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異世界戦記を猟師が行く!  作者: 矢田
王都狂想曲
46/52

41.郷愁

「……ここが王都リューンベルクか」


 外敵の侵入を拒む高い城壁に、権力の大きさを示すかのような白亜の巨城。その流麗さとは裏腹に、城壁の外側にはスラムのようなものが広がっているのはこの国の縮図のようだとヴェンは思う。


 街に入る時に住民でない者は銀貨一枚を支払わなければならなかったのだが、活動資金をキールから預かっていたヴェンは問題なく払うことが出来た。とはいえ銀貨一枚にどれだけの価値があるのかは今ひとつ分からないのだが。


 行商人の男曰く、税金を払えない、或いは払いたくない連中が街の外に集まって自然と形成されたのがあのスラムらしい。何度か撤去の提案自体は上がっているものの、結局一度も実行に移されていないのだとか。貴族の奴等なら火でも放ちそうなもんだと思ってしまうヴェンは、貴族嫌いなのだろう。


 ちなみに、街に入る時のチェックは甘く、反乱軍で一番名が売れているはずのヴェンに気付く様子は少しも無かった。


 ――いやまあ、あの噂で気付かれるとは思わないけどさ。


 『血の滴るような赤髪に、巨大な棍棒を持った鬼のような男』これが反乱軍の天賦(ギフテット)として広まったヴェンの姿である。返り血で髪が赤く染まっていたのが原因だろうが、灰色の髪のヴェンを反乱軍の天賦と結び付けるのは難しいだろう。


 当然、鉄塊も置いて来ている。


 そしてヴェンは代わりにドワーフ製の剣を携え、鎧も鬼熊(オーガ・グリズリー)のものではなく鎧猪(アーマード・ボア)の革鎧を身に纏っていた。ちなみに、流れの傭兵という設定である。


「おお、兄ちゃん。あんたが倒してくれた森狼(シル・ウォルフ)の皮。状態が良いってんで中々高値で売れたぜ」


「それは良かった」


 行商人の男が商館から戻って来るとそう言って中々重さのある皮の巾着を投げて寄越す。ヴェンはそれを受け取って中身を見ると、銀貨がびっしりと詰まっていた。


 ヴェンはそこから半分程を自分の硬貨袋に移すと、残りを男に投げ返す。


「おいおい、こいつぁ……」


「王都まで運んで頂いた代金ってことで。護衛代と言っても森狼(シル・ウォルフ)を撃退した程度では足りないでしょうし」


 そんなこと無いんだがなあと頬を書く男に、ヴェンはなら、と声を上げる。


「安くてご飯の美味しい宿でも紹介して貰えますか?」


 その分の代金ということで、と笑うヴェンに、行商人の男も貰い過ぎだぜと言いながら笑みを返すのだった。



 ■ □ ■ □



「……疲れた」


 行商人から紹介された宿のベッドに横たわってヴェンは溜息まじりに呟く。実に一月近く慣れない話し方をしていたせいで、酷く加減肩が凝ったのである。キールはよくもまあ常にこんな話し方が出来るもんだとヴェンは凝った首を揉みほぐしつつ思う。


 丁寧な言葉遣いは一応変装というか、反乱軍の天賦(ギフテット)と結び付けられないようにするための対策である。正直そこまでする必要があるのかとヴェンは思うのだが、実際敵地のど真ん中で正体がバレるのは流石に洒落にならないため、一応従っている。 


 さて、ヴェンが王都に来たのは第二王子に接触するためではあるのだが、当然一般人が「王子様に会わせて下さい」と言ったところで門前払いされることは間違いない。ではこっそり潜入と行きたいところだったが、それも難しい。


 アンナから聞き出したところによると、王城には最低一人、基本的には二人の天賦(ギフテット)が常駐しているという。うっかり見つかろうものならどうなることか、考えたくもなかった。その上、王城には魔術的な探知や罠が仕掛けられているらしく、ヴェンには打つ手が無い。頑強さに任せた突破は出来るかもしれないが、突破した先にあるのは敵天賦(ギフテット)との戦闘だ。


 敵地のど真ん中でそれはあまりにも無謀が過ぎる。


 キールが授けてくれた方策は三つ。一つは、王都で定期的に開かれる武術大会に出場すること。優勝者は騎士に叙勲されることもあって中々の規模らしい。長年戦争を続けているリューン王国が優秀な戦士を補充するための手段の一つなのだろう。


 そこで転生者だと分かるような行動や言動を取れば向こうから接触して来るかもしれません、とのことである。難点は確実性に欠くことと、衆目の目に晒されるせいで反乱軍の天賦(ギフテット)と結び付けられる危険性が高まること。


 もう一つは、警戒の薄い王族に接触し、そこから第二王子への言伝を頼むことだ。そんな都合のいい奴が居るのかよ、とヴェンは突っ込みを入れたが、実に都合のいいことに居るらしい。尤もアンナの言なので半信半疑ではあるのだが。


 貴族学院という施設が存在するらしく、現在第三者王女が在学中とのこと。貴族の子息子女が入学し、人脈の構成やら次代の優秀さの喧伝やらをする為の施設であり、貴族社会の縮図のようになっているらしい。おそらくサロンのようなものなのでは、とはキールの評。


 そんなところ警備が厚いに決まってるだろ、というヴェンに対し、アンナはそうでもないよ、と言う。何でも派閥の衝突を避けるために多くの戦力を置いておく訳にはいかないのだとか。


 キールにはこの手段()だけはとらないように、と釘を刺されたが、王城に突っ込むよりはいくらかマシだろうとヴェンは考えている。


 ちなみに、この貴族学院を知った時、ヴェンとキールは同時にテロリスト方式で貴族の子息子女を人質に取ることを考えたという。後に考えが重なっていたことを知って二人とも自分の下種さに落ち込んだのだが、ともあれ。


 最後は、ひたすら地道に自分が転生者であると喧伝すること。キール一押しの方策である。第二王子が本当に転生者であるなら、自身と同じ境遇の人物を探している可能性は十分にあり得る話であるし、確実性は無いがデメリットも少ない。


 ――ま、その辺は王城と学院を下見してから決めますかね。


 警備が本当に手薄なら学院潜入も選択肢に入る。本命は武術大会だけど、と思うヴェン。天賦(ギフテット)が居ない限り高確率で優勝出来るだろうし、目立つ。第二王子以外にも転生者が居れば接触して来る可能性も高く、一石二鳥だ。


 学院の件はアンナが罠に嵌めようとしてるんだろうな、とはヴェンも思うのだが、将来的に仕掛ける可能性を考えると軽く下見はしておきたい。とりあえず、その前に腹ごしらえでもしておきますかねと起き上がり、部屋を出るヴェン。


 行商人の男が紹介してくれたこの宿は一階が食堂になっており、腹の虫を刺激する匂いが上階にまで漂って来ていた。ヴェンは一週間以上食事を取らずとも行動出来る人間だが、基本的には大飯食らいだ。


 村に余裕が無い時は我慢していたが、金に余裕がある以上、食欲を抑える気は一切無い。森狼(シル・ウォルフ)を狩った金で懐も大分暖かいのだ。食べられるだけ食べようと心に決めている。


 昼時を過ぎたからか、店内の客はまばらだ。ヴェンはカウンターの席に着くと店員に声を掛けた。


「すみません、おすすめって何になりますかね?」


「おや、お客さん……そうさね、草食獣(タバサ)のソテーの定食かねぇ」


「へえ。それ、お幾らですかね?」


「お客さんは払わなくて良いよ。一食分以上食べるなら銅貨五枚から十枚ってとこかね。ものによるけど」


 何故、と首を傾げるヴェンに店員がゴウトさんがあんたの宿泊代を一月分先払いしてくれてるからね、と言う。ゴウトさん、となおも首を傾げるヴェンに、一緒に来ただろう、と店員は呆れたような視線を向けた。


「ああ、行商人の」


「何だい、名前も知らなかったのかい?」


 聞いてなかったなあ、とヴェンは呟く。ついでに言うと名乗ってもいなかった。それで不便が無かったから。完全に失念していたとも言う。今度会ったら礼を言っておきなよ、という店員に、そうしますとヴェンは苦笑いを浮かべた。


 どうやら、先程渡した森狼(シル・ウォルフ)の素材を売った金の半分を自分の宿代に充ててくれたらしいなとヴェンは小さく息を吐く。別段あのまま懐に入れてくれても問題無かったのだが、随分人のいい商人も居たものだと思い、笑みを深めた。


 本名を名乗る訳にはいかないが、偽名の方は名乗っておこうとヴェンは心に決める。注文してから何とは無しに店内に視線を巡らせ、ヴェンは自分が地味に注目を浴びているらしいことに気が付いた。


 何故、と思って、周囲の人間の姿を見て静かに納得する。完全武装の人間などヴェンくらいのもので、大体の人間は鎧はおろか武器も持っていない。


 ヴェンも剣は部屋に放って来たが、鎧は着けたままで、剣鉈も腰の後ろに差している。武術大会も近いのだから問題ないだろうと思ったのだが、よくよく考えればこの街で武器防具が常に必要な人間の方が少数派だろう。


 ――ちとまずったかね。


 そう思うも、まあどうでもいいかとヴェンは即座に思い直す。どの道ある程度目立たなければならないのだから、多少注目を集めたところで問題にならないだろう。


 そんなことより飯だ飯、と漂って来る匂いに鼻をひくつかせ、様々な匂いの中に何処か懐かしいものを感じ取ってヴェンは瞳を細めた。


「はい、お待ちどう様!」


 ヴェンは目の前に置かれた料理を見て、言葉には出来ない感情に襲われた。視覚だけではない。嗅覚もヴェンの深い部分に訴えかけて来る。


 恐る恐る、といった調子でヴェンは料理をナイフで切って、口に含む。味覚から受けた衝撃で、ヴェンの視界が一瞬揺らいだ。


 湧き上がって来る感情を抑えられず、ヴェンはガツガツと料理を掻き込む。一口一口がヴェンの感情を揺さぶる。本来知らなければ飲むのを躊躇うような色をしたスープを一息に飲み干す。火傷しそうな熱さだったが、気にならない。


 腹に落ちた温かさが、何か込み上がって来るものに重なって、ヴェンはそれを誤魔化すように水を流し込む。


 温い水では情動を抑え切れず、ヴェンは大きく大きく息を吐きながら天井を仰いだ。幸福感と、寂寞感。綯い交ぜになった複雑な感情を一言で表すというなら――


 ――郷愁。


「どうしたんだい、慌てて掻き込んで?」


「いえ、その……ああ、我ながら意外だって話で」


 今更思い出しもしないってのに、とヴェンは苦笑いする。自覚が無いだけで望郷、郷愁の念があるのか、古傷が痛むような一過性のものか。どちらにせよ、女々しいなとヴェンは溜息を吐いた。


 草食獣(タバサ)の照り焼きに、味噌汁。


 醤油と味噌は、ヴェンの前世の部分を大きく揺らした。そして思う。第二王子かどうかは分からないが――


 ――転生者が居るのは間違いない、か。


 ともあれ、ヴェンはお代わり、と店員に銀貨を弾き、残った主食の芋をもそもそと口の中に詰め込むのだった。



投稿が遅れ、申し訳ありません。

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