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異世界戦記を猟師が行く!  作者: 矢田
王都狂想曲
50/52

45.ルーク

「……頭が痛いな」


 物理的にも、現実にも。まったくもって頭が痛いとヴェンは呟いた。右のこめかみの辺りが鈍く痛む。脈動と共に広がっては収まる痛みに、ヴェンは静かに思う。


 ――負けたなあ。


 負けると思っていた。勝てないだろうと予測してはいた。しかし、倒すことが想像すら出来ない相手だとはヴェンも思っていなかったのだ。実際に刃を交えるまでは。


 しかし、蓋を開けてみればこの有様である。


 赤子の手を捻るような容易さで、ローガンはヴェンをあしらってみせたのだった。それも、ローガンがまるで本気を出していないことはヴェンの目にも明らかで。王国一の魔術の使い手ということは、王国一の遠距離戦の妙手ということになる。


 ――君の流儀に合わせてみたのだが。


 ローガンはそう言っていた。それはつまり、魔術を使わずに戦うということだったのだろう。流石にアンナが言っていた魔力による身体強化は使っていたと、ヴェンとしては信じたいところだが。もしこれで素の身体能力でしたと言われようものなら、唯一の好材料である身体能力で優っているという点が失われてしまうのだから。


 近接戦闘に応じてくれたのも、『流儀に合わせ』たということなのだろうとヴェンは溜息交じりに思う。ヴェンの剣鉈は刀身が短い上に、あの時は逆手に握り込んでいた。殆ど拳と変わらない程度のリーチしかなかったわけだ。魔術を使うなら大きく下がった方が都合が良かっただろうし、近接戦闘に限定しても剣の間合いなら二歩は退いた方が有利であった筈。


 こちらの土俵で相撲を取ってもらった挙句何も出来ずに負けたのだから、ヴェンは溜息を吐く他無い。遠距離戦は、絶望的。近距離も受けられた時点で詰み。どうしろってんだよとヴェンは乾いた笑いを漏らす。


「……しっかし、不用心過ぎやしないか?」


 横になっていたベッドから身を起こしてヴェンは訝るような視線を室内に巡らせた。少なくともヴェンがこちらの世界に来てから見た部屋の内装としては、一二を争う程豪奢な造りをしている。ベッドも柔らかく、それでいて適度に反発があって寝心地が良い。高級なホテルのような内装に、ヴェンは居心地が悪くなって身じろぎする。


 目が覚めたら牢屋だったという展開を覚悟していただけに、こんな上等な部屋が充てがわれていることにヴェンは凄まじい違和感を覚えるのだった。さらに――


 ――枷も嵌めて無いときた。


 天賦(ギフテット)を戒められるだけの枷が無いとは考え辛い。天賦(ギフテット)の全員が全員善人では無いだろうし、ヴェン自身のように王国に忠実でない者も居た筈だ。それを戒める手段が無いと考えるのは楽観が過ぎるというものだろう。


 逃げ出すのも手ではあるのだが、妙に待遇が良いことを鑑みると、この状況に乗ってみた方が良いかもしれないと考えるヴェン。リスクは高いが、すぐに逃げを打ったところでローガンに見つかってしまえばまず逃げ切れはしない。


 また、武具の類は流石に取り上げられているようで部屋の中には見当たらない。ドワーフ達には申し訳ないが最悪鎧は捨て置くとしても、剣鉈だけは回収したいとヴェンは思う。現状ヴェンの腕力に耐え得る唯一の武器であり、父の形見だ。少々無理をしてでも取り回したいところだった。


 そんなことを考えていたヴェンの鼓膜を、扉を叩く硬質な音が揺らした。どうしたもんかねと呟いてから、考えても無駄かと思い直すヴェン。さて、と声を返そうとしたところで、扉は声を待たずに押し開けられた。


「これは……もう御目覚めでしたか。失礼致しました」


 深々と頭を下げる初老の女性。シックなモノトーンのワンピース。侍女(メイド)さんって奴かねとヴェンは思い、リーナがメイド服を着たらさぞ映えるだろうと呑気な想像をするのだった。


「いえ。お気遣いなく」


 恐らくローガンに殴り倒されてからそう時間は経っていないのだろう。ヴェンの人並み外れた回復力故に意識を取り戻してこそいるが、常人なら頭蓋が砕けて死んでいたであろう威力の打撃だった。それがあっさり意識を取り戻しているのを想定しろというのは無理な話だ。


「ありがとうございます」


「ええと、何か御用で?」


 誰かに(かしず)かれるという状況がむず痒く、ヴェンは何となく気まずそうな調子で尋ねる。ヴェンの座りが悪いという態度に気付いたのか、気付かないのか。メイドの女性は一切態度を崩すことなく言葉を返して来る。


「怪我の診察に参りました」


「お気になさらず……」


 と逃れようとしたヴェンだったが、敵意のない、それも老境に差し掛かろうかという女性を理由もなく力任せに押し退けるわけにも行かず。敵となれば老若男女容赦なしのヴェンリットが、しばらくの間なすがままにされるのだった。


 頭に薬草の包まれた包帯を巻かれたヴェンは何故か随分と質のいい服に着替えさせられ、あれよあれよという間に部屋の外へと連れ出される。着いて来て頂けますかというメイドの言葉に、流れに乗ると決めたヴェンは躊躇うことなく従うのだった。



 ■ □ ■ □



 こちらです、とメイドに示された扉に入ると、ヴェンが先程まで寝かされていた部屋よりも更に格の高い部屋が広がっていた。ヴェンは目利きに優れているわけでは無かったが、素人目にも明らかな格式高さがうかがえる。


 尤も、ここに至るまでの通路の造りや広さなどを見ているため、ヴェンも驚きもしなかったのだが。


 ――というか、ここ多分王城だよな。


 窓の外に広がっている景色が、明らかに高い。王都を見下ろせるような建物など幾つもありはしないだろう。何故だか理由は分からないが、意識のないままにヴェンは王城に招き入れられていたのである。


 それが分かった時、ひと暴れしてみたらどうなるかね、と物騒なことを考えたヴェンだったが、ローガンが居ることと、キールから説明された王宮内の入り組んだ権力構造や派閥闘争を思い出して馬鹿馬鹿しいなと笑ったのだが、それはともあれ。


 豪奢な部屋の窓際で外を眺めていたらしい青年がヴェンに向き直る。陽光で煌びやかに輝くやや白んだ金髪。すらりと伸びた手足に、均整の取れた身体。細身ではあったが、立ち振る舞いに隙が無いようにヴェンは感じた。


 容姿は輝くような、と形容しても誇張にならない程に整っている。深みのある碧眼に、抜けるような白い肌。貴公子という言葉がこれ程相応しい男もそう居ないだろうとヴェンは思う。


 ヴェン自身の容貌も整ってこそいるものの、目付きや雰囲気で何処と無く獣っぽい印象を与え、獰猛と評されることの多いものであったりする。


「やあ、オルガ君……いや、御同輩、と言った方が良いのかな?」


 涼やかな、耳触りの良い声で言う青年。その手には、見覚えのある紙が握られている。それは、キールがヴェンに預けた異邦の証明。この世界の人間に対しては何の意味もない、しかしヴェンやキールの同郷人であれば高確率で反応するであろう単語の羅列。


 ――地球。


 この単語をキールが知り得る限りの言語で書き並べた紙を、青年は持っていたのだった。ちなみに、キールは日本語以外に数カ国語を操れるらしい。この世界では役に立たないのが悲しい有能さであった。


「……どちらでも、お好きなように。第二王子、ルーク殿下」


 言いながら、片膝を着き、頭を下げるヴェン。アンナに教わった拙い作法であったが、服が儀礼用のものであることも手伝って中々様になっていた。


「おや、僕のことを知ってくれているのかい?」


「貴方に御目とおりするのが目的でしたからね」


 嘘である。


 言葉に嘘は無いが、ヴェンは第二王子ルークの顔は伝聞でしか知らないし、人物像もキールとアンナから大雑把に聞いただけであった。名を呼び掛けたのは、ただの当て推量に過ぎない。


「ああ、この部屋に他の者の目は無い。気楽な口調で構わないよ。何せ御同輩だからね」


「では……失礼して、と」


 膝を起こして立ち上がり、首を鳴らすヴェン。無礼もいいところだが、元々ヴェンに貴族王族を敬おうという気は欠片もありはしないのだ。自分達を虐げていた貴族連中と、それを止めない、或いは止められない王族。どちらも敬意の対象になどなりはしない。


 王族が明らかな不審者、それも一騎当千の天賦(ギフテット)に一対一で向かい合うという状況。不用心が過ぎるように思うヴェンだったが、同時に警戒を強める。


 魔術による仕掛けがされていてもヴェンには分からないし、他の者は居ないと言いつつ、護衛が潜んでいる可能性は零ではない。油断大敵って話、とヴェンは自身に言い聞かせる。


「俺は天賦(ギフテット)のオルガ。職業は猟師だ。よろしく頼むよ」


「よろしくね。ああそう、ローガン爺が褒めていたよ。『荒削りだが腕の届く範囲であれば無類の強さを誇ろう』ってね」


 ルークの言葉に、ヴェンは苦笑いする。あれだけ圧倒的な差を見せつけられて称賛されてもまるで説得力が無い。世辞にしか聞こえないというものだ。 


「そりゃ光栄っと」


 ローガン爺がここまで評価するのは珍しいから誇って良いと思うよというルークに、ヴェンは肩を竦めながら言葉を返す。


「さて、そろそろ本題に入ろうか。君は何故僕に接触しようと思ったんだい? 君は天賦(ギフテット)だ。この世界で生きて行くのに不自由は無いだろう。わざわざ危険を冒してまで僕に接触しようとしたのは何故?」


「一つは、同郷の輩に興味があったから。で、もう一つはアンタがこの国の圧政を改善しようとしてるって話を聞いたからだ」


 言ってからヴェンはもっともらしい作り話を声に乗せる。作り話といっても固有名詞をぼかして話をやや盛った、辺境の村での圧政の話だ。一通り圧政に苦しむ村の話を終えた後、ヴェンは鋭い視線でルークを射抜く。


「アンタが本当に国を変えるってんなら天賦(ギフテット)の力をアンタに預けようと思った。上辺だけなら、反乱に与して国に牙を剥こうと思った。俺の爪牙を預けられる人間かこの目で確かめたかった。これで十分か?」


 これは作り話であると同時に、ヴェンとしては本気の部分もある。もし本当にルークが信頼出来るのなら、条件次第で力を貸そうと考えていた。大切な人達の安全が保証されるのであれば、キールを裏切ってでも、である。


「成る程、成る程。おおよそ嘘はない、と見たよ。掛けてくれるかい?」


 ヴェンに椅子を勧めながら、自身も椅子に腰掛けるルーク。ルークは柔らかな笑みを浮かべ、続ける。


「少し長い話になるだろうからね――」


 ――ヴェンリット君。


 ヴェンはルークの呼び掛けに対し、盛大に頬を引き攣らせるのだった。


ちょっとゴタゴタして更新が滞ってしまい申し訳ありません。

今後は多分普段通りのペースに戻せると思いますのでご容赦を。

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