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異世界戦記を猟師が行く!  作者: 矢田
辺境騒乱
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39.帰郷

 ファイツ領から戻るついでとばかりに領地を一つ攻め落としたヴェンは、タテノ村へと向かって歩いていた。本当なら走って帰りたいところなのだが、今回は面倒な連れが居る。


「……チッ」


 使えない、とばかりに舌打ちしつつヴェンが視線を投げた先に居るのは赤髪を尻尾のように揺らす一人の少女。ヴェンの視線に口を尖らせる。


「あ、お兄さん今『使えない』とか思ったでしょ?」


「……使えないな」


「口に出せば良いってもんじゃないと思うんだけど……」


 知ったことかよ、とヴェンはボヤく。何故タテノ村への帰郷に際してこの少女を連れているのかと言えば、何のことはない。暴れた時に取り押さえられる人間がヴェンしか居なかったのである。


 生け捕りにした責任があると言われればそうなのだが、ヴェンとしては面倒な上に鬱陶しい限りで。アンナが巫山戯て「責任、とってよね」と言って来た時、ヴェンはそうだな、と同意し、「生き延びさせたんだから、きっちり死なせてやるのが責任って話」と半ば本気で殺しにかかったりしている。


 可愛らしい見た目とは裏腹に、アンナは戦うことで悦楽を得る戦闘狂だ。同時にヴェン自身よりも戦いに長けた戦士でもある。そんな戦士に観察されるように、否、実際観察されているのだろう。一挙一動を注視されるのは、羽虫に纏わり付かれているかのような鬱陶しさがあった。


 ヴェンにとっても全く油断ならない相手だ。魔力を封じているとはいえ、油断しようものなら首を食い千切られそうな雰囲気すらある。


 そんな相手をタテノ村に連れて行くこと自体ヴェンとしては不本意なのだが、かといって放ってもおけない。実に扱いに困る、面倒な存在だった。


「羽虫は潰すのが一番かな」


「……意味は分からないけど、唐突に物騒なのは勘弁して欲しいなあ」


 一瞬ヴェンから噴き出した殺気に、アンナはビクリと身を震わせた。戦闘狂で戦うことが楽しくて仕方が無いアンナとて、欠片の勝ち目もない戦いを避けようとする程度の分別は備えている。ヴェンにとってアンナが油断ならない相手であるように、アンナにとってヴェンは勝ち筋を見出せない怪物だ。


 その頑強さから、鎧の上からの攻撃は意味を成さない。それこそ岩食み(アース・イーター)のような圧倒的な質量でもって放たれた強い衝撃であれば通るが、そうでない限り鎧越しの攻撃はロクに通らない。


 かといって鎧の隙間を狙おうにも、ヴェンは近接戦に滅法強い。技術こそ低いものの、圧倒的な身体能力はそれだけで武器だ。反射神経にも優れ、アンナの速度にすら反応して見せた。完全に反応出来ていたわけではないものの、狙いを逸らし、防ぐ程度は容易く成していた。


 アンナは自身を王国最強などとは思っていない。戦闘向きの天賦(ギフテット)である以上、戦闘能力は上位に食い込むが、勝てない相手というのも何人かは挙げられる。しかし、速度でアンナを上回れる者は存在しないと断言出来た。王国最強ではなくとも、最速ではあるのだ。


 それは、最速(アンナ)に反応出来る以上、ヴェンがこの王国で反応出来ない速度は存在しないということで。事実上、近接戦闘のみでヴェンを下すことは不可能に近いとすら言える。


 魔術は避けていたところを見るに、当たれば十分なダメージが期待出来るものの、そもそも当てるのが難しい。アンナ程ではないにしろ、ヴェンの速力も大したものである。有視界内から放たれた魔術を躱すのは容易く、現にアンナとの戦いでは一度も直撃はしなかった。


 近接戦は絶望的。魔術は当たらない。


 アンナが勝ちの目が見出せないのも無理からぬことだろう。


 ――実際、勝てる人なんて数える程しか居ないだろうし。


 アンナが思い当たる限り、確実に勝てる実力者はたった一人。その他は条件次第では食われる可能性が十分にあり得る。無論、勝つ可能性もあるが、万全を期すなら二人以上欲しいところだ。


 ――ま、無理だろうけどさ。


 アンナは思う。現状王国は二つの国と矛を交えている。天賦(ギフテット)の数に余裕は無いし、アンナが戻らない――おそらく討たれたと判断されるだろう――ことで、反乱軍が天賦(ギフテット)を有していることも理解することだろう。


 そうなると、難しい。反乱軍に天賦(ギフテット)が存在するのは危険だ。排除したい。そう考える。しかし、反乱軍の天賦(ギフテット)は王国最速であり、高い実力を持つアンナを下せる程に強い。並の天賦(ギフテット)単独では返り討ちに合う可能性がある。確実に排除するには二人以上の天賦(ギフテット)が必要だ。


 王国側はそう考え、こう結論を出すだろう。「そんな余裕はない」と。二つの戦線に、国王及び王都の守護。天賦(ギフテット)は多くの場所で必要とされている上、数が足りていない。アンナも前線から外された後は本来、謹慎の名目で王都に留まる予定だったのだ。


 謹慎の形を取ってはいるが、要は王都の守護役に配置換えになったわけだ。結局アンナは戦場を離れるのが嫌で、命令を無視して辺境領域に足を運び、こうして今捕らえられることにはなったのだが。


 しばらくの間、どちらかの戦線が落ち着くまでは天賦(ギフテット)に空きは出ない。しばらくこの反乱軍が討たれることは無いだろうとアンナは思う。お上も天賦(ギフテット)が居る集団相手に天賦(ギフテット)抜きで吶喊させる程無能ではないのだから。


 尤も、最終的には潰される可能性が非常に高いが。何せ、余りにも戦力に差があり過ぎる。これまではその戦力差を天賦(ヴェンリット)が埋めていたのだろうが、次に戦端が開かれた時には、間違いなく相手にも天賦(ギフテット)が居るのだから。それも、おそらくは複数。


 ――そうなる前に。


 お兄さんと再戦したい、とアンナ思う。いくらヴェンが強くとも、複数の天賦(ギフテット)を相手に勝利することは不可能だ。次に戦端が開かれた時がヴェンの命日になるだろう。その前にリベンジしたいとアンナは考えているのだった。


「お前なぁ……人の顔見て殺気だだ漏れにしなさんなって。本当に殺しかけたって話」


「あれっ?」


 ヴェンの声に、思考に耽っていたアンナは落としていた視線を上げる。そこには、呆れた表情のヴェンが剣鉈の柄に手を掛けた姿が映る。


 どうやら再戦して、次こそは勝ちたいという思いが殺気を伴ってうっかり外に漏れ出していたらしい。アハハ、と誤魔化すように笑うアンナに、ヴェンは溜息一つ、こう言った。


「戦いたけりゃ、戦ってやるさ。だからその殺意、俺以外に向けるなよ」


 もし他に向くようならキールの言も関係なく、そっ首飛ばすことになるからな、と付け加えるヴェンに、しかしアンナはケタケタと笑う。


「『本当に殺しかけた』なんてやっさしーね。ボクに惚れちゃった?」


「……俺に軽口叩かれてる奴の気持ちが分かるな、これ」


 ふぅ、と息を吐き出すヴェン。人のふり見て我がふり直すつもりも無いし、成る程人を苛つかせるには効率的だと苦笑いを浮かべる。


「あり得ないって話だ。俺の好みは黒髪で、気立てとスタイルの良い幼馴染だからね」


 それって明らかに特定の人物じゃないの、と突っ込むアンナを無視して、ヴェンは続ける。


「とりあえず幼馴染になってから出直すことさね」


「それ、不可能って言わない?」


 まあなと笑うヴェンに、アンナはご馳走様、と溜息混じりに口を尖らせる。他人の惚気など、男女共通、面白いものではないということだ。


 それからしばらく。


 途中から痺れを切らしたヴェンがアンナを小脇に抱えて疾走し、帰路の道程は大分短縮された。なお、その際にアンナの口から乙女の尊厳を失うようなものが出たりしている。


 自身では更に速い速度で動くアンナだったが、他人に、それも不安定な姿勢で抱えられた状態では話が違って来る。言うなれば絶叫マシンに長時間揺られ続けるようなものだ。色々と漏らしてしまうのも致し方ないことだろう。


「お、お兄さんさぁ……もっとこう、女の子に対する気遣いとかは無いの?」


 アンナは地面に四つん這いになって文句を言う。数日の間に多少慣れはしたものの、特急ヴェンリット号の乗り心地は最悪だ。もう尊厳も糞もあったものではないが、それでも出るか出ないかのところでアンナは堪えていた。


「敵……もとい敵候補に掛ける情けの持ち合わせは無くってね」


 鬼、悪魔と罵るアンナの声を涼風のように聞き流すヴェン。ホンットにいい性格してるなーとボヤくアンナ。尤も、アンナ自身も大概なのだが。


「ヴェン!」


「リーナ」


 遠くから駆け寄って来る黒髪の美少女。スタイルは良く、多分気立ても良いんじゃないかな、とアンナは思った。そして多分ヴェンの幼馴染だろうとも。


「ただいま」


 優しげな笑みを浮かべるヴェン。


「うん、おかえりなさい」


 本当に嬉しそうに、花が咲いたような笑顔を見せる少女(リーナ)。言いようもなく甘い空気が漂って、アンナは疲れた様子で溜息を吐く。


 ――胸糞悪い。


 どっちかって言うと物理的な方で、とアンナは心の中で呟く。尤も、あれ、ボク今うまいこと言った? などと思っているあたり見かけよりは大分余裕があったりするが。


「えっと、そちらの方。大丈夫ですか?」


 少女(リーナ)が四つん這いでうな垂れているアンナに声を掛けた。


「ちょ、ちょっとキツイかなぁ。お、お水を――」


 口を開いたせいだろう。色々とせり上がって来て、アンナは口を抑える。アンナの顔色を見てまずいと思ったのだろう。少女(リーナ)はすぐに戻りますから、と走り去って行く。


 ――成る程、気立ても良いね。


 吐き気と戦いながら、アンナは思う。この場でアンナが乙女の尊厳を守れたかどうかは、ご想像にお任せしよう。ともあれ、辺境を舞台とした反乱劇は一旦幕を下ろし、ヴェン達は一時の平穏を手に入れるのだった。



第一部完!


ということで、活動報告に今後と方針と言い訳を置いておきます。まだまだ続きますが、ここまで読んで下さった皆様に心よりの感謝を。


ありがとうございました。

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