表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/28

第10話 文明開化の音がしますね、ええ……

 ──土は、生きていた。


 触れるたびに温度が移り、踏みしめるたびに形を変え、掘り返せばいくらでも出てくる。だが、いくら豊かでも、形にならなければ意味がない。


 そしていま、その土が「器」として生まれ変わろうとしていた。


 辺境の風は静かだった。太陽はまだ斜めから薄光を差し、森の木々の影を拠点の地面に長く引いている。


 粘土と砂鉄を積み重ねた小さな円筒の前に、数人のハイエルフたちが整然と立っていた。整然すぎて、もはや儀式のようである。


 そして、その中心に立っていたのが、トシオだった。


 「……いえ、これは……ただの、いえ、ただのではなく、その、はい。炉です」


 控えめな声でそう呟く。


「炉……ですか……?」


 が、誰もピンと来ていない様子。


 アルウェンに武具などを修繕したいと頼まれたのが数日前。ならばと思い立ちできたのがこれだ。


 しかしこの反応。おそらく彼女たちの予想を遥かに裏切ったことは間違いなさそうだ。


 焚き口に置いた炭の香りが鼻をくすぐる。炉の脇には、彼の手で組まれた木製のふいごが取りつけられている。土と木、風と火──すべてが噛み合ったとき、それは“炎を育てる装置”として機能を始めた。


 ふいごを踏む。


 ごう、と炉の奥から低い息吹が上がる。


 炎が咲いた。


 まるで、それを合図にしていたかのように──


 「……これは、“大地の火を封じる器”……!」


 アルウェンの声が、静かに、けれど確かに空気を震わせた。


 後ろに並んだハイエルフたちの目が、揃って輝いていた。信仰というには露骨すぎるが、畏敬というには純粋すぎる。まっすぐで、過剰で、どうにも真剣すぎるその視線に、トシオはどう対応してよいか分からず、ふいごをもう一度、踏んだ。


 (……私、これ、ただの生活炉として作ったつもりだったのですが……)


 名刺スキル【鍛冶師】【大工】【石工】を各自発動し、素材はアルウェンたちが採ってきてくれた。工程も慎重に組み、風道を通し、燃焼効率を調整して、ふいごの角度まで計算した。


 確かに、自分で言うのもなんだが、いい出来だったと思う。


 だがそれは、あくまで“現代的生活基盤を整えるため”の努力であって、決して神具でも秘宝でも封印器でもない。ないはずである。


 ……それなのに、「火を封じた」と呼ばれてしまった今、果たしてこの炉に鍋を置いていいのか、自信が持てない。


 空気が重い。視線が熱い。沈黙が深い。


 ふいごだけが、今日も律儀に風を送っていた。








 ふいごを踏むたび、炉の奥で炎が穏やかにうねった。粘土と砂鉄で作られたその構造は驚くほど安定していて、火床の温度は一定に保たれている。完成からすでに数刻が経っていたが、いまも炉は黙々と働いていた。


 (……よかった。崩れたりせず、ちゃんと火を保ってくれている……)


 トシオは、爪の隙間に入り込んだ粘土を気にしながら、炉の外壁を指で軽く叩いた。乾いた音が返ってくる。焼成が上手くいっている証拠だった。


 朝から続いていた土の作業はようやく一段落し、陽は南中を過ぎ、森の影が拠点に伸びてきていた。彼が腰を落ち着ける暇もなく動き続けていた理由は、火力の確保だけではなかった。


 「……さて。次は炭と鉄ですね……」


 帳面をめくりながら、トシオは呟いた。新たに炉を完成させた今、次なる課題は明らかだった。


 加工には火だけでなく、当然素材も必要だ。中でも鉄の確保は急務だった。


 その声に、すぐ傍で耳をそばだてていたハイエルフの一人──アルウェンが歩み寄ってきた。


 「森の北東、崖の麓に砂鉄層が露出している場所があります。私たちが粘土を採取した近くです。案内いたしましょうか?」


 「ええ、助かります……そうしましたら、少し準備を──あ、いえ、もう行くのですね……はい……」


 言い終わる前に既にミラとリーファが鍬や袋を抱えていた。行動が早い。トシオはそのまま引っ張られるように、再び森の中へと足を運ぶことになった。


 木漏れ日を受けながら小道を抜ける。草を分け、岩場を越え、午後の光が斜めに差すなかで、彼らは目当ての小丘へたどり着いた。


 ──そして、それはあまりに突然だった。


 「ここ、光ってますね……」


 トシオがそう呟いたのは、鉄鉱脈を探すつもりで岩肌を撫でていた時のことだった。ごく自然な手の動きだった。ただ、そこにあった岩の一角が、わずかに透き通るような銀色を帯びていたのだ。


 「少し、掘ってみましょうか……」


 その言葉のあと、掘り返された地中から、ひときわ強く光を放つ鉱石が顔を出した。


 手のひらほどの塊。表面は滑らかで、金属特有の冷たさが指先から伝わってくる。


 「……これは……精霊銀……?」


 誰かが呟いた。ミラの声だったか、リーファだったか──あるいはアルウェン自身かもしれない。


 トシオは首を傾げた。


 「……よく採れる場所なんでしょうね。ありがたい……(よく分かりませんが、これもセットした採掘師マイナー地質探究者ジオロジストのおかげなんでしょうか……)」


 あっけらかんとしたその発言に、三人のエルフはしばし絶句した。


 沈黙が、風の音だけを通して流れる。


 「……神の導きか?」


 「この密度……採掘記録に残っているどの鉱床より濃い……です」


 「この量を……一撃で?」


 やがてアルウェンが震える手で土を掘り、さらに大きな塊を取り出した。


 トシオはというと、せっせと布袋に鉱石を詰めている。


 「これは……鍋の蓋になりますかね……それとも皿……あっ、食器より先に、工具ですかね……?」


 言葉のひとつひとつが、周囲の神経を逆なでするわけではないのに、なぜかエルフたちの顔がどんどん蒼白に、あるいは紅潮していくのはなぜだろうか。


 誰も答えなかった。答えられなかった。


 ただ、その日、トシオという存在が“鉱脈を歩く者”と密かに呼ばれるようになったという噂だけが、拠点の外にまで漏れていた──というのは、また先の話である。








 拠点へ戻る道すがら、荷を担ぎながら考えていた。


 あの精霊銀、確かにすごい素材なのだろうが──現状、山積みになっているだけで、何ひとつ使える形になっていない。


 トシオは炉の前で腕を組み、袋の中から比較的小ぶりな鉱石をひとつ取り出す。


 (……まずは、形にしないと。使えるかどうかすら分かりませんし……)


 そう、使えなければ意味がない。置いておくだけの金属など、重くて眩しいだけである。


 トシオはさっそく名刺ホルダーを開き、【鍛冶師】を装填。


 ふいごを踏み、炎を育て、手際よく精霊銀の塊を炉に入れる。


 ゆっくりと銀が溶けていく様子は、やや神秘的ですらあるが、トシオは冷静だった。


 鋳型に流し、冷却。取り出したのは、薄く研げばナイフになりそうな銀の板。


 (魔力伝導率が良いのでしたね……これで、ようやく“試せる素材”に……)


 すぐに名刺ホルダーを【ルーン付与師】へと切り替える。


 手のひらに魔力が馴染むと、もう迷いはなかった。


 精霊銀板の表面に、静かに指をすべらせる。


 力ではなく、感覚で。滑らかに、乱れず、細く。


 光の線が浮かぶ。途切れのない一筆書きのようなルーン。


 それが“熱符”であることを、彼の体は自然に理解していた。


 「……はい。加熱符。ひとつ完成です」


 その声を聞いたのか、いや、空気の揺れで気づいたのか──


 背後で動きを止めた三人の気配があった。


 「今……刻印されていった……?」


 「しかも、指で……あれだけ細いのに滲まない……」


 「魔力の揺らぎもない……え、これ……なんの冗談ですか……?」


 リーファの声が掠れていた。ミラは完全に口を開けたまま固まっていた。


 アルウェンが唯一冷静だったが、目だけがじっとトシオの手元に張り付いている。


 当の本人はといえば、完成した板の角を布でぬぐいながら、


 「ええと……生活用、です。火が安定すれば、調理や暖房にも使えますし……あの、特に深い意味はなく……はい……」


 と、困ったように口を濁していた。


 どう見ても“ただの生活のための魔力熱符”なのだが──その空気は、なぜか完全に“何かを見てしまった”者たちのものだった。








 加熱符の完成からおよそ半刻。拠点の中央、粗末な木の机を囲むように集まったハイエルフたちは──無言だった。


 というより、動けなかった。


 「い、今の……ほんとに、指で……?」


 「うそ……筆も刻印具もなしに……?」


 「なにそれ、怖い……」


 リーファが呟き、ミラが震え、アルウェンは眉ひとつ動かさずに目を細めている。


 そして当の本人はといえば、布で板の角を軽く拭きながら──


 (……いえ、その……まあ名刺の力なんですがね……)


 ごく真面目に、次の作業に取りかかっていた。


 それから数刻。拠点の一角は、静かに──だが着実に、別の空間へと変貌を遂げていた。


 「はい。火力板──これで火口いらずです。焦げ付きも軽減しました。鍋底に優しい仕様です」


 「水引き筒──手をかざすと魔力で制御された清水が流れます。たぶん……気持ち的には“ちょろちょろ”ぐらいの出力です」


 「これは……冷却箱……魔力で低温維持……あっ、でも霜は張りません。たぶん。……願望ですが」


 「あとこれ……光板……。天井に貼り付けると柔らかく光ります。明るさは、囁き声に反応して調節されるようになっていて……」


 「ちょっと暗めで……」と小声で言うと、すうっと灯りが落ちる。


 その様子を見たリーファは、両手をぎゅっと握って震えた。


 「……これ……夜に本が読めるやつです……!」


 「ええ、まあ……寝落ちにはご注意を……」


 トシオはいつもの調子でそう応じたが、ハイエルフたちはもう返事どころではなかった。


 「……箱が冷たい……氷の精霊でも……入っているのでは……?」


 「天井が光る家など……かつて存在しただろうか……」


 「水筒に手をかざして水が出る……どう考えても……あの筒の中、水の精霊様が……」


 感嘆というより、静かに混乱していた。


 「まさか……あの時、銀鉱脈を見つけたのも──このため……?」


 「えっ、鍋……鍋を置くんですか?その神板の上に?……鍋……っ!?鍋で!?」


 突如、声を上げたのは──これまで静かにしていたもう一人のハイエルフだった。


 「……サリア?」


 ミラが声をかけると、編み込んだ髪を揺らしたその女──サリアは、額に手を当てていた。


 「洗濯場から戻ったら……庭に大量の精霊銀があって、天井が光っていて……筒から水が出て……火は板の上で燃えていて……冷たい箱が……しゃべりかけてきて……」


 「落ち着けサリア、箱は喋らんぞ」


 「取り乱したい気持は理解できます……はい」


 「錯覚でよかった……」


 もはや冷静なのはトシオだけだった。


 だが、トシオは知っている。この程度は、まだ“便利”の入り口である。


 アルウェンは、沈黙のまま魔力光板を見つめていた。


 やがて口を開き、ぽつりと一言だけ呟く。


 「まさかルーン付与にこのような……応用と実用性の極致……」


 それは神託でも賛美でもなく、ただの現実確認であった。








 魔力光板の光が淡く天井を照らし、拠点は夜を迎えていた。


 明るすぎず、暗すぎず、目に優しい加減に“囁き声で”調整された室内は、まるで高位魔術師の書斎のような空気をまとっていた──実態は、炊事場兼作業小屋兼住居の、どこにでもある素朴な家である。


 テーブルの上では水引き筒がちょろちょろと清水を流しっぱなしにされており、リーファが「無駄遣い禁止!」とサリアの手をぺちんと叩いていた。


 魔力冷却箱の中では、保存されるはずの野菜たちが不自然にすし詰め状態で並べられ、誰かの手によって“冷たい空気の取り出し実験”が行われている最中だった。


 そんな賑やかな中、帳面の前でひとりだけ、深く頭を抱えている者がいた。


 「…………どうして、増えてるんでしょう……」


 それはトシオである。


 表の光景とは裏腹に、彼の視線の先には、かすれた墨で書かれた“支出項目”の列が並び──


 「木箱三個、釘、魔力布……生活必需品……ええ、確かに必要です……ただ、その……冷蔵箱は、まあ……見切り発車で……それに……」


 ページをめくると、“保存食追加購入”の文字。さらにその下に“おやつ”と丸文字で書かれた謎の注釈。


 (誰が書いたのか……いえ、皆ですね……)


 冷蔵保存が可能になったことで、保存すべき食料が増えた。


 保存できるようになったことで、“保存する前提の食材”が欲しくなった。


 つまり──「冷蔵庫があるんだから、埋めなきゃ!」という心理が蔓延していたのである。


 その理屈に抗えなかった結果、食材と物資の消費量は急激に膨らみ、蓄えられたはずの資源が、気づけば逆流していた。


 (……いえ、そもそも布も、衣類も、燃料も、村に頼る前提でした……辺境の地にそんなに揃っているはずがないんですよ……)


 魔力で動く仕組みは確かに便利だが、それを支える“道具そのもの”は、やはり物資を消費する。特に、村から購入してきた布類や細かい部品類は、そろそろ在庫が心もとない。


 魔力は名刺で賄えても、経済は賄えない。


 気がつけば、炉の前で鼻歌まじりに野菜を焼いているリーファをちらりと見て、トシオは思わずうめいた。


 「ここは一つ、生活維持のため、もう一度村に素材を売りに行くしか……」


 彼の声は、誰に届いたわけでもなかったが、帳面の“収入”欄は、相変わらず空欄のままだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ