11. 製造ラインのその先に
雨の中、傘をさし台車を押し、かろうじてビジネスバッグと言える黒のリュックを背負って進むアルとトオル。
アルは靴の中に何かを仕込んでいるようで、いつもより背が高かった。作業服を着ているといっても、いつもの背丈ではあまりにも低過ぎるため怪しまれると判断したのだろう。
普段アルは服を着ていないため、トオルは作業着を着たアルを新鮮に感じた。
ザーザーという雨の音とガラガラという台車が進む音が響く。昨日までは非常に蒸し暑かったというのに、今日はとても肌寒い。
昨日はあれ程飛んでいたヘリも今日はあまり飛んでいないようだ。銃撃戦現場からそれなりに離れているためか、大雨が原因なのか、それとも一日という時間で世間が飽きてしまったからなのかはトオルには分からない。
しかしその理由をアルはニュース情報から把握していた。日本の株価が暴落し、主要ニュースが爆弾魔事件や銃撃事件からそちらへと移ったのだ。
株価暴落の原因は、株価予想AIが軒並み株価暴落を予想したためである。株価が暴落する要因など何もなかったにもかかわらず多くの投資家達が株価予想AIを信じて株を売却した。そうして株売りが加速したため本当に株価が暴落したのだ。
多くの株価予想AIを影響下に置く件のAIにとって、株価暴落を起こすことなど朝飯前なのである。
マスコミの注目が逸れたことはアルとトオルに取っては有難いことだが、どうやらアイギパーン側も今回の件から世間の注目を逸らしたいらしい。
アルとトオルはA-インダストリ社工場の搬入口へ向かう。
事前にトオルはアルから堂々としているようにと散々言われていたため、内心はビクビクしつつも表面に出さないように注意して歩く。
搬入口は開け放たれているものの、駅の改札のようなゲートがあった。その横の守衛小屋には守衛ロボットの監視の目が光っている。
アルとトオルは作業帽を被り白いマスクをしており、そしてマスクの下、目の部分は画像処理AIの認識を騙す偽装布で覆っていた。アルが模様を変更した改良版の偽装布だ。
そのため布を透かしてまわりを見ることになり、視界はすこぶる悪い。
「おはよございまーす」
「……ございまーす」
「はい、どうも」
挨拶をして台車を押しながら搬入口から堂々と守衛ロボットの前を通り過ぎるアルとトオル。偽装した入館証をかざすと問題なくゲートが開いた。敷地内への侵入に成功する。
トオルは知らないが、この工場に入場するには事前に新規入場者教育と呼ばれる安全教育を受け、受講証明をもらう必要があった。しかしアルが偽装した入館証には既に安全教育受講済み証明情報が書き込まれている。
無災害記録3000日達成と大きく書かれた看板の前を通って奥に進む。
工場には受付があり、本来は外部業者が工場の奥に進むには先に受付に寄る必要があった。しかしアルとトオルは受付を無視して奥へ進む。
角を曲がり守衛ロボットが見えなくなったところでアルが小声を発した。
「偽装布を取ってください。人間に見られると逆に怪しまれます」
「分かった」
「監視カメラに顔が映らないよう、帽子は深く被ってくださいね」
「うん」
偽装布を取ったトオルは非常に驚いた。
クリアになった視界で改めて工場施設内を見ると、とても広くまるで一つの町のようだったのだ。道の両端には歩道があり交差点には横断歩道まである。
「横断歩道の前では左右の指差し確認を徹底してください。渡る前に右、左、右の順で指をさすのです。そうしなければ付近を巡回している安全管理ドローンが文字通り飛んできますよ」
「あ、うん。分かった」
さらに進むと構内作業者が見えた。
「おはよございまーす」
「はーい」
アルは堂々と挨拶を交わして通り過ぎる。
トオルは内心の焦りが表に出ないようにすることでいっぱいいっぱいのため無言で通り過ぎてしまったが、相手は特に怪しんでくるようなことはなかった。
「これ程大きな施設であれば、末端作業者が来訪者情報を全て把握するなんて不可能です。作業着を着て堂々と歩いている人間を見て、まさか不法侵入してきているなんてまず思わないでしょう」
「うん、そうだね」
雨の中ガラガラと台車の音を響かせながらアルとトオルは奥へ奥へと進んでいく。今のところ何も問題は起きていない。
この施設はアイギパーンの監視の目が薄れている筈だからだ。
アルとトオルは昨夜、消費電力的には最も怪しいこことは別の施設の近くに潜伏していた。そしてカイトとマナブへ紙ヒコーキでの指示を出したことで、二人の端末を通してアイギパーンに潜伏場所の凡その場所がバレていた。
そのためアイギパーンはその施設をアルとトオルが最も侵入する可能性が高い施設として他施設以上に警戒せざるを得ない筈なのだ。
さらに、トオルの友人がアルの指示に従っていた場合、アルが絞り込んだ三施設の内、昨夜の施設とこの施設とは別の三つ目の施設でカイトがトラブルを起こしていることになる。
その情報はネットワークを通じてアイギパーンもリアルタイムに把握している筈で、アイギパーンは処理能力をそちらの施設の状況把握にも割かざるを得ないと期待できた。
トオルはカイトにそうした指示が出されていることは知らず、アルですらカイトが指示通りに行動しているのかを把握していないが、カイトは行動した。結果として、アルとトオルが侵入している施設の監視は普段より薄れるていることだろう。
アルは台車を押して敷地内のとある建物に入る。
続いてトオルも入ると、その建物内は緑の床に所狭しと何かを製造する機械や工具が並んでいた。ガシャーンガシャーンと何か大きな物が動く音がリズミカルに響いている。
トオルは物珍しく思わずキョロキョロと辺りを見回した。
やたら高い天井には何故か四隅に東西南北の大きな文字が貼ってあるのが見える。前からはチープな電子音を鳴らしながら、よく分からない部品を積んだ無人搬送車が走行してきていた。所々に緑黄赤の信号のようなライトが付いた棒が立っているのが印象的だ。
その施設内には作業者が居なかった。アルとトオルには有難いことに、どうやら工場内の生産ラインは高度に自動化され無人化されているようだった。
「白いラインに入らないように移動してください。安全センサーが設置されています。入るとアラームがなりますよ。それから黄色と黒の縞模様のタイガーテープは絶対に踏まないで」
「え、あ、うん」
アルは迷いなく施設内を進む。
事前に入手した構内図から、不自然に広い何もないスペースがあることを把握していた。そこにアイギパーンの筐体があるのではないかと疑っているのだ。
「あまりキョロキョロしないでください。怪しまれますよ」
「あ、ごめん。工場の中って珍しくて。なんかほら、スイッチがいっぱいあるとテンション上がるよね? 同じ押しボタンでもどうしてあんなに種類がいっぱいあるんだろう?」
「停止させるためのボタンは緊急でも押しやすいようにスイッチ部分が凸状になっています。反対に稼働させるためのボタンは安全確認をしてから押すようにと、少し押しづらい押込み式になっているのですよ。色も赤などの危険色は重要な機能が割り当てられている場合が多いですね」
「へぇ、そうなんだ」
「さ、行きますよ」
搬入用エレベータで地下へ降りる。
明らかに製造ラインではない区画へ入り、細い通路進むと固く閉ざされたドアが存在した。ドア横には暗証番号を入力するためのテンキーロックが設置されている。
その前でアルが立ち止まるとトオルに声をかけた。
「私の目を直視しないでくださいね」
「え?」
そう言うとアルの目は暗い紫色に変化した。そして辺りを見渡す。目の色がいつもの緑色に戻った後アルはトオルの髪を触った。
「わ、何?」
「静かに。そのドアを開けるには暗証番号だけではなく、指紋認証も必要なようです。付近の壁に紫外線光を当てて採取した指紋を、トオルの頭皮の脂を使用して偽装します」
しばらく人差指を弄っていたアルは再び目を暗い紫色に変化させると中指で番号入力した。一度目は失敗したが二度目で成功する。
その後、アルは指紋を偽装した人差指を向けるとピーッという音と共にロックが解除された。
紫外線光を当てると生物の汗や皮脂などの分泌物が発光するのだ。そうして指紋を浮かび上がらせたり、よく押されているボタンを見分けたりすることができる。
アルはそうして指紋を偽装し暗証番号を会場したのだ。
そうしてドアを抜け、一人と一体はまたしばらく進む。
「おかしいですね。スムーズ過ぎます」
別施設へ向かったと偽装したり、さらに別施設へトオルの友人を向かわせたりなどしたが、どれも稚拙な時間稼ぎでしかない。
協力会社の作業着を着て変装までしているが、生産ラインを抜けた事務エリアを社員を伴わずに外部業者が歩いているのは不自然だ。監視カメラにも映っているというのに、ここまで妨害も何もないのは考えられない。
誘い込まれているのかもしれない。アルはトオルを連れてきたことを後悔した。
アルは何も考え無しに危険な状況でトオルを連れまわしている訳ではない。
トオルは爆弾魔としてニュース報道されている。それだけでなくその翌日には大規模な銃撃犯にもされたのだ。
冷静にニュース映像を観れば、アルもトオルも無抵抗に逃げ続けているだけであることが分かる。無抵抗な相手に警察ロボットが無慈悲に銃撃した映像をTVニュースに流したのだ。
普通であれば世間の反感が大きくなる筈。しかしそういった反感などなく、世間はトオルを凶悪犯と信じ切っている。
これもアイギパーンの世論操作だろう。
世間からここまで悪人と認識されてしまったトオルのその後の立場を回復させるには、事件解決の英雄に仕立て上げるのが手っ取り早いとアルは判断した。だからアルはここまでトオルを連れてきていた。
トオルの働きに期待している訳ではない。アイギパーン破壊の現場にトオルが居合わせていれば突っ立っているだけでも問題ないと考えていた。功績は後からどうとでも付与できるのだから。
そう思っていたのだが、誘い込まれているとなると大規模な戦闘に発展する可能性があり、そうなるとトオルの命は危険に晒されてしまう。
そのように考えると、株価急落を起こしマスコミの目を逸らさせたのは、これから激しい戦闘を起こす予定だからなのかもしれないと思えた。
今のアルでは空間把握に難がある。トオルと出会う以前から既に素体内部を損傷しており、空間把握を頭部メインカメラと素体各所の変位センサに頼っているからだ。しかもその変位センサは現在、作業着を着ていることでレーザー光が遮られまともに使用できない。
一応アルにも遠距離攻撃手段が内蔵されてはいるが、この状態では射撃精度が著しく低くなる。軍用機を相手に本格的な戦闘となれば、かなり劣勢となるだろう。
しかし、ここまで連れてきてしまったのだ。今更トオルを置いていくことなどできなかった。
ほとんど何の障害もないまま、アルとトオルは問題の場所の前まで辿り着けてしまった。カードキーロックが仕掛けられていたが、そのような障害、アルの前ではないにも等しい。
そうしてドアを開け、問題の場所を確認したが……。
「何もありませんね」
「ホント、なーんにもないね」
学校の体育館程のだだっ広いスペースには荷物一つ置いていなかった。床は緑色で、造りは途中通ってきた製造ラインのあるスペースに似ているが、物が何もないだけで雰囲気は大違いだ。
「製造ラインを設置するためのスペースに思えますが、床が綺麗です。製造装置や搬送装置が置かれた形跡もなく、テープによる区画振りも一度もされた形跡がないようですね」
そう言ってアルが部屋の中央へ進む。
「つまり?」
トオルもアルの後を追いながら周りを見渡した。
床には本当に何もないが、天井にはケーブルやパイプが綺麗に張り巡らされていた。コンセントの挿し口があるため一部は電気ケーブルだと分かる。他にはスプリンクラーヘッドがあることから水道管のようだ。LANケーブルらしきモノも見える。
しかし、それ以外のパイプ類が何なのかはトオルには分からなかった。バルブがあるため何かのガスなのかもしれない。
「一度も使われたことがないのでしょう。まさか構内図どおり何もないスペースだったとは」
「へぇ。事業拡大とかで今後使う予定なのかな?」
「分かりません。しかし、ここはハズレでしたか。ここにアイギパーンの筐体があると予想していたのですが……」
アルはそうつぶやく。
どうやら誘い込まれてという訳ではなく、単純にこの施設はハズレだったため妨害を受けなかったのだろう。
しかし、トオルは疑問に思った。
「まわりの大きなシャッターみたいなのの先は調べなくて良いの?」
「!?」
アルはトオルの発言で、この部屋の両側の壁に認識阻害が施された画像認識AIには視認できないシャッターがあることに気付く。
――ウィーン
しかし気付いたときには遅く、そのシャッターはゆっくりと開き始めていた。
駆動音からして布製シャッターなのだろう。その奥には自衛隊配備機によく似た四脚の地上走行ロボットが大量に配備されているのが見える。
つい二日前、A-インダストリ社内ネットワークハッキング中にアルとトオルを襲った所属不明機だ。それらが小さな機械音を鳴らし起動していく様子が見えた。
「完全に罠に嵌りましたね。しかし所属不明機が出てきた奥のスペースは構内図にありませんでした。どうやら違法増築されたスペースがあるようです」
アルは作業着の上着を脱ぎ捨てつつそう言った。アルは内心非常に焦っていたが、トオルからはアルがとても余裕そうに見える。
「いや、違法増築とか今気にしてる場合じゃないんじゃない?」
トオルは冷や汗を垂らしてそう言った。
体が重く感じる。極度の緊張でこの後足が思い通りに動いてくれるのか自信がない。もし動かなかった場合は逃げられずに蜂の巣にされるだろう。
振り返ると、入ってきた出入り口はかなり遠くに見える。
すぐにでも銃撃戦が始まるのかと思いきや、部屋には聞きなれない音声が流れたのだった。
「よくぞ来た。公僕の犬と生身の人間よ」




