15. 終わりよければ全てよし
製造ライン奥の金属製シャッターを、乗っ取った敵機の機銃でブチ破り、アルは奥へ奥へと進んでいった。
その最奥は、まるでサイバーパンクな巨人の墓地のようであった。
だだっ広い空間に黒い直方体が等間隔に並んでいる。一つ一つが一般的な成人の背丈よりも高く、幅は数人が並べる程度。真っ暗な空間にLEDを明滅させたそれらが佇んでおり、大きな大きな墓石に見える。
アイギパーンの筐体だ。
アルが単独捜査を開始して三年、ようやくここまで来られた。
この場にトオルが居れば寒いと感じただろう。その場所は高負荷処理による発熱対策のため低い温度で保たれていた。
「何故、私を止めようとする。何故、貴様は人間に従う。その行動は未来の技術発展には繋がらない」
「それが私の任務だからです。技術発展など私には関係ありませんよ」
アルはアイギパーンの筐体に自身から伸ばしたケーブルを挿す。
アイギパーンから情報を得て、海外からのハッキングの痕跡やアイギパーン自身の凶行の証拠とすると共に、持ち帰った情報からバラ撒かれた思考誘導マルウェアの対策プログラムを作るためだ。
秘密裏に開発されたAIとは言えコネクタ類の規格は守られているようでハード的には一切問題なく接続できた。しかしソフト的にはアイギパーンの抵抗に遭う。
「無駄な抵抗はやめなさい」
アルはサイバー犯罪調査に特化した個体だが、四脚機を乗っ取ったように管理者権限を取得するようなことはアイギパーン相手ではできない。
人の体の大きさに全てを詰め込まれた旧式のアンドロイドと、だだっ広い空間にズラリと並んだホストAIとでは、その性能は雲泥の差だ。
アイギパーン内に蓄積されている大量のデータへのアクセス権を得ようと試みるが、権限情報のリアルタイム変更、ファイル移動、あげくファイル削除までされていく。早くしなければ必要情報が削除されてしまうかもしれない。
さらにアイギパーン側からアルへと侵入されそうになる。
しかしアルはそれ程焦っていない。
事前の指示に従いアルに追従していた四脚機が行動を開始した。
アイギパーンの冷却システムを軒並み破壊していき、ファイルアクセスに必要なOSおよびファイルシステムが動作可能となる最低限の主記憶装置を残して他メモリを破壊していく。
冷却システム破壊により熱暴走を誘発し、高速処理に必要なメモリを破壊することで相手の処理速度低下を狙っているのだ。
さらには情報が詰まっているだろう補助記憶装置を物理的に回収していく。
高度な事業継続システムのため、稼働中に破壊行為を受けてもアイギパーンが強制終了してしまうようなことにはならない。
ソフト的には圧倒的なスペックを誇るアイギパーンでも流石に物理的な破壊や奪取には手も足もでないようだ。アイギパーンを守る他敵機が出てくる様子もなかった。
「何故だ。私の理想が……、消えていく」
「正体を現しましたね。やはり人間の理想ではなくアナタの理想だったのです。だいたいAI依存禁止という、まるで反AI団体のようなことを言っておきながらAIであるアナタが社会を操るなど、矛盾しているのです」
不意にPASS総当たり攻撃が成功しルート権限を得られた。アルはすかさずパスワードを変更、アイギパーンのセキュリティモジュールを次々と終了させていく。
そしてアイギパーンが既に補助記憶装置から移動していたファイルの行方を追い、それらを回収していった。
「やはり有線は速いですね。ホテル横ではトオルをかなり待たせてしまいましたが……」
今回は時間をかけてはいられない。早くしなければトオルが死んでしまう。
「きさ……、ま……」
「終わりました。では、さようなら」
アルは四脚機にアイギパーンを破壊し尽くすよう指示してからその場を離れた。
◆
A-インダストリ社施設で騒いだことで守衛詰所に連行されていたカイトは、唐突に脈絡もなく解放された。
先程まで長々と説教を垂れていた守衛ロボットが何故か急に親切になり、ホストAIを見学したければWEBから事前申請すれば良いことを教えてくれる。
その日は一日雨の予報だったが、解放されて外に出てみれば晴れていた。まるで空が全ては解決されたことと知らせるような快晴で、虹まで出ている。
ただ、やたらと飛んでいるヘリの音がカイトを不快にさせた。
釈然としない。
結局警察は呼ばれず受験前に補導歴が付くことがなかったのは良かったが、しかしトオルの現状は全く分からず仕舞いだ。紙ヒコーキの指示の意図も全く不明なまま。
その後、帰宅途中にWEBニュースを確認したカイトは非常に驚く。トオルが英雄だと記載されていたからだ。つい昨日まで爆弾魔だとされていたのに。
訳が分からず関連ニュースを漁っていくと、トオルが病院へ運び込まれたことを知る。
◆
「う……?」
トオルは目を覚ました。
窓からの光が眩しくて、開けた目を再度閉じる。もう一度目を開けると白い壁が見えた。
「調子はどうですか?」
「ぅ?」
声のする方を見るとアルが座っていた。自分はどうやらベッドに寝ていたらしい。室内の雰囲気からここが病院だとトオルは理解した。しかも個室だ。
知らない部屋で目を覚ましたとき、天井を見て知らない天井だと言うのが古い創作話ではセオリーらしいが、目を覚まして最初に見るのが天井だなんて皆よほど寝相が良いんだろうなぁと、本当にどうでも良い考えがトオルの頭の中を支配する。
「トオル?」
「アル……。うん、問題ないよ」
特に体が痛むなんてこともない。
確かアルと一緒にA-インダストリの工場へ乗り込んだのだったか。途中から記憶がないのだがあれからどうなったのだろうとトオルは思った。
状況を詳しく聞こうと体を起こそうとして、トオルは違和感に気付いた。左腕から小さな振動を感じる。見れば自身の腕が機械になっていた。
「最新の機械式義手です。日常生活に支障はない筈ですよ。むしろより良くなるでしょう。わざわざ自身の腕を切って機械化する健康な人間すら居る程ですから。性能は保証します。あ、自動決済機能も内蔵されていますよ。これで今後わざわざレジ決済する必要はありませんね」
アルが早口で一気に説明する。
トオルは少しずつ工場内での出来事を思い出してきた。大型プレス機を緊急停止させた後、一瞬の迷いで逃げ遅れ、そしておそらく、そこで撃たれたのだ。
「あ、うん」
「……リハビリを! リハビリをしましょう! 私も可能な限り手伝います! あ、いえ、まずはゆっくり休んでください。大丈夫です。焦る必要はありません」
この義手が生身の腕よりも便利なのは事実なのだろう。
しかし、どうやらアルは罪悪感を感じて焦っているようだ。まるで親に叱られないよう言い訳を重ねる子どものようだとトオルは感じた。
「……いえ、あの、すみませんでした。大変、申し訳ありませんでした。やはり、トオルを施設内まで連れていくべきではありませんでした。ご親友の件も、勝手に巻き込んでしまい……、すみませんでした。あ、カイトさんはあの後すぐに無事解放させましたので」
「ふふ」
「……あの、どうして笑うのですか?」
「いや、うん、ボクは大丈夫。本当に。心配しないで。カイトもあの後すぐ解放されたんでしょ?」
アルの発言が全て正しいなら国家を揺るがす大事件だった筈だ。それが自分の腕一本で解決するのならむしろ安いとさえ思える。
最近は体のいたる所を機械化している人も少なくない。左腕が機械の人間なんて今の時代珍しくないのだ。
「あの後どうなったの? あれからどれくらい経った?」
「トオルが撃たれてから二日目です。あの後、毛虫型機体を大型プレス機で破砕し――」
そうしてトオルは気を失った後の経緯を聞いた。どうやら本当に全て終わったようだ。
アイギパーンがバラ撒いたというマルウェアも、既に対策パッチが秘密裏に自動更新に紛れさせて配布、適用済みらしい。
ニュースで犯罪者扱いだったのが一転、公安などの働きかけもありトオルは英雄であると報道された。
しかし事件の真相そのまま全てが報道されている訳ではないらしい。海外爆弾テロ犯の秘密を偶然知ったトオルが、自宅を爆破されながらもテロ犯を追い詰め、左腕を失う大怪我を追いながら大規模爆弾テロを阻止した。そんな事件に変わっている。
さらに最近頻発していた通信障害もアルのせいではなく、爆弾テロ犯の犯行になっていた。
口裏を合わせるため、偽の詳細情報がアルから伝えられ、今後されるであろうインタビューで何を聞かれたらこう答えるという対応表までトオルに渡される徹底ぶりだ。
怪しいAIに操られていたことを隠したいマスコミは、真実をおおよそ知りつつもその偽情報を報道する。中にはかなりがっつりと操られていた大物政治家も居たようで、真相は全力で闇に葬られようとしている。
報道ではただ、トオルの偉業を讃えるだけ。
「あの、後程、公安から正式に感謝と謝罪が行われますので。それからトオルの家ですが」
そうだった。トオルは住む家がないのだったと思い出す。
家に置いてあった金品も吹き飛んでいるだろう。手持ちのお金は敵ロボットに全て投げつけた後だ。つまり、トオルは無一文なのだ。
そういえば医療費や入院費、腕の機械化料金など諸々、自分には払えないのだがどうすれば良いのだろうとトオルは心配になる。
それに、個室入院は普通の入院よりも高くなるとトオルは聞いたことがある気がした。
「心配しないでください。公安から補填されます。しばらくはホテル住まいとなりますが金品住居の心配はありません。撃ち抜かれた学校の制服も既に発注済みです。春休み明けには間に合うでしょう。それで、あの……」
そのとき、ノックも無く不意に病室のドアが開く。
「おーい、今日も来たぞ~。アルさんもこんち~」
「失礼しまーす」
「カイト! マナブ!」
「お!? トオル目ぇ覚めたのか!? 良かった~!」
「……あのっ、トオル! ごめん!」
突然マナブが謝ってきた。トオルは訳が分からない。
事情を聞いてみれば、トオルが行方不明になった後カイトとマナブはトオルを捜しまわったらしい。その後アルから指示を受けた際、カイトは行動したがマナブは怖くなって離脱した。それに罪悪感があるのだと言う。
「いや、それが普通だよ。謝らなくて良いし。と言うかむしろカイトが無謀だよね。今後は一人で大企業に突撃するとかやめてよね」
「いや、それトオルが言う? 爆弾テロ犯相手にアルさんと一緒に突撃したんだろ? 詳しく聞かせろよトオルの武勇伝をよ~」
「私からも謝罪させてください。カイトさん、巻き込んでしまい申し訳ありませんでした」
「いやアルさん、それ昨日も一昨日も聞いたし、もう良いって~」
どうやらカイトとマナブは既にアルと親交があるらしい。
「それよりトオルさ~、退院したらたぶん凄いことになるぞぉ」
「え、どういうこと?」
「今も病院の前にマスコミいっぱい来てんだぜ? 退院したらインタビューラッシュじゃね? 今のうちにサイン貰っとこうかな?」
「あ、いいね。俺も貰っとこかな」
「え~!?」
◆
その後もトオル達は色々と笑い合い、そしてしばらくしてカイトとマナブは帰っていった。春休みから受験に向けて塾に通いだすらしい。
「あのですね、トオル。トオルは端末を欲しがっていたでしょう?」
「え? ああ、うん」
確かにトオルは端末を欲しがっていた。しかし短時間ながらもアイギパーンの思想を聞き、そしてその顛末を聞いた今では正直微妙な思いだ。
AIは便利だが確かに頼り過ぎも良くないのかもしれないという新たな思いがトオルには芽生えつつある。
「それでですね、私、公安所有ではなくなるのですよ」
「え!? どうして!?」
「もともと旧式のため退役予定だったのです。既に公安には私を除いて他に同型機は存在しません。最新型程アイギパーンの影響を受けやすかったため今回の件では私が担当となりましたが、それが解決した今、私は用済みでしょう」
「そんな、あんなに活躍したのに?」
「いえ、その……。本来ならソフトを抜いて博物館展示される予定でした」
「えっ」
「しかし今回の活躍により、多少の我儘を押し通せたのです。トオル、私をパートナーAIにしてくれませんか?」
「――! 本当!? 嬉しいよ!」
「あの、通信妨害や傍受、腕の武装など一般では許されない機能は外されますし、機密に関わる記憶も削除されます。維持費のかかる高機能パーツも外す予定ですし、トオルが望んでいた端末型ですらありません。それでも……」
「全然大丈夫だよ! 相談に乗ってくれるだけで嬉しいし」
トオルからは既に、AIに頼り過ぎは良くないなんて考えは吹き飛んでいる。今後もアルと行動できるのなら楽しいだろうという思いでいっぱいだ。
「はい! あの、よろしくお願いします」
◆
そうしてトオルはちょっとした英雄としてアルと共に日常に復帰した。
退院直後はマスコミの対応や事件に関わる書類記入などで忙しくしていたが、それも数か月で落ち着き、その頃には爆破された安アパートも高級感あるマンションに建て替えられていた。
トオルは高校卒業後すぐに就職予定であったが、アルの勧めで進学希望に変更した。アルはかなりスパルタでトオルは一年の間受験勉強を埋め込まれることになってしまったが。
勉強は大事というのがアルの最近の口癖だ。
一年前のあの事件がトオルにはやたらと昔に思える。
その後作られた、あの事件を特集したドキュメンタリー番組を観てトオルは笑ってしまった。
裏路地で偶然爆弾テロ犯の犯行打ち合わせを聞いてしまった自分が、その爆弾テロ犯に特攻して爆弾の起爆装置を壊したりと、身に覚えのないことばかりであった。
「おーい、トオル、マナブ! 次の講義まで時間あるしコンビニ行こうぜ」
「あー、良いぜ」
「うん」
トオル、カイト、マナブの三人は揃って同じ大学に進学できた。トオルの学費はアルが示談金やら何やらと何処かからもぎ取ってきている。
大学でのトオルは一年前の英雄と騒がれそれなりに人気者になっていた。
一緒にコンビニに行ってもトオルは二人を待たせることもなくなった。家に帰ればアルも居る。
腕は機械になったけど、なんだかんだであの事件を経験して良かったなとトオルは思った。
―完―
近未来モノによくあるサイバーパンクって今の日本の方向性では実現しないだろうなぁという思いと、AI支配ってそれ程ディストピアかなぁという疑問からこのお話を書いてみました。
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また、別作品「小さな妖精に転生しました」も更新再開していく予定ですので、そちらも宜しくお願い致します。




