46.内情
――ヴェンリット君。
自身の本名を呼ばれたことに目を驚愕の形に見開いたヴェンは諦観したように瞳を閉じ、溜息一つ、椅子にどかりと腰を落とした。その様子は開き直ったようなふてぶてしさがあった。
「『鬼』ってのは安直だったかね?」
「それ以前に天賦というのは君が思っているよりも希少なんだよ。似たような能力の天賦が同時期に現れるなんてあり得ないからね」
呆れたように言うルークに、ヴェンは冗談だよとケタケタ笑いながら返す。この段に至って態度を取り繕う必要も無く、ヴェンの雰囲気が獣じみたものへと切り替わる。
「やけにあっさり認めるんだね」
「ま、バレなきゃラッキー。バレてもそこはそれって話だったしな」
流石に突然現れた天賦が疑われないとまでキールもヴェンも楽観はしていなかったし、余程無能でない限りオルガと反乱軍の天賦を結びつけるのは必然だと考えていた。それにだ、とヴェンは前に置いて続ける。
「さっき言った理由は大体嘘じゃあ無い。圧政をどうにかしてくれるなら力は貸すさ。聞いた話じゃ、一人でも天賦の戦力は欲しいだろう?」
まあ、状況が変わってるならどうだか知らんが、と言うヴェンに、ルークは大した度胸だよ、と疲れた様子で大きく息を吐いてから喉を震わせる。
「……君の知っている状況と現状のすり合わせがしたいんだけど、良いかな?」
「そりゃこっちからお願いしたいくらいだ」
俺達が得た情報の確度なんて知れてるしな、と戯けたように言うヴェン。不敵な笑みを頬に刻んで言う姿はいかにも余裕に満ちているように見える。
無論、ハッタリだが。
キール式交渉術。常に空虚な自信と余裕を持って交渉に臨むスタイルである。キール曰く六割くらいの確立で誤魔化されてくれるらしい。それを聞いた時、本当に前世は何をしていた人間なのやらとヴェンは溜息を吐いたとか。
「今リューン王国で王位継承争いが起きていることは知っているね?」
「ああ。国内では第一王子と第二王子が。国外だと第一王女と結婚した都市連合国の首長もどさくさ紛れで王位を狙ってるって話だろ」
隣接する三つの国の内、二つと交戦状態にあるリューン王国にとって都市連合国は唯一の友好国である。その影響力は決して小さなものではない。無論王位継承権の位階は低いのだが、力はある。第一王子と第二王子の争い次第では王位を狙える位置にいることは間違い無かった。
そして件の第一王子と第二王子は――
「そうだよ。特に僕と兄上の派閥は完全に対立しているよ。僕の支持母体は下級貴族や平民。兄上は貴族が中心になっているね」
ルークの言葉に、ヴェンは黙って頷く。これはあらかじめキールやアンナから聞いていたことであるし、広く知られている事実でもある。尤も、王都から離れると耳に入らなくなるのだが。現にヴェンは教えられるまでまるで知らなかった。
「元々、リューン王国は長子相続が基本だ。この場合だと兄上になるね。本来なら、慣例通り兄上が王座に就く筈だったのだけれど……」
「王位継承争いなんてもんをしてるってことは、そうもいかない事情があるって話か」
「下らない理由だよ。本当に下らない、ね」
言って、目を伏せるルーク。ヴェンはルークから自責するような雰囲気を感じ取って、訳ありなのかと心の中で零す。基本的に空気を読まないヴェンだったが、ここで口を挟む理由もない。
「それで、その下らない理由ってのを聞いても構わないか?」
「……遠慮しないね」
「別に話したくないなら話さなくても構わんさ」
苦笑いするルークに、ヴェンは肩を竦めてみせる。別段ルーク本人に聞かなくとも王子同士が対立している理由が噂になっていない筈もなく。ヴェンとして、街で噂を拾えば良いだけの話なのだ。尤も、生きてこの城を出られれば、という前提ありきではあるが。
「……平凡な兄、非凡な弟」
兄上と僕の市井での評価さ、とルークは自嘲するような調子で言う。
「生まれ変わって、僕は調子に乗っていた。しがらみはあったけれど、望めば全てが叶う。そんな環境だったからね」
そうだろうな、とヴェンは思う。無論、ヴェンには分からない苦労はあるのだろうが、一国の王子という立場だ。ヴェンやキールのように飢えに苦しむことも、理不尽に奪われることも無かっただろう。
「幼い頃から剣術や魔術の鍛錬に没頭したよ。楽しくて、苦にならなかったな。勉学にも励んだし、前世の知識を活かして色々提案したりもした」
ある意味当然だろうとヴェンは思う。生きる為に必死ではあったけれど、ヴェンも父から狩の技術を覚えるのは楽しかった。魔術なんて前世ではあり得ない技術を学べるのだ。それも、おそらくは最高の環境、最高の教師で。当然楽しくて仕方ないだろう。
「褒められるのが嬉しくて、有能さ――というのは自惚れのようだけれど、そう。有能さを隠そうともしなかった」
今思えば馬鹿馬鹿しい話だけれど、当時の僕は熱に浮かされたような調子でね、と苦笑いするルーク。ヴェンは無理もないだろうさと返す。転生というあり得ない現象、王子という生まれ。調子に乗るなというのは難しい話だ。
「長子の兄上は次代の王になることが決まっていた。当然、次代の王におもねる貴族達は多かったよ」
でも、そうではない者達も居たんだ、とルークは溜息を吐いて続ける。
「おもねったところで得るものの少ない下級貴族。兄上に着いた貴族と敵対している家柄の者。そんな彼らが目を付けたのが、件の評判さ」
「……平凡な兄、非凡な弟、か」
「間の抜けた話さ。気が付いたら祭り上げられて、いつの間にやら王位を争う対抗馬にされていたよ」
尤も、そこまではまだ問題にならなかったんだというルークの言葉に、ヴェンは何故だと首を傾げた。その時点で王位継承者争いになりそうなもんだが、と言うヴェン。ルークは小さく笑って解を示した。
「父上が健在だったからね」
「父上――ああ、この国の王様な」
キール曰く、非常に優秀な人物ではあるものの、家族に対する情が深く、王族としてはいまひとつとのこと。
「ああ。後継者の指名こそしていなかったけれど、おそらく父上は兄上を選ぶつもりだったと思う」
老いてこそいたが、まだ戦地に赴いて兵を鼓舞することすらあったという王。後継者を指名しなかったのは、まだ現役を退くつもりが無かったからだろうね、とルークは寂し気に笑った。
「確か……昏睡状態って話だったな」
ヴェンはそういえば、と口にする。これはキールから聞いた話であるが、特別な情報ではない。市井にも広く知られている話なのだ。本来、王族の健康状態など最重要機密もいいところなのだが、何でも新年を祝う催事の際に、多くの者達の前で倒れたらしい。
しばらくは詳細な情報は伏せていたらしいのだが、死亡説が流れ出した為に昏睡状態であると発表したとの話であった。
「ああ、市井に広まっている噂の通りさ。父上は病に倒れ、昏睡状態。後継者を指名せずに、ね」
「それで後継者争いが激化したってわけか。しっかし、二つの国とドンパチやってる状況で王が倒れて、よくもまあ国が保ってるもんだよな」
これだけ内部がガタガタならあっさり攻め落とされてもおかしくないだろうに、と呆れたように言うヴェン。そうだね、と同意しつつ、ルークは口を開く。
「ローガン爺が居なかったら滅亡していてもおかしく無かったと思うよ」
「ああ、あの爺さんならなあ……」
個人が国の興亡、その行く末を変えるなど中々あることでは無いが、あの老人なら何をやらかしても不思議ではないとヴェンは思う。ルークはこの国の恩人さ、と笑いながらその偉業を語る。
王が倒れた直後、戦地から疾風のように戻ると第一王子、第二王子の両陣営を抑えたという。今は内部で争っている場合ではない、リューン王国危急のの時であると説き、後継者争いを牽制。自身は中立であることを宣言した後に戦地へとんぼ返りし、圧されていた戦線で暴れに暴れ、敵国に痛撃を与えたのだという。
「おいおい、洒落にならんって話」
「嘘みたいだけど、事実だよ。リューン王国の守護神さ」
無茶苦茶する爺さんだなとヴェンは頬を引き攣らせる。ヴェン自身も天賦として常人離れした戦闘力を誇っているのだが、流石にここまで荒唐無稽な、しかし事実を聞かされると腰が引けるというものだ。
「……いや、待てよ」
ヴェンはそこでふと気付いたように口を開く。
「中立だって言っておいて、俺をアンタに合わせるってのは……」
「……僕も、正直そこが気になってはいるんだ」
ヴェンが反乱軍の天賦であると分かっているにしろ、分かっていないにしろ――尤も、おそらく分かっているのだろうが――ヴェンをルークに引き合わせるような真似をするのは中立とは言い難い。
刃を交えて、ローガンはヴェンが天賦であることを知っている。天賦は歩く戦略兵器だ。一騎当千を体現した者達。一人居るだけで戦力のバランスは大きく傾く。それをルークに引き合わせた。明らかにルークに肩入れするような行為。
「第三王女を助けてくれたことに対する感謝、という名目はあるのだけど――」
「――それだけだとは考え辛いわな」
ティナ、というのはおそらく王女様のことだろうと内心あたりを付けつつ、ヴェンは首を傾げる。
「ローガン爺と直接話したのも久し振りだったんだ。ローガン爺はずっと戦地に出ずっぱりだったから。反乱で戦線が増えて、政情も悪化しかねないという理由で戻って来てる」
「戦地にで心変わりがあったんだか、他に理由があるんだかって話か」
ま、今考えたところで分かりゃしないだろうさ、とヴェンは肩を竦め、ルークの瞳を真っ直ぐに見つめる。
「状況は理解した。大体、俺の知っている通りだった。ただ、聞きたいことは、まだ聞けてない」
「……何かな?」
ヴェンはすっとぼけるなよと獰猛に笑い、歯を剥くように言葉を吐き出す。
「アンタが王位を狙う理由を聞いてない。祭り上げられたから? それだけじゃ無いだろう。それだけだって言うなら、いくらでも降りる手段はある筈だ」
アンタを持ち上げてる連中だってローガンの爺さんを敵に回すような真似はしないだろう。第一王子派の奴等もアンタを害そうもんなら王国最強の天賦が敵に回ることは理解している筈だ。身の危険なんて理由にならない。そうだろ、と差し向けられたヴェンの言葉に、ルークは表情を固くする。
「それでも戦うことを選んだ。その理由を――」
――アンタの腹を見せてくれ。
それ次第じゃ力を貸すよ、と真剣な表情で言った後、ああ、条件次第でもあるんだったと付け加えるヴェン。表情を固くしていたルークは、それを聞いて毒気を抜かれたように小さく笑うのだった。




