれど。
……普通はそうなんだよね。
試験が楽しいなんて少数派なんだろう。
試験が終わったからか学院内の空気は普段よりも少し明るいような気がする。
どうしても試験中は緊張した空気だった。
前期試験が終われば夏期休暇が待っている。
みんな、それを楽しみにしているようだ。
かく言うわたしも、この世界での初めての夏休みというものに期待しているところがある。
「ようやく試験が終わったな。これからは夏期休暇だ。まあ、でも今年は学院でもリュシエンヌと一緒だったから楽しいけどな」
お兄様も夏休みは楽しみらしい。
「お兄様も夏期休暇は楽しみですか?」
真面目なお兄様にはちょっと意外だった。
お兄様が一つ頷いた。
「もちろんだ。特に去年までは可愛い妹との時間が短くなっていたから、長期の休みは重要だった」
「今はわたしも学院に通っていますよ?」
「ああ、だけど家族で過ごす時間は減っただろう? 最近は父上と三人で過ごせることも少なかったし」
お兄様もわたしも学院と公務とで、夕食の時間などもズレて、お父様と三人で過ごす時間が減っていた。
仕方ないと思っていたけれど、お兄様はそうではなかったようだ。
……それに、わたしがお兄様やお父様と過ごせるのはこの一年間だけだ。
わたしも、もっと、この時間を大切にするべきではないのだろうか。
「……そうですね」
今を大切にするべきなんだろう。
「わたしも、久しぶりにお父様とお兄様と三人でゆっくり、食事がしたいです」
わたしの言葉にお兄様が嬉しそうに笑う。
「そうだな、一緒にゆっくりする時間がないか聞いてみよう。きっと父上なら時間を作ってくれるだろう」
「じゃあ、帰りにどこかのお店に寄って、美味しいお菓子を買って帰りませんか?」
「王城の料理人達の方が美味しいと思うが……」
お兄様が不思議そうな顔をする。
「わたし達で選んで、買って、お父様に贈るんです。お仕事の時間に食べてもらいましょう?」
「ああ、なるほど、それは良いな」
わたしの言いたいことが分かったのかお兄様が頷いた。
お兄様とわたし。
兄妹で選んだ贈り物をしようということだ。
食べ物にすれば、さほど値も張らないのでわたし達の自由に使えるお金で十分良い物が買えるし、消え物だからお父様も気軽に受け取ってくれるだろう。
「この間、ロイドが美味しいと言っていた焼き菓子専門店が帰り道の近くあるんだ。そこはどうだ?」
お兄様の提案に頷き返す。
「いいですね、焼き菓子なら日持ちもしますし、お仕事中に片手間で食べられそうです」
「わたし達の分も買って帰ろう」
「ふふ、そうですね、そうしましょう」
ちゃっかりしているお兄様に笑みが漏れる。
いつもわたし達は王城か自分達の宮の料理人が作ったものを口にしている。
だけどたまには市販品も食べてみたい。
振り返ってルルを見上げる。
「ルルの分も多めに買おうね」
灰色の瞳が返事の代わりに緩く細められた。




