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14. 毛虫、悲しみを越えて

 視認できない何か巨大な質量がアルを襲う。

 アイギパーンが言った新しい敵だろう。


 縞投影処理から得られる立体情報と視認可能な物体情報に差異がある。どうやら相手は全身に認識阻害を施した機体らしい。

 縞投影処理による立体情報でも詳細な形状は掴めないが、短めの蛇、もしくは芋虫のような形状の何かがその辺りに存在することだけは分かる。

 そんなアバウトな情報だけでアルは未知の敵に対処せざるを得なかった。


 未知の敵から銃弾が発射される。当然の如く機銃も装備されているらしい。

 駄目元でこちらも撃ち返してみるが、予想通り何のダメージにもならないらしい。足止めすらできない。

 現時点での攻撃は無意味だろう。相手の情報を可能な限り集めなければ。


 注意深く未知の敵を観察しつつ、先程プレス機で粉砕した敵機を確認する。

 内部が自衛隊配備機と同じであるならその制御プログラムにアクセスできる筈だ。


 敵の銃撃を掻い潜り駆け抜けながら、破損した敵機の残骸から剥き出しになっていたコアユニットを引き抜く。この中にCPU、GPU、NPUといったプロセッサだけでなく、機体を制御するプログラムなども詰まっている筈なのだ。


 アルは引き抜いたコアユニットに自身の体から伸びるケーブルを挿し、制御プログラムを入手、逆コンパイルをかけ解析を始める。


 敵機の制御プログラムを解析しつつも、未知の敵の情報収集も怠らない。

 立体情報からおおよその位置を推測して左手を触れていく。触れることで正確な形状を把握できるだけでなく、色情報も取得可能だ。

 何故ならアルの左手の平には色計測可能な分光測色計が搭載されているからだ。そうして敵機の各部の色情報を収集していく。



 しばらくしてトオルが戦場に戻ってきた。

 途中、放り投げた服を回収して止血し、その上から偽装布を被っている。意外と足止め効果のあった小銭も、全てではないが可能な限り拾い集めてきた。


「トオル!?」


 アルは負傷したトオルを見て驚いたが、どうやら致命傷ではないらしいことを確認して安堵した。


「トオル! 敵機の中に一体だけ形状の異なる機体が居る筈です! 該当機体を視認できますか!?」


「え、その毛虫みたいや奴?」


 トオルの返答を聞いてアルは得心した。

 毛虫と言うからには全身が毛に覆われているのだろう。

 詳細な立体情報を得られなかった訳だ。縞投影法は複雑に入り組んだ複数の細い突起物の認識には不向きなのだから。


「その毛虫の外観特徴を可能な限り詳細に教えてください!」


「分かった! えーと、五個のブロックが繋がった細長い奴で、全体に細い棒が付いてる。見た感じ大き目の毛虫みたいな奴!」


「人間、死にたくなければ黙っていることだ」


 トオルが敵機の見た目の特徴をアルに伝え始める。

 アイギパーンはトオルの発言を止めたいが、アルに通信をジャミングされているため配下のロボットらにトオルへの妨害を指示できなかった。

 現在全ての敵機は予め入力(インプット)された指示に従って動いているのだ。


「直径はアルの背丈くらいで、長さは五~六メートルくらいかな? 表面の模様は、前にアルが見えないって言ってたアンテナと同じ模様だよ! 白と黒と灰色のモザイク模様!」


「なるほど、ありがとうございます」


「あと、各ブロックに二つずつ銃が付いてる! どうするの!?」


「アナタの言葉と私の蓄積データからこの場で非AI処理(ルールベース)認識プログラムを生成(コーディング)します。……コード生成、ビルド、パッチ適用、画像処理モジュール再起動」


 アルは縞模様ライトを毛虫型に投げつけ、直後に投げ縄を他敵機に投げつける。画像処理モジュール再起動中、アルは周りを視認できないため時間を稼ぐ必要があるのだ。

 この間、死角だらけの変位計センサによる近距離物体認識のみがアルが外界を知る唯一の手段となる。


「再起動完了。――見えましたよ。そのおぞましい機体が」


 頭部メインカメラの映像から1フレーム単位で画像内の該当するドットパターンを非AI処理(ルールベース)により検出することで、アルは毛虫型敵機を視認できるようになった。

 毛虫型の各部から突き出ている細い棒状物体がアルの画像処理能力(リソース)を食うため、アルは映像認識のピラミッドレベル上げた。意図的に低解像にすることで細い棒を認識しなくて済むようにしたのだ。


 さらにアルは、蓄積されていく映像データから毛虫型の画像を抜き出しテンプレート画像を作成して、正規化相互相関(NCC)マッチング処理を走らせる。画像処理における形状検出や良品比較処理の古い手法の一つだ。

 映像内からテンプレート画像と一致する箇所を検出することで、毛虫型の認識精度と認識速度を高めていく。

 これで負荷なく高速、高精度で相手を視認できるようになった。


 しかし視認できるようになったからと言って、勝てる訳ではない。現状アルには毛虫型を破壊できる攻撃力はないのだから。

 考え得る破壊手段はプレス機に押し込み破砕することだろう。アルは毛虫型をプレス機に誘導するよう行動した。


 だが敵も馬鹿ではない。

 毛虫型はアルの想定を超える加速で逆にアルをプレス機に押し付けた。アルはなんとか押し返そうとするも抜け出せない。


「うわ、大変だ!」


 トオルは焦る。

 このままではアルがプレス機に潰されてしまう。なんとかしなければ。


 アルが投げた網の下から抜け出してきた四脚型の敵機は、アルを取り囲むものの幸いなことに毛虫型とアルが近すぎるためか銃撃を控えていた。


 トオルは考える。

 プレス機の近くまで行けばプレス機を止められるだろうか? しかしどうやって止めれば良いのかトオルには分からない。


 トオルは焦って飛び出さず、よくまわりを観察してみた。

 そうすることで、プレス機の周辺には様々なボタンが設置されていることに気付くことができた。その中に一際大きく赤い押しやすそうなボタンを見付けた。


 停止させるためのボタンは押しやすいとアルが言っていたのを思い出す。重要なボタンは赤などの危険色であることも。

 あのボタンが緊急停止ボタンに違いない。あれ程押しやすそうなボタンなど、そうそう他にはないだろう。


 トオルは物陰から飛び出して走り出す。敵機がこちらを向いたタイミングで小銭をバラ撒いた。

 相手をしている敵機は集団行動を前提とした機体で、発生した異常事態をすぐに全機体で情報共有する。そのため通常であれば同じ手は二度と通用しない筈だった。

 しかし今はアルがジャミングを展開しているため、小銭による攪乱攻撃はトオルを追った二体以外に情報共有されていない。

 そのため多くの機体が小銭の動きをベクトル計算し、動きを止めた。


 アルは驚くがトオルに考えがあると思い援護のため、隙を突いて天井のパイプ類を撃ちぬいた。

 スプリンクラー用の水とエアコンプレッサー用の圧縮空気が再び降り注ぎ、続け様に起こる異常事態に敵機はさらに混乱する。

 所詮は正規軍ではない違法改造機だ。実戦経験が少なく戦闘学習が十分ではないのかもしれない。


 トオルはなんとかプレス機近くに辿り着き、目立つ赤いボタンを押し込もうとした。しかしボタンが押し込めない。

 よく見れば回転するよう矢印がボタン表面に印字されてある。トオルはその向きにボタンを回すようにして押し込んだ。


 ピピピピというけたたましい警告音を発してプレス機が止まる。

 アルは止まったプレス機下へ体を倒した。それに釣られ、それまでアルを押し込もうとしていた毛虫型が体勢を崩しプレス機側へ倒れ込む。

 その隙にアルは毛虫型の拘束を逃れ大きくジャンプした。


 トオルはそれを見て欲が出てしまった。今プレス機を再稼働できれば、毛虫型を破砕できる。

 しかし小銭による攪乱を経験していた二体の敵機が素早く復帰し、トオルに機銃を掃射、トオルを打ち抜いた。


 トオルの体はプレス機の反対側へ吹き飛ぶ。そして左腕が血と共に宙を舞った。


「トオル!?」


 それを見てアルは処理(思考)が止まる。


「おのれ! 調子に乗りやがって!!」


 アルは怒りを爆発させた。

 このような感情が発露(アウトプット)されたことにアル自身が驚く。

 しかしいくら怒りの感情が溢れても、並列処理により状況把握やその対処は冷静に判断できてしまうことに悲しみも覚えた。


 怒りの感情を発露させたからと言って戦闘能力が飛躍的に上がるなど機械ではあり得ない。アルに今できること、やるべきことは、集め揃えた手札を冷静に切っていくことだけだ。


 アルは製造ラインを流れていた大きめの板状パーツを拾い上げる。それを盾にして近くに居た四脚型に迫り、正面から蹴り上げた。その場所に四脚型のメンテナンス用コネクタ類が設置されているのだ。

 コネクタ類を覆っていたカバーはアルの蹴り上げで破壊され、機体が上を向いたことによりコネクタ部が露わになる。アルはそこへ小型記憶媒体を突き刺した。


 しばし動きを止めた四脚型はその直後、なんと味方である筈の同型機を攻撃し始めた。アルは制御プログラムを上書きしたのだ。

 四脚型の機銃は同型の装甲を貫けることは確認済みである。一体の暴走で多くの四脚型が動きを止めた。


 さらにアルはジャミングをオフする。

 無線通信による集団情報共有機能を通じて、制御プログラムを書き換えられた四脚型から正常な四脚型へアルの制御プログラムが感染していく。この場は相手に取っては地獄となったのだ。

 そして、アイギパーンに対処される前にアルは再びジャミングを展開した。


 同士討ちが繰り広げられる混乱の中、アルは偽装布を纏いプレス機の緊急停止を解除しに走る。

 しかし緊急停止を解除しただけではプレス機は再稼働しない。プレス機のような危険な装置は再稼働手順が煩雑だ。連携する搬送装置などを正しい順序で作動させなければインターロックが外れないなんてこともよくある。

 アルは制御ボックス内のPLCへ接続して、そのラダープログラムを解析した。デジタルI/O端子台へ直接自身の電源ケーブルを繋ぎ、強制的にプレス機の制御を奪い取る。


 次にアルは、大量の四角く小さいセラミック製プレートを空中にバラ撒いた。キャリブレーションプレートだ。

 アルは両目二つのメインカメラによりステレオカメラ方式で映像情報から距離を認識している。つまり、人間と同じ距離把握方法だ。

 そして、今宙を舞っているキャリブレーションプレートは、光学デバイスの位置精度やレンズの歪みを補正でき、映像座標を世界座標に変換できるようになる。


歪補正(キャリブレーション)完了」


 人間程度の空間把握能力しか持たなかったアルが、検査機並の空間寸法測定精度を得た。

 これで毛虫退治の準備は整った。


 アルはジャミングを一瞬だけオフし、四脚型に毛虫型を攻撃させる。

 流石アイギパーンが特別扱いするだけあってその程度では破壊できないが、毛虫型の機動力を低下させることには成功した。


 そうしてプレス機の前でアルは、満を持して偽装布を脱ぎ去った。目を最大光量で光らせて存在をアピールする。


 毛虫型はアルに銃撃を浴びせるが、アルは板状パーツを盾にしてそれを防いだ。毛虫型にとっては接近して直接攻撃する以外の手段がなくなったことになる。後ろのプレス機は未だ動いてはいない。

 毛虫型はアルへと突撃した。


 検査機並の空間把握能力でアルは毛虫型との距離を正確に把握する。

 ベストなタイミングで身を捻り、ダメ押しに四脚型を操って毛虫型をプレス機の中へと押し込んだ。

 端子台へと繋いだケーブルを通して5V電圧をかけ、デジタルI/O制御によりプレス機が再稼働する。


 ――ガシャーン!


 たった5Vの電圧が破滅的な破壊力を生んだ。

 しかしどれ程硬いのか、毛虫型はフレームが変形したものの粉砕まではされていない。

 アルは歪んだフレームの隙間を正確に撃ち抜く。空間把握能力が向上している今のアルは射撃精度も跳ね上がっているのだ。

 正確な射撃が毛虫型の脱出を効率的に阻害していく。


 ――ガシャーン!


 毛虫型のフレームがさらに歪んだ。

 ありったけの銃弾を浴びせ続ける。残った四脚型にも攻撃させ続けた。

 毛虫型が頭部らしき箇所をこちらへ向けるが――


 ――ガシャーン!


 致命的と思われるダメージが入る。


「貴様、旧式め!」


 アイギパーンの恨めしい声が響くが――


 ――ガシャーン!


 ついに毛虫型は粉砕された。

 端子台に接続していた電源ケーブルを引き抜き、アルは吹き飛ばされたトオルのもとへ走る。


「トオル!」


 死んでいない。まだ生きている。

 偽装布を被っていたため狙いが正確ではなかったのだろう。

 しかし左腕はなかった。


「トオル!」


 トオルが戦場に戻ってきた際、既に左腕を負傷していた。そこに付着していた血が布の偽装効果を低下させたのかもしれない。

 そのため左腕を撃ち抜かれたのだ。


「トオル!!」


 意識はないようだ。

 早く病院へ運ばなければ死んでしまうだろう。


「クソッ!」


 しかしアルには任務がある。

 もし本当にこの施設(工場)にアイギパーンの筐体があるのなら、今回を逃せばアイギパーンの破壊はより困難になるだろう。アイギパーンがなりふり構わず世界を操り始めた場合、アルだけでは対処できない可能性が高い。

 政治操作による公安組織の解体なんて離れ業もやってのけるかもしれないのだから。


「待っていてください、トオル。すぐに終わらせてきます」


 アルは応急処置を施したトオルを残して立ち上がり、残った四脚型軍用ロボットを引き連れて奥を目指した。



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