47.本音
「……お忍びで国を廻ったことがあるんだ」
少し間を置いてからルークは語り出す。王子様がそんなこと出来たのかよと口を挟むヴェンに、まだ担ぎ上げられる前だったし護衛も居たからね、と力なく笑って返すルーク。そんなもんかねと頷いて、ヴェンは先を促した。
「ある領地で女の子に出会ってね。多分五、六歳だったと思う。骨に皮が張り付いたような有様で、僕は持っていた食糧を分けたんだ」
憐れみと、自分が良い暮らしをしている罪悪感。その少女の姿が自分を責めているように感じて、そうせずには居られなかったのだとルークは言う。偽善もいいところだろと自嘲するルークにヴェンはどうでも良さそうに言葉を投げる。
「与えられた方はそんなこと考えちゃいないって話だ」
「そうだね。死んだら何も考えられない」
「……何?」
自嘲の色を深めて放たれたルークの言葉に、ヴェンは眉を顰めた。力の無い笑みを浮かべたルーク姿は罪の懺悔のように見えて、ヴェンは言葉の続きを待つ。
「その日は村の家を借りて一夜を明かしたんだ。そして次の日、女の子は……殺されてたよ。僕が与えた食糧目当てに、ね」
大きく息を吐き、ルークは続ける。
「少し考えれば、そうなる可能性に気付けた筈なのにね。その領地は領民に重税を課していて、その村も例外ではなく貧しかった。僕等が剣を帯びていなかったら直接襲われていたかもしれない」
あり得ない話ではないだろうとヴェンは思う。飢えとはそれ程に耐え難い苦痛なのだ。父が戦没してから数年間。ヴェンが安定して獲物を狩れるようになるまでは飢えとの戦いだったと言って良い。
無論、父の跡を継いだ直後もタテノ村だけなら十分賄えるだけの獲物をヴェンは狩っていたが、それを独占していれば他の村から略奪に遭っていたであろうことは想像に難くない。それこそ食糧を与えられた少女のように。
「そんな場所で身を守る術のない女の子に食糧を渡すだなんて、餓狼の群れに肉を放り込むようなものだ。あの女の子は僕が殺したんだ」
「……俺はそうは思わないけど、こればっかりは自分がどう感じるかって話か」
きっかけはルークだったかもしれないが、実際に殺した人間は別にいるし、遡れば圧政を敷いた領主が悪い、ということになる。一応更に遡るとそんな領主をのさばらせておく王が悪いという話になって間接的にルークも、と言えなくは無いが、そこまで行くと言葉遊びに過ぎない。
ヴェンは善悪ではなく敵か味方かで動く人間であるが、一般的な善悪観を持ち合わせていないわけではない。使わないだけで。故にルークが自責の念を覚えることも理解出来なくは無かった。共感はしなかったけれど。
「……僕が殺した、僕の責任だよ。そこは譲れない」
「誰も譲れなんて言いやしないよ。そこら辺は個人の自由だしな」
ヴェン自身、敵の命を奪うこと自体は割り切っているが、殺した責任は誰にも譲ろうとはしない。きっちり受け止めて、その上で踏み躙る。歪んではいるものの、ヴェンなりの覚悟の形だ。歪んでいる自覚があるからこそ、ヴェンは人のそれにケチを付けるような真似はしない。尤も、潰れそうなら助言くらいはするが。
「その場の判断も悔やんでるけど、それ以上に貴族の暴挙を諌められない王家の現状が許せなくなった。それを甘受しようとしていた自分には尚更ね」
ルークの目には強い後悔の色と、それ以上に輝く意思の光があった。先ほどまでとは違う、本気の瞳。ヴェンはへえ、と口元を歪ませる。
「さっきまでよりずっと良いって話」
というか、カマトトぶってやがったなと笑うヴェン。担ぎ上げられたって言ってたが、その様子じゃ自分の意思だろうに、と。
「嘘じゃ無いさ。担ぎ上げられたのは本当だよ。そうなるように誘導したのは僕だけどね」
良いかい、とルークは前に置いて続ける。
「この国は王の権力があまり強くない。貴族達に領内の立法、司法権はあるし、それを縛る上位の法も存在しない。だから貴族達は領内でやりたい放題出来るわけだ」
「……わぁお」
そりゃ無茶苦茶やるわな、とヴェンは呆れたように呟いた。実質、領地一つ一つが国であるに等しい。正直、まともに国が成り立っているのが不思議なくらいだ。それも長い歴史を作っているというのだから驚きである。それを口にすると、ルークはそうだね、と小さく笑う。
「実際、外敵が居なかったら空中分解していただろうね。さて、ここまで聞いて分かっただろうけど、王家の影響力は小さいし、本来王位に就いたところで改革なんて不可能だ」
「だろうな」
さして頭の良くないヴェンですら分かる不可能さ加減である。というか、正直この国の王位に価値があるのかすら怪しい。
「それ故、僕は清廉な性格を前面に出して圧政を敷いているような貴族には煙たがられるよう振る舞った」
彼等の多くは元々兄上に着いていたから都合が良かったしね、とルークは言う。
「分かりやすい対立候補になったことで、下級貴族や清流派とでも言うべき貴族を僕の支持母体とすることが出来た。滅ぼすべき存在を敵方に纏められたわけだ」
そこでルークは一旦言葉を切り暫し瞑目すると、決意の籠った声で続けた。
「今の玉座に価値は無い。価値を持たせる為には、粛清が必要だけど、王の立場でそれをすれば反発は必至。他国との戦争状態あって内乱は愚行ではあるけれど、この国が生まれ変わるには絶好の機会でもある。僕は、それに賭けた」
ルークの瞳をヴェンは底を見通すような強さで見つめる。ヴェンの眼力にも退かない精神の強さと、意思力。それを持って、ルークは気を吐く。
「たとえ多くの血を流すことになろうとも、この国を作り変えたい。民が笑顔で暮らせる国を作ることが僕の責であり、意思だ」
ヴェンの直感はルークの言葉に嘘は無いと判じた。全面的に信頼出来るかはともあれ、少なくとも今の話については信を置いてもいいようにヴェンは感じる。
「俺はアンタ――いや、ルーク殿下に力を貸してもいいと思ってる」
「……本当かい?」
「ここで嘘吐く意味も無いって話だ。ただ、反乱軍の大将がどう出るかは分からないけどね」
まあ手を組みたいようなことは言ってたし大丈夫だとは思うけど、とヴェンはルークに手を差し出した。
「とりあえず、天賦ヴェンリットだ。コンゴトモヨロシク。殿下」
「ああ、よろしく。ヴェンリット君」
ヴェンで――ああ、人が居る所ではオルガの方で頼む、とヴェンは笑う。ルークも君も人が居る所では敬語で頼むよ、と言いつつ差し出された手を握り返すのだった。
■ □ ■ □
――飯を食ったらすぐ治る。
傷のことを案じられたヴェンがルークに返した言葉である。流石にそれは冗談だろうと笑うルークだったが、それでも料理を手配してくれることになり、部屋に運ばれて来た料理を流れるような勢いで腹に収めつつ、ヴェンは口を開く。
「さっすが宮廷料理。美味い」
「僕らは毒味なんかをされてからだから、大抵冷めててあまり美味しいと感じたことは無いな」
贅沢な話だけどね、と笑うルークにそりゃ勿体無いと言いつつヴェンは何の肉か分からないステーキを飲み込む。口の中に強い肉の旨味と程よい脂の甘さが絡み合って素晴らしい。ヴェン曰く、気分的な問題なのだろうが、肉が一番傷の治りが早いような気がする、とのこと。
無論この料理に毒が仕込まれている可能性も零では無いのだが、ヴェンの強靭な肉体は大抵の毒を受け付けない。実際、致死毒を持った毒キノコやら毒草やらを平気で食べる男である。
「ふぅ、痛みが大分引いたな。しかし本当にとんでもない爺さんだよ」
こめかみを軽く揉みつつ、ヴェンはボヤく。
「ローガン爺は王国最強だからね。でも爺が褒めてたってことはヴェンも相当なものだと思うけど」
「一応天賦ではあるしな。まあ、あの爺さんとやり合う羽目にならないことを祈ってるよ」
今回は負けても構わない状況だったから良かったものの、負けられない状況で戦うことになったら打つ手が無い。それこそ意識外の超遠距離からの不意を打った狙撃に失敗したらアウトだろう。そしてヴェンは弓の腕に自信がない。絶望的である。
「天賦の中には戦局を単騎で覆せる者も居るからね」
ローガン爺や君がそうであるように、と言うルークの言葉にヴェンは引っかかりを覚えて口を開く。
「天賦(ギフテットはが全員そうじゃないのか? 爺さん、アンナ、まあ手前味噌だが俺。全員やり方次第でそれなりの規模の戦いならひっくり返せそうだが」
「天賦といっても全員が全員戦闘向きってわけじゃないからね。加護を与えて下さる神のほうこうせに寄るのさ。まあ、どんな天賦でも肉体は常人の比じゃないくらいに頑強だけど」
そりゃ知らなかったな、と意外そうに漏らすヴェン。ヴェン自身にはじまり、アンナ、ローガンと立て続けに戦闘特化の天賦ばかりと出くわしていたのだから勘違いするのも無理からぬことだった。
「……アンナというのは速度が武器の天賦で間違いないかな?」
「ああ……っと殺しちゃマズイ奴だったか?」
いや、と息を吐くルーク。
「兄上の派閥の天賦だから問題ないよ。彼女は良い所の出でね。生きていたら使い道もあったというだけだからね」
そういえば公爵令嬢だとか言ってたな、とヴェンはアンナの言葉を思い出す。キールは本当なら使えますがねえ、と半信半疑。ヴェンも公爵令嬢様が戦場に出て来るかよと話半分だった。貴族だろうとは思っていたが、爵位までは自分の価値を高める為に盛ってるのだろう、と。
しかし王子様が気に掛けるとなると本当かもしれないと考え直すヴェン。事実を確認しても良いのだが、下手に興味を持っているところを見せてしまうとアンナの生存を気取られる可能性がある。
ヴェンとしては事実を告げても問題ないように思うのだが、その辺りはキールの判断に委ねた方が良いだろうと生存を秘したのだった。
「それよりも兄上派の天賦が減ってくれた方がありがたいよ」
「……そういや、第一王子派の天賦は何人居るんだ?」
ルークの言い方から一人や二人では無いのだろうと覚悟しながら、恐る恐るヴェンが尋ねる。
「キッカリ十人だね。ああ一人減って九人か」
げ、と頬を引き攣らせるヴェン。アンナ一人に苦戦していたというのに、九人などどうしろというのかと文句を言いそうになるも、此方も派閥があるんだったなと思い直す。
「殿下の派閥には?」
「二人。ちなみに一人は戦闘向きじゃないから」
ヴェンの頬が引き攣ったまま固まる。
「…………」
「…………」
奇妙な沈黙の中、視線を交わらせる二人。ヴェンはナイフとフォークを置くと何事もなかったかのように立ち上がり、背を向ける。
「タテノ村に帰らせて貰います」
「ち、ちょっと待った!」
流れるような動作で出て行こうとするヴェンを、必死の形相で引き止めるルーク。リューン王国を変えるかもしれない両者の出会いは、なんとも締まらないものとなるのだった。




