3 球根
「マリアちゃん、玉ねぎ、とってきてくれたかい?」
「ええ、植えてあったのを持ってきたわよ」
「……植えてあった?」
怪訝な声でコック帽の彼は振り返り、
「……それは球根だよ」
「え? そうなの?」
私は手に握った玉ねぎによく似たものを見つめて首を傾げた。
まぁ、よく似ているから味も似てるんじゃないかしら?
あ、でもチューリップの球根は毒だって聞いたことあるわね。
仕方なく、私はテーブルの上に球根を置く。
「そういえば、アイリンも料理が苦手だったなぁ」
そう呟き、嘆息を漏らした。
彼の名前はゴウさんといい、私のお姉ちゃんの夫、つまり私の義理の兄になる。
魔王城に潜入したときにサーシャが殴って昏倒させてしまった。そのことは昨日、きっちりと謝って許してもらった。私がアイリンお姉ちゃんの妹だって知ると、とても喜んでくれた。
ゴウさんは、テイトさんと同じくアナザーキーのゲームマスターで、日本での記憶も持っている。
ただ、ボーナス特典として持っているのは記憶継承とカード化、経験値8倍とあまり戦闘向きではないらしい。
テイトさんと違い、ゲームマスターとしての能力も持ち合わせていないという。
それでも、剣スキル48の強さを持ち合わせ、前回の人魔武道会では次鋒として一人で三人の魔族を倒したらしい。
その時の先鋒も冒険者見習いとしてついてきたアイアンが出場しており、一発で退場となったとか。
「その料理下手は遺伝なのかね?」
料理下手というけれど、私は研究所で薬の調合に携わっていた。
正しい手順、正しい温度、正しい質量で調合しないといけない薬を何回も、何十回も、何百回も作ってきた。
それに比べたら、料理なんて朝飯前のはずだ。
それに――
「お母さんは料理上手だったわよ?」
「じゃあ遺伝の線は消えたかな」
「うん、カレーも甘くてとてもおいしかったし」
「カレーは本来甘いものじゃないよ」
「ゴウさんはスーパーに行ったことがないのね。カレーコーナーには甘口も売ってるのよ」
私がそう言うと、なぜかゴウさんは私のことをかわいそうな人を見るように見つめてきた。
すると、しばらくして骸骨将軍が玉ねぎを2個持って現れた。
まるで私が最初から玉ねぎを持ってこれないと確信していたみたいだ。
「おう、ありがとうよ」
ゴウさんはそう言い、骸骨将軍から玉ねぎを受け取る。
骸骨将軍はもともとはタクトくんの従魔だったんだけど、今は魔王城の料理人助手として働いている。
タクトくんから貰ったジャージをとても大切そうに着ているが、骸骨将軍も寒さとか羞恥心とかあるのかしら?
表情がないのでいまいち感情がわからない。感情がわからないといえば、もう一人。
「ナビ、一体どうしたのかしら?」
私は球根を植木鉢に押し込みながらつぶやいた。
ナビの様子がおかしい。
行方をくらましていたと思ったら突然帰ってきて、魔王として軍備強化をはかっている。
軍備強化というのは、主に武器の開発と魔族のレベル上げ。
まるで、どこかの国と戦争でもするかのようだ。
「でも農業改革はいいと思うよ? タクトくんを使って、魔領の畑に使えそうな野菜の種を集めてもらったからな。料理のレパートリーも増えるってもんだしな」
ナビはどこからか効率のいい肥料開発の知識を持ってきて、それを研究させた。
あと、環境データをもとに、このあたりで育つ野菜の種などをタクトくんの瞬間移動を使って集めさせた。
「で、マリアちゃん……なんで玉ねぎを植木鉢に押し込んでるんだ?」
「え? これ球根じゃないの?」
「球根なら、さっき骸骨将軍が持って行ったよ。間違えて料理に使わないようにな」
私は植木鉢から玉ねぎを掘り出し……料理の勉強を一から始めないといけないと思った。
とりあえず、まずは球根と玉ねぎを見極めるところから。
※※※
私は魔王城を出て、ルーシアの店へと向かった。
中に入ると、そこにはルーシアさんの姿はなかったが、代わりの人が私を出迎えた。
「待っていたぞ」
「待たせたつもりはないんですけどね、ミラー先生」
店にいたのは、若返ったミラー先生だ。
実際は、ミラー先生の記憶を持っている人形ということらしいが。
タクトくんの瞬間移動でこの店に移動したときに一瞬だけ会ったが、こうして二人きりで話すのはミラー先生が人形の身体になってからははじめてのことだ。
「ふん、君はまだ私のことを先生と呼ぶのか?」
まるで皮肉を言われているというように、ミラー先生が私に尋ねる。
「あなたがしたことは到底許されることではありません。死んで当然だとも思っています。ですが、私に指針をくださったのもミラー先生ですから。今はまだ殴らないでおきます」
「あの坊主といい、君といい、人間はこれだから面白い」
ミラー先生は面白そうに笑い、カップを持つと葡萄酒を飲んだ。
「まぁ、この身体では、酔うことはできないのだがね」
「酔うようにできるように改造してみるか」とミラーは自分の胸元を触りながら呟く。
彼にとっては自分自身もまた研究材料であるらしい。
「君は私に何か聞きたいことがあるのかね?」
「ミラー先生が邪神に従う理由です」
「坊主から聞かなかったのか? 邪神様から得られる情報が面白いからだよ」
「それだけ……ですか?」
「……何がいいたい?」
ミラー先生が私を見定めるように見つめてくる。
「ミラー先生の目的は召喚魔法のはずです。ですが、邪神から貰ったのは人形関係の知識ばかりじゃないですか」
「私はホムンクルスも研究はしていたが……いや、そうだ、私の目的は召喚魔法の研究だ」
やれやれといった感じで苦笑しながら首を振り、
「マリア、君には話しておこう。邪神様からも許可を貰っている」
「邪神……《キーシステム》から私に?」
「そうだ、これを話せば、君はおそらくいろいろと合点がいくだろう……と同時に絶望するだろう」
「絶望?」
「あぁ、絶望だ。私にとっては最高に喜ばしいといっても過言ではないが、君に――君たちにとっては絶望だろう」
絶望を念押しし「それでも聞くかね?」と私に話を持ち出した。
「……大丈夫です、私には一緒に問題を乗り越える仲間がいます」
「なるほど……その話を聞いて確信したよ」
ミラー先生は言った。
「君は、確実に絶望する。だから語ろう。この世界には希望はないということを。ただし、誰にも言うな。誰にも……だ」
私が頷くと、ミラー先生は語りだした。
それは――絶望なんて生易しいものではなかった。
彼が語った話。
それに矛盾はないか? どころじゃない、ウソの可能性はないか?
というところまで考え……。
「…………ウソ……じゃないのよね。確かにナビの行動も全て合点がいったわ」
そして、私は椅子に座って頭を抱えた。
こんなの――誰にも話せるわけない。
ううん、違うか。
私は時がくればみんなに話さなくてはいけない。
それが私に与えられた義務だ。
「義務じゃない、権利だ。絶望を与え、ともに絶望を乗り越える権利だ。それだけは誤解するな」
ミラーはそう言うと、空になったカップを持って店を去って行った。
去り際に、彼はもう一言、私を悩ます言葉を告げる。
「それと、考えておいてくれ、君は全てが終わったら、元の世界に戻るのか、戻らないのか」
一人残された私は、誰もいない部屋の中で私は天井に向かって叫んだ。
「もう、タクトくんのバカぁぁぁぁぁぁっ!」
涙が頬をつたって床へと落ちて行った。
※※※
「タクトくんのバカぁぁぁぁぁっ!」
絶叫が店の外まで聞こえてくる。
まぁ、あの坊主を怒る気持ちはわかるが、あの坊主もあの坊主なりに頑張っているのだからな。許してやれ。
それに、絶望を教えたが、私はあえて希望を語っていない。
彼女には希望はある。だからそう叫ぶな。
「名称:マリアに全てを伝えてもらえましたか?」
目の前のナビという名称の自律人形がそう尋ねた。
「伝えたよ。ただ、あいつの正体だけは黙っておいた」
「何故です?」
自律人形は首を傾げて尋ねた。
「そのほうが面白そうだからだ」
私は邪神様に教えてもらった、ただ面白そうだからという行動理念のまま話したにすぎない。
「まぁいいです。では、これをお受け取りください」
「……これは?」
「玉ねぎだそうです」
なぜ玉ねぎを?
と思ったが、見ると、それは玉ねぎではなく球根だった。
「なんの冗談だ?」
「飯屋のツケが魔王城に回ってきました。しばらく、魔王城の園芸員として働いてください。それとも、あなたに支払い能力はありますか?」
「なんで私が……」と悪態をついた。
本当に、世界は本当に何があるかわからない。




