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異世界戦記を猟師が行く!  作者: 矢田
王都狂想曲
48/52

43.邂逅

「さて、それじゃま、命にサヨナラするお時間だって話」


 ヴェンは短剣を床に放って剣鉈を抜き放つ。獣を思わせる重圧(プレッシャー)がヴェンの全身から放たれ、スタインはたじろぎ、第三王女は貧血を起こしたように崩れ落ちた。


 ――死んでないよな?


 ここのところ狩をせず、基本的に殺気を垂れ流して相手を威圧する戦法を取っていたヴェンは今回も特に考えずに殺気を撒き散らしたわけだが、王女のような戦いとは縁遠いであろう人間が間近で受けて平気だろうかと思う。


 表情は長い前髪で隠れて見えないが、胸は上下していることを確認して、ヴェンは内心安堵の息を吐く。ヴェンの視線が一瞬王女に向けられた隙を突いて暗殺者の男が窓に向かって床を蹴った。


 勝てないと踏んで即座に逃げに移れる判断力。ヴェンの殺気に動じない胆力。どの程度のものかヴェンには分からないが、学院の警備をすり抜ける技量。どれも一流だといっていい。


 しかし、相手が悪かった。


 出遅れたにも関わらず、窓の前に先回りしているという理不尽。人間の枠を出ない一流では、怪物(ヴェンリット)の相手は務まらない。


 眼前に出現したヴェンを認識して、バランスを崩しながらも反転しようとする暗殺者の男。とはいえ、反転を試みたということは、完全に速度が失われてしまうことになるわけで。


 ただでさえアンナの速度に反応出来るヴェンの前で動きを止めるのは自殺行為もいいところだ。一切の慈悲を持たず剣鉈を横一線に振るおうとした瞬間――


「――待ってくれ!」


「いいっ」


 既に腕を振るっていたヴェンが認識出来たのは「まっ」という音だけだったが、その音に込められた意味を汲み取って素っ頓狂な声を上げながらも首筋の皮を裂くか裂かないかといったところで剣鉈を止めた。


 天賦(ギフテット)ではないようではあったが、腕のいい暗殺者の動きはいい。そのままの勢いで背後に跳んでヴェンから距離を取ると、ヴェンに塞がれている窓ではなく扉に向かって駆け出した。


「生け捕りにして頂きたい!」


「クッ――」


 ――無茶言ってくれるよ。


 スタインの言葉に文句を言いながらヴェンは暗殺者の背を追う。以前までのヴェンであれば生け捕りという注文をされても問題無かったのだが、今のヴェンには酷く難事だ。ヴェンは今、自分の力を完全に制御下に置けず、やや持て余しているのだから。


 気のせいでは済まされない程にヴェンの身体能力は上がっていた。ファティアに作って貰った弓の弦は容易く引け、鉄塊は片手で軽々振り回せる。無理をすれば手首だけで扱うことすら可能だ。何が原因かと言われれば、おそらくは自身の身に宿る天賦(ギフテット)なのだろうとヴェンはあたりを付けていた。


 反乱が始まってから変化を如実に感じるようになったことを思えば、身体能力上昇の(キー)にも予想が付く。


 ――殺すこと、だ。


 これまでのことを思えば人間、魔獣を問わず命を奪えばいいのだろう。的外れな可能性もあるが、おそらく当たっているだろうとヴェンは考えている。敵を倒せば倒す程強くなるとかゲームじゃあるまいし、とはヴェンの言。


 天賦(ギフテット)が神の加護を受けた者だというのなら、自分に加護を与えてくれた神様は随分物騒なお方らしい、とヴェンは苦笑いするように思う。尤も、それで助けられているのだから疎むようなことはないが。


 ともあれ、数百人の命を奪ったことが原因なのだろう。ヴェンの身体能力は急激に上がった。倍三倍という変化ではないが、一割近くは上がっているようにヴェンは感じている。無論、数値化出来るようなものではないので曖昧な感覚ではあるのだが。


 強くなるのはこれから先のことを思えばありがたい限りなのだが、同時に急激な身体能力の上昇はヴェンの感覚に狂いを生じさせていた。精密な動きや技ではなくシンプルな殴り合いが戦闘スタイルのヴェンにとって、全力の戦闘時にはさほど気になるズレではない。


 もとより無駄な動きの多いヴェンである。多少それが増えたところで、身体能力の上昇で十分賄えるだろう。問題は、手加減しなければばらない場合だ。


 ヴェンの腕力はちょっとした間違いで人の命を奪ってしまう。元々雑な上に感覚まで狂った状態で殺さず、かつ戦闘能力を奪うという絶妙の加減は今のヴェンにとって不可能に近い。


 確かに王女を暗殺しようとした下手人から情報を得たいというスタインの思考は頭のよろしくないヴェンとて理解出来るのだが、それならせめて扉を塞ぐとかしといてくれよとヴェンは思う。尤もその場合、騎士スタインは殺されていた可能性が高いのだが。


 舌打ち一つ、ヴェンは暗殺者を追う。絶対的な速度で上回っているのだ。多少不意を突かれたところで追い付くのは容易い。とりあえず手足の一本を砕く程度なら死にはしないだろう、と考えるヴェン。痛みによるショック死や出血死に意識が行かないあたり、ヴェン基準で「死なない」だったりするのが、その辺りにはまるで気付いていない。


 ヴェンは強く床を蹴ると暗殺者の頭上を跳び越え、天井を蹴って急降下。再び暗殺者の眼前に立ち塞がると獰猛に笑って見せる。


「残念こちらは行き止まりっって話だ」


 言いながら、ヴェンは無造作に右足を低く薙いだ。本来腿を狙うローキックだが、おおよそふくらはぎの辺りを狙った一撃は雑で腰も入っていなかったが、圧倒的な身体能力がその全てを無視して不可避の一閃となった。


 蹴撃は肉を断裂させ、骨を砕く。


 折れた骨が皮を、肉を突き破ったのだろう。赤い軌跡を描きながら、蹴られた勢いでヘソの上を中心に暗殺者の身体が回る。回転しつつ走ってきた勢いのままに向かってくる暗殺者の身体を、ヴェンは鬱陶しそうに片手で受け止めると、床に抑え付けた。


 その時、力の加減を誤って抑え付けるというよりは叩き付ける形になってしまい、右手に骨が砕けるような感覚が伝ったような気がして、ヴェンはしまったなと表情を歪ませる。


「あー、多分死んでないだろ。多分」


 とりあえず息はあるし、心臓も動いている。死んでないってことは生きてるって扱いでいいだろう、と投げやりに思うヴェン。おそらく、治療を施せば死にはしない筈だ。


「無事か!?」


「ああ……とと。ええ、大丈夫です」


 ヴェンに遅れて部屋を飛び出して来たスタインが追い付いて掛けて来た声に、ヴェンはつい素で対応しそうになり、一旦間を置いてから言葉を返す。


「ああ、言葉遣いは気にしなくて結構だ。すまない……助けられたな、オルガ殿」


「……いえ、騎士様に粗雑な言葉遣いは出来ませんよ」


 オルガと言われて一瞬誰のことだと思ってしまったヴェンだったが、一応丁寧な言葉遣いで応える。


「そんなことより、生け捕りというなら早く治療を。急所こそ外していますが、加減が利きませんでしたから」


「うむ、そうか。重ね重ねすまんが、この者の監視を頼めるだろうか?」


 治療の道具を取って来ると言うスタインに、構いませんよとヴェンは笑う。監視と言ったところで、意識のない暗殺者を踏み付けていればいいだけの話だ。何の労もない。


 それでは頼むと頭を下げて走り去って行くスタインを見送って、ヴェンは念の為、と意識を研ぎ澄ませる。先程探った感触だと他に暗殺者が居る気配は無かったが、やって損はないだろうとヴェンは目を閉じ――


 ――次の瞬間一度は収めた剣鉈を引き抜いた。


 先程まで平然としていたヴェンの額には汗が浮き、落ち着きなく視線を巡らせている。背には冷たいものが流れ落ち、呼吸は荒く乱れ出す。


「……冗談キツイな」


 ハハ、と乾いた笑いを上げるヴェン。


 ――近い。


 理屈ではない。本能が最大音量で警報(アラート)を鳴らしている。ヴェンの感覚に明確に何かが引っかかったという訳ではない。むしろ、警戒すべき存在の気配は少しも感じない。


 にも関わらず、ヴェンの身体と意識は自然と戦闘状態に切り替わる。本能が、そうさせた。気配は感じない。だが、居るのだ。それも、すぐ近くに。


 ヴェンが怯えるような存在が。


 この状況で、ヴェンの本能が怖気るような存在。ヴェンの心当たりが当たっているなら、この状況なら敵だとは捉えられない、筈だ。


 外れていれば大惨事。流石にヴェンとて勝てる気のしない相手が二人も三人も湧いて欲しくは無いが、現実はいつだって想像を超えてくるものだ。


「こそこそ隠れてないで出て来て欲しいもんだなぁ。それとも? 俺の強さに怖気付いたって話か?」


 ヴェンの口から相手を煽るような軽口が飛び出す。普段の冷静さを保ち、相手が怒ってくれれば儲け物の軽口――ではない。叫ぶような、悲鳴のようにすら聞こえる声。正直、一切気配が掴めないにも関わらず、それでいて凄まじい存在を感じ取っているという状況にヴェンが耐えられなくなったのだ。


 相手がヴェンの予想通りなら、敵扱いまではされないだろうという希望的観測もヴェンの背を押した。尤も、単純に出て来てくれるよう頼めば良かったのだが、普段の癖と、現在戦闘状態にあることが重なって、ヴェンはついうっかり軽口を叩いていたのだった。


 声に乗せた後、何やってんだ俺は、と後悔し、敵じゃないなら申し訳ない、と付け加えようとしたヴェンの鼓膜を遠雷のような声が震わせた。


「興味深いことを言うな、少年」


 言葉と共に、カシャン、カシャンと冷たい金属音が近付いて来る。全く感じられなかった気配が一点に集約し、爆発した。無論、爆発というのはヴェンの感覚に過ぎない。ただ、とても人間のものとは思えない存在感、圧力(プレッシャー)が突然生まれたのだ。


 通路の先から悠然と現れたのは、老人だった。


 老人、と言っても腰は少しも曲がっていない。背の丈はヴェンよりも一回り大きい程だ。鈍い銀の金属鎧に身を包んでいるせいか、更に大きな印象すら受ける。長い白髪に、短い髭を携え、血を思わせる瞳でヴェンを射抜いた。


 マントを靡かせながら歩いて来る様は王者のようで、ヴェンは老人が一歩近付いて来るごとに一歩退きたい衝動に襲われた。それを抑え、いかにも余裕だというように笑うヴェン。その笑みが引き攣っていたのは、ご愛嬌。


「名乗りは、必要かね?」


 眼前で低い声を轟かせた老人に、ヴェンは一瞬声を返すことを忘れた。


 ――老将ローガン。


 その老人はアンナが語った、ヴェンでは絶対に勝てない天賦(ギフテット)



更新が遅れて申し訳ありません。何故か難産でした。書き直すかもしれません。

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