カフェテリアにて(1)
新歓パーティーの翌日。
お兄様が改めて側近候補となる彼らを紹介したいと言ったため、お昼はカフェテリアで摂ることになった。
生徒会室横の休憩室では狭過ぎるからだ。
カフェテリアの二階ならば広く、周囲に人気はあるものの、一階よりも上がって来る者は少ないため、そこで顔を合わせることにしたのだ。
授業を終えて、廊下で待機していたルルと護衛騎士を連れ、お兄様とロイド様、ミランダ様と共にカフェテリアへ向かう。
急いで来たので生徒の数は少なく、わたし達はさっさと二階へ上がることにする。
二階の奥まった場所にあるテーブル。
観葉植物で上手に目隠しされたその場所には大きなテーブルがあり、十人ほどが囲めるものだった。
注文を聞きに来たカフェテリアの給仕にわたし達がそれぞれ注文していく。
ルルも婚約者としてわたしの横に座っている。
「頼んだもの、分けて食べようねぇ?」
あれこれと頼み終えたルルがニコッと笑う。
ルルが頼んだものの中には、わたしが注文したくても食べ切れないからと諦めたものが混じっていた。
ルルの顔を見れば小首を傾げて見返される。
「うん、わたしのも一緒に食べよう?」
「そうだねぇ、そうしよっかなぁ」
二人でニコニコしているとエカチェリーナ様が二階に上がってきて、キョロキョロと辺りを見回すのが見えた。
お兄様が「エカチェリーナ」と席を立って声をかける。
それに気付いたエカチェリーナ様がこちらを見て、パッと表情を明るくする。
そしてこちらへ歩いてくる。
「ご機嫌よう、皆様。お待たせしてしまい申し訳ございません」
お兄様が自分の横の空いていた席を引く。
エカチェリーナ様がそこに「ありがとうございます、アリスティード様」と微笑んで座る。
テーブルには端からロイド様、エカチェリーナ様、お兄様、わたし、ルル、そしてロイド様の向かい側にミランダ様がいる。
残った席は四つ。
今日はリシャールとハーシア様はいない。
リシャールは教師であり、ハーシア様は学院を卒業しているため、ここに来ることは出来ないからだ。
給仕が来て、わたし達の頼んだ飲み物を運び、それからエカチェリーナ様の注文を承る。
そして給仕は静かに下がっていった。
「大丈夫だ、私達も来たばかりだ」
お兄様の言葉にわたしも頷く。
「そうですよ、それにエカチェリーナ様でしたらいくらでも待ちます」
「まあ、リュシエンヌ様……!」
お兄様越しにエカチェリーナ様が目を輝かせる。
手を伸ばせば、エカチェリーナ様も手を伸ばし、わたし達はお兄様を挟んで手を取り合う。
挟まれたお兄様は苦笑している。
「お前達は本当に仲が良いな」
それにわたしは「当然です」と言う。
「エカチェリーナ様はお兄様の婚約者で、何れはわたしのお義姉様になるのですから、仲良くしたいと思うのは自然なことでしょう?」
エカチェリーナ様とお兄様の婚約は王の認めたものであり、よほどのことがなければ撤回されることはない。
だから姉となるエカチェリーナ様と妹となるわたしが親しくなるのは当然な流れなのだ。
「まあ、それはそうだが。……兄である私に対するより親しげではないか?」
「それは性別の差です。だってこの歳でお兄様と手を繋いだり、抱き合ったりするのは少し恥ずかしいですから」
「そうか……」
お兄様が残念そうな、寂しそうな顔をする。
……仕方ないなぁ。
「わたしはお兄様のことも大好きですよ。お兄様はわたしの、大事な、たった一人のお兄様だから」
そう言えば、お兄様が照れたように微笑んだ。
「そうか」
先ほどと同じ言葉だったけど、そこには確かに喜びが滲んでいる。
原作のアリスティードとは本当に正反対に、リュシエンヌを家族として受け入れてくれた。
そして妹として可愛がってくれている。
そんな人を、兄を、家族を大事に思わないはずがない。
「良かったね、アリスティード」
ロイド様のそれにお兄様が「ああ」と頷く。
わたしの横にいるルルはテーブルに頬杖をつき、興味なさそうにお兄様を横目に見るだけだ。
そんな話をしていると、階段の方に四つの人影が現れる。
その四人に気付いたお兄様が手を振る。
すると四人がこちらへ近付いて来た。
一人はアンリ=ロチエ。
一人はレアンドル=ムーラン。
そしてその後ろを二人の女生徒が歩いてくる。
一人は貴族のご令嬢にしては長身ですらりとした手足、肩よりやや長いくらいの髪はホワイトシルバーで、青い切れ長の瞳がキリッとした顔立ちは中性的だ。
もう一人はストレートのミルクティーのような長い髪に、伏せられた瞳は濃い紫色で、控えめで淑やかそうな美しい顔立ちだ。淑女然としている。
…………あれ?
ミルクティー色の髪の女生徒と目が合うと、にっこりと微笑み返されて、わたしは「あ」と声を上げてしまった。
「入学試験の時の……」
「はい、王女殿下のご案内役を務めさせていただきました」
「やっぱりあの時の先輩でしたか!」
お兄様が目を瞬かせる。
「何だ、知り合いだったか?」
「はい、入学試験の日にカフェテリアや教室まで案内してくださった方です」
わたしが説明するとその先輩が礼を執る。
「改めまして、ナイチェット伯爵家の長女フィオラ=ナイチェットと申します。フィオラとお呼びくださいませ」
……伯爵家ということは。
「彼女はレアンドルの婚約者だ。そしてその隣にいるのがアンリの婚約者の」
「アルヴァーラ侯爵家の次女エディタ=アルヴァーラです。初めてお目にかかります、王女殿下。どうぞ私のことはエディタとお呼びください」
お兄様の言葉にもう一人のご令嬢が礼を執る。
長身のそのご令嬢は中性的でキリリとした顔立ちもあり、男性にしては可愛らしいアンリとは正反対の外見だ。
それにハキハキとした喋り方は何だか……。
「初めまして、エディタ様、フィオラ様。リュシエンヌ=ラ・ファイエットです。よろしくお願いします」
座っているので頭を軽く下げて挨拶する。
エディタ様とフィオラ様はそれぞれの婚約者に椅子を引いてもらって席に着く。
ミランダ様の横にフィオラ様、レアンドル、アンリ、エディタ様の順で座る。
給仕がやって来てエカチェリーナ様の飲み物と、後から来た四人の注文を受け、そして下がっていく。
給仕がいなくなると、エディタ様とフィオラ様の視線がルルへ行く。
それに気付いたルルが頬杖をやめてニコリと笑う。
……あ、外面の笑顔……。
「初めましてぇ、ルフェーヴル=ニコルソン、男爵位だよぉ」
ピシッとエディタ様とフィオラ様、レアンドルとアンリの四人が固まった。
……そういえばレアンドルとアンリの前でも基本的に今までは外面でいたんだっけ。
貴族に慣れているとルルのこの緩い挨拶はかなり失礼に当たるのだけれど、大丈夫だろうかと思わず、四人とルルとを交互に見やる。
最初に復活したのはエディタ様だった。
「ニコルソン男爵はそちらが本性ですか?」
「そうだよぉ。あ、オレに堅苦しい口調は要らないからぁ、普段通りでいいよぉ。オレもそうするしぃ」
「そう、分かった」
エディタ様が頷く。
……え、それでいいの?
更に復活したレアンドルとアンリが微妙な顔をしつつも、それぞれ「……ああ、うん」「わ、分かりました」と返事をした。
フィオラ様はにっこり微笑んで「よろしくお願いいたします」とまるで何も聞かなかったような顔をしていた。
「すまないな、ルフェーヴルは誰に対してもこういう奴なんだ」
お兄様のフォローにわたしも頷く。
「あの、でも、こう見えてルルはとても優しいですし、わたしへの忠誠心も本物です。ちょっと態度は悪いですが……」
「リュシーが謝ることじゃないでしょ〜? というか、アリスティードの側近になるならオレのこともそのうち知ることになるんだから、こういうのは早いうちに済ませる方がいいんだよぉ」
ルルがまた頬杖をついて緩く笑う。
エディタ様が「なるほど」と返す。
「私達はアリスティード殿下と今後もお付き合いがあります。王女殿下との関わりも出てくるでしょう。その点を考えれば確かに男爵の人となりを前もって知っておいた方が良いというのは同意します」
それにアンリも納得するような顔を見せた。
「そ、そうですね、知っておいて困るということはないでしょう」
「アンリ様、いつも申し上げておりますが私に敬語は不要です」
「あ、うん……」
エディタ様に言われてアンリが歯切れ悪く頷く。
どこかシュンと肩を落とすアンリに、エディタ様が一瞬、困ったように眉を下げた。
でも次の瞬間にはそれも消えていて見間違いかと内心で小首を傾げる。
しかしわたしが何かを言う前に数名の給仕がやって来て、全員分の食事を運び、並べ、注文が揃っていることを確認すると下がっていった。
食事の挨拶を済ませ、食事に手をつける。
「リュシー、はいどうぞぉ」
自分の注文したものを全て一口ずつ食べた後、ルルが取り皿に料理を取り、わたしへ差し出した。
取り皿にいくつかの料理が少量ずつ盛られている。
それはどれもわたしが気になっていたもので、ルルが差し出した取り皿を受け取った。
「ありがとう、食べてみたいって思ってたの」
「そう? なら良かったぁ」
ニコ、と笑うルルにさすがのわたしでも、ルルがあえてわたしの気になっているものを注文したのだと分かる。
それを言わないところが大人だな、と思う。
「ルルも何か食べたいものある?」
「どれでもいいよ」と言えば、わたしの注文した料理を見て、ルルが指差した。
「その鶏肉のやつ食べたいなぁ」
「これ?」
「うん、それぇ」
鶏肉を柔らかく煮込んだそれを切り分け、ルルに差し出す。
「はい、あーん」
「あー、ん……」
ルルがぱくりとそれを食べる。
もぐもぐと食べつつ、口の端についたソースを指で拭っている。
「美味しい?」
「美味しいよぉ。次は野菜ねぇ」
「うん。……はい」
今度は添えられた野菜を差し出す。
ルルはそれも食べた。
よく噛んで、飲み込んで、頷いた。
「うん、悪くないねぇ」
ルルの満足そうな声にふふっと笑ってしまう。
「もしかして宮の食事と比べてる?」
「王城も離宮も料理人の腕は一級品だからさぁ、ついねぇ」
わたしは笑いながらもルルがくれた取り皿から、まずはサラダを選んで口にする。
さっぱりとしたサラダは食べやすい。
ドレッシングはやや酸味があるものの、それが強過ぎるということもなく、青臭い野菜を上手くまろやかにしてくれている。
「うん、美味しい」
「リュシーの食べられそうな分だけにしたけどぉ、食べ切れそぉ?」
「大丈夫だと思う」
どれもそんなに量はない。
ルルと喋りながら食べていて、ふと顔を戻せば、向かい側の四人がまじまじと目を丸くしてわたし達を見ていた。
わたしが小首を傾げれば我に返ったレアンドルがこほんと小さく咳払いをした。
「ええと、その、王女殿下とニコルソン男爵はいつもそのようにしていらっしゃるのでしょうか?」
……ああ、そうか。
この四人とは初めて昼食を共にする。
普段のわたしとルルの様子を知らないのだ。
当然、距離も近いし、べったりなわたし達の雰囲気によく見れば四人ともほんのり頬が赤い。
お兄様やロイド様、エカチェリーナ様、ミランダ様は慣れたのか気にしていない。
「はい、いつもこうです」
レアンドルが何とも言えない顔をする。
「そうですか。……お二人の邪魔をしてしまい、申し訳ありません」
「ムーラン伯爵子息が謝罪することではありません。わたし達が親密過ぎると感じていらっしゃるのでしょう?」
「ええ、まあ……」
婚約者というより夫婦のような距離感だと、わたしだって理解している。
レアンドルが一瞬躊躇い、口を開く。
「恐れながら、人前でそのように過度な触れ合いを行うのは、少々問題なのではと愚考いたします」
わたしはそれに頷いた。
「貴族の女性における貞淑さですね?」
「はい」
貴族の女性は──実際は女性に限らず男性もだけれど──異性との過度な触れ合いを避ける傾向にある。
これは相手に必要以上に触れることは失礼に当たるからだ。
同性ならばある程度は許されるが、異性にべたべたと触れることは良しとされない。
特に女性は結婚まで純潔であることを重視される。
そのため、婚約者であってもよほど親しくなければエスコート以外での触れ合いは結婚までないという場合もある。
「わたしとルルの婚約は王命により、解消も破棄も出来ないものと決まっています。あと一年と経たずに夫となるルルとの触れ合いは貞淑さの問題になりますか?」
レアンドルが考えるように一旦口を噤んだ。
「先に言っておくけどぉ、これ以上のことはしてないよぉ。オレ、こう見えても一途だからぁ、婚約者以外に流れたりしないし、婚約者はとーっても大事にするから大丈夫だよぉ」
「そうですか……」
レアンドルの表情が僅かに強張った。
……うん、レアンドルからしたら痛烈な皮肉に聞こえただろうな。
ルルは何の邪気もなさそうにニコッと笑っている。
まるで悪意なんて欠片もなさそうな顔だ。
レアンドルはチラとお兄様と横にいる婚約者を見て「私の杞憂だったようです」と話を切り上げた。
この間、レアンドルの横にいるフィオラ様の微笑みが一ミリも変化しなかったのはちょっと怖い。
そう、フィオラ様はレアンドルがオリヴィエと密かにやり取りしてるのを知っているはずなのだ。
もしレアンドルがオリヴィエとの関係を断たなければ、学院卒業後、婚約を破棄もしくは解消した後に王太子妃の侍女になりたいと申し出ているんだった。
淑やかで控えめそうだけど、きっと、それだけの人ではないのだろう。




