2 捜索
鬱蒼と茂る森の中、闇の気配が強くなる。
索敵スキルによって数も強さだけでなく、距離感もわかるのだが、それらの姿が見えるまで俺は黙って待っていた。
そして、それらは同時に現れた。
二足歩行の、角と翼の生えた黒い醜悪な化け物。
悪魔系の中でも上位種であるらしいコークデビルと呼ばれる魔物。
その数が視認できるだけでも15、姿を見せていないものや背後にいるものを合わせたらその数は50は超えるだろう。
アダマンタイト鋼の杖を天へと掲げ、俺は叫んだ。
「サンダーストーム!」
杖の頂点を起点とし、雷が広範囲に降り注ぐ。
その光景は、まさに神の雷といった感じで気持ちいい。
コークデビルはその雷に触れて悲鳴をあげるまもなく消滅した。
【悪魔戦闘レベルがあがった。悪魔戦闘レベルがあがった。魔法(雷)レベルがあがった】
「よっしゃ、悪魔戦闘スキル、レベル40突破!」
俺が喜んでいると、横にいた女性が息を切らせながら俺を睨み付けてきた。
「少しは加減せい、もう少しで妾に当たるところじゃったぞ」
悪態をつく――実際に髪の一部が焦げている気がする女性、シファに向かって俺は笑いながら告げた。
「加減したさ、シファの方角には雷を少なめにした」
「微々たる誤差の範囲じゃったぞ! というかそこまで調整できるなら妾のほうに飛ばすな!」
「お主が主様の弟でなかったら八つ裂きにしておるぞ」と不穏なことを言ってきた。
それに俺は苦笑し、
「でも、俺のほうが強いぞ?」
「ふん、言いよるわ。記憶を失う前のお主の方がまだ謙虚じゃったぞ」
シファは苦笑する。
「それにしても、悪魔族って本当に全部角と翼が生えてるんだな」
「あぁ、そのせいで魔族は悪魔とよく間違えられて困っておった。妾達魔族のルーツは、魔族ではなく竜族じゃというのに」
「竜族?」
「主様が言っておったじゃろ。邪神は一部の生物を竜へと作り替えたと。その一部の生物には人間も含まれておる」
「いや、言っておったじゃろ、といわれても俺、たぶんそのあたりの記憶はないし」
たぶん、驚くべきところなんだろうな。
「じゃあ、俺が倒したという飛竜とかも元は人間だったのか?」
「否、人が竜になったときは魔竜という種族じゃったらしい」
「魔竜? リューラ学園都市で俺が倒したという竜だな」
自分の武勇伝なのだが、伝聞にすぎないので倒したという実感はまるでない。
「で、その魔竜と魔族がどういう関係があるんだ?」
「一匹の魔竜が、人間のころの記憶を取り戻し、己の姿を人間に変える魔法をかけた。その姿はかなり美しい男での、幾人もの女房を娶り、多くの子を作った。それが魔族の始まりじゃ」
「この世界って一夫一妻制じゃなかったっけ?」
聞いた話だと、俺の持つ「ハーレム」というボーナス特典のせいでいろいろ俺は苦悩したらしいが。
その「ハーレム」というのが一夫多妻制を実現させるためのボーナス特典だったはずだ。
「否、結婚によるステータスボーナスが得られるのは一人のみじゃし、法でもそうなっておる。じゃが、ステータスボーナスも法も無視すれば多くの者と営みを持つことは可能じゃ」
「魔族はハーフドラゴンだったってわけか」
魔族の魔は、悪魔の魔ではなく、魔竜の魔だったというわけか。
「まぁ、俗な言い方をすればそうなるの」
ちなみに、その男というのが、邪神に姿を変えられた記憶を持っていたらしい。
魔族が邪神と敵対するのもそのあたりが原因だという。
「どうでもいい裏設定みたいなもんじゃ。改めて語るようなものもないし、オチもない。語るに落ちることもない」
「オチは求めていないし、うまくもないぞ?」
本当のことをただ事実として話しているのに、語るに落ちるなんていうことはないだろう。
「それにしても、この森は本当に広いなぁ」
「うむ、迷ったら土地勘のない人間だと帰れない。だから妾と一緒に来たんじゃろ?」
「いや、そういうわけでもないんだけどな……正直、サーシャたちと一緒にいたら昔の俺と比べられるのが辛くてな」
「そういうものなのか? どちらもお主であることは変わらないじゃろう?」
「それはそうなんだけどな。俺は俺でいたいというか、意識的に前の俺を演じるのが辛いというか」
「よくわからんのう。心が同じなのなら、意識せずとも同じになるじゃろうに」
「心が同じだってわかることも俺にはできないからな」
そう言い、俺は茂みを見た。
「サンダーポイント!」
俺によって放たれた最弱の雷魔法により、茂みの奥にいたであろうコークデビルの生き残りが悲鳴をあげた。
そして、俺は落ちているカードを拾い集めながら、
「例えば、前の俺は火の魔法を好んで使ったのに、今の俺は雷の魔法のほうが好きっぽいんだよな」
「それが心の変化か?」
「まぁ、ミーナやサーシャ達のことを大事に思ってたり、ジャージが好きだったりと根本的なところは変わってないはずなんだが……それも同じだという保証はない。
今の俺がみんなのことを100大事に思っているとして、前の俺も同じ100大事に思っていたかどうかなんてわからないだろ?」
「妾は主様のことを100万大事に思っておるぞ」
「まぁ、本当はただ思いっきり暴れたかったんだけどな」
200枚に達したカードを収納し、俺は快活に笑った。
いやぁ、驚いたよ、まさか俺がここまで強いとは。
魔物が蟻のようだ。
「あぁ、確かに暴れておるのぉ、森中の魔物がそろそろ全滅するんじゃないかの?」
「全滅かぁ、試してみてもいいかもな」
「やめておけ、魔物は無限に生き返るから……それより、目的を忘れておるんじゃないか?」
「忘れてないって。大丈夫だ、ナビは無事だ」
俺の目的、それはナビの捜索だった。
自律人形ナビ。記憶を失ってから会ったことはないが、俺のことをマスターとしたい、魔力を指から吸いとる自律人形らしい。
彼女が、俺が記憶を失う少し前からどこにいるかわからない状態が続いていた。
ただ、俺の裏メニューから、ナビの現在の損傷率とMPの量はわかる。
怪我をしているというわけでも、MPが無くなって止まったというわけでもないということはない。
「でも、本当にナビはどこに行ったんだろうな……」
「全くじゃ。妾から魔王の座を奪い取っておいて、そのまま行方をくらますなど言語道断じゃ」
「まぁ、いざとなれば俺が魔王をやるからさ」
「そんな魔王の座をトイレ掃除当番みたいに言わんでもらおうか」
シファが睨み付ける。
「にしても、確かに、サーシャ達がお主の記憶喪失前と現在とを比べる気持ちがわかるぞ。
前のお主なら魔王をするなんて軽々しく言うような人間には見えなんだ」
本当に短い付き合いじゃがそれはわかる、とシファは言う。
「たぶん、一番守りたい人がそばにいてくれるからじゃないかな?」
「……そういうものかのぉ」
「ま、本当のところは俺にはわからないさ。それより、そろそろ帰るか。もしかしたらナビも戻ってるかもしれないし」
「うむ、では瞬間移動を使うぞ」
そういい、シファが瞬間移動の魔法を唱えた。
瞬時に俺たちは魔王城のエントランスへとたどり着く。
そして、シファは客室へと向かった。
魔王の座を降りた今、魔王の寝室はナビのものだということで、彼女は兄貴とともに、魔王の客人ということで客室で過ごしている。
ちなみに、俺たちはミーナが軟禁されていた部屋に住んでいる。
兄貴が使っていたという部屋を俺が使い、そこからベッドを運び、サーシャ、マリア、ミーナ、マリアが寝ているという状態だ。
ミーナと一緒の部屋で寝る予定だったが、ミーナがまだ体調がよくないからと、三人の女性がつきっきりで見ることになった。
――さて、ナビが帰ってきたか聞いてから、もう少し魔物狩りでもするかなぁ。
そんなことを考えていたら、地下へと続く階段の奥から誰かが話す声が聞こえてきた。
「勘付かれたらどうするつもりですか?」
女性の声だ。抑揚のない声で、感情が全く読み込めない。
「物事には優先順位が存在します。マスターは……」
と、突然声が消えた。
暫くして、奥から女性が顔を出した。
銀髪ボブカットのゴスロリ衣装の美少女――
「もしかして、ナビ……さんか?」
「そうですよ。ナビはナビです。そんなこともわからないのですか?」
「そうか、ナビであってたか。ずっと探してたんだぞ。あと、ナビは知らないかもしれないけど、俺、こう見えて記憶喪失で」
「はい、話は聞いています。では――ナビはこれで失礼します」
聞いていたとおりの無表情のまま、ナビはぺこりと頭を下げた。
そして、足早に歩き去ろうとする。
「……あ、ちょっと!」
話は聞いている? 誰か先にナビに会ったのだろうか?
それにしても、ナビ、誰かと話していたような気がしたが――
俺は地下へと続く階段をじっと見つめた。
地下の様子が気になったが、ナビの姿が見えなくなりそうなので、俺は慌てて彼女を追いかけた。




