5 日記
窓の外から太陽の光が消え、ランプを灯した。
星々の煌きも、このランプの小さな焔のために光源という役目を成すことなく、今はただの景色の一部と化している。
それでも、景色としては綺麗だよな。
筆を止めて、僕はふと星々の煌きを観察する。
あの星の一つ一つに世界がある、なんて言いたいけれども、あの星は恒星だから生物は住んでいない。あの恒星の周りにある惑星の一つに、生物の住む世界はあるんだろうな。
異世界が存在したんだ、宇宙人がいたって不思議じゃないもんな。
「まだ起きておったのか、テイトよ」
ノックもせずに入ってきたのは、僕の妻、前魔王のシファだった。
「やぁ、シファ。船の準備は捗っているかい?」
「うむ、予定通り明日には出航できるじゃろ」
船といってもまるでパズルのように組み合わせるだけのものだ。
シファが僕の妻になってから、3年かけてすべての部品を作り上げさせた。
あとはその部品を瞬間移動で運んで組み立てるだけなので、タクトとシファの二人がかなり活躍したそうだ。
「それにしても、まだ起きていたってのは困るな。まだ夜になったばかりだよね?」
「夜中の27時を夜になったばかりというのなら、あと2時間程で出てくる太陽は困ることじゃろうな」
27時……そうか、もう夜中の3時なのか。
集中していて気付かなかった。
「どうじゃ、書いておくべきことは書き終わったかの?」
「いや、全然だよ。むしろ、書きたいことが溢れてくる」
「……じゃろうな」
日記帳を閉じて嘆息を漏らす。
これは僕の生きた証。罪の証。
全ての始まりは、おそらくは《キーシステム》を作ったことなのだろう。
会社はどうなっただろうか? 地球ではあの事件から一週間も過ぎていないのだろうが、それでも無事では済まないだろう。
説明責任をする人間はいても、説明する内容はない。
異世界に転送されたなんて誰も信じない。下手をすれば《アナザーキー》が軍事転用されているという情報もすでにマスコミの手に渡っているかもしれない。
だが、アナザーキーの軍事転用を目論んでいた男のうち一人は、この世界で死んだ。
僕が殺した。
学生時代から一緒にいた、一緒に《キーシステム》を作った男。彼は僕たちにだまって、《キーシステム》に使われている人工知能をゲーム以外に利用する算段をつけていた。
その販売先がアメリカとか某国とかの軍隊ではなく、日本の防衛省だったのは、流石は現実だと思った。
友人もそこまでネジがぶっ飛んでいなかったということだ。
彼が自分の罪を語っても、まぁ、僕たちは彼を責めることができなかった。彼を責める意味もなかった。
仲間のうち3人が「死に戻り」の可能性を示唆したときも、彼は冷静に対処した。
3人の記憶を奪わないと、自分たちが見ていないうちに勝手に自殺してしまうのではないかと言い、僕に彼女達3人の記憶を奪わせた。
そのうえで、生きていく上で必要なボーナス特典を残して仲間からボーナス特典を奪った。
彼らは今でも西大陸に住んでいる。たまに見に行ったが平和そうに暮らしている。
それで決して僕の罪が消えるわけではない。少なくとも彼らの記憶を奪うと言うことは、彼らの生きていた時間を奪う行為だったから。
そして、三人で旅を始めた。とりあえず、元の世界に戻るために情報を集めようと。
だが、ある町で、殺人事件が起きた。女性が強姦され、殺されるという事件だ。
しかも、それは僕たちが町に訪れてから起きた。
真っ先に疑われた僕たちだったが、彼がすぐに犯人を見つけて殺した。犯人は近隣を荒らしまわっていた盗賊の人間だという証言により、僕たちは無罪放免になった。
僕たちにアリバイがあったのも大きい。その時、彼には感謝したもんだ。
だが、彼は笑いながら語ったんだ。
強姦殺人の犯人は自分だと。アリバイも瞬間移動の能力で簡単に作ることができるし、盗賊を脅して実際に女性を襲わせたところを殺したと言った。
本当に、本当にうれしそうに語る彼を――僕は殺してしまった。
譬え記憶を奪ったとしても、心は残る。彼を殺さないと、多くの人が彼に殺される。
いや、そうじゃないな。ただ単純に彼が許せなかったんだ。
ボーナス特典の移動能力は僕しか持っていなかった。彼からすべてのボーナス特典を奪ったうえで彼を殺した。
名誉のために彼は魔物に殺されたとなっているが、僕が彼を殺した。
唯一僕の横に残ったゴウは気付いただろうが、何も言わなかった。
この世界の最初の救いは、そのゴウの結婚だろう。同じ日本人のアイリンとゴウの結婚に、僕は感動した。
そして、その南大陸の町を中心に、僕たちはいろいろと調査した。
アイアンという駆け出しの冒険者が僕たちの弟子になりたいといって一緒に行動したりもしたが、そんな平和な日は長くは続かない。
魔領に続く迷宮を見つけ、僕は一人で魔領に行くことにした。
だが、そんな僕の行動を予想して、ゴウとアイアンがついてきてくれた。
その時は仲間の存在をとてもうれしく感じた。
そして、魔王を退治すると思っていたら、魔族は全員陽気な人達だった。
彼らから、邪神の存在を聞き、僕は魔族に《キーシステム》について語った。
そして、僕たちは共同で邪神について調べることになったのだが。そんな中で、シファと恋仲になった。
彼女と結婚するために人魔武道会で勝利し、シファが魔王に、僕がその旦那となった。結婚式の晩、ゴウが酔っぱらって暴れまわり、調度品を壊して回った時は今思い出しても苦笑するしかない。
ルーシア義母さんとシファが二人で怒って、彼は魔王城のお抱えシェフとして10年働くことになったからな。
ある日、シファが邪神の波動を感じ取った。まだまだ小さい波動だが、邪神が復活しようとしていることを知る。
その依代になるのが、タクトの彼女だというのは思ってもみなかったな。
そして、彼女から記憶を奪う決意をした。
全てが終わったら、僕の記憶継承を彼女に移すと決め。
その時からだったな、僕が日記を書き始めたのを。覚えていることを、覚えて行かなかったことを僕に伝えるように。
【スメラギ・テイトへ。この日記には罪を記す。決して忘れてはいけない罪を。僕が償うべき罪を。
だが、罪だけではない。この世界であった希望をともに記す。
スメラギ・テイト、君は僕だ。僕は君だ。
だから、この本を読んだら僕はどう動くか予想できる。そして、その通りに動いてくれることを願う。
願わくば、この日記を読むのはスメラギ・テイトただ一人であってほしい】
最後のページに書かれたシファへの思い。タクトに託す気持ち。
さすがにこれらは他の人に見られるのは恥ずかしいからな。
日記帳を置くと、シファが後ろから抱き着いてきた。
ランプによって壁に映し出された影が一つになる。
胸元で組まれた彼女の手に、そっと自分の手を添える。
「タクトに記憶継承を移すのじゃな」
「あぁ、勝率を少しでもあげるためにな。残念だが、僕の力はタクトには及ばない」
タクトは俺の力を評価していたが、実際、能力はあいつのほうが上だ。
全く、弟に全てを任せることになるとはな。
「のう、主様……もう少しこうしていてよいか?」
「あぁ、僕もこうしていてほしい。でも、記憶を失ってもこうしてもらえるとうれしいと思うよ」
「記憶はなくても心は一つ……かの?」
「盛り上がっているところ失礼します」
「「えっ!?」」
横を見ると、新魔王のナビちゃんが立っていた。
無音での登場に、僕もシファも驚き、言葉を失う。
だが、この驚きも、彼女が今から言うことには及ばないだろう。
「記憶継承は名称:スメラギ・テイトがお持ちください」
「それは、タクトに頼まれたのか?」
「はい、マスターに頼まれました」
ナビちゃんは素直に頷いた。
まいったな、記憶を失っていても僕の行動パターンは御見通しってことか。
でも、だからこそ僕はタクトに――
「そもそも、マスターに記憶継承は必要ありません」
「どういうことだ?」
「マスターは記憶を一切失っていませんから」
ナビちゃんはそう言って、話を切り出した。
タクトが記憶を失っていないとはどういうことなのか?




